それでも、「タミフル」を処方しますか?


読売新聞の記事より。

【インフルエンザにかかった10代の男性2人が、治療薬「タミフル」(リン酸オセルタミビル)の服用後に異常な行動で事故死したことがわかり、NPO法人「医薬ビジランスセンター」(大阪市)理事長の浜六郎医師(60)が12日、津市で開かれた日本小児感染症学会で報告した。
 タミフルは重大な副作用として、まれに異常行動や意識障害などが報告されているが、今回報告された異常行動との関連は不明。小児科医からは「インフルエンザ脳症で異常行動が起きた疑いもある」との指摘もある。
 浜医師によると、岐阜県内の男子高校生(当時17歳)が昨年2月、タミフル1カプセルを服用、約4時間後にパジャマに素足で家から出て、近くの道路のガードレールを乗り越え、トラックにはねられ死亡した。
 今年2月には、愛知県内の男子中学生(当時14歳)が1カプセルを飲んだ約2時間後に、自宅マンション前で全身打撲で死亡しているのが見つかった。9階の手すりに指紋が残っており、ここから転落したとみられる。
 厚生労働省の昨年6月の集計では、服用した14人が幻覚や異常行動、意識障害などを訴えており、同省は医療機関に注意を呼びかけていた。厚生労働省は「副作用との関連は否定できない」としている。
 子どものインフルエンザに詳しい横田俊平・横浜市大大学院教授は「意識障害から来る異常行動は、インフルエンザによる脳炎・脳症の症状でもあり、発表された事例もそれに含まれるのではないか。タミフルの副作用とまでは言いきれない」と話している。】


共同通信の記事より。

【出現が懸念される新型インフルエンザの総合対策を定めた政府の行動計画がまとまり、厚生労働省が14日発表した。
 政府と都道府県の分担が未定だった抗ウイルス薬タミフルの備蓄目標は、1050万人分ずつ(1人分は10カプセル)と決定。都道府県分は従来の4倍、政府分は30倍になる。厚労省は5年間での調達計画を前倒しして「来年度中に確保したい」としている。また、推計される死者を最大で約17万人から約64万人に増やした。
 行動計画は、平常時から世界的大流行まで発生状況を6段階に分け、タミフルの備蓄強化や、大規模な集会の自粛勧告といった社会活動の制限など、具体的な対応を盛り込んだ。
 15日には関係閣僚会議を開催、都道府県でも対策本部や各地の実情に合った行動計画づくりが本格化する。しかし、薬や病床の確保を含め、事前の備えがどこまで進むかが課題になる。】

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 「インフルエンザの特効薬」として、最近急激に試用されるようになった抗ウイルス薬「タミフル」ですが、上記の読売新聞の記事で取り上げられたように、とくに子どもでの「異常行動」との関連性を疑う学会発表および報道が出てきています。薬を処方する側としては、これでまた、タミフルを処方するたびに「副作用は出ないんでしょうね?」と尋ねられることが多くなるなあ、と考えてしまうのですが。
 基本的に、薬というのは、「作用」があるのと同時に「副作用」があるものなのです。たとえば「血圧を下げる薬」だと、「血圧を下げる効果」とともに「血圧が下がりすぎるという副作用」もあります。また、薬の多くは体にとって「異物」ですから、食べ物でアレルギーを起こす可能性があるように、肝臓や腎臓に障害をきたす可能性は、ゼロにはなりようがありません。極端な話、副作用を無しにしたければ、使用しないしかないんですよね。

 この「タミフル」に関しては、重大な副作用の可能性が懸念される一方で、やはり、多くの場合に効果があるのも事実であり、国の政策としては、たくさん備蓄をして、インフルエンザの流行に備えよう、という動きになってきているようです。今までの異常行動の例は子ども、若者に限られているので、「小児は要注意」という方向性になっていくのかもしれませんけど。

 この話について考えていて、僕は研修医の最初のころ、ある病院で当直したときのことを思い出しました。その病院は、いわゆる「町の中規模病院」という感じの、こじんまりとしていながら、入院施設も持っている病院だったのですが、そこでの「当直医の約束事項」をみて、僕は正直驚きました。そこには、「御法度」だと思っていたことが書いてあったので。

 当時は本当に、「風邪の処方くらいしかできない研修医」だったのですが、そんな僕たちに先輩は、こんなことを教えてくれたのです。「風邪で熱を出している患者さんの『熱さましの注射』は、命にかかわるような副作用が出ることがあるから、使わないほうがいいよ」と。

 しかし、そこには、「患者さんが希望されたときは、その『解熱のための注射』を使ってください」と書かれていました。

 それはもう、「えっ?」という感じで。

 でも、実際に当直をしていると、風邪で来られた患者さんはみんな「早く熱が下がるように、注射をしてください」と仰られるのです。そのたびごとに患者さんたちに「この熱さましの注射は、効果は強いですが、重大な副作用の危険性が…」と一生懸命説明したのですが、多くの人は「今は熱できついし、このあいだ大丈夫だったから、今回も大丈夫だよ」と言って、「すぐ熱が下がる注射」を希望されたのです。みんな、「明日会社を休むわけにはいかないから」「自分が寝込んでいると、他の家族に迷惑をかけるから」ということで。運良く、僕自身はその「重大な副作用」に直面することはなかったのですが。

 そこで求められていたのは、「とりあえず、症状を軽くすること」「明日会社に出られること」であって、「副作用について、きちんと説明してくれること」ではなかったのですよね。僕の「でも、この注射は、ごく稀にですが、重大な副作用が…」という声は、かき消されるばかりでした。

 おそらく、今回の報道で、タミフルという薬に対する「問題意識」は高まっていくと思います。なんでも、世界の80%のタミフルが日本で使われているのだとか。そもそも、そんなに「特効薬」を使う必要があるのか?今みたいに、検査でインフルエンザウイルスが検出されて、ある程度経過の初期段階であれば、みんなタミフル、という医療が正しいのかどうか、僕はちょっと疑問にも感じているのです。確かにタミフルのおかげで、劇症のインフルエンザによる死亡率が下がったり、多くの人の重症化が予防できたりしてはいると思うのだけれども、本当に「休養をとれる」のならば、今までの治療でゆっくり休んでいたほうが、より安全な場合もあるのではないでしょうか。現在言われている「副作用の可能性」というのは、これだけ使われているタミフルの全体の使用頻度からすれば、ごくわずかなものだとしても。

 もちろん、「そう簡単には休めない」のもよくわかります。僕たちだってそうですから。

 でも、ほんとうの「安全性」について、もう一度考え直すべき時期なのかもしれないな、と感じることも多いのです。病気になっても、特効薬を使われて、すぐに働かされる社会というのは、少なくとも、あんまり「豊か」ではないような気もします。仮にタミフルを内服するとしても、無理をしないで休んでいたほうがいいはずなのに…

 たぶん、インフルエンザの流行期になったら、「ひどくなったら困るからタミフルを!」という声に、かき消されてしまうのでしょうが……