2010年11月3日(祝)
秋の熊野古道 馬越峠を歩く

11月4日(木)に尾鷲で所用があり、それならばこの機会にかの有名な世界遺産となった
熊野古道を歩いてやろう・・・と思い立った。
尾鷲の熊野古道を調査すると、どうも馬越峠から天狗倉山頂上を巡り反対側の相賀へ降りるコースが良さそうだ。
しかも、JRを使って尾鷲駅から歩き出し一駅向こうの相賀駅からまたJRで帰ってこれる。
これなら楽にかつお手軽に楽しめそうだ。

名古屋駅を朝8時8分にスタートする特急ワイドビュー南紀1号に乗る。
4両編成のこの列車、途中から電化されていない区間を走るためディーゼルの車両である。
電車に慣れてしまった体にエンジンの響きが心地よい。
名古屋駅のワイドビュー南紀尾鷲の駅前メインストリート
10時34分 尾鷲駅に降り立った。素晴らしい快晴である。
人口2万人の尾鷲市、故郷に近い福井県小浜市が人口3万人なのでそこと比べてもかなり規模が小さい。
駅に降り立つと少し淋しい気はするが、天気がそれをカバーしてくれる。
駅の中にJR東海が作成した熊野古道のガイドブックを見つけ1冊手に入れる。(無料)
JRの駅を基点として全13コースがイラスト入りの地図とともに紹介されており
とてもわかりやすい。A4版32ページの素晴らしい出来である。
ザックを担ぎながら、コインロッカーを探していると青い法被を着たおばチャンに声をかけられる。
「馬越峠へいかれますか?」と言うので「ハイそうです」
と応えると、テキパキと道を説明してくれる・・・この道何年?か知らないがかなり手馴れた感じだ。
道路を曲がるところまで一緒に来てくれていろいろ教えてくれる。
尾鷲は過疎の街・・・という言葉を何度も口にしていた。
尾鷲駅で駅弁を買おうと思っていたら、売っていなかったのでそのおばチャンに聞くと
近くのスーパーを紹介してくれた。
サンマ寿司はあるか?と聞くと「何でもありますのや〜そりゃ主婦の店ですさかいな〜」
早速その店に行ってみるとなるほど「主婦の店」と書かれた赤い旗が並んでいる。
中を探してみると入り口に近いところのすし屋さんに「サンマ寿司」が並んでいた。
おばチャンの言うことにうそは無かった。
ついでに缶BEERのロング缶も一本購入しザックにしまい、昼食の楽しみとした。
尾鷲の駅前から案内の地図に沿って北に向う。
山の方へ行くのが目的だが、街の中を歩いて行くというのも面白い。
のどかな尾鷲の街を感じながら山を目指す。
尾鷲神社の横を抜けて進む天狗倉山と左が馬越峠案内の看板は所々にある
尾鷲神社の横を抜けて山の方へ入って行くが、ここで道を誤ったようだ。
ついついいい道を歩いてしまい車道に沿って歩いて来てしまった。
本来の熊野古道はもっと細い道で、途中で90度曲がっている。
しかし、地図を見るともう少し先の方で合流するようなのでそのまま進むことにした。
馬越の集落からは、本来の熊野古道と合流して細い道になり傾斜が急にきつくなってくる。
前から女性4人組が降りてきたのに出会ったが
その姿はフツウの街中を歩く格好とさほど変わらない・・・
ということはこれから先そんなややこしい所はなさそうだ。
そしてやはり熊野古道は世界遺産に登録されてから、誰でも手軽に歩けるようになったのか?
ほどなくして石畳の道が始まった。
石畳の道が始まるヒノキ林の石畳の道女性にも人気
ヒノキの林がどこまでも続き、峠までの道は直接陽に当たる事はない。
これは昔の旅人が考えてそうしたのか?
山の下から見ていても林の中の道は見えないので、そこに道がついているということはわからないし
昨今の林道や遊歩道作りの様に山の地肌や崖が見えることはない。
さらに急斜面の石畳の道が続くと今度は平らな道が現れ実に計算されて道が作られている。
所々陽が指す石畳は輝いている
林の中からさしてくる木漏れ日が所々石畳の上に落ちてきて美しい。
この石畳、雨が降るとこの目地の間を雨水が流れ落ち水路の役目を果たしている。
昔の人はよく考えたものだと思う。
美しく続く石畳の道石畳の道とヒノキの森
12時ちょうどに馬越峠(325m)に到着した。
峠には昔、茶屋があり旅人をもてなした・・・いうが、なるほどそんな風情も感じられる。
何人かがこの峠で休んでいたが、しばらくしてから私の登って来たほうへ降りていった。
みんながみんな天狗倉山へ登る訳ではなく、この古道だけを通過することが目的の人も多いようだ。
私はこの峠からは右に曲がって、尾根道を進み天狗倉山へと目指す。
峠には休憩所もある標識はしっかりしている後ろから山ガールが登って来た
この尾根道、石畳はなくなったが今度はけっこう急な階段が現れずっと上まで続いている。
頂上近くまで来ると道は2つに別れているが北道のから登り、下りは南道を使うことにして
進むと5分ほどで大きな岩の下に出た。
どうもこの岩の上が頂上のようだ。たくさんの人達の声が聞こえてくる。
ヒノキ林の中にある山頂大岩山頂の大岩岩の上は広い
12時20分 522mの天狗倉山頂上に到着。
山頂にある大きな岩には梯子がかかっていて上に上がれるようになっていた。
ヨイショと上がるとだだっ広い岩の上には10人ほどの登山者が休憩していた。
それにしても立派な一枚岩である。
この岩の上で昼食をとろうか・・・とも思ったのだが、
下のちょっとした岩の上で尾鷲市内が一望できる場所がありそちらの方が静かでよさそうだ。
そしてここから眺める尾鷲市内は素晴らしい!
前に登った高峰山は尾鷲市最高峰とはいえ市内からちょっと離れていたが
この天狗倉山は市内から近いことと標高もそれほど高くないので、街が箱庭のように見える。
素晴らしい眺め
そしてこの眺めを見ながらザックの中から缶BEERを取り出してプシュッとイッパイ!
サンマ寿司をつまみに景色を独り占めできるので気分がいい。
景色はサイコーサンマ寿司と缶BEER
腹ごしらえを終えて13時25分山頂を後にした。
下山中もどんどんいろんな人が登ってくる。
家族連れや若い人、中高年のグループ・・・頂上は、かなり賑やかなことだろう。
13時40分 再び馬越峠に到着。下りは早い。
さあ、ここからは登って来た尾鷲とは逆の相賀の方へ降りる。
昔からかなりの人が通っているのだろう、道の真ん中はきれいにえぐれている。
深くえぐれた山道石畳はこちらも健在夜鳴き地蔵秋の陽は釣瓶落とし
14時5分 夜泣き地蔵に到着。
明治時代中頃までは旅の安全を祈る石地蔵だったそうだが
いつの間にか地元の人達が子供の夜泣き封じを祈るようになったらしい。
それで夜泣き地蔵・・・と呼ばれるようになったらしいが、なるほど哺乳瓶が供えられていた。
哺乳瓶が供えられていた
この夜泣き地蔵を過ぎたら、もうほとんど山道は終わり。
車の走る音が聞こえてくると最後の石畳はだんだん平坦になってきた。
先を歩いていた人に頼んで1枚写真を撮ってもらいこの熊野古道の歩きはお仕舞い。
どこまでも続く石畳をバックにJR相賀駅の歩道橋上からみた天狗倉山
14時20分にR42に合流し歩道に沿って相賀の街まで歩く。
天気もいいので気分よくJR相賀駅まで歩くことができた。14時45分相賀駅に到着。
この駅のベンチでのんびり休んで15時35分発の新宮行きの各駅停車で尾鷲に戻った。
たった一駅だけの区間なのでほんの数分で尾鷲に到着、しかも190円。
昔の人はこの尾鷲と相賀の間、何時間かかって歩いたのだろうか?
GPSマップのDATA
(GPSのマップDATA 南の尾鷲駅から北に向って歩いている)

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