Nepal Langtang Trekking Day5
 
4/26 LamaHotel(2420m)→Langtang(3500m)
  

ラマホテルの朝
5時半に鳥の鳴き声で目が覚める。何というぜいたくだろうか。
6時の気温9℃ 高度がまだ低いこともあって暖かい。
料理をするかまど いつも火が入っている宿屋のおかみさんと
6時半朝食の予定だったが、宿泊者が多かったせいか?やや遅れそのおかげで7時20分出発。
ロッジのおかみさんと親父さんが見送ってくれた・・・名前の通りなかなかフレンドリーなゲストハウスだった。
うっそうとした緑のジャングルをボチボチと歩き出す。
よく見ると緑の中にポツポツと赤い花が見える。
シャクナゲである。白・ピンク・赤と色とりどりで賑やか。
白のシャクナゲジャングルの中を歩くピンクのシャクナゲ
しばらく歩くとジャングルの木々の間からヒマラヤが見えてくる。
この谷の秀峰「LangtangLirung(7225m)」である。
ランタンリルン
ジャングルの中からいきなり白い山が見えてくるので、最初に見えたときはものすごく感動する。
いつかあの頂を極めてみたいものだ・・・
8時35分 RiverSide(2770m)の集落に到着。
名前の通り川のすぐそばでロッジが1軒あるだけの集落である。
ここで一息入れようとザックを下ろしたら「日本人ですか?」と。
単独行の日本人トレッカーが声をかけてきた。久しぶりに会った日本人だ。
名前は聞かなかったが、世界中を旅してまわっている・・・という若い人。
ランタン谷へ来るのは2回目で日本では家具職人の仕事をしていたらしい。
日本でお金を貯めては旅に出て、お金が無くなるとバイトしたり日本へ帰ったりを繰り返していると。
私などから見るとじつにうらやましい生活をしているな〜と思う。
15分ほど話をして別れたが、彼とは所々でいっしょになった。
10時5分 標高2982mのGhoratabelaに到着。
雪を頂いたヒマラヤが少しずつ迫ってくる。
ゴラタベラ通過
Ghoratabelaの気温18℃。
ここから先は広い谷が続きのんびりと進む・・・谷が一気に明るくなった。
そしてその途中にはシャクナゲが咲き乱れていて目を楽しませてくれる。
シャクナゲ広くなった谷を進む白いシャクナゲ
急なシャクナゲの坂を上がる昼食の村へ到着
シャクナゲの花は土の質によるものか?白からピンク・赤といろいろな色が見られる。
12時 坂を登りきったThangsap(3141m)に到着する。
初めて高度が3000mを越えた村だ。
ここへきてS君の調子があまり良くない・・・軽い高山病のようだ。
昼食のロッジに着くなり横になる。暑さと高度の影響が出てきたようだ。
チャパティとヌードルスープの昼食を終えて13時再び歩き出す。
ここまで来ればLangtang村はもう近い。
振り返ると登ってきた谷が広がる
少し上がるとLangtang村が見えてくる。
そして人の動きも多くなってきたことからも、村が近くなってきたことがわかる。
村が近くなると人の行き来も多いいわゆるコンビニのようなもの高度感を感じるようになってくる
Langtang村の手前のバッティー(茶店)で一息入れると、店のお姉さんがモノを買えとしきりに勧める。
「ランタンビレッジ イズ ベリーエクスペンシーブ」「ヒア イズ ベリー チープ」
こちらも対抗してネパール語で「パイサ ツァイナ〜」(お金ないのよ〜)
というと「ノー パイサ ツァ」(お金あるでしょう)「ベリー チ〜プ・・・」
こちらが少しネパールが喋れるとわかると、向こうも親しみやすいのか?笑いながら話がはずむ。
結局ミネラルウォーターを一本買うが、あとで調べたらLangtang村と値段は一緒だった。
なんだ〜ぜんぜんチープではないじゃないか〜
でも地元の人たちとのこんなやり取りが実に楽しい。

14時30分 Langtang村の入口にかかる吊り橋を渡る。
11年前来た時はここには橋は無く、川のすぐそばまで下りて登り返していた。
徐々に昔の記憶がよみがえってくる。
奥にランタン村が微かに見えるランタン村に入る吊り橋ランタン村に入る
ここのところ連日、午後は少しずつ雲が出てくる傾向にある。
5月に入ると雨期が近くなってくることもあり、午後は天気が崩れやすいようだ。
14時45分 Langtang村に入る。道は昔のままだがロッジや建物の数は相当増えているようだ。
初めてこの村に来たのは1998年秋の事。
Langtang谷の奥にあるYalapeak(5550m)へ登りにTrekkingで来た時である。
この村に一歩入って驚いたのは電線が張り巡らされていたこと。
電線をたどって小さな水力発電所を見つけた。
そしてこの小さな水力発電所で起こされた電気は、夜間村の家々の明かりと
ナイトスクール(昼間働いて学校へ行けない子供たちのための学校)の明かりに
さらに昼間はその電気でパンを焼き、子供たちの学校へ行くための奨学金として活用されていた。
その発電所の保守・運営を行っていたのが村の3人の青年ニマ(19)、チェンガ(24)、ギャルボ(25)である。
この時調査した内容を当時あった「新アジア発見」という番組の提案書にまとめ
ディレクターとともに1999年春に再びLangtang村を訪れることとなった。
当時の撮影ノートによると2回目のLangtang村訪問は3/5〜19まで。
この村のロッジに14泊15日滞在して連日撮影していた。
番組内容は以下の通り。(内容は1999年当時のもの)
ネパールヒマラヤの7000m級の山々に抱かれたチベット族のランタン村は人口500人標高3500m。
この山懐深い村に水力発電システムが誕生し、昨年すべての家々に電気が行き渡った。
村で発電・送電システムの管理・運営を一手に引き受けているのがチェンガ君24歳である。
彼は、毎朝送電線を見回り、電気のつかなくなった家々を回っている。
さらには電気を利用して夜間学校を開いている。
村では子供も畑仕事や薪集めなどで働き、昼間の学校に行けない子供も多い。
教室には、学校に行けない子供だけでなく、子供の頃に学校へ行けなかった主婦や父親まで
裸電球の下でひとつになって勉強している。
番組では、水力発電の生み出す電気の力で
村を発展させ未来に向かって歩き出そうとするチェンガ君の挑戦を描いた。
(放送1999年5月9日 新アジア発見 〜未来をひらく電気の灯〜 25分番組)
ヤクの親子
Langtang村の宿に到着後、すぐに11年前宿泊していたロッジLangtang Village Guest Houseを訪ねてみた。
当時の主人だったテンジン・パサンは番組に協力してくれ村のまとめ役でもあった人物である。
ロッジは名前を変えMoonligth Hotel & Lodgeとなっていたが
主人のテンジン・パサンはたまたま家の外に出ていてすぐに見つけることができた。
最初は私が誰かわからないようだったが「イレブン イヤーズ アゴー・・・」
と言うと「オーッツ!」とすぐに思い出してくれた。
そして中へ案内してくれたのだが、そこには11年前に番組に登場してもらったニマがたまたま訪れていた。
彼も昔の事を思い出して再会をひじょうに喜んでくれた。
当時19歳だったニマも今や2人の子供の父親、時の流れは早いものである。
彼によると発電所は取材当時8Kwの出力だったが、今はパワーアップして17Kwになったとのこと。
安定に運用していて当時発生していた電力不足によるトラブルも今はもうないと。
確かに、電線が整然と張り巡らされている状況を見ても実にうまく仕事されている様子がうかがえる。
当時のメンバーのことを聞いてみたら
チェンガはこの村で水力発電のメンテナンスの仕事を続けており
もう一人のギャルボはこの村を離れて他で仕事をしている・・・ということであった。
L→R ニマ・テンジンパサンの奥さん・私・テンジンパサン ロッジの前にて
11年という時間のながれはこの村にどういう変化をもたらしたのだろうか?
まだ何とも言い難い感じはあったが、自分の目で確認すべく再会した方々にお礼を行って宿に引き上げた。
宿では高山病らしきS君が寝袋にくるまって横になっている。
大きく深呼吸して意識的に酸素を取り込むよう指示しておいたが、症状は悪くないようだ。
元気づけに日本から持ってきた水ようかんを食べさせてやったら感激してぺロリと平らげてしまった。
部屋で横になって休むS君水ようかん 美味!
一息入れて村の中を歩くことにする。
ロッジは増えているが、昔ながらの石を積まれて作られたチベット族の住居は変わっていない。
チベット族の住居石垣の多い村内どこからか子供が出てくる
先ほどテンジン・パサンのロッジに寄っていたとき雨が降ったのだが、その雨あがりの村は美しい。
時々出会った人が、家の中へ入ってチャイを飲んで行け・・・と勧めてくれるのだが
いろいろなところでお茶ばっかり頂いてもう腹の中はタプンタプンだ・・・
雨上がりの村内を歩く
夕方6時頃に部屋の電気がついた。
麓のShaburubensiの村ではしょっちゅう停電、BambooやLamaHotelには電気はなかった。
それに比べてかなり奥地のこの村はどうだろう。
安定した電気が供給されその明かりの下では世界中から集まってきたトレッカーがくつろぎ
夜間でも本を読むことができる。何と素晴らしいことなのだろう!

夕食には楽しみなメニューをオーダーしておいた。
何を隠そう「ジャガイモ」である。
この村でとれるジャガイモは寒暖の差が大きいせいか?でんぷん質が高くとてもおいしいのである。
このポテトフライをつまみにBEERを飲むのはサイコーである。
チョーうまい ポテトフライS君も加わり豪華?ディナーランタン村の夜は明るい
BEER1本の値段がいくらなのか?かなり気になるところではあったが350Rs。
昨夜のLamaHotelより10Rs高いだけだったのでほっと胸をなでおろした。
食堂では朝出会った日本人トレッカーとまたいっしょになる。
なんでもLangtangでは、ロッジのお客さんを1ヶ所の食堂に集めて食事させるようだ。
さらに宿泊するロッジもある程度制限させているようで、この地のコミッティーがコントロールしているとのこと。
あまりに増えすぎたロッジで皆が共倒れにならないための策なのか?
そういうとLamaHotelもそうだったが、閉じているロッジが目に付いた。

食事後はベッドに横になって持ってきた本を久しぶりにのんびり読む。
電気がある・・・というのは何とありがたいことなのだろう。
部屋の窓から外を眺めると月明かりの下、窓から明かりの洩れるロッジを見ることができ
あの3人が努力奮闘していた11年前のことが思い出される。
この電力供給状態を見たところ、もう当時のメンバーであるチェンガにも会う必要はない・・・
と思っていたのだが。


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