「和歌山毒カレー事件」のもうひとりの被害者


読売新聞の記事より。

【和歌山市の毒物カレー事件で、急性ヒ素中毒の初期治療に不備があったなどとして、鳥居幸さん(当時16歳)の遺族が保健所を設置する市と日赤和歌山医療センターを開設する日本赤十字社(東京都)に慰謝料など計5000万円を、元自治会長の谷中孝寿さん(同64歳)の遺族が市に1000万円の損害賠償を求めた訴訟の判決が2日、和歌山地裁であった。礒尾正裁判長は、鳥居さん側の主張を一部認め、日赤病院側に200万円の支払いを命じた。市への請求は退けた。この事件の初期治療で、医療機関側の過失を認めたのは初めて。
 幸さんの母、百合江さん(53)ら両親と孝寿さんの妻、千鶴子さん(66)が2000年9月に提訴。市保健所が事件発生直後「99%食中毒」と発表するなど、正確な情報を提供する役割を果たさず、日赤病院も血圧急低下などに毒物中毒の疑問を抱かず、適切な治療を怠ったなどと主張。法廷での証言で、遺族の心情も訴えた。
 市は「食中毒以外の原因と認める合理的情報はなかった」と反論。日赤側も「当時の救急医療水準に即して適切に治療した」と全面的に争っていた。
 判決は、日赤病院の治療について、「脈拍や血圧管理などに過失があったというべきだ。ただし、過失と幸さんの死亡との因果関係は認められない」とし、一部過失を認めた。

 判決を傍聴した百合江さんは「どんな治療だったのか明らかにしたいと提訴した。適切だったら生きていたかもしれないと思うと、怒りがこみ上げる。市の対応も含め、2度とこのような苦しみを抱く人がないように願う」と話した。】

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 あの「和歌山毒入りカレー事件」の余波で、こんな裁判が起こっていたのですね。
 僕はこの記事を読んで、なんともやりきれない気持ちになりました。
 もちろん、遺族の気持ちはわかるのです。
 「あのときああしていれば、あの子は(あるいは夫は)助かっていたのではないか?」という無念な気持ちは、当然のことでしょう。
 でも、実際に医療に携わる人間からすれば、「これで訴えられては、日赤で治療にあたった医師たちはかわいそうだな」とも思うのです。
 だって、「砒素中毒の人」なんて、国家試験の知識としてならともかく、現場で実際に経験したことがある医者なんて、ほとんどいないのですから。
 しかも、そのときの「夏祭りでカレーを食べた大勢の人たちが、吐き気や腹痛を訴えた」という状況から、「これは、誰かが毒物を混入したに違いない」なんて考える医者は、たぶん推理小説の中にしかいないのではないでしょうか?むしろそういう発想のほうが異常な感じすらします。
 実際は、「これは何かおかしい、普通の食中毒とは違う」と医療側が考えたときには、もうどうしようもない状況だった、というのが事実のようですし。
 それならむしろ「99%食中毒」なんて発表をした保健所のほうが、初期対応に責任があるのではないでしょうか?
 そもそも、【判決は、日赤病院の治療について、「脈拍や血圧管理などに過失があったというべきだ。ただし、過失と幸さんの死亡との因果関係は認められない」とし、一部過失を認めた。】
という判決自体、ものすごく疑問です。「過失と死亡との因果関係は認められない」のなら、どうしてそれが「過失」だと言えるのでしょうか?

 後から考えれば、「あのとき、ああしていればよかった」と考えるのは当然でしょうが、当時救急診療にあたっていた医師は、この「食中毒疑い」の患者さんたちだけに張り付いていられる状況ではなかったに決まっているのに。

 遺族が「やり場のない怒りと悲しみ」を持っているのはよくわかります。
 被害者の方々は、ほんとうにこんな事件に巻き込まれて、悔しいだろうとも思う。
 でも、だからといって、現場で対応した「ごく普通の治療を行った医療従事者」たちがスケープゴートになるというのは、どうも納得がいきません。

「遺族の心情を考慮して」と言われても、病院のスタッフが砒素を混入したわけではないのに。
「遺族の心情」を家族がどこかにぶつけたいのはわかります。でも、司法がそれに引きずられて、「一部過失」というような判決で、お茶を濁すような姿勢を取るのはどうも腑に落ちないのです。医療者を悪者にして、一件落着ですか?と。
 本当にミスだと思うのなら、200万円じゃすまないはずなのに、どうしてその「お見舞い金」を日赤が負担しなければならないのか?それは本来、犯人に向けられるべきものではないのでしょうか?
 逆に「99%食中毒」という情報を流した保健所は、どうして「お咎めなし」だったのでしょうか?

…犯人(とされている人=林真須美被告)があんな感じだから、遺族の気持ちのやり場がないのは理解できるのですが…

 患者さんやご家族が、「医者の手の届く範囲」について知識に乏しいのは仕方がないことです。僕だって、野球選手に「どうしてあの球が打てないんだ!」なんて憤りを感じることはありますし。
 でも、公正に裁くべき司法が、あまりに偏見に満ちた見方をしているのではないか、というような印象があるんですよね。
 このケースでは、現場の人間は「毒物混入」なんて最初は思いつかなくて当然だし、それに対応した治療ができなかったのは、やむをえないのではないかなあ。もちろん、この事件の後からは、砒素中毒に対するある程度の対応ができなければならない、とも思いますけど

 医療従事者というのは、人間の不幸の傍にいる仕事ですから、いろんなネガティブな感情を投げつけられることがあります。それはもう、給料のうちだと覚悟はしているのです。
 しかしながら「医療の限界を医療ミスだと決め付けられる」ことや「訴えられる」となると話は別です。

 僕たちだって仕事に対するプライドや自分の生活があるし、「はいそうですか」とミスでもないのに、ミスを認めて慰謝料を出すわけにもいかないのです。
 もちろん、「本当の医療ミス」は、きちんと処罰されるべきですけど。

 悪いのは病気で、医者が病気にしたわけじゃないのに…それって、医者の傲慢ですか?
 せめて、司法や報道関係者は、もう少し公正な観点を持ってもらいたいものです。
 今に、「お前医療ミスしただろう!」とかいつも言う人が「逆ドクターハラスメント」ということで医者から訴えられる時代が来るかもしれませんね。