「当直医の遅刻による医師不在」の病院で起こった窒息死。

日刊スポーツの記事より。

【三重県四日市市の医療法人三重愛心会「四日市青洲病院」で7月、当直医が遅刻して不在だった際に、入院中の患者が夕食をのどに詰まらせ、ほかの病院に運ばれて死亡したことが6日、分かった。

 三重県の調査で、常勤の医師が2人必要なのに実際は渡辺院長しかいない上、夜勤の時間帯に医師が不在となる状態が日常化していたことが判明。三重県は、医療法に違反するとして改善指示をした。

 県四日市保健福祉部によると、7月16日午後6時ごろ、けがの治療のため入院していた四日市市内の80代の女性が、夕食をのどに詰まらせた。渡辺院長は午後5時ごろ、既に帰宅。当直医は遅刻しており、院内に医師は不在で、当直医に携帯電話で連絡をしたが、電波の状態が悪く連絡がとれなかった。患者は近くの病院に運ばれたが、間もなく死亡した。当直医は午後7時すぎに出勤したという。】

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 この記事を読んで、ドキッとした研修医、日本中にたくさんいたんじゃないでしょうか。僕も身につまされました。当直に時間通りに行けなかったこと、多かったですし。
さすがに、この病院ほど恒常的にではないですが、遅刻で不在時に、こういう事故が起こっていたら、同じように責められていたでしょう.。

 「入院患者がいるのに、医者がいない病院なんて、けしからん」
 「当直に遅れてくるなんて、社会人失格」

そんな声が、聞こえてきそうです。

 では、どうしてこんなことが起こってしまったんでしょうか?実情について、ちょっとだけ書いてみたいと思うのです。
 大部分の「当直医の当直先の病院への遅刻」は、当直医(研修医クラスの若い医者が多い)が寝坊しているからでも、病院への道中に寄り道をしているからでもありません(道に迷ってしまうことは、たまにありますけど)。「行きたくても行けない状況」というのが、けっこうあるのです。

 もちろん、当人たちも医者不在の状況がマズイものであるという認識はありますから、遅刻しないようにしようという意識はあるのです。当直時間に間に合うようにその日のスケジュールは立てておきますし、自分が行けそうもないときは、あらかじめ代理を頼んでおきます。
 それでも、例えば大学病院の研修医の場合、今の医療界の状況では、「行きたくても行けない」という事態に陥ることは、けっして少なくないのです。

 たとえば、18時からの当直で、他所の病院へ17時に行かなくてはいけないのに、16時半に、自分が主治医の患者さんが血を吐いたとします。患者さん、とくに大学に入院しているような方の場合は、急変することは、そんなに珍しいことじゃない。

 こういう場合に「当直だから、じゃあ、行ってくるわ、よろしく」というわけにはいきません。基本的に、外の病院で当直をするときには、他の先生に病棟業務の代理を頼むのですが、その先生だって自分の患者さんの仕事を抱えているわけですから、あまりなんでも頼むわけにはいきませんし、急変した患者さんの状況をすぐに把握できるはずもありません。

 やはり、こういう場合の緊急の検査や処置には、主治医がいないとどうしようもないのです。そこで、その医者は、それら行うと同時に、自分が行くはずだった外の病院で変わりに当直をしてくれる医者を探さないといけなくなるわけです。
 これがまた、大変な仕事で、外の研修医だって仕事をたくさん抱えていますし、それぞれ予定もあります。代理探しは、難航することが多いですし、引き受けてくれても、時間通りには行けない、ということになるのです。

 事前に連絡すれば、多くの病院では常勤の医師が引き継ぎまで待っていてくれたりもするのですが…相手によっては「お金を払っているのに、どうして遅刻するんだ」と言われることだってあるわけで。

 そして、仕事がさばけていないせいで遅刻してしまうことも。出発しようとしても、オーダーを出し忘れていたり、カンファレンスが長引いたり。あらかじめやっとけよ、といわれそうなのですが、そんなに要領よく仕事をこなせるくらいなら、研修なんてしなくてもいいわけで。

 つまり、自分の患者さんを抱えているかぎり、当直医が100%絶対確実に時間通りに当直先の病院へ行くことは現実的には不可能なのです。

 外の病院からみると「どうして、この医者は遅刻するんだ」と頭にくることもあると思うのですが、当直でいなくなられる側の患者さんからすれば「どうして、外の病院のために主治医の先生は、自分を放っといて行ってしまうんだ」と思うでしょう。
 血を吐いている自分の家族に対して「外の病院へ当直に行く時間だから」ということで、その場から去ってしまう主治医を家族として信頼できますか?

 少なくとも、今の日本の常識としての医師―患者関係では、そんなことは許されないのではないでしょうか。 要するに、今のシステムでは、こういう「当直医遅刻のため、病院に医師不在」という事態は、不可避の状況なのです。開業医の先生だって、ず〜っと自分の病院に泊まりっぱなしというわけには、いかないでしょうし。

 それに、たいへんおかしなことなのですが、今の大学病院は、研修医を「勉強のため」という名目で薄給で雇用し、生活のためのお金をこういう外の病院でのアルバイトでまかなっているのです。それによって、大学は人件費を抑えられるし、開業医の先生は夜の自由時間を手に入れられるというシステム。

 こういうシステムは研修医を疲れさせ、夜間の医療の質を低下させるものであるのは間違いないのですが、家族がいる上の先生が毎日のように当直するというのも、あんまりでしょうし、どうしても若手に白羽の矢が立ってしまいます。

 近いうちに、「研修医の当直禁止」(最近では、あまりに経験が不足している研修医は、当直に行かせないところがほとんどです、ちなみに)という措置をとる大学が増えてくる可能性が高いと予想されますし、それに伴って、研修医の基本給も上がっていく方向にはあるようです。

 究極の解決方法としては、日常診療を行う、外来だけの診療所(入院施設なし)と高度な機能と入院施設を持つ専門病院への徹底的な二極分化しかないのかもしれません。
 しかし、今回のようなことで、患者さんにみんな「大病院志向」になられても、結局、今の高度専門病院には希望する人にすべて満足できるサービスを提供できるほどのスタッフや病床数の余裕はないですし、急に規模を拡大するわけにもいきません。

 実際、われわれからみて入院の必要がないと思われるようなケースでも「どこの病院でもいいから、とにかく入院させておいてくれ」という御家族の希望によって、開業医の先生に無理にお願いしているケースも、けっこうあるくらいで。
 当直医が、当直専門医として、それだけやっていれば充分な報酬と評価が得られる世の中なら、もうちょっとこういう状況はマシになるかもしれませんが。多くの場合、そのまま元の病院に戻って、外来や病棟での仕事をしているわけですし。

 「医者が余ってる」って言ってる人は多いけれど、いったいどこに余ってるのか、ぜひ教えていただきたいものです。