2008 March
八原一家トルコへ行く!
〜飛んで飛んで?イスタンブール!

家族でトルコ行きを決めたのは昨年夏のことである。
ちょうど2008年3月は長女と長男は卒業し就職するまで少し間が開く。
次女は何とか会社を休ませてもらい、カミサンはパートを休む、私は夏休みをとらずに
年度末ギリギリに休暇を調節すればすべてうまく収まる・・・
素晴らしく計画的な旅行計画である。
家族みんな仕事についてしまうと、恐らくこの機会以外に家族旅行は考えられない。

家族5人で何とか安く行くためには、安いツアーを探すのが一番!
いろいろ探し回った挙句HIS名古屋のホームページで見つけた
”日本語ガイド同行!!2つの世界遺産を巡るトルコ周遊の旅!
カッパドキア&イスタンブール7日間”
に参加することにした。
イスタンブール・・・と聞くと昔流行った庄野真代の「飛んでイスタンブール」を思い出す。
(この曲を思い出すのは年齢がそこそこの中年の方以上ではなかろうか?)
気になる価格だが127,000〜
中東U.A.Eドバイトランジットで、あの人気のEmirates航空に乗れる。
出発日(3/6)の関係から価格は139,000になったがほぼ影響はない。
しかし、ツアーだと自由時間が楽しめないのでIstanbulに一日延泊して自由時間を作り+10,000円。
また、ドバイでのトランジット時間が8時間近くあるので
この機会にドバイ入国を果たしてこの国の発展振りも見学してみよう・・・
かくしてこれもインターネットを探し回って、ドバイの旅行社を見つけ
半日で効率よく回れる観光ツアーをMailで申し込んだ。
(HISのプランだと+25,000円)
と、ここまで結果的にはうまく進んだように思えるかもしれないが
到達するまでには、いろいろ探し周り紆余曲折ありでかなりの時間を浪費した・・・
家族5人が安く楽しめる旅をするにはそれなりの努力も必要だ。
そしてふと気がつくと、長男を除いてみんなパスポートの有効期限切れ、
写真を撮ったりパスポートの申請そして受け取りと出発ギリギリまで慌しい時間を過ごした。

ところでトルコと聞くとふと思い出す風景がある。
それはアマチュア無線で交信して交換したトルコの局のQSLカードである。
下がそのQSLカードであるが、1987年2月18日早朝7MHzCWでQSOしたもの。
TA2AI 1987,Feb,18 40mCW
夕陽でシルエットになって見えるモスクが実に印象的で、ずっと頭の中でトルコのイメージとして残っていた。
今回はこんな素晴らしい風景に出会えることができるのか?実に楽しみでもある。

3月5日 旅立ち
出発の日の朝はとにかく慌しい。
朝起きてから荷物のパッキング、足りないものの買出しとドタバタ・・・
飛行機は夜発なのだが、中部国際空港まで行くのにもお金と時間を効率よく考えないといけない。
いつもは登山や無線の機材等があるのに今回はただの旅行のみ。
自分でも信じられないほど荷物が少ない・・・
(空港でチェックインの際、重さを計ったら5人で何と31.5Kg!!)
14時30分 福井から名古屋行きの高速バス、
そして中部国際空港行きの名鉄電車を乗り継いで18時10分セントレア着。
空港内のカウンターでチケットを受け取って夕食。
やっと22時過ぎ ドバイ行きEmirates航空EK315便搭乗開始となった。
期待のEmirates航空?
機内はほぼ満席、エコノミー席は窮屈でつらいが仕方がない。
飛び立ってしばらくすると夕食が配られる。
世界でもひじょうに優秀!と評されたエミレーツ航空夕食ひじょうにうまい!エミレーツGoods
気分的にはBEERなんぞをプシュッとやりたいところだが、
ここで飲んでしまうと寝ている最中にトイレに行きたくなってしまう。
BEERは我慢してワインにした。食事はかなりおいしかった・・・さすがEmirates!?
しかしドバイまでおよそ12時間!
もうこれは寝て時間の経つのを待つしかない・・・
写真右上はエコノミー席でも全員に配られるEmiratesのGoods。
アイマスク、歯ブラシ、靴下、ストラップ、シール(シートに貼って起こせ、起こすななどとアピールする)が入っている。
折りたたみ式の歯ブラシはなかなかスグレモノ?だと思うが、機内のトイレはどこも水が出なかった。
もらっても機内では使用できない・・・旅先のホテルで使え・・・ということだろう?

3月7日 ドバイ→イスタンブール
うとうと寝たような寝ないような???やはりエコノミー席ではゆっくり休めない。
気がつくともう朝食。
朝食 オムレツ
オムレツと魚(サケ)のチョイスができたが、オムレツにする。こちらも大変おいしい。
早朝5時10分 ドバイに到着。ドバイ基本情報はこちらをどうぞ。
ドバイはうまい?
ドバイの観光ガイドさんと落ち合うまで時間があるので、空港を出たところにあるCafeで一休みする。
空港内はものすごくきれい!さすがドバイ!!Costa Coffeeで入念な?作戦会議モカを飲むがデカイ!
ここのCafeでまずビックリ!
出てくるモノの量が多い!私はモカを頼んだが写真のような大きさ。
そしてフルーツジュースは量も去ることながら実においしいのである。
みずみずしいフルーツそのまま・・・という感じ。
5人でUS$22 う〜ん これなら満足!?
8時きっかりに何回かMailでやり取りをしたArabian Explorersのカリア氏と落ち合う。
一見ヤクザ風にも見えるが、実は日本語堪能で冗談もよく言う楽しい人だった。
我々5人に1Box車1台+ドライバーさんとアシスタントガイド、それにカリア氏を入れて8人で観光地を回る。
ドバイマリーナ→パームジュメイラ→ジュメイラモスクの順に回る。
市内のビル群はすごい!地下道もどこも壁にきれいな絵が描かれ美しいドバイマリーナ
ちょっと走ってみてすぐに感じるのは、
砂漠の中だが恐ろしくきれいな街で未だ開発がどんどん進んでいること。
そしてイスラム教の国とは思えないほど明るく自由な雰囲気。
この日は金曜日(イスラムの休息日)で道路がガラガラに空いていたが
普段は交通渋滞も激しく移動は時間がかかるとのことであった。
パームジュメイラは上空から見ると椰子の木の形をした人口島である。
ここのそばにあるジュメイラビーチは特に美しかった。
この日はお休みでもあったので家族連れがこのビーチで何人か楽しんでいた。
ジュメイラビーチ  ジュメイラモスク
ジュメイラモスクは新しくきれいだが、新し過ぎるとなぜかありがたみが沸かない・・・
中はイスラム教徒ではないので入れなかった。
ガイドのカリア氏にいろいろ聞くとアラブ首長国連邦U.A.Eは
7つの首長国を集めてひとつの国を形成しており、その中でアブダビは一番大きく
面積は87%を占めているのだそうだ。
その中のドバイは人口140万人 80%が外国人で占めていると。
確かにガイドのカリア氏はインド人、ドライバーとアシスタントガイドはスリランカ人だった。
そして、限りなく発展中のドバイには世界中のクレーンの25%が集っている!ということだ。
ちなみにガソリンは50円/リットル 水より安い。
やはり現地に住んでいる人にいろいろ話を聞くとわかりやすい。
ジュメイラモスクの後はザビールパレス(王族の宮殿)に寄ってドバイクリーク(港)へ向う。
ここでのさすがドバイのお金持ち!と思われるプライベートな船がいっぱい!思わずため息が出る。
これ船です記念写真だけ撮った
ドバイクリークの後はバスタキーアの見学。
ここは昔ながらのドバイの居住区をそのまま保存している地区。
迷路のように巡らされた道を歩いていると実に楽しい。
バスターキ入り口 高い塔がシンボル路地で迷路のよう人が住んで実際使われているところもあり きれい過ぎる
砂漠の中で暑さを避けるためにいろいろ考えられて作られた街でなかなかいい雰囲気。
しかし、昔のままを保存してあるのではなくきれいに作り直してあるらしい・・・
何もかもが新しい感じでちょっと不満。
Bastakia
このあと行った運河の渡し舟が楽しかった。
安い料金で対岸のゴールドスーク(金の市場)とスパイススーク(香辛料市場)へ渡してくれる。
運河の渡し アブラと呼ばれる渡し船

新旧入り混じりの港 渡しのボート アブラの上で
今回スパイススークは休みだったが、ゴールドスークはOPENしていてその通りはキラキラしていた。
私たち家族にはあまりにも円が(いや縁が)なさそうだったので早々に退散した。
ドバイではラクダも金?キンキラキンまん中怪しいアラブ商人
最後はドバイのスーパーに寄ってちょっと買い物。
12時過ぎ空港へ戻った。
早足にドバイを見て回ったがやはりその発展ぶりはすさまじい。
ガイドをしてくれたカリア氏に感謝。
ガイドのカリア氏やっぱり金?だぜ(手元は金の指輪)
さて、私たちは14時50分発のEmirates航空EK121便に搭乗。
イスタンブールへと向った。
エミレーツ航空機内食 羊のカレー美味!機内のモニター着陸時
機内食は羊カレーをチョイスしたがこれはうまかった。
飛行機はほぼ定刻17時50分にイスタンブール アタテュルク国際空港に到着。
(ドバイからイスタンブールまでは5時間弱)
イスタンブールの空港は、ドバイの空港に比べると夜に着いたせいもあってか?やや暗く感じた。
HISツアーガイドのフセイン氏に合流し、Grand HALIC Hotelに20時入った。
このホテルはHPにもあるように夜景が売りらしい。
少し腹が減ったので、屋上のレストランでBEERを飲みながら少しつまんで夜景を楽しんだ。
ホテル8Fレストランからの夜景
さあ、いよいよ明日からトルコの旅・・・楽しみだ。

3月8日 イスタンブール観光→アンカラ
朝5時半お祈り(アザーン)の声で目覚める。
まだ外は薄暗いようだがもう寝付けない・・・6時半のモーニングコールとともに起きだす。
トルコの朝食
7時からの朝食はバイキング。
噂に聞くおいしいパンは?チーズは?と気になるところであるが、
パンもチーズもたくさんの種類があって実にうまい!さらにトマトがうまいのである。
大体トルコの朝食はパターンが決まっていて、数種類のパンとチーズと野菜
オリーブや乾燥フルーツにチャイ・・・というパターンのようだが、
このおいしいパンにチーズや野菜をはさんでいっしょに食べるのがよかった。

美しいイスタンブールの街
8時ホテルに迎えのバスが来て出発。
今回のツアーは日本のいろいろなところからイスタンブールに集ってきた旅行者がここで揃い
ここからまた集団で観光していく、というHISの募集型企画旅行である。
今回はトータル20人ほどの旅行者が集合したが、ほとんど20代前半くらいの若い人ばかり。
その中で私たち5人の家族旅行組はやや異色に写ったかも?しれない。
宿泊したホテルホテルの玄関にてホテル前でLEGACY発見
たまたまホテル前で旧型LEGACY発見。(私のLEGACYよりかなり古い)トルコでも頑張っているようだ・・・
さてバスであの名高いガラタ橋を渡って旧市街の歴史の中心地、スルタンアフメット地区へと向う。
こちらホテル隣のパン屋さん バスでヨーロッパ側の中心部へ向う
ここではまず、ヒッポドロームへ向う。
ローマの大競技場跡である。
隣には有名なスルタンアフメットジャーミィ(ブルーモスク)が見える。
このあたりは周辺すべてが有名な観光名所で続いており、どこでも歩いて行けるところがいい。

ヒッポドロームヒッポドロームで記念写真朝日越しのブルーモスク
トルコを代表すると言われているイスラム教寺院スルタンアフメットジャーミィ(通称ブルーモスク)。
壮大なその姿はイスタンブールの象徴ともなっている。

扉の向こうは・・・  スルタンアフメットジャーミイ
内部は一般観光客にも開放されていて入ってみたが素晴らしい。
広くてきれいな絨毯が敷き詰められ高いドーム状の天井がきれい。

ブルーモスク内部も素晴らしい
天井床の絨毯も美しいガイドの説明を聞く
詳細はガイドブックを見てもらうといいと思うが、
この寺院の大理石の上に座ってノンビリしていると時の経つのも忘れてしまうほど・・・

ブルーモスク 素晴らしかった・・・
ブルーモスクを出たのが9時45分 すでに陽は高く昇りポカポカ暖かい。
ガイドのフセインさんによるとつい1週間ほど前まで−5℃!と言う日もあり寒かったそうだ。
余談ではあるが、実はガイドブックを見ているとこの時期のトルコはまだ寒い・・・との情報。
気になって出発直前、トルコ在住のアマチュア無線家Yasar TA3D に状況をMailで聞いてみた。
彼からはすぐに返信があって「今は暖かいから問題ない」との話だったが
本当に暖かく旅行期間中は雨も降らずTシャツでもいいくらいのいい日が続いた。

続いて訪れたのはトプカプ宮殿。
宮殿の外も中も芝生が敷き詰められ庭の花や木がものすごく美しい。

送迎門
宮殿中庭入り口の門宮殿内部を歩く
詳細はガイドブックに譲るが、一息入れるのに絶好のCafeがあった。
ここからはボスポラス海峡とマルマラ海両方を眺めることのできる素晴らしいロケーション。
トプカプ宮殿屈指のロケーションである。
ここでチャイとプディングを食べたがこれが激甘!5人でチビチビ分け合って食べた。

素晴らしいロケーションのCafe問題のプディング うまいが甘い!チャイは優しい味
この後は午前中最後の観光場所であるオリエント急行の終着駅スィルケジ駅を見て終わり。
駅の中はホームまで自由に入ることができたが、列車は僅か数両しか見えなかった。

素晴らしい眺めだったスィルケジ駅
なかなか全部を見てやろうと思うと結構しんどい・・・やっと昼食。
昼食は海の近くのレストランで鯖のトマト煮?みたいな料理。始めて食べたがかなりおいしかった。
しかしBEERは高い!中ジョッキより小さいグラスで5〜7YTL(1YTLは100円くらい)。
おいしい料理にちょっと一杯・・・いきたいところだがそうそう何杯も飲むわけにはいかない。
1杯のみで我慢・・・
そしてパンは相変わらずおいしい。食事にパンはつき物でいたるところでおいしいパンが売られている。

イスタンブールは本当に美しい街鯖の料理はかなりいける無造作にパンが売られている
野菜もチョーおいしいもちろんチャイは付き物 うまい!レストランで出会った面白いオッサン自称イナモト
ここでは食事後ブラブラしていたら面白いヤツが声をかけてきた。
自称イナモトと名乗るこの男、レストランの客引きみたいだ。
なかなかお客さんが来ないので我々と日本語・トルコ語チャンポンで会話を楽しんだ。
日本人のお客さんも多く繁盛するときもあるようだが、今日は暇みたいだった。
先日Amazonを通じて買った「旅の指差し会話帳 トルコ語」がものすごく役にたった。

13時45分 食事を終えて観光バス(ベンツ製で乗り心地良し)で今度はアンカラへ向う。
アンカラはトルコの首都だが遠い。
イスタンブールからアンカラまでは約450Km高速バスで4〜5時間。
ボスポラス海峡にかかるボスポラス大橋を渡りアジア側に入って100Km/hでどんどん走る。

右前方ボスポラス大橋高速道路をひた走る17時撮影
アンカラのホテルに到着したのは、日もとっぷり暮れた19時半。
今日の宿泊はBuyuk Anadolu Hotel真っ暗だが、かなり大きいホテルのようだ。

夜の卓球大会
夕食は20時からホテル内のレストランで。
その後ホテル内をウロウロ見学していたら地下1階で卓球の音が聞こえる。
すると1台だけ卓球台があって二人で一生懸命対戦しているではないか・・・
ちょっと遠巻きに見ていたら、そのうちの一人が
「どうだちょっとやってみないか?」と言ってきた。(のではないか)
よっしゃ!ここは望むところである。
昔は卓球部だったし社会人になってからも10年くらいは続けていた。
相手はあまり慣れていそうに無いので、いっちょひねってやるか・・・
という按配で日本VSトルコ フレンドシップ卓球大会が始まった。

日本側トルコ側
結果は当然日本側の大勝利に終わるのであるが、ゲームのあとが面白かった。
なかなか英語が通じないので例の「旅の指差し会話帳 トルコ語」を出してきて身振り手振り。
どうも彼らが言うには、仕事は農業の技術者で
今日はその大会があって各地からその農業関係者が集い会議があったのだそうだ。

最後にみんなで記念写真 カミさん写す
1時間近く「あ〜だこ〜だ」とやっていて、私たち家族と記念写真を撮って別れた。
言葉はそんなに通じなくてもハートは通じた。
実に楽しいひと時だった。
我々はこのホテルをそれ以降「卓球ホテル」と呼んで懐かしんでいる。


3月9日 アンカラ→カッパドキア
さて今日は世界遺産で有名なカッパドキアへ行く日である。
午前中はカッパドキアまでバスでまたしても4時間の移動。
8時にホテルを出発するが、朝気がついてみるとアンカラの空港のそばでなかなかいいホテル?だったようだ。

ホテルから見たアンカラ市内方向泊まったホテル なかなかデカいホテルだったトルコの大地をひた走る
ところでバスは昼食まで1回休憩を挟んだだけで4時間ミッチリ走り続けた。
そしてお楽しみの昼食。
ガイドのフセイン氏が「今日はどうぶつレストランです」と何度も言うのでどんな動物がいるのか?
楽しみにしていたのだが、これは「洞くつレストラン」であった。
しかし、頑張って日本語をしゃべっている彼になかなか忠告はしづらい・・・
結局最後まで「それはどうくつと発音するんですよ」と言えなかった。
ところでこの洞窟レストラン、本当に土の中に入っていく。

本当に土の中へ入っていく洞窟の奥へ入る
50mほど入ったところが広くなっていて、テーブルと椅子が用意されておりそこで昼食である。
すでに他の観光客も数組来ていて食事をとっていた。
いつのまにか民俗楽器の奏者が現れ音楽が始まると、そこは洞窟の中。
スピーカーなど無くともいい具合に音が反響して聞こえてくるのである。
ところで料理の方はなかなかおいしかった。特にナスの料理がチョーうまい。

中は薄暗い中央で民俗楽器を弾くおじさん記念写真
この洞窟レストランから30分ほど走ったところがカッパドキアの中
パシャバー地区にあるキノコ岩。
シメジのような(ガイド氏曰く)面白い形をした岩がいっぱいある。
そして中はかつて人が住んでいて空洞になっており、気に入った岩の中を探検?できるようになっている。

面白いキノコ岩キノコ岩 いつ崩れるかわからない・・・注意中へ入れる
そして様々な形をした岩があちこちに点在しそれらを回って順番に見ていく。
内部奥ラクダ岩ラクダ岩を持ち上げるあずさカッパドギア全景しめじ?岩本物のラクダもいる
ここカッパドキアは海外からの観光客も多いが、トルコ国内からの観光客も多くみんな気軽に話しかけてくれる。
記念写真トルコ国内からの観光客も多い
そしてこのあとお邪魔したのが岩の中に実際住んでいる方のお宅。
カッパドキアでは、雨などによってこの不思議な岩の風景が少しずつ変化していっているそうだ。
その岩の中に住んできた歴史や文化、景観を守るためにこの岩の家に住んでいる家族がいる。
その家族の岩の家の中を訪問した。(今回のツアーコースに入っている)

岩の家岩の家は意外と心地よかった 右端はストーブ誰もいなくなって絨毯の上でくつろぐ淳
岩の中をきれいにくり抜いて床には絨毯が敷き詰められていた。
ここの家族はみんなフレンドリーで、特に子供たちがよかった。

出たっ!!のび〜るトルコアイス
この日最後に訪れたのはトルコアイス屋さん。
日本でもよく売られているあのビヨ〜ンと伸びるアイスである。
一度は食べてみたかった本場のトルコアイス!1ヶ2YTL(約200円)

アイス屋さんのパフォーマンスが面白い バニラとチョコとレモン味
このアイス売りのおじさんのパフォーマンスがものすごく面白く、これにつられてつい買ってしまう。
味は日本で売られているもののほうが少し上?
このアイス屋さんを出たところで時間は17時。
奇岩に囲まれた道路を今夜のホテルへ向う。

ホテル ゴメダ
今夜のホテルはHotel Gomedaカッパドキアの中、岩だらけの中に立つホテルである。
17時40分到着。
部屋の床は本物の木で作られていてきれいな気持ちよいホテルだった。


3月10日 カッパドキア→アンカラ(アンカラエクスプレス)
今朝もホテルでおいしい朝食。
大体トルコの朝食はメニューが決まっていてパターンがよくわかってきた。
パンとチーズ(どちらもかなりおいしい)、野菜は基本トマトとキュウリ、ゆで卵、スープ
それにチャイ(もしくはコーヒー)など・・・
ホテルによってそこにベーコンやソーセージなどつくがいずれもおいしい。
朝食風景
 パンは自分の欲しい分だけ切ってとる おいしい
どこのホテルも食事についてくるパンが実においしい!
そしてトルコではジャムの種類が多い。
サクランボやイチゴ、珍しいのはバラのジャム、ほんのりとバラの香りがする。(中に花びらも入っている)

今朝はいつもより1時間遅い9時出発なので少し楽だ。
さて本日の最初の訪問場所はギョレメ屋外博物館。
ここにあるのは岩窟教会、普通の教会と同じように丸天井のものもある。
至るところに穴があいている岩山が住宅地下へ進む所々雪が残っていた
こちらも鮮やかな壁画中へ入ると美しい壁画が見られる
ここは昔作られた洞窟での生活空間をそのまま保存して残している。
とくに教会はかなり重要な価値があるようで、中に描かれている壁画は色鮮やかに残っている。
また、キリスト教とイスラム教両方の存在が認められるのは極めて珍しいとのこと。
そして、ここではとても楽しい人達に出会った。
トルコの人達は皆親日? 一見 具志堅?
観光客(団体さん?)の写真を撮るのが本業?と思われる人達とここの博物館関係者。
みんな手持ち無沙汰にしていたので「Merhaba」(こんにちは)と挨拶すると
どこから来たのか?ここはどうだ?などと話をすることになりワイワイガヤガヤ・・・
ちなみに右写真の一見具志堅?と思われる方は写真屋さんのAdemさん。
いっしょに話をする時間はそう長くはなかったが、みんな手を振ってニコニコ笑顔で別れた。
ここの構造物も雨や大気の影響によって徐々に侵食されてきていて、保存状態を維持するのが大変とのこと。
ただの観光地を見ただけで終わることなく、現地の人と触れ合えると面白い。
ガイドのフセインさんと
続いて訪れたのが、焼き物のお店。
ここを流れる赤い川(クズル川)の粘土質の土を使って美しい焼き物が作られている。
作業中 見事な美しい皿 でもチョー高い 高価な皿に何をする?
ここにはかなり有名な陶芸の先生が作品を焼いているそうで、名前をギャ???何とかと言っていたが
ややこしい名前なのでケチャップ先生・・・と呼ぶことにした。
が、このケチャップ先生の作品はほんとうに素晴らしいものも多かったが、いかんせん値段が高い!
当初の予定ではここで我が家で使う皿を購入予定であったので
いろいろ探して通常家庭で使える手頃なものをいくつか購入した。
(ほんとうにいいものがあるのだが高くてテが出ない)
詳細はおみやげ品のページで。

お昼ご飯はまたしても洞窟レストラン。
今度はクズル川で捕れるマスの料理だったが、こちらもおいしかった。
食事はこのツアーにはすべて付いているのでお金はいらないのだが
いっしょに頼む飲み物が高い・・・のである。
ここではBEERが7YTL,スプライトやジュースが5YTL、チャイが3YTL、水4YTL・・・
通常のお店で買う価格の3〜5倍の値段である。
長く旅してくるとその傾向がわかってきたので、
飲み物代はちょっと押さえるようにしてくるのが経費を安くあげるコツ?である。

トルコ美人と空飛ぶ絨毯
午後一番の訪問先は絨毯屋。
こういうお土産屋さんはこの手のツアーには付き物である。
あまり買う気はなかったが、いろいろ見ていると美人が多い!
絨毯よりもそちらのほうが気になってしまう・・・
絨毯織娘さんその1 絨毯織娘さんその2 こちら販売促進員?とあずさ
いかにも・・・という感じのトルコ美人 手を休めてカメラに向いてもらった
ここで作られている絨毯はすばらしいものだったが、やはり高価。
しかし買うつもりでここへ来る人はいいのを買って行くのだろう。
ここで織り上げられた絨毯は空飛ぶ絨毯?となって世界各地へ飛び回るのだ。
いくら安くする・・・と言われてもベースが高いからどうしようもない・・・
今回のツアー参加者の平均年齢はだいたい20代前半くらいで、お金のありそうな年代は
我々家族ともう一組くらい・・・
気が付くと必然的に絨毯の売人はそれとなく我々のそばにまとわり付く。
(売人は皆それなりに巧みな怪しい日本語を使う)
何とか振り切ろうと話をそらしていたら、なかなか上手に日本語を話す売人だけが残った。
中央黒のスーツ姿の男性がコジマデンキにいたという売人 とても買えない高級絨毯にこのときとばかりにまとわり付く
この売人よくよく話をすると、前に福井にいたことがあると!
どこにいたのか聞き出すと福井市大和田のコジマデンキで働いていたらしい。
話に熱が入ってくるともう絨毯販売はそっちのけで、大和田周辺の地図まで書き出した。
さらに越前ガニを食べたそうだが、アレルギーで気を失ってしまい
気が付くと病院のベッドの上だった・・・とか。
絨毯は買わなかったがかなり面白いところだった。
ちなみに絨毯の価格というのは、紋様や色、厚さなどで決まるものではなく
かかった日数がそのまま価格に反映されるということだそうだ。
1ヶ月の平均収入が10万円とすると、
良く慣れた織娘さんが2ヶ月かかって織った物は20万円・・・という具合だそうだ。
いつかは、高級絨毯を我が家にも・・・

さてこの後訪れたところが本日の最後の観光地、カイマクルの地下都市。
蟻の巣?のように地下8階まで続く住居である。
地下に礼拝堂や学校、厨房、井戸、食料庫などなんでもあり一時は2万人が住んでいたこともあるとか?
ただここの歴史には謎が多く、イスラム教徒の迫害から逃れたキリスト教徒が隠れていた?という説もある。
地下都市への入り口通路は狭い部屋はそこそこの広さがある
地下4階まで行ってみたが、通路は恐ろしく狭く私のような大男はかなりつらい。
そしてその狭い通路がずうっと続いていると、ちょっと怖い気もする。
万が一停電して真っ暗になったら?閉所恐怖症の人は?地震は大丈夫?
など考え出したらキリがない。
よくこんな穴を掘ったものだ・・・ 至る所で他の通路との連絡用穴あり
このカイマクル地下都市には、あまり長く居ることはできなかったが
こんな地下都市の多きいのがまだ他にもある・・・ということなのでなかなか不思議なところだ。
このカイマクル地下都市を16時に出発し、今夜アンカラ発のアンカラエクスプレスに乗車するため
再びバスに揺られてひたすらユーラシアの大地を疾走する。

ユーラシア大地を疾走する・・・

アンカラエキスプレス(夜行列車)の旅は最高!
トイレ休憩に1回ほど停車しただけで本当にトルコの大地をバスは走り続けた。
JRではなくトルコ国鉄TCDDのアンカラ駅についたのは20時過ぎ。
平均時速90〜100Km/hで4時間なので350Kmくらい走ったか?
そして、どこへ行っても鉄道の駅というのは風格というか風情があるものである。
アンカラ駅外観 なかなか立派待合室の時刻表ホーム 列車はまだ入っていない
トルコの鉄道駅というのは改札がない。
従ってホームは誰でも出入り自由、ただし乗車するときには車掌にチケットを渡さなければならない。
私たちツアーの一同は夕食のため駅のホームからちょっと入ったところにある食堂へ入った。
中は列車に乗車するためのお客さんの待合食堂?みたいな感じで
それぞれワインやらBEERなんぞの入ったグラスを傾けながらにぎやかにやっていた。
大勢のお客さんの中に何人か楽器を持った人がいて
お客のリクエストに応えて演奏して歌ったり・・・歌声食堂?みたいですごくいいBGMになった。
それはもう賑やかで異国に来た・・・という感じ。
であったが日本人旅行客も多く、どうもこのアンカラエクスプレスには相当な日本人が乗る気配。
ここでは初めてTUBORG BEERを見た ドアの向こう側がホーム
トルコへ来てここで初めて国産のEFES以外のBEERが登場した。
ネパールで毎度おなじみのTUBORGである。
ここでは1本7YTLだったが、イスタンブールへの思いを馳せて2本いただき。
アンカラエクスプレスは22時30分発。
出発まで少し時間があるので駅の構内をいろいろ見て回った。
気になるのが駅の売店、いわゆるKioskというやつである。
駅売店なんでもある 気のいい売店のおじさん こちら列車の食料積み込み部隊?
駅のホームは基本的にそんなに明るくないが、一部明るく人のいるところが売店である。
Bufeと書いてありおいしそうな食べ物がズラリと並んでいる。
ここでTUBORGのBEER(500ml)2本とつまみにピスタッチオを購入。
BEERは1本3YTL、ピスタッチオは1YTL.。
レストランはショバ代もあろうかと思うが2倍以上の値段・・・観光客の行くところは何でも高いのである。
22時前そうこうしている間に我々の乗る列車が機関車に引かれてホームに入ってきた。
白い車体にブルーと赤のストライプが入ったシンプルなデザイン。
TCDDアンカラ駅ホーム出発前 アンカラエクスプレスと書かれたプレートが見える
実はこの歳になるまで寝台列車などというものには縁がなかった。
それが初めて乗る寝台列車が海外・・・ときたものだから、もうワクワクしてたまらない!
中は2人用のコンパートメントになっていて、座席の背もたれを倒してベッドにする。
同じ室内に冷蔵庫、洗面台もセットされている。
正面にある物置台の引き出しを引っ張り出すと机になり、備え付けのスリッパをはくとリラックスできる。
車内廊下室内はそこそこ広くリラックスできる備えつけの冷蔵庫 食べ物はサービス(BEERは持ち込み)
熱いお湯の出る洗面台窓にはトルコ国旗の星と月娘たちは机の上で絵葉書を書いていた
シートに腰をおろし缶BEERをプシュッとやり出した22時35分
列車はゆっくりと動き出した。
トルコ式トイレ
参考までにトイレはいわゆるしゃがむトルコ式と洋式のものが
1両に一つずつ装備されていた。

3月11日 アンカラエクスプレス→イスタンブール観光
列車の旅は楽しい。寝ている間に目的地に着く上、車窓の景色はどんどん変わっていく。
寝台列車は良く寝られるのか?疑問に思われるかも知れないが、よく寝れた方だと思う。
レールの継ぎ目のカタン・ゴトン・・・という感じはあまり感じられず非常に滑らかな走りだった。
しかし、ただひとつ気になることが・・・
たまに駅に停車するのだが、まれに連結器に遊びがあるようなガツン!!とくるショックがある。
小さなショックならいいのだが、たまに不安定な体制だと
ベッドからずり落ちてしまいそうなときがある・・・
それさえなければアンカラエクスプレスの旅は全く問題なく素晴らしいのだが。

ところで楽しみにしていた朝食!
しかも食堂車での朝食とくるから、これはもう素晴らしいことが予想される。
7時に息子とともに食堂車へ向う。

2段ベッド流れる車窓を眺めながら朝食の時間は混む
ガイドのフセインさんと朝食
やはり朝食は期待を裏切らなかった。
流れる車窓の景色を眺めながらの食事は最高である。
メニューはトルコの標準的な朝食メニューだが、車窓の景色の演出がVery NICE!
朝食の基本メミュー+これにパンがつく 長い・・・ 皿や小物はRayl Restaurant専用
朝食を終え7時55分 アンカラエクスプレスはイスタンブールのアジア側に到着。
到着する前に車掌さんが各コンパートメントを回りながら
「イスタンブール・・・」「イスタンブール・・・」とアナウンスしている発音が独特で心地よい響きだった。
イスタンブール駅
駅のホーム市内は朝の渋滞
駅では我々の観光バスが待ち受けていてくれ、そのバスに乗り換えてグランドバザールへ向う。
ところが我々の降り立ったイスタンブール駅はアジア側。
グランドバザールはヨーロッパ側にある。
ヨーロッパ側へ渡るにはボスポラス海峡(アジアとヨーロッパを分ける海峡)にかかる
ボスポラス大橋を通らなければならないのだが、朝の大渋滞・・・
バスの先頭の座っていた場所から見ると、ずっと先のほうまで車の列が続いていた。
そこで何気なく前の方を見ていたら、人が渋滞の車の間を縫って歩き回っているではないか!?
ちょっとアブナイんじゃないの〜と思っていたら、これはサンドイッチ屋だった。
渋滞して止まっている車の運転席側に走りよりサッとサンドイッチを渡し金をもらっている。
車はジワジワ進んでいくので、お声がかかるとサッと行って車の動きに合わせて
歩きながら販売、料金徴収しなくてはならない。
そこはさすがに慣れたものでうまい!
さらに観察していたら、今度は飲み物販売もやってきた。
サンドイッチ売りこちら飲み物売りパン屋さん
みんな売りに回るところは、他の道路との合流ポイント。
合流点は渋滞が激しく、みんな朝食を食べずに出勤途中?のせいか、かなりよく売れている。
イスタンブール市内ボスポラス海峡を隔ててアジア側とヨーロッパ側を行き来できる橋は
このボスポラス大橋とファーティフ・スルタン・メフメット橋の二つしかない。
従ってこの二つの橋に車が集中するのは目に見えてわかっている。
売れ具合もいいことから、いいところに目をつけた商売だな・・・と感心。いかにもアジア的。

いつも楽しいバザール歩き
さておよそ1時間半ほどかかってやっとグランドバザールへ到着。
ここでは15時45分までフリーな時間、バザールと聞くだけで心がうきうきしてくる。
「地球の歩き方トルコ編」の地図を駆使して、すべてアーケードになったバザールの中を歩く。
しかしさすが大都市イスタンブールのバザール、広いし人もめちゃくちゃ多い!
しかもちょっと歩くだけで「ジャポン」「コンニチワ」「ナニカウ?ヤスイ」
などというカタカナニホン語がボンボン出てくる。
とりあえず目的意識を持って動かないことには時間だけがいたずらに過ぎていく。
と言うわけで友人・知人へのおみやげを探そう・・・ということにした。
バザールへの入り口 
バザールの中 ランプ屋さん?
しかしバザールは広い!そして人もモノも多い!
あまりフラフラして歩いていると帰り道がわからなくなってしまう。
灯り屋さん?
チャイのグラスSaz 民俗楽器
Tシャツおみやげ用お菓子???

何軒か値段を聞いて回って相場を確かめる。
どこでもよく出てくるチャイのカップを買おうかと思って値段を聞くと6Setで25YTL。
高いから負けろ・・・言って粘ると15YTLまで下がった。
だいぶ安くなったが、「やっぱりや〜めた」と言って店を出ようとしたら
「10YTL!」の声がかかったが、やはりやめてしまった。
このあたりの駆け引きはネパールといっしょだが、ネパールのバザールほどしつこくない。
結局、何軒か回ってバザールの出口近い店で
お菓子をまとめ買いすることで安くするよう折り合いをつけ購入。
生地屋さん茶碗屋さんお菓子屋さんのオヤジ
お菓子を購入した店アクセサリー屋さん楽器屋さん

面白かったのは楽器屋さん。
長男の淳が民俗楽器のSaz(ギターのような弦楽器)を見たい・・・といって何軒か回っていたときのこと。
実に楽しそうにSazを弾いて見せてくれるお店があり調子に乗って
長女あかねがマラカス、私がカスタネット、淳がタンバリンで即興の演奏をはじめた。
これが意外とピッタリマッチして実に楽しい・・・
結局、楽器は何も買わなかったが店主も演奏を楽しんでいたようだ。
あまり押し売りをしないところがネパールのバザールと違っていいところか?
(でもちょっと物足らない?ところが無きにしもあらずだが・・・)
バザールの中をあれこれ回ってもう一軒小さなお菓子屋さんに入る。
ここでは割と小さめだが、いろいろな種類のお菓子やチャイを購入。
重量もかなりになってきて持つのがつらくなったので
この店でおみやげ品全部を預かってもらい、昼食をとることにした。
どこか推薦の店はないか?と店主に聞くととてもいい店がある・・・と。
近くだが、はじめて行く人はわかりにくい・・・ということで店員さんを道案内に付けてくれた。
そのお店は、バザールのアーケード街から少しでたところにある「BAHAR」というお店。
地元の人が利用するお店ということだったが
中はきれいで清潔だが、メニューを見てもさっぱりわからないのでショーウィンドウの中の
いくつかの料理を指差して頼み、席について待つことにした。
オーダーした料理はナス料理やひき肉に卵を入れたもの、肉料理など名前は不明だがとてもおいしそうだった。
ショーケースの中のものを指差してオーダーする これがうまい!
さて食事が出てくるまでBEERでも飲むか・・・
と思って店の人に頼むがさっぱり要領を得ない。
散々聞いてみたら・・・「無い」と。そうここはイスラムの国なのだ・・・
肩の力がガクッと抜けたが宗教上のことだから仕方ない。水で我慢することとした。
しかし、ここの料理はかなりうまかった!
家族みんなでうまい!うまい!の連発。
若そうな店員さん
店員さんと記念に写真まで撮って店を出た。
おいしいトルコ料理についてはこちらのページを御覧ください。

昼食後はチャイの屋台で一服。
チャイ屋のオヤジオレンジ茶とレモン茶出前が多い
バザールのチャイ屋というのは観察していると
その店で飲むお客さんの数は多くはないが、出前の数は相当なものである。
注文が入ると運び人は金属製のお盆にチャイをいくつか乗せてバザールの中へ消えていく。
確かにバザールのお店では、みんなお客さんと談笑しながらチャイを飲んでいた。

チャイ休憩後は二手に別れて行動。
あかねとあずさはバザールの近くにあるイスタンブール大学を訪問。
残った3人でバザールから海のほうへ歩いてみることにした。
イスタンブールはひじょうに坂道の多い街である。
海までは下りなのだが帰りこの坂を登ると思うとぞっとする・・・
坂道の続く街 石畳が美しい
海まで降りてくると今度はガラタ橋が見えてくる。
歩いていくにはちょっと遠そうなのでタクシーで行って見ることにした。・
ガラタ橋では釣りをしている人の多いこと!
ほとんどアジ釣りのようだが、噂に聞くガラタ橋をこの目で見ることができうれしかった。
ガラタ橋上で釣りを楽しむ人々
そして行ってみてわかったのだが、ガラタ橋というのはまん中あたりは船が通るのだが
橋の下の、ある程度たもとに近いところは店が出ているのである。
熱心な釣り人が多い 橋の下はいろんなモノを食べさせてくれるお店が入っている
そこにはかの有名なサバサンドのお店もたくさん出ていた。
昼食を食べた後だったので、サバサンドは明日にすることにしたが、かなりいい匂いを放っていた。
さて、ここからまた待ち合わせ場所のグランドバザールまで帰ろうと思うと
今度はあの坂道を登っていかないといけない・・・考えた末トラム(市内電車)を使うことにした。
トラムは市内のヨーロッパ側旧市街を中心に走っている路面電車で
数分おきに走っていて便利そうなので一度乗ってみようと思っていた。
駅の横でジェトンと呼ばれるコインを購入する。
どこまで乗ってもどれだけ短くても1.3YTLである。
(このトラムはなかなか便利で翌日も利用した)
旧市街を走り抜けるトラム
ガラタ橋からグランドバザールまでは、トラムで10分もかからなかったがやはり坂道は多かった。
あらかじめ決められていた集合場所に向うと、あずさとあかねが
アイスクリームを食べながらみんな集ってくるのを待っていた。
話を聞くと二人でイスタンブール大学のキャンパス内へ入れてもらい
親切な学生さんに案内してもらった上、学食でもう一回昼食を食べてきたらしい。
イスタンブール大学入り口校門 中は広くて緑が一杯 緑が多いキャンパス
昼食招待 案内してくれた学生さんたち
なかなか楽しそうで学生さんにも親切にしてもらったらしい。

15時45分グランドバザール近くの集合場所に今回のツアー参加のみんあが
重そうなお土産をかかえて帰ってきた。
今回のツアーはこのあともう飛行場へ行って、普通通りのスケジュールの人は帰国の途につく。
が、私達家族は仕事の都合で帰国するあずさを除いて1日延泊することにしてある。
というわけで空港まで皆さんとあずさをお見送りしてホテルに戻った。
さてこれから夜の食事の場所を探さなければならない。
私たちの宿泊していたGrand HALIC Hotelはいわゆる新市街にあたり
買い物をする場所や食堂などは近くにはほとんどない。
というわけで、昼間うろうろしていた旧市街まで再び出かけることにした。
ホテルの前にいたタクシーに頼んで旧市街まで走ってもらうが
途中まで行ったところで渋滞で車が動かなくなってしまった。
と、タクシーの運ちゃんが何やらトルコ語で話してくる
トルコ語はまったくわからないのだが、トラムがどうのこうの駅が何番目?とか言っているようだ。
どうも「渋滞して車が動かないからトラム(路面電車)で行け・・・ここから乗れば○番目の駅だ」
と言っているようだ。
運ちゃんにここまで乗せてきてもらった礼を言って車を降り、目の前にあるトラムの駅へ行く。
そこはFindikli駅(フンドゥクル駅)だった。
夜のイスタンブール旧市街を走るトラム
1.3YTLのジェトンを買い、やって来た満員のトラムに乗って
Sultanahmet駅(スルタンアフメット駅)で降りる。
ここからガイドブックに沿って目的の店まで歩くが、ライトアップされたブルーモスクに驚き!
ライトアップされたブルーモスク
みんなでしばらく見とれてしまった。
しかし、イスタンブールはこの時期夜はまだ寒い・・・目的の食堂へ急ぐ。
メインの通りから外れ、ちょっと坂を下っていったところでやっと目的の店発見!
階段を降りた地下1階にその店はあったが、店内お客さんは誰もいな〜い・・・
やや不安になりつつも席に着くと店員さんはえらく愛想がいい。
これに気をよくしてケバブを頼んでみる。
しばらくして焼きたての暖かいパンがでてきたがものすごくうまい!
これは料理も期待できるか!?と思っていたら期待通り、いや期待以上!!
うまい!
ここでBEERを1本・・・と言いたいところなのだが、ここにも酒は無い。
おいしい店に限ってムスリム系なので酒はおいてないのである。
うまい! 店員さんもよかった
しかも安い!4人で腹いっぱい食べて飲んで27YTL。
このおいしいトルコ料理についてはこちらのページからどうぞ。
お店の名前はSADIRVANAここチョーお勧め。
店員さんも英語ができフレンドリーで退屈しないし何より楽しい。
帰りはタクシーを拾ってホテルへ向った。
が、このタクシーの運ちゃんがまたすごい。
日本人か?と聞いてきてイスタンブールはどうだ?いいところだろ〜?
オリエントエクスプレスの終着駅は行ったか?
あの駅はアガサクリスティーの何とかいう推理小説の舞台になったところだ、知ってるか?
ここでちょっと知ってる、と言ったらもうすごく喜んでほとんど正面を見ないで運転しながら話に熱中!
助手席の私の方へ向って、ツバキが飛んでくるほどしゃべるしゃべる。
「Safety Drive!」と言うとしばらくは前を向いているが、すぐにまたこちらを向いてしゃべり始める。
いやぁ〜参りましたが面白かった。
トルコの人は皆面白い!帰りのタクシー代17YTL。
21時過ぎ 無事ホテルに到着して楽しいイスタンブールの一日は終わった。

3月12日 イスタンブール滞在→ドバイ
本日は1日延泊して終日自由行動できるが16時まで。
それまでに見るところ、買い物などは済ませないといけないから忙しい。
でも朝はゆっくり。8時にいつもの朝食バイキング。
そのあとパッキング・・・でも思ったほど荷物は多くなく今回は余裕。
パッキングはいつも大変 黄色い建物が我々の宿泊していたホテル
10時にホテルを出発する。
ちょうど日本に着いたあずさから携帯メール着信「無事着いた」と。
私達4人もホッと一安心。(なかなかSoftBank3G携帯は便利)
本日の予定ではまず、ガラタ橋へ向かいボスポラス海峡クルーズを行う。
そのあと昨夜行った食堂へ再度行き昼食、その後はバザールと寺院巡りをすることにした。
荷物をホテルで預かってもらい表に出てタクシーをつかまえる。
行き先をガラタブリッジと言ったが、運ちゃんは全く理解してくれない。
何度説明してもわからないようなので「旅の指さし会話帳」を引っ張り出して
索引から単語集から「橋」の単語を探し出すと「Kopru」と書いてある。
ガラタコプル・・・と言うと運ちゃんは大きくうなずいてわかった、と。
なかなか日本語も英語も通じないと大変だが、今回の旅ではこの指差し会話帳にかなり助けられている・・・
ほどなくガラタ橋に到着。
ガラタ橋のたもと 小さな船に乗った
さっそくボスポラスクルーズの船を捜すが、どの船も大型の船で20YTLからの値引きは難しい。
うろうろしていたら、どこからともなく現れたおじいさんが声をかけてきた。
じいさん「ボスポラスクルーズは行かんかね?」
私「いくらだい?」
「2時間で20YTLだ」
「えーッ20YTL!それは高い!安くならんかね」
「だめだこれ以上は負けられん・・・ガソリンも値上げしてウチも苦しいんだ・・・(と言ったかどうか?)」
「しょうがない・・・それじゃ他を探すわ」
「ちょっと待て・・・それでは1時間半17YTLでどうだ?」
「え〜1時間半なら15YTLじゃないの?」
「いやぁ〜そんな安くできんのよ。燃料代高いんじゃから・・・」
「しょうがないそれじゃ16YTLでどうだ?」
「(しぶしぶ)あんたらには勝てんわ(と言ったかどうか?)わかりやした16YTLで回りやしょう」
ということで何とか1時間半1人16YTLでボスポラスクルーズに行けることとなった。

じいさんのボートは橋からちょっと離れた所に停泊してあった小さいものだったが
恐らく昔の漁船を改造したか何かなのだろう、かなり使い込んであるようだった。
10時半 船は私達家族4人だけの貸切状態で出航した。
ボスポラス海峡へ出ると風はちょっと冷たいが心地よい。
船を出す準備のじいさん 
動き出すと船内移動は揺れて大変 港周辺船は多い
この海側からイスタンブール市街を見ると、実に美しいヨーロッパ風の街だということがよくわかる。
その中にモスクが所々見える。
船から見える街並み

ボスポラス大橋舵をとるじいさん海峡は船の通行も多い
ボスポラス海峡周辺は船の往来がものすごく激しい。
しかもじいさんの船は小さな船なので横を大きな船が通ったりすると揺れる揺れる・・・
しかしこの道何年かわからないが、このじいさんの腕を信用して行くしかない。
相当な通行量のある海上をひょいひょい?と船をあやつり、ボスポラス大橋の下でぐるりとUターン。
帰りは来た方向とは反対側の岸に沿って元の岸壁に戻ってきた。

美しいイスタンブールの街並み
船を下りたらピッタリ1時間半!さすが!
小さな船だったので(一般的に観光客が乗っているのは何百人も乗れる船)ちょっと心配だったが
小回りも利くしノンビリと海上からの景色を楽しむことができた。
下船するときに16YTL×4人=64YTLだが+1YTLして渡した。
「楽しかった、ありがとう」と言ったらじいさんも喜んでいた。
しかし、そんなに面白かったんならもっと金払ってくれ〜と思っていたかも知れない。
船着場 モスクが見える
船に乗せてくれたおじいさん渋いじいさんだった
船を下りたところは船乗りのおじさんたちの溜まり場?みたいで、みんなチャイを飲みながら談笑中。
「Merhaba(こんにちは)」と声をかけるとみんな愛想よく返してくれる。
気のいいおじさんたち
猫はいやがっていた
ここの船着場の隣はバスターミナルになっていて多くの人の往来がある。
その中を抜けてガラタ橋のたもとへと向う。

念願?のサバサンド
人の出入りが多いせいか、パンや焼き栗の屋台もたくさん出ていてちょっと食べてみたい気もする。
が、ここは何と言ってもガラタ橋名物サバサンドだ!
前からここのサバサンドを食べるのが目的だった。本当にうまいのか?

ガラタ橋のたもとは大きな広場になっていてたくさんの人がいる。
歩いているとそこらじゅうから声がかかる。
「サバサンド?
「サバサバ!」そこらじゅうでサバサンドを売っているようだ。
値段はどこも同じで3YTL。その中のひとつの店(というほど高級なものではない)に入る。
岸壁の上にテントを張って、その下に椅子と机代わりの台を置いただけの簡単な屋台である。
みんな適当に好きなところに席をとって座る 
サバは船の上で焼いている しかも鉄板焼 塩とレモン汁をパッとふりかける
しかもサバを焼いているのは岸壁につけた船の上。
鉄板の上で一度にまとめて焼いていて、焼きあがるそばから飛ぶように売れていく。
こんな屋台船が何艘かいてみんないっせいにサバを焼いているので、あたり一帯はかなり焼きサバの匂いがする。
ところで味の方はどうか?というと、
これは間違いなくうまい!!!
サンドイッチはフランスパンを使っているが、1本をまん中で切って使っているのでパン1個で2食分。
中にはサバの切り身(3枚におろしたもので骨は無い)にタマネギのスライス
それにレタスがちょこっと入っているだけで実にシンプル。
しかし、サバの味もそうだがまずパンがおいしい!
外側の皮の部分は日本で食べるフランスパンよりずっとやわらかく、中身もモチモチとした感触でうまい!
そしてサバには塩をパッとふりかけ、さらにレモン汁もパパッとかける。これがポイント。

これがガラタ橋名物サバサンド
実は実際食べて見るまで味のほうは半信半疑だったのだが
一口食べてみてその思いは一気に吹き飛んだのであった・・・

サバサンドはどうしても食べたかったの軽く食べたが、やはり昼食はとらないといけない。
かねての予定通り、昨夜行ってチョーおいしかったあの店に行くためトラムに乗る。
夜行くとよくわからなかったが、昼間は結構いい通りだ。
今度は迷わずすぐに店に着くことができた。
石畳の通りをお店に向う店の入り口メニュー豊富
今日はメニューもだいたいわかってきたので注文も楽だ。
私は食べたかったドネルケバブ(肉の塊を上から突き刺してグルグル回しながら焼きその肉をそいで食べる)を
注文した。
ここのお店料金は庶民的で味もピカ一なのだが、いかんせんBEERが無い。
ここはグッと我慢してAyranというヨーグルトにした。
おいしかったランチメニューはこちらからどうぞ。
今日も愛想のいい青年が私たちの話しの相手をしてくれた。
名前を聞いたらErcanと言っていた。(24歳)
彼を見るためにこの店を訪れてもいいかもしれない。
あかねとErcan青年ここの飯はうまい!ここのお店の看板娘ドネルケバブ 横から火が出て回しながら焼く
今回の昼食は4人で29YTL。庶民のためのおいしい店だ。
2回の食事をお世話になりErcan青年には、これで日本へ帰るから・・・と挨拶して分かれた。
イスタンブールはやっぱりASIAだ・・・
腹ごしらえのあとは、最後の買い物兼バザール探検だ。
ガラタ橋近くのリュステム・パシャ・ジャーミーというお寺がいい、と聞いたのでそこへ向う。
近くにはもうひとつのバザール、エジプシャンバザールもある。
今度は下り坂なのと腹こなしのため、トラムを使わず街を見物しながら歩いて行くことにした。
すごい坂道をトラムが行く 街並みはなかなかいい 歩くといろいろなモノがゆっくり見れていい 
途中道に何度か迷いながらも、地元の人に聞くとみんな親切に教えてくれる。
30分ほど歩いて、まずエジプシャンバザールに着いた。
エジプシャンバザールはその昔、エジプトからの貢物を集めて市が開かれたことからその名がついたとか?
グランドバザールよりは規模は小さそうだが、売っている品物は庶民の生活必需品・・・という感じ。
ためしにチャイのカップの値段交渉をしてみると
グランドバザールの半額くらいで買えることがわかった。
グランドバザールは観光客、エジプシャンバザールはイスタンブール庶民の台所か?
ということがわかってきたので、チャイカップ皿をつけて5YTLで購入。
そのほかレモンの香りのコロン(イスタンブールの人達が愛用している)も1〜2YTLとかなり安い。
かなり賑やかな問屋街干し杏の山庶民の生活用品が多い
エジプシャンバザール美しいチャイカップ
売っている品物と料金を考えると、もっと早くこのエジプシャンバザールへ来ればよかった・・・
と思っても後の祭りである。すべての品物がグランドバザールより安い!
もっとたくさんいろいろなところを見たいが、最後の目的地リュステム・パシャ・ジャーミーを探す。
バザールの中で人に聞きながらやっと入り口を見つけたが、ホントにここなのか?
ほんの小さな看板がかかっているだけで、よほど注意していないと見過ごしてしまいそうだ。
しかもバザールからちょっと離れてはいるが、まだお店がいっぱいあり人通りの多いところ。
外にいた人に確認して、細い入り口から階段を上がる・・・
上へ上がると表の喧騒とはかけ離れた閑静なモスクが現れた。
明るく静かな中青い色のタイルをふんだんに使っているモザイクのタイルが美しい
そしてこのリュステム・パシャ・ジャーミーは
あまり観光客にも知られていないこともあって、訪れる人は地元の人だけみたいだ。
先に行ったブルーモスクとは人の数は大違いだが、ここのイズニックタイルで作られたモスクはまた素晴らしい。

しばらく見学した後モスクを出ると、またバザールの喧騒が戻ってきた・・・
バザールを出てガラタ橋に出ると、またあのサバを焼く匂いが・・・
ちょうど近くにチャイを飲ませる店があり、そこでもサバサンドを作っているようなのでここで一服。
どうもサバサンドはガラタ橋から離れるほど値段が下がるようで、ここの店では2.5YTLだった。
青空Cafe サバを焼いている レタスとタマネギをはさむ
ここでは目の前でサバを焼いてパンにはさむところを見ることができた。
作り方は至ってシンプルで見たそのままである。だが、なぜか本当においしいのである。
チャイが1杯4人で4YTL+サバサンド2ヶでトータル9YTL。
最後の食事はサバサンド
イスタンブールでの最後の食べ物は、やはりサバサンドだった。

このあとホテルまでタクシーで帰り、16時に迎えの車で空港へ向う。
無事19時10分発のEmirates航空EK122便に搭乗した。

長〜い一日 日本は遠い
これから後が長かった・・・
EK122便は無事定刻(1時15分)約4時間のフライトでドバイに到着したが、
ドバイから名古屋行きのEmirates航空EK314便に遅れが発生しているとのこと。
2時45分(もちろん午前です)フライトの予定が、何と6時半になる・・・と。
6時間余りの時間をこの空港内で過ごさなければならない。
あいにく休憩できるようなスペースはどこにも空きがない。
仕方ないので免税店などをウロウロしていたが、これは見るだけ。(ミルダケタダ)
ずっと立ちっぱなしもつらいので、スナックコーナーをウロウロしていたら
「ニホンジンデスカ?」と声をかけられた。
振り返ると、前にあるスナックコーナーの店員らしき人物が立ってこちらを見ていた。
なかなか流暢な日本語で「フルーツジュースはいかがですか?」
こちらももう疲れていたのでそれじゃちょっとノンビリ休むか・・・と思い、席に着くことにする。
が、あいにくトランジット待ちかなんかのお客が多く空席が見当たらない。
すると彼は、どこからか空いている椅子を寄せ集め、他のお客さんと合席だが
家族4人分の座れるスペースを何とか作ってくれた。
営業熱心か?なかなか親切な店員さんだ・・・と思って日本語はどこでならったのか?と聞くと
「ネパールカトマンドゥで勉強しました。私はネパール人で〜す」
我々一同「えええ〜っ」と驚き。
まさかドバイのこんな所であの懐かしいネパールの人に会うとは・・・
彼も大喜び。こちらも片言のネパール語を使って挨拶をかわした。
家族みんなネパールへ行ったことがある、しかもあかねは3回、私は9回行った・・・と言うとまた驚き。
信じられないような出会いにしばらく話が弾んだ。
やはり、ネパールではみんな仕事が無く、あいかわらず海外へ出稼ぎに出る状況は変わっていないようだ。
ドバイのマクドナルドで食べた「マックアラビア」
私たちの隣で食事をとっていた男の人は、これから上海へ帰るところだそうだ。
日本へも時々来る・・・と言っていたので何の仕事か聞いたら
サルベージの仕事をしていてドバイへもその仕事で滞在していたらしい。
空港という性質上のこともあるが、いろいろな国の人達と話ができるのは面白い。
彼の飛行機は定刻出発、ということで食事後いそいそとゲートへ向っていった。
別れ際に「再見!」というと向こうも笑って「再見!」と返してくれた。

結局ここのテーブルに居座ること約3時間。
フルーツジュース一杯で粘らせていただいた。
何事もなく粘れたのもネパール人の店員さんの親切によるものだった。
名前を聞くことはできなかったが、彼にも「ナマステ」と挨拶してゲートへ向った。
旅に出るとほんの些細な親切が心に滲みてうれしく感じる。
そしてASIAの人はみんなやさしい・・・と思う。
(ちなみにやはりドバイのフルーツジュースは量も多く、しかもかなりジューシーでおいしかった)

さて、名古屋行きEK314便のゲートは5時半に開いた。
しかしそこの中の待合室で待つこと1時間。
ボーイング777−500に搭乗できたのは6時半のことである。
それからも果てしなく10時間近い長時間のフライトである。
行くときは期待感もあるので、長時間のフライトもそんな苦にならないが
帰りは狭く窮屈なエコノミー席は、つらいだけの椅子にしかならない。
おまけに寝られないとあって散々だった。
さらに、名古屋到着時間は21時30分頃になりそう・・・
予約していた福井行き高速バスには乗れそうにない。
ちょっとためしにSoftBank3G携帯で、ドバイの空港から高速バスキャンセルの国際電話を福井までしてみた。
+81を入力してダイヤルするだけ。2回ほどCallしてすぐに女性の声が聞こえてきた。
まるで、すぐそこで話をしているくらいはっきり聞こえる。
しかもディレー(音声の遅れ)もまったく感じることはない。
本当にすごい時代だ・・・と思った。

結局、私たちの乗った飛行機は16時50分到着予定を大幅に過ぎ
21時20分頃中部国際空港に到着した。
空港イミグレーションでは日本人の列に並んでいたら、警備の人に外国人に間違えられ
「わしゃ日本人じゃ!」と言ったのにもかかわらず、パスポートの提示を求められた。
また、トルコの街中を歩いていたらトルコ人に間違えられたこともあった。
そういうとネパールでもよく現地の人と間違えられる・・・
そう、まるでカメレオンのような現地になじむ人間なのだった・・・
ところで!
当然福井行き高速バスにはもう乗れない。JRも無い。
と、思っていたところに、
航空会社より空港前のホテル東横インに宿泊場所を用意しました・・・とのアナウンス。
何とか事なきを得た。
世界では評判のいいEmirates航空だが、
今回の遅延で私個人の印象はあまり良くない。
おまけに1日早く帰ってきた次女あずさのイスタンブールからの席は
ダブルブッキングだった。
搭乗ゲートで紙に座席チェックまでやっていながら、
なぜこんな初歩的なダブルブッキングというミスが起こるのか?
他の友人は預けた荷物が出てこなかった・・・とか。
ちょっとおかしくない?
まったくQuickではなかったEmirates
翌3月14日は朝7時にホテルを出発して
名鉄→JRを乗り継いで福井の自宅に着いたのはお昼前だった。
帰りの電車の中から見えた「サンドーム福井」のあのドーム状の建物が
イスタンブールでいつも見ていた「モスク」にオーバーラップして見えたのは私だけだっただろうか・・・

Emirates航空の1件はあったものの、総じてこの旅は大変面白い旅だった。
トルコの人達はみんなやさしく私達家族に接してくれた。
メルハバ!(こんにちは)と挨拶すればみんなメルハバ!
ギュナイドゥン!(おはよう)と挨拶すればみんなギュナイドゥン!
そこから会話が始まり、また新たな人との出会いが始まる・・・
旅はホントに楽しい。
こんな家族での旅はもう楽しめないのかもしれない・・・
でも頑張ればまた行けるかも?
いつか来るかもしれないその日に向けてまた頑張ろう。

それから
1回しか行っていないトルコなのに
「地球の歩き方 イスタンブールとトルコの大地編」と「旅の指差し会話帳トルコ語編」は
もうかなり使い込まれた感じになってしまいました。

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