一関市の8ヶ月の男児が「たらいまわし」にされた理由
毎日新聞の9月19日の記事より
【岩手県一関市で、高熱を出した生後8カ月の男児が救急病院や総合病院など3病院で「担当医がいない」などと診察を次々に断られ、自宅で死亡したことが、19日分かった。救急病院を管轄する岩手県は「専門医と連絡が取れなかった場合どうするか、マニュアルはない。今回の事故も起こりえない事故ではない」と話した。】
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この話、昨日の朝の情報番組で観たのですが、なんともいたたまれない話です。
一関市は、人口約3万人。そんなに僻地ではないですが、小児科医は4人しかいないとのこと。
この男の子、何日か前から小児科の病院にかかっていたそうなのですが…
「たらいまわし」にされて、結局、診てくれたのは近くの病院の当直だった眼科の先生。
正直、この眼科の先生、よく診察したなあ、勇気あるなあ、と思いました。
小児科の先生に連絡がとれなかったなど、不運なところがあったとはいえ、これはほんとうに
「起こりえない事故ではない」のです。
僕は、20代後半の2年間。人口1万5千人くらいの町の中核病院に、内科の研修医として勤務していました。その病院にはけっこういろいろな科の先生がいて、もちろん小児科の先生もいらっしゃいました。
一緒に仕事をしていて思ったことは、とにかく小児科の医者って、大変。
世間一般の認識としては、医者だったら、歯科は無理でも、とりあえずどんな患者さんにも、ひととおりの医療行為はできるだろう、と思われているような気がします。
でも、それは大きな誤解なのです。
医者が、すべての科のことを勉強しているのは学生時代までで、卒業して内科なら内科、外科なら外科に入るとそれぞれの専門のこと以外は、ほとんど勉強する機会はなくなってしまいます。自分の科のことだけをやるのが、めいっぱいで。
とくに小児科というのは「大人と子供は違う生き物だ」とよく言われるのですが、状態が急変しやすく、対応がとても難しくて特殊なことが多い。
要するに、他の科の医者に子供を診ろというのは、寿司屋に「お前は料理人なんだから、中華料理を作れ!」と言ってるようなものと同じと思っていただければ。
さて、小児科の先生の大変さなのですが、これはもう、筆舌に尽くしがたいものがあります。ひとつは、子供という話が通じない患者さんと親という思い込みが激しい家族の双方とを相手にしなければならないという難しさ。そして、2つめは、夜間・休日の急患がものすごく多いということ。子供が自分で病院に行くことは、まずありませんので、必然的に親の帰りを待ってとか、夜間に救急車でということが多いのです。
そして、その大部分は「別に、こんな夜中に連れてこなくても…」というようなもの。
僕も前に、当直で夜中に連れてこられた子供で、苦い経験をしたことがあります。
「この子、皮膚に発疹が出てるんです。手足口病じゃないでしょうか?」という父親。その3歳くらいの子供をみると、別に発疹なんてありません。それで「いや、別にどうもしてないみたいですけど」と言うと、その父親が「ちょっと見ただけで、何がわかるんだ!」と激怒。じゃあ、どうすりゃいいの…と困り果ててしまいました。
父親が指さしたところは、発疹じゃなくて、毛細血管だったのですが。
どうも、やたらと医者に食ってかかるのが、身内への愛情表現だと誤解している人、けっこういる気がします。何処の世界に、わざわざ他人を落としいれようとする医者がいるのか。そんなの、何のメリットもないくらい考えたらわかるだろうに。
でも、今回のように真の救急患者さんが含まれていることも確かなので、油断もできないんですよねえ。
そして、3つめは、小児科の医師が「わりにあわない」こと。今の日本の医療行政では、医者の収入というのは、ほとんど薬代なわけです。子供は、そんなに長期に薬を必要としない場合が多いし、なんといっても体重が軽いから、必要な薬の分量自体が少ない。それに、長期の入院が必要な場合もほとんどないですし。
つまり、小児科というのは、苦労のわりに実入りが少ないということ。
お金がなんだ!といわれそうですが、急変しやすくて、なにかあったらものすごく責められ、しかもお金にもならない、というような仕事は、やっぱり子供が好きじゃないとできないでしょう。でも、「子供が好きなこと」にだけをアテにして、こんなキツイ条件の仕事をさせるのは、あんまりじゃないのかなあ。
医療行政サイドでも、薬代=医療費という発想を転換する時代なんじゃないでしょうか。
これから少子化時代でもありますし、このままでは、小児科の医者は減る一方ですよ。
ところで、前の病院では、夜間の救急は、基本的に当直医が診て、専門医の診察が必要と判断すれば、小児科の先生を呼び出すという形でした。これだと、小児科の先生は、休みの日でも、そんなに遠くにいくことはできません。
そこの小児科の先生は「まあ、そういう仕事だからね」と文句ひとつ言わずに、夜の呼び出しにも応じてくれていました。
でも、実際、何かあったら…と思うと、そういうバックグラウンドがない状態では、専門でない医者が「たらいまわし」にする心境は、よくわかります。
今後は、小児科医の数を増やすことと同時に、他の科の医者も、小児科医に診せたほうがいいかどうかくらいは判断できるようにトレーニングしていくことも必要でしょうね。みんなが待機していなくてもいいように、小児救急をちゃんとできる施設を造れればいいんですが、現実には小児科医そのものが足りないから、なかなか難しいしなあ。
でも、小児科の先生と一緒に仕事をして、ちょっと羨ましかったことがあるんです。
それは、大人相手の内科だと、ある程度人生が決まった人が相手じゃないですか。
言葉は悪いですが、「いかにうまく着地させるか」みたいな感じ。
小児科の医者は、病気を治すことによって、その子供の人生そのものを変えてあげられる可能性があるのです。それって、すごくやりがいがある仕事なんだろうなあ、という気がするし、憧れてしまいます。
その分、プレッシャーも大変なんだろうけれど…