2008 NEPAL
Annapurna Circuit Trekking‐3

〜2008年9月12日から30日〜

LedarからJomsonまでMap
その3 9月22日 Ledar〜9月25日Pokharaまで

9月22日(月) 第10日目
Ledar(4200m)→ThorungHighCamp(4800m)
朝6時の気温2℃ 湿度85%
6時に起き外を見ると雨がパラパラ・・・
高度の影響なのかあまり食欲がなく朝食にはおかゆを流し込み、高山病予防にDIAMOXを半錠飲む。
7時25分出発。
ロッジからの歩き出し Laderにはまだ他にもロッジはある
歩き出すと他にも数軒あるロッジの前を通過。
そのロッジのはずれで、このトレッキング中初めて日本人に出会った。
Chula West(6419m)を登る3人組だった。
向こうは我々の50mほど上の急斜面を登っている最中。
ポツポツとみぞれの降る中お互いの健闘を大声でたたえ合いながら別れた。
日本からの登山隊3人組広い谷を登るこの谷をいったん下り下の橋を渡りまた登る
ThorungPassへのトレッキングルートは川の左岸をずっと上の方まで伸びている。
1時間ちょっと歩いて対岸へ渡る橋が見えてきたが、その手前の斜面が大きく崩れている。
何とかその現場を通過して100mほど登るとバッティ-(茶店)が出現。
ミルクティーで休憩・・・
バッティーで一息入れる 向こうにトロンフェディーが見える
ThorungPhediまではこのバッティーから1時間ほどだった。
(Phediというのは麓と言う意味、したがって峠を降りた向こう側にもPhediはある)
9時55分 ThorungPhediに到着。
ここはThorungPassを越えるトレッカーのためのロッジが何軒かある。
しかし最近は、さらにこの上のThorungHighCampにトレッカーはみんな宿泊してしまう。
ThorungPhediの標高は4400mである。
ここからThrongPassを目指すと峠までの標高差は1000mもあるが、
ThorungHighCampに宿泊すればその標高差は600mに縮まる。
そこでみんな上のThorungHighCamp宿泊を目指すが、上のロッジも宿泊できる人数に限りがある。
宿泊できるかできないかは早い者勝ちである。
そこで今日も我々はポーターに朝一番に登ってもらい、いち早く部屋を押さえてもらうという方式をとった。
トロンフェディーのロッジハイキャンプへの急な登りはるか下にトロンフェディーが見える
ThorungPhediから上へ向かって伸びる道の傾斜はかなり急でグネグネの九十九折れになっている。
みんなゆっくりゆっくり登っている。
おまけに雪の量も少しずつ増えてきてそれが上までずっと続いている。
11時25分 やっとThorungHighCamp(4800m)に着いた。
この高度まで来ると完全な雪景色である。
かなり寒いのか?と思うと日が差してきてモア〜と暖かい。何とこの高度で20℃!
部屋の中よりも外のほうが暖かい。
12時半 昼食はヌードルスープ。
食欲がなくなってきてズルズルと流し込めるものがよくなってきた・・・
14時過ぎ 高所順応のため少し上へ上がってみることにする。
やや重い体に鞭打って?明日の峠越えのため、より高い所で体を慣らしておくのは必須である。
ハイキャンプから上へ向かうロバのキャラバンに出会う
ThorungHighCampのロッジから上はもう真っ白な雪の世界である。
半時間ほど登ったところで、雪の中から突然ロバのキャラバンが姿を見せた。
ロバ20頭くらいだろうか?荷物の中身は何かわからないが、この天気で峠を越えるのは大変だっただろう。
我々も暗くなる前に下ることにした。
ちょうど4950mまで登ったところで、小さな橋がありここまで来て折り返した。
SmallBrother アメリカ人のJohnも同行して登ってきたのだが、彼はもう少し登ってみる・・・というのでここで別れた。
15時過ぎロッジに帰り着くと、食堂の中は多くのトレッカーで賑わっていた。
みんな明日ThorungPassを目指す連中だ。今夜もこのロッジは満室。
ところで夕食は日本食にした。味噌煮込みうどんと野菜スープ。
体が弱っているときは、やはり懐かしい日本食が一番いい!
明るい食堂味噌煮込みうどん
ところがフリーズドライの味噌煮込みうどんはちょっとまだ麺が固かった。
ただでさえ固めの麺の味噌煮込みうどんだが、この高度で調理したため煮込み不足だった?ようだが
久しぶりの日本食を口にしたことで少し元気が出た。
このロッジの電気は自家発使用らしく停電もなく、久しぶりにデジカメの電池も充電でき
これで明日のThorungPass越えも何とかなりそうだ・・・
19時半の気温 0℃ 湿度70%
本日の歩き5時間 600mUP。


トレッキングでの食事
このHPでも時々写真を出しているが、トレッキング中の食事はどんなものなのか?
食事はかなり重要なので気になるところだと思う。
宿泊は道々にあるロッジなので、朝食と夕食はそこのロッジの食堂のメニューから選ぶ。
Talでの夕食Ghermeでの夕食Manangでの夕食
左 Talでの夕食 卵カレー モモ(チベット餃子) ガーリックスープ ゆでたジャガイモ 向こうはピザ
中 Ghermeでの夕食 Mixフライドライス スプリングロール(春巻き) ゆでたジャガイモ        
右 Manangでの夕食 焼きそば モモ ガーリックスープ フライドライス ゆでジャガイモ トマトスープ

ロッジのメニューは多彩でネパール料理のほかインド料理・中華料理・イタリアンなどいろいろある。
しかし日本人の口に合うものとなるとなかなか難しいかも知れない。
最初のうちはいいのだが、これが2週間近く続くと飽きてきてしまう。
さらに高所へ行くと食欲も落ちてくる。
こういうときはガイドに頼んでおかゆなんかを作ってもらうといい。
そのときに必要なのが塩こぶとか梅干し。やはりこういう所へ来るときは必需品である。
食事は油をあまり使っていないものをチョイスしたほうがいいだろう。(油はあまりいいものを使っていない)
朝食は結構あっさりとしている。
パンケーキやチャパティと卵とミルクティーなんかを日々組み合わせて食べることが多い。
代表的朝食時にはおかゆ
左 Charmeでの朝食 パンケーキに目玉焼きとミルクティー
右 Manangでの朝食 おかゆとゆで卵に定番ミルクティー 

昼食は夕食より少し品数は少なくなるが、ほとんど夕食と同じと考えてもらっていい。
そしてロッジの厨房に入らせてもらったが、基本的にどこも作りは似ているようだ。
Danakyuのお上さんと厨房Charmeのおかみと厨房Manangのホテルの厨房
右はManangのちょっと大きなホテルなので厨房は広くて人も多いが、基本的には左の二つのパターン。
中央にかまどがあり、その周囲の棚には食器がきれいに並べられている。
ロッジもいろいろで、そこの主人(いわゆるおかみさん)の人柄によって雰囲気はだいぶ違う。
商売上手なおかみさんは愛想もいいし、そんな宿は宿泊していても食事をしていても楽しいのである。
そういう宿には自然とトレッカーも集まって来るのだろう・・・
また、一般的にManang側とMustang側(Muktinath側)では、
どちらかと言うとMustang側のほうが食事はおいしいと言われている。
それは、Mustang側は商売上手なタカリ族の経営するロッジや食堂が多いから・・・という理由のようだ。
確かにKathmanduの街でもタカリ族の商売のうまさは有名である。


9月23日(祝) 第11日目
ThorungHighCamp(4800m)→ThorungPass(5416m)→Muktinath(3760m)
朝3時半起床!長い一日の始まり・・・当然のことながら真っ暗である。
4時の気温マイナス2℃ 湿度85%。
暖かいミルクティーを頂き日本から持参したカロリーメイトを流し込んで朝食にする。
4時40分 ロッジの外へ出て歩き出すが雪も降っていてやや心細い。
下のThorungPhediから登ってくるトレッカーのヘッドランプの明かりがずっと続いている。
5時15分 昨日登った小さな橋を渡る。
そして5時45分 バッティーに到着。
高度計によれば標高5040m、しかしよくもまあこんな高度のところで茶店なんぞをやれるもんだ〜
5時半写す やや明るくなってきた 5040mの高度にある茶店
しかし地獄で仏とはこのこと?
暖かい飲み物をとりカロリーメイトを追加して腹に流し込む。
そうこうしているうちに周囲はもうすでに完全に明るくなり、多くのトレッカーが登ってきた。
ここからは雪の白色と空の青色のみの世界となる。
上へ行くのみみんな登ってくる陽が徐々に登ってくる
もうここまで来たらゆっくりゆっくり高度を稼ぐしかない・・・
周りの景色はこの高度まで来ないと見ることができないすばらしいものだ。
しかも快晴!Manangでの山上のお寺のラマ僧ラシ・ラマの祈祷が効いたのか?
トロンパスはもう少し・・・
まだまだ峠は遠いトロンピークを横に峠近し
そして8時やっとThrongPassが見えてきた・・・
峠には五色のタルチョー(チベット仏教の旗)がはためいているのが見える。
トロンパス
8時5分 やっと念願のThorungPass(5416m)に到着!
もうこれ以上登らなくてもいい・・・すべてはこの峠を越えるためにやってきたのだ。
その峠が今目の前にある。感無量だった。
トロンパス手前向こうはトロンピーク6201m
峠の積雪は30〜50cmくらい。場所によってかなり深さが異なるがそんなにもぐるほどのことはない。
トロンパス3人で記念写真
そして驚くべきことに、この5416mの峠にもバッティーがあるのである。
恐るべきネパール人の商魂逞しさ!
確かにここまで登ってきたらみんな暖かいお茶の一杯も飲みたい・・・そう思う。
しかも茶店はこの一店しかないからこれはもう独占企業だ!
峠の茶屋茶店の中峠の看板にはタルチョーがいっぱい
峠の看板には五色のタルチョーがいっぱいつけられ、ここに到達した人たちへのメッセージが書かれている。
Congratulation for the Success!!!

8時55分 下山開始。
下山開始
Muktinathへの下りは緩やかな谷の道である。
所々にポールの目印雪も少なくなってきた
後ろ(トロンパス)を振り返る
振り返ってThorungPassの方向を見るとすでに陽は高く登り、上のほうにいる人が米粒のように見える。
下りの道は、もうすでに多くのトレッカーが歩いた後でもありしっかりしている。
周囲の景色を眺めながら自分の休みたいところでのんびりしてゆっくり降りる。
みんな景色のいい所で休憩青い色の花は珍しい下へ来ると雪はもうない
峠から1時間も歩くと雪の量は急激に少なくなり、Muktinathの村も遥か彼方に見えてくる。
しかし見えながらもなかなか近づかない。距離は相当あるようだ。
雪がなくなるといろいろな花が道端に見られるようになり数時間前とはまったく異なった世界に入ったことがわかる。
下れば下るほど空気がうまい(という表現がいいかどうかわからないが)・・・
しかしながら、途中で数人ThrongPassへ向かって登っている人がいたが
果たして今日中に到着するのか?そしてHighCampもしくはThorungPhediへ行き着けるか?
このMuktinath側からの登りは標高差も去ることながら、距離も相当なものである。
圧倒的にMuktinath側からこの峠を越える人が少ないのは、やはりそれなりの理由があるからだと痛感した。
やっと村が近くに 昼食の場所に到着
12時15分 ようやく昼食の村に到着した。
村の看板にはChabarbuと書いてあったが、純粋にトレッカーのための宿だけの村で
バッティーとロッジが数軒あるだけだった。
Muktinathから登る人はこの村が最終宿泊地となる。
手元の高度計では4200mを指していたので、この高度からThorungPassまでは標高差1200mもある。
しかも下りで4時間かかっているので登りは?時間。
ここまで降りてくればもうあとはのんびり歩くだけ。
13時20分 食事を終えて小さなバッティーを後にする。
ムクチナートの村遠望
Muktinathの村がだんだん大きく見えてくるにつれ、我々のトレッキングは終わりに近くなる。
最後の山旅を惜しみながらゆっくりと歩いていった。
門をくぐってムクチナートの村に入るムクチナートの村急に多くの電線が目に付く
15時15分 Muktinathの村のロッジに到着した。
振り返ってみるとThorungPassの方向はどんよりあつい雲に覆われている・・・
恐らく今頃峠は雪だろう・・・と思いつつ洗濯にかかる。
ほんの半日ほどで真冬から真夏の世界に下りてきた。
日向の気温は何と28℃もある!(湿度40%)
ちょっと村を一回りしてみると、どこの宿も外国人トレッカーでいっぱいである。
やはりこの好天、一気にThorungPassを越えてきたトレッカーの数は相当数に上ると思われる。
18時夕食 無事にThorungPassを越えてきたお祝い?に
ローストチキンと張り込んだ。フライドポテトとBEERがうまかった。
夕方のおつまみ
20時40分 気温9℃ 湿度65%。
本日の歩き9.5時間 標高差616m登って1618m下ったことになる。
とても長い一日だったが充実した一日だった。


9月24日(水) 第12日目
Muktinath(3760m)→Kagbeni(2800m)→Jomson(2720m)
6時起床 気温3℃ 湿度80%。
部屋を一歩出ると正面にDhaulagiriが見える。しかも1994年に登った北東稜がくっきり。
DhaulagiriT 右はW峰
7時 早めの朝食をとる。
おいしそうな食パンがあったのでアメリカンブレックファーストにした。
久々の食パン
さてこのMuktinathは仏教・ヒンドゥー教の聖地である。
塀で囲まれた中に仏教寺院が3つとヒンドゥーの寺院がある。
インドやネパール各地からこの聖地巡礼のために多くの人たちが訪れる・・・というので我々もお参りに出かけた。
宿から15分ほど歩くと門の前に着く。
特に拝観料とか門番がいるわけではなくそのままスッと入って行ける。
お寺の入り口ヒンドウー寺院の入り口ヒンドウー寺院の中
ヒンドゥー寺院三重の塔の中にあるご本尊は写真撮影禁止だが、その他については何の制限もない。
三重の塔の裏側では108の蛇口から聖水が流れ出している。
聖水を汲む人たち 多くの人が水を汲んで帰る
この108の蛇口から流れ出た聖水をひとつひとつ飲んでいくと
罪業撲滅の功徳があると言われ、多く人たちがペットボトルにその水を汲んでいた。
8時50分 朝のお祈りを寺院で済ませホテルを出発する。
実はこのMuktinathからKagbeniを経由してJomsonへ向かう道は車道が整備されている。
その理由としては多くの巡礼者が飛行機でJomson経由で入ってくるのだが
高齢の巡礼者などはこのMuktinathまで来るのが大変・・・
と言うわけで最初はモーターバイクが走っていたのだが、現在は車も行き来するようになったようだ。
だが、我々にとっては最後なのでのんびり昔からの街道を歩いて行く。
Jharkotの村Jharkotの村Jharkotの村で出会った女の子
このMustang側はManang側に比べてチベットの地形に近く、褐色の大地がずっと続いている。
所々にある村の周辺だけ緑が多く、他は不毛の地・・・というイメージだ。
Muktinathを出てすぐにJharkotの村を通過、車道は村の中も走っていた。
Kagbeniまでの道は車道に沿って作られており、途中多くの車やバイクとすれ違った。
4輪駆動車が走る街道 カグベニの村
11時15分 Kagbeni(2807m)の村が見えてきた。
周囲を緑とピンク色のそば畑に囲まれたのどかな感じの村である。
30分ほどで村の中にある食堂に入る。
昼食は卵カレーにライス。この高度まで降りてきて、やっとまともに何でも食べられるように食欲がわいてきた。
しかしこの高度まで降りてくると暑い!Tシャツになってのんびり休憩。
13時30分 かんかん照りの太陽の下歩き出す。
ここからはカリガンダキという大きな川沿いの道を進むが、風が強い。
14時20分 Eklibhati(一軒茶屋の意)の村を通過。
ここは昔は茶店が一軒しかなかったのでそういう名前がついたそうだが
今では5軒ほどのロッジや食堂ができかなり賑わいを見せていて名前のイメージとはちょっと異なる。
奥に少し見えるのがカグベニの村
(奥がKagbeniの村 手前は大きく広がるカリガンダキ川 右端は車道)

カリガンダキ川のそばを歩くキャラバンも時々出会うエクレバッティー
途中からの道は河原に降りて進んでいる。
ここでガイドのハスタがコンコンと石を割り始めた。
聞くとこのあたりは化石が良く出てくるそうである。確かにどこでも化石をよく売っているのを見かける。
私も化石の出てきそうな石を見つけて割ってみた。
当然ハズレである。
しかし、道端でよく売っている化石の石を思い出すと握りこぶしくらいの大きさで黒く丸い石が多い。
そのようなイメージに似た石を探しガン!と割る・・・が、なかなか割れない・・・
そこでガイドのハスタが手を貸してくれ再度Try!
パカッと見事に二つに割れ、よく見ると中からキラキラ光るアンモナイトの化石が出てきた。
これを見た周囲の人々は我も我もと一斉にガンガン石を割り出す。
ちょうどカナダからのトレッキングツアー御一行様が通りすがり、みんな写真を撮っていった。
自分で見つけたアンモナイトの化石 カリガンダキの河原を歩く
実はそのあともう一個化石を見つけることができたのだが、
大きな石の割りに小指の先ほどの大きさのゲジゲジみたいな虫の化石だったので、その場に置いてきてしまった。
しかし30分ほどで2つの化石を見つけられた・・・というのはかなりの確立の良さだ。
(他の人たちも探していたがひとつもみつからなかった)
ちょっと道草を食ってしまったが、いい記念になった・・・
15時半 やっと遥か彼方にJomsonの村が見えてきた。
ずっと向こうに見えるのがJomsonの村
16時 Jomsonの村の入り口にようやく到着。
このJomsonは入り口に近いところは昔からあるOldJomsonで
我々の宿泊する空港に近いJomsonはNewJomson。ここからまだ30分ほどかかった。
やっとJomsonに到着Jomsonの街中 石畳がきれい
どこにでも羊はいっぱいいるJomsonは都会
実はJomsonに来るのは2回目である。
始めて訪れたのは1994年の番組の撮影。2日ほど滞在しただけだったがJomsonの村は大きく変わっていた。
下は1994年当時の写真。
JomsonのメインストリートJomsonのメインストリート
Jomson空港Jomsonの通りと町並み
どちらも4枚目の写真が同じような場所から撮ったもの・・・と思われる。
村の中はすっかり整備され、埃の舞うでこぼこ道はきれいに石畳がひかれ4輪駆動車が走り回っている。
そしてJomson空港はすべて舗装されきれいになっている。
電線もそこらじゅうに張り巡らされ、当時の雰囲気とはかなり違ったものになっている。
建物はすべてこぎれいになっているが・・・
16時40分 我々の宿泊するHotel Tilichoにチェックインする。
ところが、今夜はムスタンとドルポから帰ってきたトレッキングチームが宿泊していて満室状態。
私の部屋はこのホテルのオーナー家族が普段使っている部屋を使わしてもらえることになった。
18時40分 夕食。
夕食豪華メニュー
ここの食事は何を食べてもおいしかった。特筆はチリチキンとヤクステーキ!
やはり商売上手なタカリ族の経営するホテルだけある。
ガイドのハスタと4人で(ポーターはすでに下山)今回のトレッキング成功パーティーを楽しんだ。
食事中いつもの停電があったがもう慣れっこ・・・
20時半くらいから雨が降り出したが明日のフライトは大丈夫か?
本日の歩き9時間 1040m下った。


9月25日(木) 第13日目
Jomson(2720m)→Pokhara
ガスに煙るニルギリ
朝5時半起床 モーニングティーを飲んで6時空港へ向かう。
天気はあまり良くなさそうな気もするが雨が降ることはなさそうだ。
他に宿泊しているトレッカーも同じような時間帯のフライトと見え、みんな空港へ向かって歩いている。
我々の搭乗する一番機は思ったよりも早くやってきた。
そして荷物をさっさと降ろす間もなくもう搭乗開始。
何事もゆっくりのネパールにしてはえらく早い・・・
雨上がりのJomson空港Jomson1番機これから飛び立つ先は晴れているようだ
山の天気は変わりやすい。
そしてこのあたりの飛行機は当然有視界飛行なので晴れた時間帯しか飛ばない。
たいてい午後は雲が出てくるので朝の時間帯はいつもあわただしく飛び立つ。
まあこのJomsonとPokharaの間を1日何往復して何人の乗客を輸送できるかで
儲けが変わるわけであるから、とにかく天気のいいうちにどんどん飛びたい・・・だろう。
6時50分 乗ったと思ったらもう飛び立った。
私の席は向かって右側、あのDhaulagiriが見える側の席である。
見る見るうちに下の村は小さくなっていき、谷間をぐんぐん進んでいく。
そしてすぐにDhaulagiriの真白く光り輝く峰が見えてきた。
どこかの村ダウラギリは大きいあっという間に緑の上
あっという間にDhaulagiriの横を通り過ぎ、飛行機は谷を越え緑がいっぱいの平地に来てしまった。
わずか30分もかからないうちにPokharaの上空である。
ポカラ上空
7時10分 Pokharaの空港に降りたった。
ほんの30分ほどで全く別世界へやって来た・・・と言っても過言ではないだろう。
タクシーに荷物を載せてBase Camp Resortホテルへ向かう。
タクシーは昔懐かしいカローラだった。
ホテルでゆっくりと朝食をとり荷物を整理。
そして周囲を散歩がてら見つけた散髪屋で、トレッキング中一度もそらなかった髭を剃ってもらう。
昔懐かしいカローラ髭剃り40Rs
髭剃りをしている職人さんの真剣な眼差しが面白い・・・
昼食は3人で近くの蕎麦屋でとることにした。
久しぶりの日本食は胃にやさしくありがたかった。
てんぷらそば
Pokharaではその後、国際山岳博物館を見学して買い物巡り。
半日100Rsで借りたレンタサイクルで走り回った・・・が、この自転車なかなか曲者である。
変速ギアはついているが勝手にギアが変わっていく・・・ブレーキの効きは良くないなど。
しかしかなり値切って借りたものなので、いたし方あるまい。
レンタサイクル 国際山岳博物館
Pokharaは海抜が低い(800mほど)せいもあって暑い!
しかし朝はヒマラヤもよく見えリゾート気分でのんびり滞在するにはもってこい。
トレッキングで疲れた体を休めるのにはよかった。
翌朝はホテルの屋上からヒマラヤを眺め気分も上々。
十分満足してKathmanduに戻ることができた。
ポカラのホテル屋上から
今回のトレッキングは素晴らしい自然と人々との出会いで生きていることを実感でき
しかも、自分を見つめなおすことのできる今までにない経験のできた旅でした。


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