2008年7月20日(日)
緑と涼風 平家岳(1442m)

右が平家岳
この時期の登山は難しい・・・低い山は暑い、高い山へは遠い・・・
しかし、今回訪れた大野市平家岳はなかなかいい選択だった。
登り口の標高がすでに700mを越えていてそこそこ涼しい。
しかも登山道のほとんどがブナなどの広葉樹に覆われていて、直射日光があまり射してこない。
そしてこの平家岳という山は、私が福井山岳会に入会して最初に登った山である。
当時は山岳会で「県境縦走」という大事業を実施中で
M氏とA氏と(今も御両人は現役活躍中)ともに、平家岳の山頂からヤブ漕ぎしたのが思い出される。

福井の自宅を出たのが7時
平家岳の登り口である面谷鉱山跡までは2時間近くかかってしまった。
30年ほど前に登った時はもう少し近かったような気がしたのだが、車のトリップメーターだと86Kmもあった。
昔は相当な賑わいがあったらしく(昔の碑を見ていたら穴馬銀座と呼ばれていたとか)
面谷鉱山の最盛期には600戸3000人もの人が住んでいた・・・というから驚き。
詳細はこちらをどうぞ。
面谷鉱山跡から9時に登り始める。
駐車場にはすでに3台の車が止まっていた。
鉱山跡を示すボタ山 鉱山を偲ばせる石垣も残る 登り口駐車場
登山道は草刈もされていてわかりやすく歩きやすい。
そして急な登りで汗がドッと噴き出してくるが、幸いなことにずっと木陰の登山道。
これがドピーカンの登山道だったらもうもたないだろう・・・
木陰の登山道 隣に見える猿塚
少し登ると隣に聳える猿塚(1221m)がよく見え、高度を上げるにつれて下に見えるように
なってくるのでいい目印になる。
1時間ほどの急登が終わり送電鉄塔の巡視路と合流。
鉄塔巡視路との合流点 登山道はすごくきれいにできている 緑いっぱい広葉樹の森が広がる
ここからもきれいに整備された登山道が続いていた。
そして人の手の入っていない広葉樹の森が続く。
途中で休憩出来るような場所が何箇所かあり、涼しい風が通り抜けて実に心地よい。
10時半 ようやく見通しのいい稜線に出た。
鉄塔のあるピークまで登るとやっと目的の平家岳が見えてくる。
中央平家岳 その左側が井岸山
山頂はそこに見えてはいるものの、登山道はグルリと巻いて続いているためすぐには着かない。
鉄塔に沿って続いている道をたどり、美濃平家岳へと向う道の分岐を過ぎる。
昔歩いた時は鉄塔巡視路から外れると藪が多く、平家岳山頂までは結構大変だった記憶があるが
今歩く道は草刈もされていて実に快適である。
白いガクアジサイの花がまだ咲いていた井岸山頂上から見る平家岳
11時30分 手前の井岸山頂上に到着。
ここが頂上か?と思って登ったところ、すぐ隣にもう少し高く見える山が
あるので何も知らない人はガクッと来るかも知れない・・・
ここからは平家岳の頂上に向かってまっすぐに登山道が続いている。
平家岳の頂上は写真を見てもわかるとおりダラッとした広い頂上である。
11時45分 最後の急登を登り、ずっと奥にある平家岳頂上三角点到着。
広い山頂は日差しを遮るものは何も無かったが、吹き抜けていく風が涼しく実に爽やか!
しばらくすると滋賀県から来た・・・という単独行の登山者が登ってきた。
その人にシャッターを押してもらい山頂写真を1枚。
山頂三角点の上に腰を下ろす
平家岳は周囲にそんな高い山もなくほぼ独立峰なので
山頂からの眺望はいいはずだが、今日はモヤがかかったようでそんなに見通しはいいほうではない。
さらに高い山の山頂付近には少し雲がかかってきている・・・
手前井岸山 奥が美濃平家岳荒島岳
普通だと山頂で昼食・・・といきたいところだが、
いくら涼しい風があるとは言え陽が射してくると暑くなってくる。
ここは少し下って井岸山頂上直下の樹林帯の中で昼食をとることにした。
たまたま選んだその場所は、木陰でひじょうに涼しい風が通り抜けていく。
ジッとして風にあたっているとちょっと寒く感じるくらい・・・
ここの木の間にハンモックなんぞを吊って昼寝すると気持ちいいだろ〜な・・・と思いつつ13時5分下山開始。
下山途中では(当然のことながら)誰一人とも出会うことなく
14時45分 登山口に到着。
車に到着するのとほぼ同時にポツポツと小雨がパラついてきたが
そんな大降りになることなく林道を抜ける頃には快晴になっていた。


全国各地にある平家の落人伝説はいろいろな話が残っている。
ここの平家岳の昔話も面白いものが残っているが信憑性は今ひとつ?
しかし、5月に登った平家平といいこの奥越方面の奥深いところは
地名の由来からして数多くの平家の落人が住んでいたことは間違いなさそうである。
面谷鉱山の話もあり、時間があるときにここの昔話をいろいろ調査してみるのも面白いかも知れない。


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