「優しい医者」の無間地獄
参考リンク:救急隊の愚痴(by エキブロ・メディカル)
確かに、多かれ少なかれ、こういう「酷い医者」というのは存在しているのです。僕だってそんなに長くもないキャリアで目撃して悶絶したことはありますし、救急隊の労苦もしのばれます。学生実習で救急車に乗ったときには、あまりに周辺の病院が受け入れてくれないことに憤ったりもしましたし。
先日、僕の友人である内科医(というか、某y嬢)が、当直明けに、こんなことをボヤいていました。「眠い…なんだか、私って、えらく当直のときに『引いてしまう人』みたいで、やたらと呼ばれるんだよねえ。でも、同じ病院に行っている上の先生とこのあいだ話していたら、『えっ、オレはほとんど呼ばれないよ』って言ってて。それで、昨日当直先に着いたら、またいきなり呼ばれたんだけど、そのとき看護師さんが『今日は呼びやすい先生で良かった!』って言うんだよ。その夜なんか、夜中の3時くらいに、『○○さん、夕食が全然入ってないんですけど』とか電話かかかってきて、さすがにそれにはキレそうになった…」と。そういう食事のことは、言うならもっと早い時間に言うべきだし、その時間まで気づかなかったくらいなら、3時にわざわざ電話しなくても、朝になってからでも十分なはずなのに。
なんでも、その病院の当直医には、「呼ぶと怒る怖い先生」がいるので、そういう人のときは、スタッフはなるべく息をひそめて、ドクターコールをしないようにしているのだとか。それで、彼らのなかでは「呼びやすい人でラッキー!」というふうに、y嬢は評価されているわけです。
うーん、こういうのは、人間として、医者としては、喜ぶべきことなんだと思います。気軽に声をかけてもらえて、いろんな情報を手に入れられるわけだし、何より、信頼されている、ということなのでしょう。
でも、言い換えれば、こういうのって「体よくこき使われている」と言えなくもないわけで。呼ぶと「どうしてそんなことで電話するんだ!」と苛立ちを見せるような人は、腫れ物に触るような扱いを受けて、よっぽどのことがないと呼ばれないのに、なんでも「いいですよ」と引き受けて働いてくれる「いい人医者」には、「なんじゃそりゃ?」というようなことでいちいち夜中に電話がかかってきたり、「怖い人」に頼めなかった雑用を押し付けられる、というのは、なんだかフェアじゃないような気がしませんか?もっとも「仕事とか会社というのは、えてしてそういうもの」なのかもしれませんけど。
こういうのは救急患者さんの受け入れに対しても言えることで、「ブラックジャックによろしく」に出てくるような、救急患者の受け入れで売り上げアップを目指しているような病院でもないかぎり、当直医にとっては、「急患を受け入れないほうがラクだし得」だったりもするわけです。同じ当直料金なら、明日も朝からハードな仕事なんだし、できればゆっくり寝たいと思うのは、ある意味自然な感情のような気もするんですよね。僕も当直していて、あまりの急患の多さに「もう勘弁してくれ…」と誰も一緒に乗っていないときにエレベーターの壁を蹴っ飛ばしたことは一度や二度ではありません。いやほんと、いくら優しくしようと思っていても、自分が疲れていっぱいいっぱいだったら、他人に優しくするのは非常に困難なのです。僕たちは、マザー・テレサじゃないんだし。
結局は、「良心」なんでしょうけど、本当に、その「良心」を維持するのは難しく、ラクなほう、ラクなほうへと流れていくものだよなあ、なんて、自己嫌悪に陥ったりもするのです。
「優しくする」っていうのは、ある意味辛いことですよね。
他人に優しくしようとすればするほど、自分の仕事とリスクは増えていき、そのわりには、自分が得られる具体的なメリットというのは、あまりにも少ない。
そして、周りに際限なく優しくできることなんてできるはずもないのに、自分の苛立ちに、自分を責めてみたり。