「理想の医者の妻」とは?


参考リンク:「外科医の育つまで(11/21)』

 この文章を読んで、僕も医者になりたての頃は、そんなことを考えていたなあ、と思い出しました。僕の父親は医者で、母親は専業主婦だったものですから、子供心に「家のことばかりやっている母は、人生つまらないだろうなあ」とか思っていたんですよね。あの頃が、そういう「共働き」が増えてきた時代だったこともあって、専業主婦というものが、なんとなく「時代に遅れている」ような気もしていたし。部活とかでも、「マネージャーなんて意味なし!」とかね。

 でも、今から考えると、「家のことをきちんとやって、パートナーや家族をしっかりサポートする」というのは、それはそれで大事な仕事なのです。そして、「外で働くから偉い」「専業主婦だからつまらない」なんていうことは全然なくて、外で働いていようが、専業主婦だろうが、素晴らしい人生を送っている人もいれば、そうでない人もいる、という、ただ、それだけのことなのではなのですよね。もちろん、そういうのには「向き不向き」というのもありますし。
  スポーツ選手として大成できなくても、トレーナーやマネージャーとして立派な仕事をしている人はたくさんいるし、彼らの存在がなければ、選手たちは力を出し切れないのです。そして、トレーナーたちにとっては、選手は「自分の作品」であり、彼らはみんな、自分の仕事にプライドを持ってやっています。いやまあ、競技者としての「未練」がある人だって、中にはいるのだろうとは思うのですが。
 僕くらいの年になると、周りには結婚している人が多いのですが、相手は医者だったり、看護師だったり、それ以外の医療関係ではない人だったりとそれぞれです。とりあえず、「医者同士の結婚は大変」みたいなんですよね。医者という仕事は、「いつ呼ばれても文句を言えない」ので。まあ、子どもがいなければ、お互い仕事を好きなだけやって、時間の合うときに会えばいいわけですが、子どもがいるとなると話は違ってきます。現実には、どちらかの実家のサポートがないと、医者カップルが「乳飲み子を抱えてキチンと臨床をやる」というのは、本当に難しい。「子どもが熱を出したから」という理由で病院を「ほんの少しだけ」離れる場合もありますが、そういうのは、代わりがいる大学病院などではなんとかなっても、職場に同じ科の医者がひとりだけだったり、重症の患者さんがいたりすれば、「ちょっと病院を離れる」のも、けっこう難しいことなのです。
 結局は、どちらかが臨床をやめて研究職に行ったり、仕事をやめてしまったりする(一般的には、女性側のことが多い)のです。

 僕は以前、こんな話を聞いたことがあります。先輩の友達の医師夫妻は、結婚しても仕事を続けるために、ベビーシッター3人と契約しているのだとか。なんで3人も契約しているかというと、病院からの急な呼び出しのとき、子どもを見てくれる人がいない状態にならないためには、3人くらいキープしておかないと、いきなりでは面倒を見てくれる人がみつからないからなのだとか。確かに「病院に行かないわけにはいかないし、子どもも放置していこともできない」のだから、親の強力なサポートでもなければ、そうするしかないんですよね。僕はその話を聞いて、「でも、それってお金かかるんじゃないですか?」と思わず尋ねてしまったのですが、それに対する先輩の答えは、「うーん、とりあえず、仕事で稼げるお金とベビーシッター代で、『なんとか赤字にはならないくらい』みたいだよ」とのことだったのです。僕は内心、「そこまでして働きたいのか…」と思ったものでした。もっとも、医者としてのキャリアを積むという意味では、確かに意味があるのでしょうけど…
 実際、仕事と家庭の両立っていうのは本当に難しいし、「ずっと病院にいる医者」というのは、職業人としては立派である一方で、家庭は破綻していたりもするわけです。逆に、専業主婦だから、家事をきちんとしているとも限らず、やっていることはご近所づきあい(それだって大事なんだけど)とブランド物漁り、なんてこともあります。
 結局はバランス感覚なのでしょうし、専業主婦として家のことをちゃんとやってパートナーをサポートしている人は、それはそれで、ものすごく立派だと思うのですよね。もちろん、自分の夢を持っていてそれを実現できるようなバイタリティーがあれば、そのほうがいいのでしょうけど。
 「『女は家事』なんて、女性差別」だという人も多いのでしょうが、女性医師にも「私も『お嫁さん』が欲しい!」と言っている人もたくさんいます。自分が仕事に専念するために「サポートしてくれる人がいればいいなあ」というのは、別に、男も女も関係ないみたいです。「主夫でもいい」という女性医師は、けっこう多いのです。逆に、「自分より仕事ができる男じゃないとイヤ!」とう人もいますが。
 もちろん、「仕事も家庭も両立」している人はいるのだけれど、そういう人は、「自分の時間」というのを極限まで削っています。結局、「仕事」「家庭」「自分の時間」というのをすべて完璧に満たすことなんて不可能で、「何を重視するか?」なのだと思うのですけどねえ。それで、どれを選んだから幸福とか不幸とか、そういうものではないと思うのです。もちろん、どれを重視しても、それなりの「後悔」みたいなものはあるんだろうけどさ
 まあ、実際のところは、「理想の妻」になりそうだから好きになるというわけでもないし、相手をみてみたら、全然いつも言っている「理想」とは違うじゃないか!という話ばっかりだし、結婚してみたら、「やっぱり家のことをやってくれる人のほうが…」なんていうのも、よく聞く話なのです。
 父親が亡くなったあと、僕は自分の母親が、日頃はけっこういろいろ悪口とか言っていても、本当に夫のことを愛していて、尊敬していたのだなあ、ということを知りました。
 たぶん、夢っていうのは、独りだけでみるものじゃないことだって、あるのだと思います。