2008 NEPAL
Annapurna Circuit Trekking-2

〜2008年9月12日から30日〜
ChameからLedarまでMap

その2 9月18日 Chame〜9月21日Ledarまで

9月18日(木) 第6日目
Chame(2700m)→Pisang(3190m)
朝6時の気温10℃ 湿度95%
宿の前で
昨夜も激しい雨が降っていた。朝になると止むかと思っていたがその気配はない・・・
朝食はおかゆとゆで卵+日本から持ってきた練羊羹。
ネパールの強烈な油で疲れた胃にはおかゆがやさしくていい。
いつも同じように7時半、今日はネパールに来て初めて合羽を着て歩き出す。
ポーターも荷物にナイロンをかけて歩き出すチベット仏教の世界 マニ石そば畑出現
歩き出して30分ほどで見事なそば畑に出会った。
しかもきれいなピンク色、日本は白い花のそばがほとんどだが高地へ来ると赤い花のそばがほとんどである。
赤い花のそば畑
しかしネパールには、そばを日本のようにヌードルにして食べる習慣は無い。
ほとんどが蕎麦掻やパンケーキのようにして食べる。
そばで作ったパンケーキは今回のトレッキング中にも何回か食べる機会があった。
なかなか素朴な味がしてGoodだった。

8時にTelekyuの村を通過する。
道路は広く、これまた車が走れそうなほどの広さだが、このところの大雨?で所々崩壊している。
小雨の降る中をひたすら歩くしかない・・・
9時半Bhratang(2850m)に到着。雨降りでもありここでちょっと休憩。
かつてはそこそこ戸数もあった村のようだが、今は廃屋が目立っている。
その中で営業しているバッティ-(茶店)に立ち寄りチャイを飲んで一息入れる。
長いルート上でポツンとあるオアシスのような村のためか、他にも外国人トレッカーがたくさん休憩している。
村の入り口にはリンゴ畑もあり、このバッティ-でも小ぶりだがリンゴを売っていたので1個味見。
Bhratangの村はちょっとさびしい感じの村だったバッテイーの子供
日本で売っているような強烈な甘さは無いが、昔の日本のリンゴのようなほろ酸っぱい甘い味。
何か懐かしい感じがした。
このバッティ-はチベット族が経営しているようで顔つきが日本人に似ている。
20分ほど休んで再び歩き始めるが雨はやや小降りになってきた。
ここからの道はすごかった。
川沿いに道はついているのだが、巨大な岩壁を切り開いてできた道あり、そして森の中を歩く道もあり。
すごい道岩場に作られたルートこんな森の中をも通る
所々に廃屋となった村がある。
なぜか休憩したBhratangといいこのPisangへ向かう途中はこの廃屋集落が目立つ。
11時30分 Dhukur(3060m)に到着、ここで昼食とする。
隣で食事していたのはスウェーデン人とスロバキア人だった。
昼食ヌードルスープとチャパティ
雨で冷えた体に暖かい食べ物はありがたかった。
13時に歩き始めた。雨は小降りになってきたが、ガスがかかっていて周囲の景色は見えない。
しかしこの道の途中は花がいっぱい咲いている。
高原の遊歩道のお花畑・・・という感じで実によかった。
花のトレッキングルートたくさんのトレッカーが通過していくようやくピサンの村が見えてきた
13時40分 Pisang(3190m)の村が見えてきた。
ちょうど雨も上がってきて広い谷の様子がよくわかるようになってきた。
Pisangは大きな村である。
川を隔てて上がUpperPisang 昔からある古い集落である。
下がLowerPisangと呼ばれロッジやレストランが多い新しくできた村である。
14時20分本日の宿 Pisang Peak Hotelに到着。
我々が宿泊するのはこのLowerPisangの方であるが、UpperPisangの一番上に輝く寺が気になって仕方ない。
雨も上がったことなので早速高所順応を兼ねて村の上へ上がってみることとした。
ピサンの村に入ったところピサンの村の中上のピサン村を見上げたところ
村の真ん中あたりにかかる吊り橋を通りUpperPisang側に渡ると、見事なそば畑が広がる。
この川を渡るとアッパーピサン 周囲はそば畑
上のほうを見上げると、ずっとそば畑と麦畑が続きその上に石でできたチベット族の家が見える。
標高差100mはあるだろう・・・高さ3000mを越えると急な登りはつらくなる。
ゆっくりゆっくり登るのがコツである。
ずっと上のほうまでそばと麦畑が続く
集落の中はチベット族の住宅らしく迷路のように入り組んでいる。
そこをグルグル回って一番上に見えるお寺を目指す。
石の家が多い村の中を上へ上に行くほど家の間が狭まる
15時35分 やっと目指すお寺に到着した。
見事な色彩で中はどうなっているか見たい気もするが
この寺にラマ(お坊さん)はいなくてドアは開けることはできないとのこと。
寺のゲートきれいな色彩の寺
そしてこのお寺から見る景色がきれい!村内を一望できる。
ピサン村ロングショット
川のそばに見える村がLowerPisang。
その回りは畑 ピンク色はそば 黄色は麦畑。
この寺は下から見ていると目立つので、この村に到着したトレッカーはみんなここを目指して登ってくる。
さっき渡った吊り橋まで降りると、その中に昨日出会ったSmallBrother−NYのJohnがいた。
右端の女性はドイツからのトレッカー
右端女性はドイツからの単独トレッカーだが、いつも出会うのでこの界隈ではもうみんな顔なじみ。
夜は雨が降り出し、またしても停電・・・デジカメの電池充電がなかなかできない。
夕食はエッグ&野菜入りのカレー そしていつものジャガイモ。
18時で気温12℃ 湿度85%。
7時間の歩きで490mのUP。


9月19日(金) 第7日目
Pisang(3190m)→Manang(3540m)

朝6時の気温9℃ 湿度78%。
朝食にはそばのパンケーキをオーダーしてみた。
蜂蜜をぬって食べたがなかおいしくてもう一枚食べたかったが時間がなかった。
そばのパンケーキ
一晩中雨が降っていたが、出発するときには小降りになった。
7時50分出発 村はずれの小さな橋を渡り小高い峠へ向かって登る。
振り返ってみたピサンの村 多くのトレッカー 
ふと気がつくとかなり多くの外国人トレッカー。
まあみんな目指す方向は同じで、他に道も無いから自然と集中してくるのであるが
どこから来たのか?と聞くと異様にイスラエルからのトレッカーが多い。
しかも20代前半の若いイスラエル人の団体さん?みたいなのが多い感じである。
イスラエル人のしゃべる英語は最初とっつきにくいが、話しているうちだんだん理解できてくる。
ある3人連れのトレッカーは自分の妻とおじさんといっしょに来た・・・言っていた。
このイスラエル人グループは奥さんが足の調子が悪そうだったので、ちょっと気になるところだったが
後日Manangで見かけ、その後終点のJomsonの空港でもいっしょになったから無事ThorungPassを越えたようだ。
1時間ほどで小高い峠に着いた。
ここからは遥か向こうにHumdeの空港が見える。
10月からの乾季シーズンだけ使用できるという空港である。
数日前にも飛行機が飛んでいたので恐らくこの空港を利用したのであろう。
Humdeの村へ向かう トレッカー多しHumdeの村の中Humde飛行場
Humdeには10時に到着。バッティーに入って暖かいレモネードをいただく。
室内は多くのトレッカーでごった返していた。
空港がある村なのでもっと大きいのか?と思っていたが意外と小さい村だった。
Humdeの空港の滑走路は当然のことながら未舗装である。
昔はネパールの空港は全部未舗装の滑走路が多かったが、ここもそのうち舗装されるだろう・・・
Humdeを出てManangの村への道は大草原の中を突き進む。
途中に1軒だけバッティーがあって、そこを左に曲がって行くとAnnapurnaW峰(7525m)のBasecampへ行ける・・・という話しだった。
Manangへ向かって歩く今まで来た方向を振り返る車が走れそうなほどの広い道
12時15分Bhrakaの村に入る。
ここにあるBhrakaGompaは500年前からこの地にあるというチベット仏教の貴重な寺院である。
今回は中へ入ることはできなかったが、外から見てもかなり歴史のありそうな雰囲気だった。
ブラカゴンパ
(真ん中左寄りに見えるのがBhrakaGompa その周囲の村は門前町?というところか)

このBhrakaGompaの近くの食堂で昼食となった。
14時半 Manang村のゲートをくぐる。
マナン村の入り口ゲートマナンの村は花がいっぱいきれいな町並み
Manangはこのあたりでは一番大きな村である。
村のメインストリートはきれいに石畳が敷かれ、花が至る所で咲き乱れている。
ロッジやホテルも大きなところが多い。久しぶりににぎやかな所に来た・・・と言う感じである。
我々のホテルは村の真ん中くらいにある「HotelYak」 14時45分にチェックイン。
3階建てで部屋数も多く大きいホテルみたいだがやや古い?
YakHotel外観 TwinのSingle Use 中庭があって広いホテル
このホテルに着いて一息入れてから、村の入り口近くにあったInter Net Cafeに行ってみた。
Hotel Yetiの1階にあるパン屋さんの奥にそのNetCafeはあるのだが、パン屋もNeCafeも流行っていた。
どうもこの村には1軒しかNetCafeは無いようだ。
料金を聞いてみたら1分間25Rs!とのこと。料金は前のCharmeより10Rsも高い。
結局29分間分725Rsも支払ってしまった。
NetCafeを出てから村内を散策する。
Manangは典型的なTibet族の村のようで、Pisangよりもずっと大きく入り組んでいる。
マナン村の通りマニ車マナン村の通り
村の中で出会った腕時計売りマナン村の通りマニ車 ひとつ壊れて普通のカンカンになっている村の通りでであった子供
村を回っている最中に郵便局を見つけたが、残念ながら時間が遅く営業終了だった。
夕方から雨が少し降ってきた・・・
帰る途中で缶BEER(130Rs)を1本買ってきて、例によって本を読みながら夕食まで時間を過ごす。
19時夕食 焼きそばとふかしたジャガイモそしてガーリックスープがおいしかった。
ジャガイモもだんだんと高地に来るにつれおいしい気がする。
しかし富士山の頂上近くの高度ということもあり、みんなBEERを飲むのは自粛しているようだ・・・

19時気温13℃ 湿度73%
本日7時間歩いて350mUP。
明日は高所順応日でもう一日このManangに滞在する。
いつも移動ばかりだったので休息日にもなり気が楽だ。


NEPAL Annapurna Circuit InterNet事情

トレッキングに出ていても自分宛てに送られて来るMailなんかをチェックしたい・・・
そう思っている人は多いだろう。
2006年に旅したEverest街道でもそうであるが、このAnnapurna Circuitのトレッキングルート上でもかなりインフラ整備が進んできている。
まず携帯電話の普及率が高い。
KathmanduやPokharaはもちろんであるが、山間部でもかなり普及してきている。
今回、最初に宿泊したBhulbhuleでも使用できたし、その上の集落でも携帯電話を持っている人はいた。
ただ、基地局の位置にもよるのだろう、場所によって使えるところと使えないところがあるようだ。
有線による電話はどこでも使うことができる。
トレッキング中STD/ISDと書かれたところには電話がある。
しかし回線数はそう多くないようで、上の村から電話しても話中が多く、なかなかつながらないようだ。
そうとう長い間、電話器の前で待つ人を見かけた。
InterNetCafeは今回のルート上ではCharmeとManang、そして飛行場のあるJomsonで見かけた。
すべて衛星回線を利用したもので速度は256Kb程度である。
ただ、Charmeでは9台のPCがManangでは3台のPCがつながっていたので多く利用者がいるほど速度は落ちる。
マナンのNetCafeでマナンのNetCafeUPS用バッテリー
そして大きな問題は停電である。
かなり頻繁に停電は発生するため、バックアップ用の電池は必需品でどのNetCafeも大きなバッテリーが装備されている。
また、Charmeには3軒のNetCafeがあったがManangでは1軒のみのようだった。
そのせいかどうかわからないが、Charmeでは1分15Rs、Manangでは25Rsという料金に反映されているのかもしれない。
チャーメのCafeこちらはマナンの1軒しかないNetCafe
使用されているPCには残念ながら日本語のフォントはほとんど入っていない。
Kathamnduあたりならば日本語の入ったPCは当然なのだが、
やはりこのAnnapurnaCircuitを訪れる日本人は相当少ないのだろう。
需要がそれだけあれば、将来日本語のフォントの入ったPCが導入されるかもしれない。


9月20日(土)第8日目
Manang(3540m)滞在 高度順応日
朝6時の気温 10℃ 湿度73%
目を覚ますと激しい雨が降っている・・・しかも土砂降りと言っていい。みぞれになって雷も鳴り出した。
雨の朝
本日は高所順応のための日である。
通常、日本人は富士山の高さ3800mくらいで高山病の症状が出てくる場合が多い。
これから上は4000mを越える高度にもなり、このManangをベースに少しでも高いところに登って
体を順応させておくと、あとが楽になる訳である。
一気に4000mを越える高度に上ることは高所に慣れていない体にはひじょうに良くない。
という訳で、今日は午前中は向かいの山へ、午後は裏のゴンパ(寺院)まで登る予定だった。
しかしこの天気ではどうしようもない。
朝食をとって部屋へ戻るとなんと!雨漏り!!
この土砂降りのせいで3階建ての2階の部屋で雨漏り発生!?
雨漏りしている天井雨漏りで汚れてしまったシュラフの袋とベッドスクープ!雨漏りを修理するホテルのスタッフ
外へ出て見たら他にも雨漏り箇所があるようで、ホテルのスタッフが屋上に上がってなにやら作業していた。
雨漏りはしばらくして止まったが、相変わらずの土砂降りが今度はみぞれに変わってきた。
風向きは昨日の東から西に変わった。どうやら寒冷前線が通過しているようだ。
こんな日はのんびりと前線の通過を待つのがよし・・・と部屋で音楽を聴きながら読書。
あまりにもやることがなくなってしまったので、雨の中ではあるが外を歩いてみた。
出たところでホテルのすぐそば、放牧していたヤギを小屋に戻しているところに出くわした。
30頭以上いるヤギを村のメインストリートをうまく誘導して小屋へ追っている。
幼い兄妹が道沿いの洗い場で食器を洗っていたヤギが小屋に帰る雨のストリート
うまいもんだな〜と眺めつつ村の通りをそのまま歩いていると、後ろから誰か傘もささずに歩いてくる。
何やら探し物をしているようで周囲をキョロキョロしながら歩いている・・・
そのうち見えなくなってしまったが、5分くらい後に角を曲がったところでばったり遭遇。
手には本当に小さな子ヤギを抱きかかえていた。
私と目を合わせると思わずニッコリして、その目は「やっと見つけたんだ!」と言っていた。
恐らく群れからはぐれてしまった子ヤギの行方を一生懸命捜していたのだろう。
その子は大事そうに子ヤギをかかえて走って行った。
少し後で、どうしてあの微笑んだ一瞬をカメラに収めなかったのだろう・・・と思って追いかけたが後の祭りだった。
もし撮れていれば、今トレッキングの中のBEST SHOTだっただろう・・・
昼食のハムピザ
12時 ホテルで昼食をとったが、HamPizzaはなかなかうまかった。
このホテルに宿泊している多くの外国人トレッカーは、時間をつぶすのに3階の食堂でトランプなんぞを楽しんでいる。
いろいろな国から来たトレッカーばかりなので、さしずめ国際トランプ大会というところか?
昼食を食べてからのんびりしていると小雨になってきた気がする。
よし!上へ行こう!・・・ということで裏山のお寺「PrakanGompa」へ登ることにした。
カッパの上下を着て14時ホテルから歩き出す。
このホテルから上のお寺を見上げると、かなり高い岩山の中腹に見える。
「PrakanGompa」への道のりは最初はゆったりとした登りだったが、上部へ行くにつれハードになってきた。
ゴンパに向かって登る山へ登る途中から見たマナンの村1時間以上かけてやっと着いたゴンパ
寺に着いたのは1時間15分後、高度計を見ると3950mだった。
寺は岩の割れ目を利用して作られているが、何のためにこんな場所に作る必要があったのだろう・・・
中にいたラマ僧が我々を招き入れてくれて祈祷をしてくれるという。
招きいれてくれたのはラシ・ラマという僧で何と!92歳だという。
私達は1人100Rsずつ寄進をし、1人ずつこれからの安全登山と天候回復をお祈りしてもらった。
92歳のラシ・ラマ老ラマの祈祷を受ける老ラマ僧のお世話をしている方達
ほんの20分ほどの間だったが、丸薬?と聖水?をいただきゴンパの外へ出たらいつの間にか雨は上がっていた。
このゴンパでは場所も場所なのでお世話をする女性が2名いて、我々の祈祷が終わるのを待って一人が山を降りていった。
雨があがってくると周囲の山々が見え出してきた。
晴れていればこのあたりのヒマラヤはすべて一望できるはずだが、ちょっと残念。
ゴンパの前でゴンパから見た景色岩と一体化している
15時45分 ゴンパをあとにして下山開始。雨はもう降っていない。
降りている途中も登ってくるトレッカーがいるが、果たして明るいうちに着けるかどうか?
我々はまだ早い時簡にスタートしたので早く帰ってこれたが、これから登るのは少々厳しそうだ。
ゴンパからの下り丸のマークあたりがゴンパ
下りの途中で見たマナン村はきれいな町並みで段々畑がずっと山の上まで続いていた。
下りのときに見たマナン村
17時 ホテルに到着したが相変わらず昨日から停電したまま。
あまり長い間停電が続くと、デジタルカメラの電池の充電ができなくなり写真が撮れない・・・
夕食はピザを食べたが、チーズの味がちょっと馴染まず途中でギブアップしてしまった。
食堂はストーブに火が入り暖かくなり、今日下の村から新たにトレッカーも登ってきてにぎやかだった。
天候はかなり回復してきたようだ・・・明日から高地になるので好天を望みたい。
夜は部屋の中は真っ暗なのでローソクに火をつけたが、ローソク1本で部屋は暖かくなった気がする。
21時の気温8℃ 湿度85%。


9月21日(日) 第9日目
Manang(3540m)→Ledar(4200m)
朝6時起床 7℃ 湿度80%。
窓から見えるヒマラヤ
目が覚めると部屋の中からもヒマラヤが見える。
急いで3階の屋上に登って周囲のヒマラヤの、どの山が見えるのか探してみた。
Annapurna U峰 と W峰
中央やや雲がかかっているのがAnnapurnaW峰(7937m)その右やや黒いのがW峰(7525m)

AnnapurnaV峰
頂上付近は雲で見えにくいがAnnapurnaV峰(7555m)

Pisang村の方向
登ってきたPisang方向(下流) 右に白く見えているのはPisangPeak?(6091m)

7時に朝食をとり8時に出発。(みんな外に出てヒマラヤの写真を撮っていて遅れた)
村の石畳のきれいな道を通り、ThrongPassと書かれた矢印の看板に沿って村を抜ける。
8時40分 Gunsang村を通過。これより先、村らしい村はもうないだろう。
天気も良くなったのでものすごい数のトレッカーが上へ向かって一斉に歩き出している。
マナンの村村人も旅支度をしていた
後ろに見えるのはマナンの村
見る見るうちにManangの村は小さくなって谷を大きく曲がり見えなくなった。
ここからは広い大きな谷の左岸につけられた道を歩く。
自転車でも楽に走れそうなゆったりとした登りのトレッキングルートである。
11時55分 Yakkharka手前の1軒茶屋で昼食。
高度のせいか食欲があまりなくヌードルスープ1杯を何とか流し込んだ。
Yakkharkaのあたりは広い大草原状態。
もともとKharka(カルカ)というのは放牧場という意味である。
夏は高地の放牧場でヤクや牛、羊やヤギにたっぷり草を食べさせ雪の降る時期になると村に下ろす。
そんな生活をManangの村の人は繰り返しているのだろう。
所々に夏用の放牧場用に作られた石の家が残っている。
ヒマラヤを眺めながら進む谷をさかのぼる
広い谷
YakkharkaのロッジでNYのSmallbrother Johnに出会った。
一緒に歩いていた友人が高山病にかかり上からいったん下ってきたとのこと。
この高度になると高山病の症状が出てくる人がポツポツと現れる。
Yakkharkaの標高は4000m少々。
今日は朝出発するときに、高山病予防に効果があると言われている薬品DIAMOXを半錠飲んできた。
高山病予防のためには体の新陳代謝をあげるといい・・・と言われている。
水分をたくさんとりオシッコや汗をいっぱい出すといい。
DIAMOXは利尿作用がありよくオシッコをしたくなるが、この薬が効いているのか
食欲があまり無い以外は頭痛や寒気など高山病の症状はまったく感じられない。
(DIAMOXはKathmanduなら大体どこでも購入可 10錠で100Rsほど)

さらにYakkharka付近にいたポーター(下の落下物注意の手袋男)からの情報によると、
上のロッジはもうトレッカーがいっぱい登ってきてしまって部屋が満杯状態である・・・とのこと。
我々も何とか早く宿泊場所を確保しなければならない。
早速我々のポーター氏に先行(彼らは本気になると早い!)してもらい何とか最後の2室を確保できた。
広い谷を歩くポーターの手袋に注目本日の宿泊先
ところで我々にロッジの情報をくれた落下物注意の手袋ポーター氏は
前に日本の広島?だったかに出稼ぎに来て高速道路の工事に従事してこの軍手をもらった・・・とのこと。
ほんの短い間いただけだったみたいだが日本語も結構しゃべれ実に楽しいヤツだった。
Yakkharkaにて
14時50分 Ledar(4200m)のロッジに到着。
Laderにはロッジが数軒あるがどこのロッジも満室で、後から登ってきたオーストラリア隊のポーターは
ここまで登って来たがベッドがなく、仕方なくYakkharkaのロッジまで下って行った。
今はまだ本格的トレッキングシーズンではないので、これでまだロッジは空いている方だそうだ。
この調子だとオンシーズンは大変なことになるだろう。

夕食 ニンニクスープとおかゆで体調維持。
ミネラルウォーター1リットル130Rs。19時半の気温5℃ 湿度79%。
明日は4800mまで上がる・・・

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