2008年7月26日〜29日
避暑には最高!富士山登山(3776m)


富士山に登るのはもう20年ぶりくらい?
過去に数回登ったことがあるが、一回登ってしまうともう登らなくてもいい・・・という感じの山である。
しかし今回は仕事で登ることとなった。
7/28と29日の両日、朝とお昼のテレビ番組の中継のため山頂の小屋に3泊もすることとなった。
富士山はナンと言っても日本一高い山、
下界の気温が35℃を越える中、山頂の気温は一桁である!
真夏とは言えこの山頂に滞在中は、おかげさまで涼しい(寒い)日々を過ごせた。
五合目から見た富士山頂方向
7月26日(土)
 五合目の小屋(2400m)に宿泊して放送用の機材を荷揚げ用のブルドーザーに積み込む。
今回の機材は1トンを越える重量だが、ブルを使えば楽チンである。
しかも2時間少々で山頂に着くらしい・・・
一部のスタッフはブルで上がったが、私の役目は歩いて登るスタッフのケア。
集団の一番最後からゆっくりと登って行くのが仕事である。
ブルに機材を積み込む 五合目歩き出し 六合目上部
9時10分 登山開始 15分ほどで六合目(2493m)の小屋を通過する。
20人以上のメンバーで年齢もバラバラなので、当然のことながらトップとラストの差は開く一方。
でもすでに標高は2600mを越えているので涼しい。
福井あたりの低い山とは訳が違う・・・すでに白山山頂の高度に近いのである。
10時20分 新七合目(2780m)到着
新七合目の小屋到着 上まで続く登山客
七合目から上になると登る人も多いが御来光を見て下ってくる人達とのすれ違いにも
時間をとられ、なかなか思うように進まない。
加えて風が吹くと火山灰状の細かい砂が巻き上げられる・・・
11時10分 元祖七合目(3010m)到着
3000mを越える高さは本当に久しぶりだが体調はいい。
12時 八合目(3250m)到着
ここで昼食にした。
五合目の小屋で作ってもらったおにぎりを食べる。
山をよく知っている人が握ってくれているのだろう、ほどよく利いた塩味がいい。
八合目の小屋 さすがに高度感あり さらに上を目指す
ここには小屋の上に鳥居がありさらに頂上へと道は続いている・・・
山頂はまだ・・・
13時15分 九合目(3460m)の小屋に到着
ここのちょっと上ではまだ雪を見ることができる。
この高さになると下のほうはガスで何も見えない・・・
あとはひたすら登るのみ。
九合目の小屋 まだ残雪が見られる
14時 九合五尺の小屋(3550m)を通過
ここが途中最後の小屋になる。
頂上小屋の前にいる人達はすぐ上に見えるのだが、なかなか近くならない。
上に見えるのが山頂小屋 後ろに見えるのが9合目の小屋 山頂まではもう少し
15時 ようやく山頂の小屋に着いた。
標準タイムで5時間のところを5時間50分だからこんなものか?
メンバーの中には初めて登る・・・という人が数人いたのだが、それなりに大変だったのではないかと思う。
山頂への鳥居 山頂富士館 中央が山頂剣ヶ峰
ブルドーザーで荷揚げした機材を整理し
今度は元気なメンバーを集めお鉢巡りに出発した。
明日以降の仕事のこともあるので、ここで一回りして高度順化しておくことはかなり重要である。
いわゆるお釜 左が山頂測候所
「お鉢巡り」の名前の由来はあまり定かでは無いようだが
噴火口の周囲がすり鉢上になっていていて、その上を巡っていくのでその名がついたと思っていた。
しかし、実際には火口周辺の八つの峰を巡ること(お八巡り)からその名がついたと言われている・・・
我々は富士宮口から反時計周りに歩き出した。(お鉢巡りは一周約3Km)
お鉢巡りのルートはそう大きなアップダウンも無く雲の上を歩くように続いている。
お鉢巡りの人は多い 絶景 久須志神社周辺の小屋
富士宮登山口とは反対側の須走口、吉田口から登ってきたほうは
山小屋も多くまた、賑やかでネパールのどこかの村のバザールとオーバーラップしてくる。
吉田口からの頂上小屋街
 一緒に登った仲間と
山頂剣ヶ峰を目指す 山頂 旧富士山測候所 頂上からの下り
剣ヶ峰頂上を下り出したのが17時半。
すでに陽は傾き長〜い影ができていた。

これだけコントラストの強い長い影を見たのは珍しい・・・

7月27日(日)
今日は中継現場となる山頂までのケーブル張り。
放送を出すための中心となるスイッチングセンターから山頂までおよそ600m!
この距離を光ケーブルを2対張り、機材の荷揚げ・組み立てを行う。
山頂へ向う
山頂直下の登り 朝一番はつらい・・・
何しろ高所のため何をするにしてもヒイヒイ〜ハアハア・・・
おまけに朝起きてすぐは、空気が薄いせいもあり頭がちょっと痛い。
さらに朝の山頂付近は日曜日ということもあり、順番待ちの列ができるほど人が多い。
朝の山頂はものすごい賑わい
 浅間神社内の仮設スイッチングセンター お昼頃になるとやっと人が少なくなる山頂
この日は山頂と浅間神社の間を何往復かして一日が終わった。
この日は昨日に続き影富士を見ることができた

7月28日(月)
快晴である。
夜明け
5時起床 まず7時台で一回放送。
今日もまた山頂向けヒイヒイハアハア〜が始まる。
朝食後お昼のメインの放送に備え準備をする。
いつも賑やかな朝の小屋前 今朝は下のほうもよく見えた 山頂方向
お昼の放送は12時20分から23分間、山頂の旧富士山測候所周辺から。
さすがにお昼になると登山者も少なくなって作業はしやすくなった。
放送は山頂の碑から 終了後の撤収も大変 みんなで機材を担いでおろす
放送が終わるとすべての機材の撤収・・・
午後は風が強く埃が舞い上がって参ったが、全員で手分けして何とか降ろしきった。

ところで
我々が宿泊していた頂上富士館では一日三食お世話になった。
食事のメニューは主として3種類。
朝はご飯とお吸い物とのり+ふりかけ+漬物
昼はいわゆる牛丼、夜はカレーという具合である。
朝食昼食の牛丼?夕食のカレー
同じ山小屋に3連泊もするお客さんはさすがにいないだろう・・・
食事のバリエーションが無いのとご飯も盛りきり一杯のみ、
ということもあり我々は別にカップヌードルなんぞを用意していった。
一般的な山小屋の食事というと、ご飯+味噌汁はおかわりし放題
なのであるが、ここ富士山では伝統的に?盛りきり一杯のみ・・・というルールが定着しているようだ。
まあ確かにこの高度でおいしいご飯を食べさせてもらえるだけでも、ありがたいと思わなければならないのだが。
水が無い・・・というのも厳しい現実である。
私たちは自分の飲む分の水だけはブルで荷揚げしてもらった。
お鉢巡りで向かい側にあった何軒かの小屋はどうなのだろうか?

7月29日(火)
この日は朝の放送が遅かったことと、現場が近いこともあり6時起床。
しかし天気が思わしくなくずっとガスの中・・・
みんな頑張って登ってくる 朝の放送は私の担当
お昼前にはその天気も持ち直してスカッと晴れてきた。運がいい!
朝の放送を終えてホッとしていたところへ「あの〜八原さんではないですか?」と声をかけてくる人あり。
誰かと思えば何と、1994年にダウラギリT峰遠征でご一緒させていただいた
シルバータートル隊の渡辺 玉枝さんだった。久しぶりの再会!
今回は子供たちの登山にガイドボランティアとして登ってきているとのこと。
30分ほど浅間神社の前に滞在して子供たちとともに下って行かれた。
お昼の放送は晴れてきた 放送後すぐに機材撤収 機材輸送用のブルドーザー
放送が終わってからはすぐに機材撤収。
たくさんの機材を梱包して迎えのブルドーザーに積み込む。
私は先発で14時15分に下山開始。
ストック2本を有効に使ってスピード下山15時35分 五合目に到着した。
富士山登山は終わったが、その後膨大な量の機材整備に21時までかかってしまった・・・
これだけのスタッフでした
富士山頂の気温はこの時期でも10度を越えることはなかった。
朝は羽毛服にカッパを着こんでも肌寒い感じ・・・
いきなり35℃越えの下界に降りるとどうなるか?やや不安であったが
人間の体というものはうまくできているもので、何事もなかったかのように汗をかきかき再び仕事ができる。
空気は薄いが寒い場所と、空気はいっぱいあるが暑い場所のどちらがいいか?
と聞かれるとやっぱり後者の方がいいのだろう・・・な。

誰もが知っているように富士山は日本一高い山である。
そのせいもあって登山者のスタイルは様々・・・そして外国人も多い。
中にはサンダル履きで登ってくる人もいたりするし、夜行登山は常識?の感あり。
しかし、子供連れで夜の7時や8時に上がって来る・・・というような
ちょっと常識では考えられないような観光客崩れ?の登山者が多いというのも事実である。

それから、富士山は天気がよく風が強いと火山灰がよく飛びズボンはその灰やら埃で真っ黒。
名古屋へ帰ってから洗濯するのが大変でした・・・


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