2006秋
NEPAL Everest街道 Trekking

これは私の所属する福井山岳会が日本‐ネパール国交樹立50周年を記念して(というほど大げさなものではない)
企画したもので参加者は福井山岳会会員とその友人11名(男性8人女性3人)です。
2006年10月29日(日)に日本を出発し11月5日(日)に帰国という慌しいスケジュールでしたが
目的としていたEverest街道のトレッキングを楽しむことができました。

10月30日(月) 
Kathmandu→Lukla→Phakding

我々の乗った軽飛行機はガツン!というやや大きなショックを伴いながら
朝9時 エベレスト街道の玄関口Lukla空港に到着した。
Luklaの標高は2840m いきなり白山の頂上相当の高地に降り立った訳である。

Lukla飛行場Lukla−APからもうヒマラヤはよく見える
この飛行場はすごい!場所があまりないために傾斜した滑走路で距離も短い。
(着陸時は上り坂、離陸時は下り坂)
しかも飛行機の駐機場所があまり広くないため多くの機体を長時間止めておくことが難しい。
そのため着陸するとすぐに人や荷物を載せて慌しく飛び立っていかなければならない・・・
無事にLkulaの空港に降り立った我々は
まずは空港近くのロッジで休憩し、まっすぐ北に伸びたエベレスト街道を10時5分に歩き出す。
Luklaからしばらくはゆったりとした下り道である。

にぎやかなLuklaの街中 エベレスト街道を北に
昔の日本の景色を見ているようで懐かしいルートをガイドとともに歩く。
今回のガイドは3人、メンバーの平均年齢が高いこともあって
Kathmanduの代理店COSMO Trekが3人のガイドをつけてくれた。

バルクマール  サーダー
 Bal Kumar Sunuwar 
        34歳
 ライ族
 日本語がうまくやさしい
 小柄で若く見られるが
 他のみんなをうまくリードし 
 日本人みんな安心させて
 くれた。
 トレッキング中はいつも
 ラストを歩く。
パラカス  アシスタントガイド
 Parkash Rai
         30歳
 ライ族
 日本語・英語もしゃべれ
 日本人向けにCOOKも
 こなす。
 彼の出す料理の味には
 定評がある。 
ブジェンドラ  アシスタントガイド
 Bhujendra Rai
          23歳
 ライ族
 彼もまた日本語がしゃべれる。
 トレッキングではいつも先頭。
      

この3人のガイドのほかに4人のポーターがついて、我ら11人分の荷物を運んでくれる。
さながら大キャラバン?のようだが、ポーターはどんどん先へ行ってしまい
また、我々も先頭からラストまでいろいろなスピードで歩くので結構バラけて一見まとまりのないキャラバン?
のようだがみんな写真を撮ったり話をしながら歩いたり実に楽しそうである。
Lukla方向を振り返る Gonglha(5813m)方向 さすが街道 荷運びにゾッキョが大活躍している
歩き出してしばらくして気がついたのだがさすがエベレスト街道!
人の行き来がものすごく多い。
荷物を担いだゾッキョ(ヤクと牛をかけ合わせた動物)やポーター
そして多いのが欧米からの外国人トレッカーである。
日本人はもっと多いのか?と思っていたのであるが、それほど多くもなかった。
これらの人々が狭い山道を行きかい、さらにゾッキョや牛の地雷(フンともいう)が
所々に点在しそれはそれは大変な道路事情である。
また、さすが国立公園!ところどころに公衆トイレも設置されている。
昼食で立ち寄ったThadoKhoshiの集落でその建設工事?を見ることができた。

エベレスト街道トイレ事情
ネパールのどこを歩いてもトイレの事情は決していいとは言えない・・・
しかしこのサガルマータ国立公園のエベレスト街道沿いには所々で公衆トイレが設置されている。
形と構造はどれも皆同じで下中央の写真のような建物はすべてトイレと思ってもらっていい。
ここThadoKhoshiでは今まで使っていたトイレが古くなった(満タンになった?)のか
その横に新しいトイレをおじいさんが作っていた。

街道のトイレ使用中のトイレ建設中
石を積んでその上に建てる手馴れた感じで作業を進めるトイレの中は至って清潔
このトイレの中をのぞいて(利用)みたが
用をたしたあと室内にある木の葉っぱをかぶせモノが見えなくなるよう始末する。
おそらくモノは枯葉の中で自然に分解されるのであろう・・・
なかなかよく考えられたシステムである。
よく注意して見ていると街道沿いの至る所にこの形のトイレを見つけることができたが
工事中のトイレはここ1ヶ所だけで、帰りに通ったときにはもう完成していた。

トイレの話のあとで恐縮だが、このトイレ工事現場のちょっと上のロッジで12時30分昼食となった。
標高はそんなに高くないが、後ろにはKusumKangru(6367m)が見える絶好の場所だ。
ヒマラヤを見ながらビーチパラソルの下でBEERを飲む!最高のシチュエーションだ。
谷間から見えるKusumakangguru(6367m)
街道前のThadoKhoshiLodge昼食はスープとチョウメン(焼そば)美味!Kusumkanguruを背景にBEERを飲む 
 昼食のメニューはガーリックスープにチョウメン(焼そば)+BEER!
このヒマラヤを見ながら飲むBEERはまた格別である。
ただしBEERは瓶BEER1本300Rs(1Rsは約1.7円)チョー高い!
(ちなみにKathmandu周辺のレストランではBEER1本あたり150Rs程度)
ちょっと長めの休憩時間となったが、
13時40分ややほろ酔い気分で歩き出す。
田舎の街道を歩くこの街道はチベット仏教の宗教色が濃い至る所にオンマニペメフムの文字がある
道は平坦なところから徐々に登りだして来る。
昼間のBEERがやや影響しているのかあえぎながら何とか登って行くと
そこが今夜の宿泊ロッジのあるPhakdingだった。
標高2610m Luklaより230m低いが、途中のUP-DOWNはけっこうあり距離もそこそこ歩いた感じ。
この街道の宿場町?には15軒ほどのロッジがあるらしい。
我々の宿泊したのはその中のTashi Taki Lodge。
昔COSMO Trekで働いていたことのあるシェルパの経営するLodgeらしい。
なるほど確かにLodgeの社長?は日本語がうまい。
室内はまきストーブも焚かれていて快適だ。
日中太陽が出ている間は暖かいが、日が沈むとすぐに寒くなる。
PhakdingのTashitakiロッジ ストーブを囲んで井戸端会議
この宿には他にも日本人のグループが宿泊していたが、
何とそのグループの一人は私も知っている我社ののOBであった。
いやはやわざわざネパールの田舎のこんなところで知り合いに会うとは・・・
何が起こるかわからないものである。

ところで楽しみの夕食であるが
トマトスープ+モモ(チベット風餃子)+野菜炒めにライス、BEERはみんなで7本も飲んでしまった。
ここでもBEERは1本300Rs 人の背に揺られてここまで上がってきている。
高いとは思うがその手間を考えれば300Rsでも安いくらいである。
夕食 これもうまい!明日の予定を発表するバルクマール ガイド
夕食後はたっぷり時間もある。
我々メンバーだけでなく、いろいろな国からいろいろな人達との出会いがあった。
まずはカナダ人のガイドをしてきたカルマというシェルパ族の青年。
お父さんがガイドをしているらしいが、そのお父さんについてガイドの修行をしているようだ。
カルマという名前は★「星」という意味があるらしい。
そういうと前に見た映画「Caravan」に出てくる主人公の青年も同じカルマという名前だった。
(Caravan DVD持っていますので希望者にはお貸しいたします)
今回出会ったカルマ青年は18歳Kathmanduの東本願寺系の寺院で日本語の勉強をしている。
正信偈?(禅宗の般若心経のようなもの)を日本語で唱えるのは見事としか言いようがない。
中央カルマ青年 左山岳会A氏 右岐阜から参加のN氏ノートは日本語の練習帳
こういう山のロッジで日本人といっしょになった時は
勉強した日本語を使えるチャンスでもあり、同時に新しい言葉を教えてもらえるときでもある。
今までわからなかったことを我々から聞いて熱心にノートに記入していた。
これからも頑張って欲しい★カルマ青年★

もう一人ここでは新たな出会いがあった。
オランダ人のクワン氏(37歳)である。
彼の職業を理解するには我々の英語力ではなかなか難しかったが
どうも企業合併のアドバイザー?らしき仕事をしているようで長期休み期間中。
今回の旅ではすでに南米・アフリカを回ってきておりネパールに入って9週間目・・・ということだった。
日本には寄らないのか?と聞いたら、物価も高いのでまだ行けるかわからない、との事。
彼は一人でいろいろな国を回っているようでその話に花が咲いた。
しかしもう何ヶ月も世界を旅していける・・・というのは実にうらやましい。
まるで兄弟のような・・・ Bigだ!身長207cm
写真を見ておわかりの通り彼と私は風貌が似ている。
しかもデカイ!身長207cm!182cmの私が小人に見える。
何となく気が合い彼とはこのあと2回この街道筋でも出会った。
トレッキング初日でいきなり2人の青年とのすばらしい出会いがあり、
今回のトレッキングは幸先のよいスタートとなた。
頑張ってほしいカマル君   なかなかいいやつだった
21時就寝(日本時間0時15分)・・・・・


10月31日(火)
Phakding→Jorsale→NamcheBazar

ヒマラヤの朝は早い。 
5時45分 朝のモーニング茶のCallで目覚める。
朝のお茶はネパールのトレッキングには欠かせない定番メニューであり、
どこへ行っても朝はこの甘いお茶で始まる。
高度があまりないこともあり昨夜はそんなに冷えることもなくよく眠れた。
エベレスト街道のメインストリート沿いのこのロッジでは、朝早くから人の動きがあり
表へ出てみるとすでに多くの人やゾッキョが荷物を運んでいる。
Phakding朝の風景 6時半写す
6時半朝食
メニューはおかゆ!とトーストエッグそれにミルクテイー。
実に日本人にやさしい朝食だ。
そそくさと朝食を済ませ7時10分 Phakdingを出発。
実用的かつシンプルな朝食 朝の出発風景
Phakdingを出てしばらくするとDudh Koshi川の吊り橋を渡るのだが
ここでマオイストの一団が待ち受けていた。
マオイストというといかにも恐ろしいイメージを受けるかも知れないが
ここでは普通のあんちゃん姉ちゃんという感じだった。
ここで通行料を払わされる・・・という話は聞いていたので特段驚きもなかったが
トレッカー1人1日あたり100Rsを徴収される。
我々は1人あたり400Rsを徴収され領収書も発行されている。
このお金がここの自然維持や村人のために使われるのであろうか?
疑問を感じながらも払わざるを得ない・・・のであるが仕方ない。
今やどこのトレッキングルートでも至るところ、このような通行料をせしめているらしい。
マオイストの領収書
代表のプラチャンダ氏の顔写真入りで、もっともらしく堂々と活動しているところが気に食わない。

このPhakdingの吊り橋を渡ってから徐々に登りが始まってくる。
吊り橋はこれから多数出てくるPhakding羊の口に余計なものを食べさせないよう籠をかけているがこのおっさんと羊の関係が面白いおーい誰か外してくれ〜
橋を渡ってからの急登
8時45分 Benker(2630m)のバッテイー(茶店)で一息入れるが
相変わらずトレッカーやポーターは途切れることなく通過していく。
どこを歩いていても「世界のエベレスト街道」を感じないことはない。
以前行ったLangtangやJomson街道ではこんなに人は多くなかった。
ここではポーターの仕事もいっぱいあるのだろう。
ちょっと商売道具を拝見させていただいた。

ポーター専門職 最近の事情
いつも重い荷物を担いで山道を行き来するポーター。
彼らは必ずと言っていいほど手にストックならぬ杖の太いのを持っている。
これが登るときは杖になり、休むときは荷物置き場になるのである。
ポーターの少年は17歳と言っていた形はほぼ定番のピッケル形休むときはこやって荷物を上に乗せる
この杖、ポーター一人一人が自分で作っているようで
長さや大きさなど体にあわせて作っているみたいで、重い荷物を担ぐポーターほど
太い杖を使っているようだ。
この杖、ピッケル型で木を削って作った1本ものでなかなかの道具である。
彼らの生活の中から生み出された素晴らしい道具・・・と言えよう。
昔はポーターと言えば裸足が大半であったが、最近はゴム草履やズックを履いている人がほとんどとなった。
また、タバコを吸うポーターも極端に少なくなった気がする。
以前はみんなによく「タバコをクレヘンヶ〜」と言われたのだが
今ではタバコを吸っているポーターを見つける方が難しくなってしまった。
左下はその中でもタバコを吸っている貴重なポーターである。(たった一人しか見つけられなかった)
タバコ好きのポーターは減った?すごい荷のポーター
女性ポーターも時々見かける
ポーターたちは一見いかつくて近寄り難い存在かも知れないが
話してみるとみんな気さくで陽気な人達が多い。
いやぁ〜重そう昼食中 自分で火をおこしてダルバート?を食べていた石を運ぶポーター こりゃ重いぜすごい荷物!
登山やトレッキングの場合、担ぐ荷物の重さは30Kgと決まっているようだが
お店やロッジへの荷上げポーターの中には缶BEER10箱(単純計算70Kg!)も担ぐポーターもいた。
登山の場合、支払う金額は1人1日300〜400Rs程度のようであるが
70Kgもの重量を担ぐポーターはいったいいくらくらいもらえるのだろうか?
Monjoの入り口 何かほっとする風景に出会う
9時50分 Lodgeが何軒かある比較的大きな村Monjo(2835m)を通過すると
Sagarmatha National Park Entranceが見えてくる。
ここでトレッカーは必ず立ち寄り通過の手続きをしなければならない。
MonjoにてMonjo 9時55分国立公園のチェックポスト 
ここで少し待ち時間を食ってしまったが
道はグッと下って大きな吊り橋を渡ってJorsaleの村に入る。
DudhKoshi川の大きな吊り橋を渡る
Jorsaleのロッジで10時30分早めの昼食になった。
ここから先はNamcheBazarまでロッジや食堂はない。
早めだがここで昼食にするしかない。
このJorsaleは街道の宿場町・・・という風情があり多くのポーターたちも休んでいた。
家々から立ち上る煙が何となく情緒を感じさせる。
風情のあるJorsaleの村 多くのポーターもここで一息入れてナムチェに向かう
Jorsaleの最終 Green View Lodge(2805m)で昼食にする。
到着してから作るため少々時間はかかるが、ガイドのParkash Raiが実においしい食事を作ってくれる。
今日の昼のメニューはポタージュスープ+フライドライスそれに蒸したジャガイモがついた。
個人的に高地でとれるジャガイモは大好きだ。
辛子のソースをつけて4ヶもいただいてしまった。
実においしいランチふかしたジャガイモは本当においしい今日も青空ランチ
さて今日の目標NamcheBazarまで道のりは決して短くない・・・
しかも海抜3440mまでこれから標高差600m以上も登らなければならない。
意を決して12時Jorsaleを出発、ここからは渓谷沿いの道を進む。
残る橋を2つ渡ればNamcheにグッと近づく
ロッジの親子が見送ってくれた川は何回渡ればいいのだろう吊り橋の上で
吊り橋を一つ渡ると街道はDudhKoshi川のすぐ横をしばらく進む。
河原はすごく気持ちがよく他のトレッカーやポーター達も思い思いに昼食をとっている。
DudhKoshi川沿いの道を進む 最後の吊り橋 Larja Bridge
しかし最後の吊り橋はなかなか迫力があった。
高さはざっと100mはあるだろう、長さも100m以上。
しかも途中踏み板が割れてなくなっているところもあり、そこから下を覘くとぞっとする。
この橋の上でゾッキョか牛のフンを踏んで、うっかり足を滑らそうものなら目も当てられない・・・
しかしこの大峡谷にこんな立派な吊り橋を作ってくれた人に感謝しないといけない。
橋を越えてからは急登の連続である。
高度もどんどん上がってくるためだんだん足の進みが遅くなる。
15時前やっとNamcheの集落が見え出した。
すり鉢上の斜面にきれいに家が並んでまるで絵に描いた団地のようだ。
初めて目にするNamcheBazar・・・あのチョー有名なシェルパの里・・・
やっとここまで来たのか〜
NamcheBazarがやっと見える
NamcheBazarの中心部へどんどん入っていく。
道路の両脇には登山道具の店がいっぱい並んでいる。
そのお店を横目でにらみながらどんどん上に上がる。
NamcheBazarはすり鉢状の地形のため、すり鉢の一番下からヘリに向かって登っていく・・・という按配だ。
15時10分 今日の宿泊予定地SONA Lodgeに到着した。
このLodgeは日本人の宿泊者が多いようで、UKYO(片山右京)や三浦雄一郎氏の
ステッカーや写真が貼られている。
NamcheメインストリートのShop 今日の宿まではどんどん登らないといけない
宿も決まり一息ついたところでNamcheの街探検にそれぞれ散っていった。
私はNamcheの町全体を見ようと一番上までハァハァ言いながら上りきった。
すり鉢の底から一番上の縁までは標高差100m以上はある。(NamcheBazarの標高は3440m)
これじゃこの街の人達も大変だろう〜なとつい思ってしまうのだが・・・
高いところから見ると本当に大変な場所にできた街(Bazar)だというのがよくわかる。
しかもこの周辺(Tibetも含め)一帯の交易の大中心地・・・というのもうなずける。
NamcheBazar
宿へ帰る途中、学校(プライマリースクール)から帰る子供たちに出会ったが
この高地でみんないきいきと暮らしている様子が伺えた。
学校からの帰り道 その1 学校からの帰り道 その2
ところでこのNamcheBazarでは数多くの登山道具屋が軒を連ねている。
何軒か回って値段を見てみたが結構安い!(ただし限りなく本物に近い偽モノ!?)
私もシャツを1枚買ってしまったが当初840Rsだったものを
4人で買うことにして700Rsにまけてもらった。
我々のメンバー某N氏はNorthFaceのダウンベスト・ジャケット・オーバーズボンなどをまとめ買いし
トータルUS$100ほどを使いお金がなくなってしまったほどである。
日本でこれだけ買えば楽に5万円は越えるであろう・・・
しかしわざわざNamcheBazarまで来て買わなくてもいいと思うのであるが?
(Kathmanduでも同じ品物はそれ以下の値段であろう・・・)

NamcheBazar 山の郵便局
ここの街には郵便局がある。
探してみたら我々の宿泊しているSONA Lodgeのすぐ上だった。
過去の経験から、郵便はKathmanduの郵便局で出すより山の郵便局で出したほうが、届く確立はグッと高くなる。
(これは今までの私の経験からであるがKathmanduから出して届いたのは今まで約半分以下・・・)
パッと見郵便局とはわからない 近づいてよく見るとPOST OFFICEの文字が 
郵便局はパッと見てもよくわからない。
よく見ると表に緑色のポストのようなもの?が見えるので近づくと看板にPOST OFFICEと書いてあった。
中は恐ろしく薄暗かったが2人の職員が応対してくれ日本まで25Rsの切手を貼り
「ポン!」と消印を押してくれた。
ちなみに葉書でも封書でも同じ値段だったような気がするが・・・
中は薄暗いが2人の局員が働いていた 消印を押す
Kathmanduからの郵便物が届かない・・・というのはかなりよく聞く話である。
その原因というのは、局員が切手をはがしてネコババし金に替える・・・というのが一般的には言われている。
確かに日本までの郵送料25RsというのはNEPALでは
切り詰めれば2食分相当の食費にあたる。
従って、まとめて何通か出した郵便物の切手を剥がして金に替えれば、これは相当な金額になるのである。
だが消印を押してしまえばその切手はもう換金できない。
山の郵便局では郵便を出す人もそんなに多くないので、自分の見ている目の前で消印を押してくれる。
Kathmanduの中央郵便局なんかで出した葉書なんぞは人も多いので
なかなか目の前で消印を押してくれない。
そこで悪いヤツがその切手をいただき換金する・・・という話である。
確かに今年、長女がKathmanduで何人かに出した葉書は日本に1通も着かなかったし
過去私がKathmanduから出した葉書も悲しいかな到達率は半分以下なのである・・・・・
このNamcheBazarの局員は消印を押すのに、誇らしげに「ポン!」と大きな音を立てて押してくれた。
ここから投函した絵葉書は無事11月13日(私の誕生日でした)自宅に到着しました。
Ganesh Himalの切手

さてそうこうしているうちに夜の食事の時間となった。
今夜の宿SONA Lodgeに戻る。
今夜はカレー TUBORGの缶BEERは1本200Rsだった。
我々の宿泊先 SONA Lodge夕食はカレー 
今日もこのロッジで新たな出会いがあった。
イギリスから来ているChris氏 若く見えるが43歳独身とのこと。
クリス氏と
イギリス海軍勤務 2週間の休暇でのトレッキングだが一人で回っているらしい。
Namcheから明日はThameへ向かい、その後5500mほどの峠を越えてGokyoへ行くとのこと。
我々のガイドにいろいろルートのことを聞いていた。
今夜もいろんな話ができ楽しい夜だった。


11月1日
NamcheBazar→EverestViewHotel→Khumjung→NamcheBazar

朝6時モーニングティーで目を覚ます。
高度のせいか頭の奥がややズキズキといたむ。
窓から外を覘くと曇っている・・・エベレストは見えるのだろうか?
6時半朝食 今朝はチャパテイーと玉子焼き、それにヌードルがついている。
気持ちのいい朝食
今日は上部をぐるりと周遊してくるので宿はそのまま。
当初の予定では今日は、この上のKhumjungに宿泊予定だったが
明日Khumjungから一気にLuklaまでの下山は距離も長くつらいのではないか・・・
ということでこのNamcheにもう一泊連泊することにした。
7時10分歩き出す。
すり鉢状の底近くから上のヘリへ向って登るかたちになるが、朝一番の登りはつらい。
宿を出てから常に正面にコンデリ峰が聳え立って見える。
ホテルの前から見えるコンデリ峰
中央の一番高く見えるのがコンデリ4峰(6093m)左は5峰(6187m)

途中NamcheGompa(寺)を通過した。
お寺というのはどこでも集落を見渡す高いところにあるものだ。
Namche Gompaの横を通過かなり登ってきた峠を越えてKhumjungの学校へ向う子供たち
峠の上辺りで隣の集落Khumjungの学校へ向う子供たちに追い抜かれた。
環境への慣れというのは素晴らしいもので、この4000m近い高地で走りながら学校へ向っていった。
ちょっとうらやましくもあり、学校の登下校も何か楽しそうだ。
NamcheBazarの上まで上りきるとShyangboche、そこは台地上になっていてだだっ広く空港もある。
ただ草地で状況はあまりいいとは言えないので専らヘリコの離発着がほとんどのようだ。
 Shyangboche(シャンボチェ)の空港をを横切るShyanbocheのViewPointへ向う
Shyangbocheの空港滑走路を横切りEverestが見えるというViewPoint高台を目指して進む。
Shyangbocheの標高は3720m この高度になると息が切れる。
8時35分 EverestViewポイントに着くが、あいにくその方向は雲の中だった。
しかしAmadablam(6812m)やThamseruk(6623m)周囲のヒマラヤはよく見える。
Amadablamその左がEverest方向
右Amadablamその左側がEverestの見える方向 手前のこんもりした林の中にEverestViewHotelがある

Thamseruk 6623m
Thamserukは一番近くにドンと聳え立つ

アマダブラムとタムセルク
東方向 左のピークはAmadablam 右はThamserukという位置関係になる

西側 コンデリ峰
西側 左のピークからKongderiX(6187m) KongderiW(6093m) KongderiU(6500m) KongderiT(6943m)

しばらく待っていたがEverestは雲の中から顔を出しそうにないのでかの有名な
Hotel Everest Viewまで行ってそこのテラスでお茶でも飲もう・・・ということとなった。
ここからホテルまではほとんどUP-DOWNもなく15分くらいでいける。
ここからホテルまでのルートがまたよかった。

後方タムセルク
前方Thamseruk

アマダブラムの左がEverest方向・・・見えない
ホテルへ向う途中 アマダブラムの左にEverestがあるはず・・・

後ろを振り返る
西側Kongderi峰群

ホテルエベレストビューへ向う
向こうに見えているのはTabochePeak(6367m)右の林の中にホテルエベレストビューがある
Coffee Break
Hotel Everest Viewに着いたのは9時25分。
さすがに人がいっぱいいる。
ここのテラスに座ってお茶を飲みながらヒマラヤを眺める・・・というのは今回の目標だった。
あいにくEverestは見れなかったが、ほんとうに素晴らしいロケーションで山を堪能できた。
暖かいココアを飲みながら充実した時間を過ごすことができた。
いやぁ〜すごい賑わいでした すばらしい気分!

Everestは雲の中・・・残念
HotelEverestViewからのEverest方向 見えているのはLhotse(8516m)の壁

名残を惜しんで10時40分ホテルエベレストビューを出発した。
今日はちょっと下にあるKhumjung(クムジュン)で昼食予定だ。
下る途中の景色も素晴らしい・・・ヒマラヤに抱かれて生活しているという感じがすごくする。
また、ここではあのPhakdingの宿で友達になったオランダ人のクワン氏とも再会!
彼は相変わらずデカかった。
クムジュンまでは目と鼻の先 向こうに見える集落ここで出会ったクワンさん
後方タムセルク
Thamserukを見ながら下山

下山時は偶然日本人の若い女性も一緒になった。
また、Khumjung方向から馬に乗って登ってくる日本人女性2人組みにも出会い
ここに来て急に日本人と出会うこととなった。
11時30分 Khumjung(3780m)に到着、ここのHidden Village Lodgeで昼食となった。
クムジュンの村外灯のある公衆トイレ
この村に入って気がついたのだが外灯が立っている。
しかし電線が張ってない・・・(右上の建物は公衆トイレ、その角に地面から伸びた外灯がある)
よくよく聞いてみると電線は地下埋設!ということだった。すごい!!!
確かに普通に見ていてNamcheの街も電線が見えなかった。
電気がないのか?と思いきや夜は明るい。
景観保護・・・という理由だけではないとは思うがすごい。
こんなところですでに電線の地下埋設を行っているとは・・・いや参りました。
なかなかおいしい昼食でした採光を考慮した明るい食堂
昼食のメニューは野菜スープとご飯に湯掻いたキャベツとジャガイモだった。
日本にいるときは質素な食事・・・と思うかもしれないがここでは贅沢だ。
すべておいしくいただいた。
13時Khumjungを出発。
少し峠を登り返してNamcheBazarへ帰る道を歩く。
クムジュンの学校ヤク発見!
途中大きな学校の横を通った。地図によるとHillaly Schoolと書いてある。
恐らく朝Namcheからの登りのときに出会った子供たちもこの学校へ通っているのだろう。
さらにこの学校近くでヤクを発見!
ゾッキョとほぼ同じかやや大きい体格だが体の毛がゾッキョより長い。
やはり高地でないとヤクは見かけるチャンスがない。
後にも先にもヤクを見かけたのはこの1回だけだった。
13時20分 峠に到着。ここで全員で記念写真を撮った。
これぞ記念写真!
この時間になると少しずつ山はガスがかかってくるが、それがまた雰囲気を醸しだしている。
NamcheBazarには1時間後の14時30分後に到着した。

一息入れてまたしても街探検に出かけた。
山から下りてきたときにInterNetCafeがあったのでちょっと覘いてみよう。

NamcheBazarのInterNetCafe事情
Namcheには何軒ものInterNetCafeが目につく。
店の前を通ったときお姉さんがいたので、「日本語はサポートしてるンヶ?」と聞いてみたら
「OK! No Problem!ヤンヶ」と返って来たのでちょっとMailチェックをすることとした。
店の外観 Hi-Speed??看板に偽りはないのか?
店のおねえさんの話ではInterNet使用料は1分間15Rs、国際電話は1分間150Rs!とのこと。
もちろん国際電話もNetも衛星経由であるから高いのはいたし方ない・・・
店内には4台のPCがあったがみんな使っていてフル稼働。
外国人はみんなMailCheckをやっていたメンテをしているおねエさん
ようやく空いた1台を使ってみた。
が、他の人のPCもフル稼働しているせいか遅い!看板(HighSpeedSatelite)に偽りあり!
Kathmanduのホテルでも自分の持ってきたPCでダイアルアップでアクセスポイントにつないで見たが
だいたい10〜30Kbpsといったところ・・・
(店内で多くの人が接続していたため速度が遅くなったのかも知れない)
ここNamcheのHighSpeedSateliteもせいぜい10〜20Kbpsという感じだった。
さんざん待った挙句受信したMailは68通。
中には今回のトレッキングに参加している人の娘さんから、親御さんに至急連絡をとりたい・・・
というMailも入っていた。
こんな3400mの山の上でもInterNetに接続できるとは・・・いやはや世の中変わったものである。
でも接続速度もう少し速くなんねエ〜かな?
結局時間がかかりすぎて240Rs(16分)も払わされてしまった。
(ちなみにPCは韓国製のものを使っていて日本語のフォントはやや怪しげな感じでした)

ところで楽しみな夜の食事は18時。
夕食前チビチビ?とBEERを飲んでいたら何と!つまみにポテトフライをあげてくれた。
この高地でとれるジャガイモのポテトフライは抜群にうまい!
さらにガーリックスープとチョウメン(焼そば)モモ(チベット風餃子)で豪華な夕食になった。
もうこれから高いところへ登らなくてもいい・・・と思うとみんな気が楽になる。
夕食はTUBORG BEERを奮発してみんなとワイワイガヤガヤ楽しんだ。
あ〜満足・・・うまい!
豪華夕食 
そして今夜は日本人女性ゲストがついに登場・・・となった。
別のロッジに泊まっていたそうだがN氏が拉致してきてしまった。
東京在住のM女史。実はKhumjungへの下りで一緒だった女性だった。
2週間の休暇でNEPALに来ているとの事。
ただしEverest街道は1週間で、あとの1週間はKathmanduで過ごすそうだ。
左から2人目 東京在住M女史
欧米のトレッカー達はみんな最低2週間くらいの休暇で来ている。
早く日本も2週間くらい楽に休める環境になってくれるといいのだが・・・
M女史には我々日本人だけでなく、ガイドやポーター達も交じっていろいろな話をした。
若い女性が交じった・・・ということだけでなく
みんなこれ以上高度を稼がなくてもいい・・・という気楽さから話が弾み楽しい夜になった。
M女史はガイドとポーターの3人旅 明日はもうひとつ上の村Tengboche(3860m)まで行くとのことだった。
今日も21時過ぎ就寝。


11月2日(木)
NamcheBazar→Phakding→Lukla

いよいよトレッキング最後の日となった。
2日かけて登ってきたNamcheまでの道を1日で下る。
まだ暗い朝5時半 いつもの通り部屋へモーニングティーのサービスがやってくる。
モーニングティーのサービスはネパールならでは 宿泊する部屋はこんな感じ
このHPを見ておられる方々は、みんなどんな部屋に宿泊しているのか?
疑問に思われるかも知れないのでちょっと紹介しておこう。
だいたいの部屋にベッドが2〜3程度ある。
毛布や布団が用意してあるところもあるが、だいたい自分でシュラフを持っていくことが多い。
我々も今回はKathmanduのCOSMO Trekでシュラフを用意してもらい持って上がった。
宿泊料金は100〜200Rsというところか。
宿泊料よりもやはり食費のほうが高くならざるを得ない。

さて朝食 今日は6時と早い。
今朝のメニューはおかゆとパン+ゆで卵に野菜、至ってシンプルなものである。
早々に食事を済ませて表で出発準備をする。
いたってシンプルな朝食 我々の宿泊していたロッジ前
今日の下りは長い。しかも終盤は登りもある。
何といっても我々のトレッキングメンバーは70歳を筆頭に平均年齢63歳である。
果たして大丈夫なのか?
そんな不安をよそにいつもより早い6時半 ロッジを出発した。
いつもようにコンデリ峰が見える。
この山を見るのもこれで最後になりそうだ・・・
コンデリ峰 6時28分写す
まだ店の開いていないNamcheBazarのメイン通りを抜け街の外れにまではすぐに出た。
振り返るとすり鉢状にNamcheの街が見える。またいつか来てみたい・・・
振り返って見たNamcheBazar
下りはもう黙々と歩くだけである。
しかし、登るときに同じところを歩いてきているはずなのにまったく違うところを歩いているような気がする。
しかも覚えているところは、何日も前に歩いたような錯覚におちいる。
我々の荷物を担いでくれたポーター達帰りの吊り橋はゾッキョの一群と一緒になった
登るとき昼食をとったJosalle(2740m)を8時30分に通過。
その下Monjo(2835m)9時10分通過。
チベット仏教の経文が彫られた石のそばを歩く左使用前 右使用後通学途中の学校の生徒ともすれ違う
順調に進んでいる。Benker(2630m)9時50分。
ここでちょっと休憩。滝が近くにある気持ちのいい場所だった。
昼食は10月30日に宿泊したPhakdingの村。
下山に時間がかかることを想定し、ガイドのParkash Raiが先回りをしてあらかじめ昼食の段取りをしておいてくれた。
少しでも下りに時間をかけないように・・・という配慮のようだ。
いつもはレストランに着いてから料理の準備をするので、
到着してから出発まで1時間半から2時間くらいの時間の余裕があった。
しかし、今日は早い!わずか1時間で出発できた。
昼食のレストラン 野菜スープとフライドライス+野菜 今日もおいしい
12時20分 Phakdingを出発。
Phakudingを出たところ 下りのThadkhosiの橋 青いのが新しい公衆トイレ
あとは少しずつ上りになるがきわめて順調に歩けた。
Ghat 13時 ThadKhoshi13時30分 
Luklaには15時20分に到着。ほぼ予定通りの時間だった。
LuklaではSouthColGardenLodgeに荷物を降ろし、
トレッキングの無事終了を祝って全員でBEERで乾杯した。
Trekking終了 乾杯!
私以外の人はみんなネパールは初めて。
何もわからない中でのTrekkingだったが、みんな楽しむことができ満足そうだったのがよかった。

本当は見えていた EVEREST
今回はEverestを見よう・・・という目的のTrekkingだったが、残念ながらホテルエベレストビューからも見えなかった。
実はNamcheBazarへ到着するまでのルート上からもEverestが見えるポイントが2ヶ所ある。
しかし今回のTrekking中は、ここからも見ることができなかった。
本当にEverestは見ることは不可能だったのか?
否、今回のツアーに参加されたC夫妻から耳寄りな情報が寄せられた。
Namcheに着いたその31日の夕方、高台の端っこからそのEverestを見ることができたと!
確かにガイドブックにも見ることができる・・・と記載されている。
私は他のところをいろいろ回っていて残念ながら見ることができなかったが
C夫妻より証拠のデジカメ写真をいただいたので掲載しておこう。
10/31にNamcheBazarから見えたEverest
右側よりLhotseShar(8400m) Lhotse(8516m) 尾根の向こうにEverest(8848m)
さらにその左の小さなピークがNuptse(7855m)と思われる。
距離は遠いが空気の澄んだ天候のいい日にはEverestもこんな風にNamcheBazarから見えるのである。
実にLuckyなC夫妻でした
日本だったら「見えたぞ〜!」なんて言って騒いで携帯電話なんかでみんなに連絡するのだが
そんな文明の利器はここでは無縁の世界である。
この話を聞いて翌11月1日は多くの人がこの見えた・・・という場所に行ってみたが天候がよくなく見えなかった。

さてこの日は山の中での最後の夕食である。
メニューはチキンカレー(やや辛めがうまい)とライス、野菜がいくつかついた。
また、BEERのつまみにちょうどよいポテトチップス、すべてがおいしかった。満足!
Luklaでの夕食山の最後の夜を楽しむN氏
このLuklaでは停電が多い。
首都であるKathmanduでも最近は少なくなったようだが停電は起こる。
食事中もたびたび停電が発生し、みんなヘッドランプの灯りとロウソクで食事をする・・・
というなかなかムードある演出?となった。
最近日本でもローソクをつける・・・ということはあまりなくなったが、
たまにロウソクのあかりを見るのもいいものだ。
明日はいよいよKathmanduへ帰る。


11月3日(金)
Lukla→Kathmandu
高度が下がってきてよく眠れ、今朝は5時半のモーニングティーの声で起こされた。
Luklaの朝 6時15分写す 今日も朝飯うまい
6時半朝食 おかゆとトースト、目玉焼きに野菜。
Kathmanduに向う飛行機は8時フライトの予定である。
食事中も時々飛行機のエンジン音が聞こえていた。
7時 空港へ向けロッジを出発。空港までは5分ほどである。
見ていると、どんどん飛行機やヘリがやって来ては出発していく。
飛行機がやってくるたびに人がバァーと降りてきて、そのあと空港から人がまたしてもバァーと出てきて乗る。
これの繰り返しで忙しい。
何しろ狭い山の上の飛行場のため駐機スペースがない。
飛行機をここに貯めてはいけないのである。
しかも天候が悪いと飛行機は飛ばない。
視界のいい午前中が勝負だ。
空港前の通りあまり天候はいいとは言えないが・・・
前にここに来た人の話によると、天候の悪い日が続くと飛行機はまったく飛ばない。
多くのトレッカー達は飛行機待ちのため、この空港近辺でたむろするしかなく
Kathmanduに帰るのは順番待ち・・・
我々も万が一飛行機が飛ばなかったときのことを考え、1日だけ予備日を設定しておいた。
今回はそんなに天候はいいとは言えないが何とか飛びそうだ。
Lukla AirPort多くの荷物と人が下ろされる
予定時間よりもかなり遅れるのではないか・・・と思っていたが意外にもほぼ時間通り搭乗開始。
8時5分頃には我々の乗ったSitaAirは動き出した。
我々の乗ったSitaAirなかなか彫りの深い顔立ちの乗務員あの短い滑走路を目一杯走って離陸する
ネパールの飛行機はどこの会社のも窓があまりきれいではない・・・
せっかくの美しい景色や(千枚ならぬ)万枚田も霞んでしまって残念。
機内から見た途中の村
わずか30分ほどの飛行でKathmandu到着。
あっけないほど簡単に帰ってきてしまった。

HimalayaのTrekkingは楽しい。
いろいろな高い山を見ながら自然の中を思うように歩ける。
またそれだけでなく、
外国から来たトレッカーやネパールのガイドやシェルパ達といろいろな話をする機会もある。
これは今まで我々の忘れていた人と人とのコミニュケーションをとる・・・
という基本的なところに行き着くのではなかろうか?
山も楽しいが、いろいろな人との出会いが楽しい5日間だった。


空港からは
COSMO Trekの迎えの車でKathmandu市内LazimpatにあるGangJongHotelにチェックイン。
続いての市内観光まで休息をとった。

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