「説教外来」の苛立ちと哀しみ


参考リンク「ボクの外来に来ないで下さい」(by エキブロ・メディカル)


 僕がまだ研修医時代のことです。当時勤めていた病院で先輩だった先生はとにかく真面目な人で、それこそ「医者だったら、夏休みなんてとるな!」とか言うような感じの人でした。患者さんに対してはいつも一生懸命で、それこそ、御家族すら「もう年ですから…」というような御高齢の方にも、「きちんとした医療」を行っていたものでした。

 僕にとっては、厳しい一方で、いろいろ教えてもいただいた先生なのですが、その先生と一緒の外来の日になると、いつも、先生の大きな声が僕の外来にも響いてくるのです。

「そんなのじゃ、いつまで経ってもよくならないよ!」「真面目にやらないとダメだよ!」

というような「患者指導」が、声を荒げた先生によって、ずっと続いているのを耳にしながら、僕はなんとなく小さくなって「うーん、お酒をやめたほうがいいんですけど、まあ、やめられなかったらせめて控えめにしましょうね…」とか自分の外来をやっていたものでした。それこそ、あんなに怒鳴るなんて、ちょっと酷いよなあ、とか自省しつつ。

 実際、その先生に対する患者さんの評価というのはけっこう両極に分かれていて、「あんなに一生懸命声を荒げてまで、患者のことを考えてくれているなんてありがたい」という声がある一方で、「やっぱり、あんなふうに言われたら、外来に行くのが怖い」という反応もあったんですよね。

 まあ、とくに高血圧・高脂血症・糖尿病・アルコール性肝障害などの「生活習慣病」に関しては、いくら医療者側が努力をしても、患者さん側に「治そうとする気持ちと努力」がない限り、治療効果というのは上がってこないのです。どんなに血糖を下げる薬を出したとしても、それで「お腹が空いた」と余計に食べてしまわれたら、まさに「悪循環」にしかならないわけですから。

 そこは、医療者側にも「思うように治療がうまくいかない苛立ち」みたいなものが当然出てきます。参考リンクの場合だと、医者に「タバコを止められないなら、僕の外来には来ないでください」と強く言われた場合、やっぱり、患者さんの中には「そこまで言われたら、止めないと見捨てられる」という恐怖感からタバコを止められる人が出てくる一方で、「止められないし、あんなふうに言われるのはつらい」ということで、医療そのものからドロップアウトしてしまう人が出てくることも予想されます。そういうのは、まさに「諸刃の剣」なのですよね。もっとも、後者の場合、「他のもう少し『ものわかりのいい』医者のところに行く」という選択肢もあるわけなのですけど、まあ、医者を替えるということに関しては、なかなか難しい場合も多いのですよね。その一方で、「ドクターショッピング」というような、次から次へと医者を渡り歩くわりには、医者の話に耳を傾けてくれない方もいらっしゃるわけですが。

 一般的に、患者さん側からすれば、やっぱりあんまりお説教が厳しい医者というのは、敬遠されがちになることが多いようです。僕だって医者ですけど、正直なところ、歯医者の診察台に座っているときには「正しい歯の磨き方」なんてどうでもいいから、今、痛くてしょうがないこの虫歯を早くなんとかしてくれ!」とか思いますから。でもまあ、そういう「予防」をきちんと考えてくれる人のほうが、場当たり的に痛み止めを出す人よりも、医療者としてはるかに「誠実」ではあるんですけどね。

 僕が外来をやっていて思うのは、患者さんに対して厳しくすれば、良くなる人も増える代わりに、医療から離れてしまう人も増えるだろう、ということです。とくに自覚症状に乏しい生活習慣病に関しては、その傾向は顕著になるでしょう。そして、「まあ、少しくらいはいいですよ」というふうにした場合には、継続して病院に来てくれる割合は増えるでしょうが、全体的な病気のコントロールは、甘くならざるをえないでしょう。

 「ちゃんと説明すれば、わかってくれる」確かにそうあってほしいと思うのですが、僕の実感として、結局、「自分が聞きたい話しか聞かない人」というのは、何をどう説明しても理解・実行できないのではないか、というのもあるのです。そういう患者さんに対して「できないなら来るな」という強い態度で改善を促すのか、「それでもせめて、病院に定期的に来て、少しでも良くなるようにしましょう」と、ナアナアの状態での治療を続けるのか?これは、ずっと僕を悩ませている問題でもあるのです。

 今の僕は、「とりあえず、病院と縁が切れないようにしていったほうが、良いのではないか」ということで、あまり強い「お説教」はしないようにしているのですが、自分の中では「いいかげんな医療をやってるよなあ」というような自責の念もあるのです。まあ、現実には、すべての患者さんと納得するまで話し合うほどの時間は一般外来診療にはないというのもありますし。

 そして、大学病院などでは、「イヤならよそに言っていいよ」と強い態度をとることもできるのでしょうが、市中病院、とくに個人病院などでは「あそこの先生が怖い」なんて評判が立っては死活問題ですから、あんまり強く言えない、なんてこともあるようです。僕が最初にある市中病院に行ったときには、そこで治療されている患者さんたちに糖尿病のコントロールが悪い人があまりに多かったことに悶絶し、怪しい民間療法とか健康食品とかをやっていながら「病院の薬は信用できない」とか言っていることにも驚かされたものでした。それこそ「こんなのでいいの?」って。でも、今になって思うに、それでも、こういう「ちょっと困った患者さん」たちが、最悪の事態にならないように、最低限のフォローをしていた、とも言えるんですよね……いやまあ、大きい病院の立場からすればやっぱり「なんでこんなになるまで、放っておいたんですか!」とか言いたくなることもあるのだけれども。

 医者というのは、例えば患者さんの血糖のコントロールが良くなったら「良くなってますよ」とちゃんと喜んであげなくてはいけないよな、と僕は最近思っています。そして、例えば糖尿病で食べ過ぎてしまう人に対しても「食べたいよね。それはわかるけど…」というように、相手の立場を思いやる一言をつけくわえてから、「でも、やっぱり食事療法をちゃんとしないと危険ですよ」と言うように。本当は、「タバコは止めるべき」だし「お酒は飲んではならない」のだし、医者という「専門家」の役割というのは、妥協しすぎて「なんでもあり」になるより「ダメなものはダメ」と厳しい態度をとるべきなのかもしれませんが、「オール・オア・ナッシング」の「ナッシング」を作ってはならないのでは、ということを考えてしまうのです。たぶん、多くの医者は、そのへんの「さじ加減」に悩み続けているのです。厳しすぎては、誰もついてこられないし、甘すぎては、医療としての意味がない。

 こういうのは、本来、すべての場合にあてはまる「正解」があるわけではなくて、それぞれの患者さんに対して「ケースバイケース」には違いありません。それこそ「何も言わなくても、キチンとやってくれる人」だっておられるのですから。

 「外来」というのは、医者と患者という関係である一方で、人間対人間でもあるわけで、結局は「相性」ってあるよなあ、と痛感させられることも多いんですけど。

 どんなに一生懸命説明しようとしても、「さっさと薬だけ出してよ」って人もいますしね……