いいかげんな「治療」を、信じてしまう人々


ashahi.comの記事より。

【「遠赤外線を活用した治療法で必ずがんは治る」などと効果のない治療法を勧め、乳がんの女性から治療費名目で約290万円をだまし取ったとして、警視庁は15日、マッサージ師で診療所「気光治療院」経営秋元繁(63)=東京都西東京市田無町5丁目=と、診療所手伝いの大和田光子(56)=同=の2容疑者を詐欺容疑で逮捕した。同庁は、2人がこの女性を含めた8人(うち4人は既に死亡)から計1600万円を詐取したとみて調べている。
 捜査2課の調べでは、2人は「がんを完全に治せるのは世界でも私1人」などとホームページで宣伝。04年1月から3月下旬まで数回にわたって治療院を訪れた仙台市の女性(当時46)に遠赤外線を患部にあてる「治療」を行い、治療費として総額290万円をだまし取った疑い。
 2人とも「治らなかったのは女性が途中で治療をやめたからだ」などと容疑を否認しているという。女性はその後、がんが臓器に転移するなど症状が悪化し、歩行も困難な状態になったが、04年6月に告訴。今年5月に死亡するまで被害を訴え続けたという。
 同課によれば、2人が使っていた治療機器は凝りをほぐす効果があるだけで、がん治療の効果はなかった。治療の効果を疑う女性に2人は「あと3回治療を受ければ治る」などと説得。女性が体調不良を訴えると「それが体の好転反応」とごまかしていたという。「免疫力が低下する」として他の病院で受けていた抗がん剤の投与もやめさせていた。
 ホームページでは、患者に対する「治療」の経過を臨床例として写真付きで紹介。「副作用や後遺症等のない画期的な治療法」と宣伝し、9万件のアクセスがあったという。】

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 これだけ同じような「事件」が繰り返されているというのに、こういう詐欺の被害者は後を絶ちません。がんの診断を受けて動転している被害者の心情を考えると、さすがに「そんないいかげんな治療法に、騙されるほうが悪い」は言えませんから、「どうして、こんな人の弱みにつけこむようなひどい騙し方をするのか?」と、考え込んでしまいます。でもね、たぶん「お金のため」に、こういうことをやる人というのは、これからもたくさん出てくるのだろうな、とは思うのですけど。

 その一方で、ひとりの医者としては、「どうしてこの人たちは、病院ではない場所の、医者ではない人たちを『信頼』して、このような治療を受けることを決意したんだろう?」と悩んでしまいもするんですよね。「そういう人も、世の中にはいるのだ」と言い切れてしまえば簡単なのだろうけれども、実際のところ、僕らの日常診療でも、「病院の治療よりも、健康食品や怪しげな民間療法を信用している人」というのは、けっこうたくさんいるのです。病気に対する治療薬を処方しようとすると、「家に来ている人から勧められた健康食品を飲んでいるから、病院の薬はいいです」とか、「病院の薬は副作用があるから」「病院の薬は、一度飲み始めたら、ずっと飲み続けないといけないから」というような理由で拒絶されるというのは、正直、寂しいものがあります。外来で時間も限られているなかで、いろいろと説得を試みてみるのですが、実際のところ、なかなかそういう思い込みを覆すのは難しいのです。それは、「信頼」というより「信仰」に近いものなのかもしれません。そして僕たちは、「正論」を並べながら、「次の患者さんも待っているしな…」と、あきらめの境地に達していくわけです。もう、自分としてはやるだけのことはやったし、結局は「自己責任」だしな、と。
 ただ、自分のこととして考えてみると、確かに「専門家」というのを、必ずしも信頼しているわけではないんですよね。例えば、電器屋に行ったとき、店員さんが「DVDなら、今はこの機種がオススメですよ!」と言ってきたとしたら、それを鵜呑みにするかというと、必ずしもそうではないのです。例えば、「この機種をこんなに勧めるというのは、売れ残って在庫が余っているからじゃないのか?」とか「店にとって利益が大きい品物じゃないのか?」とか、そういう「背景」みたいなものをいろいろと考え込んでしまうんですよね。まあ、「病院は、人の命がかかっているんだから、そんなことはない!」と僕たちとしては言いたいところなのですが、それを言うなら、電器屋さんだって、同じなのでしょうし。結局「口コミって、大事だよね」というような話になって、「2ちゃんねる」を一生懸命熟読してしまったり。「医者だから信用しろ!」なんていうのは、医者側の勝手な思い込みで、患者さんたちのなかには、「医者側の都合」で、自分たちは「治療」を受けているような不信感を持っている人も少なくないのかもしれません。もちろん、そういう人たちの中にも、「他に選択肢がなくて不安だから」病院にかかり続ける人もいるのだろうし、自分で「この世のどこかにあるはず」の、理想の治療をしてくれるところを探す人もいるのでしょう。客観的にみれば、そんな「がんを100%治す方法」なんていうのがあったら、世間が放ってはおかないに決まっているのに。「インスリンの注射は嫌」と言うけれど、使い方さえ間違わなければ、むしろ副作用の頻度は少ない治療だし、訪問販売員が高い持ってくる、値段ばかり高くて何の効果もないような「なんとか酢」を飲むだけで高い血糖値をほったらかしのほうが、はるかに「危険なこと」なのに。
 でも、そういう「正しさ」は、なかなか伝わらないのです。

 この事件は、「がん」に対する治療ですから、それこそ「藁をもすがる思い」だったのかもしれませんし、他に有効な治療法があったのかどうかはわからないのですが、極一般的な「生活習慣病」の治療においても、「お医者様」が勧める「病院の薬」よりも、「近所の人がすすめる健康食品」とか「訪問販売員が勧める健康茶」のほうが、はるかに患者さんにとっては、「親しみがわく」存在なのだろうな、というのを感じることは、けっこう多いんですよね。「それはお前の説明のしかたが悪いからだ!」と言われるかもしれないけれど、それこそ「信仰」的に「聞く耳を持ってくれない」人も、少なくないのです。サイバーエージェントの藤田社長の著書に、【「ラクしてダイエットできる方法」の本があんなに売れているのに、ダイエットに成功する人が少ないのは、結局みんな「ダイエットをしたい」という気持ちよりも「ラクをしたい」という気持ちが強いからだ】という言葉があったのですが、本当はみんな、「やせるためには、食事を減らして、適度な運動をすればいい」なんてことは、百も承知であり、それができれば痩せられるというのはわかっているはずです。でも、結局は、痩せることよりも、ラクをすることのほうが優先順位が高くなってしまって、「王道」を忘れて、ありもしない「近道」を探してしまうのです。いや、こんな偉そうなこと書いている僕だってそうなんだし。

 そして、患者さんにとって医者というのは、「よそよそしい存在」なのかもしれないなあ、と思うんですよね。健康食品に頼っている人の多くには、その商品への信頼というよりは、「近所の人とのつきあい」や「話を一生懸命きいてくれる販売員への親近感」を強く感じます。いろいろ訴えは多いけれども、病院では「不定愁訴の人」としてなかなか話を聞いてもらえない、という人が、そういう治療に頼ってしまうのかもしれません。他人の話に聞く耳をもてないばかりに、自分に心地よいことを言って近づいてくる人に「つけこまれている」と言えなくもないわけですが。

 最後に、この事件を報道していた「報道ステーション」で、古館伊知郎さんが、「またインターネットか、という感じなのですが」と言っていたのですけど、たぶん、世間にはまだまだ、「インターネットに書いてあることは本当のことだ」とか、「インターネットには、日頃目にすることが出来ないような『隠れた真実』が埋まっている」というような「神話」を信じている人が、とくに御高齢の方には、多いのではないかと思います。それこそ、ワープロが普及し始めた時代には、ワープロでキレイに印刷してあったことが、すべて「立派なこと」に思えたように。「インターネットには、嘘もたくさんあるのだ(というか、嘘だらけだ)」というのを理解することは、ある程度「ネット経験」を積まないとなかなか難しいことなんですよね。こういうのも、なんとかしなくてはならないのだろうけど、現実的にはなかなか難しいだろうなあ…