さようなら、ポケベルたち
読売新聞の記事より。
【NTTドコモは17日、ポケットベルサービスの新規受け付けを6月末で終了すると発表した。
既存契約分についても将来的にサービスを廃止し、携帯電話を使ったサービスで代替することを検討している。ポケットベル契約数が46万件(3月末)と最大手のドコモが撤退することで、かつて「若者の必需品」として社会現象にもなったポケベルが姿を消す可能性が高い。
国内のポケベルの契約者数は1990年代半ばにピークを迎え、ドコモでは96年6月に649万件に達した。しかし、携帯電話の普及で事業者の撤退が相次ぎ、契約者数の減少が続いている。国内でサービスを継続しているのは一部事業者に限られている。
現在、ポケットベルは自治体による災害時の職員一斉呼び出しなどの利用が中心になっている。】
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僕が大学に入った14年前は、携帯電話といっても弁当箱みたいなやつを使っている人がごく一部にいるくらいで、バスとか電車の中で、たまに「今どこからかけてるかわかる?」なんて嬉しそうに喋っているオジサンがいたものです。もちろん周りは白い眼でみていましたが、まさか10年あまりでこんなに携帯電話が普及するとは。
あの頃は、家の電話がコードレスだったり、留守番電話機能搭載というのが電話機のひとつの価値だった時代ですから、携帯電話なんて政治家かビル・ゲイツが使うもの、という感じでした。いかに留守電のメッセージを面白くするかに頭を悩ませ、親をビックリさせた、なんて経験がある人も多いのではないでしょうか。
僕が卒業した8年前は、学生でお金がないこともあって、周りには携帯電話を使っている人はほとんどおらず、ポケベルや通話料が安いPHSを使っている人がごく一部にいたくらいだったのです。医者になってからは、みんな外からの緊急連絡用に携帯電話を持つようになりましたが。
医者になった時は、医者の緊急連絡手段はポケベル全盛の時代。働きはじめた初日に同じ病棟の研修医たちとポケベルに加入するためにNTTに行ったものです。はじめて持ったときは、「ああ、僕も医者になったんだなあ」と感慨深かったものですが、これを持たされるということは、「拘束される」「責任を担う」ということを意味していたのです。当たり前のことなのですが、医者というのは夜中の2時、3時、あるいは日曜日でも患者さんのことでトラブルが起これば、病棟から指示の依頼や呼び出しがあるのです。あの「ピー、ピー、ピー」という音が鳴れば、どんな状況にあっても速やかに病棟に連絡をとらないといけません。食事中・デートの最中・映画の途中なんて、全然関係ありません。そして、万が一ポケベルに反応しなかったりすると(それはそれで他の医者や当直医が対応していたりもするのですが)、非難の嵐にさらされます。要するに、臨床医、とくに入院患者さんを担当している医者というのは、24時間拘束なんですよね。「みんな落ち着いているから、今日は買い物に…」なんて思って出かけていたら「ピー、ピー、ピー」、何事かと思って連絡すると「○○さんの遠くの親戚の人がお見舞いに来られて、今日説明を聞きたいと言われています」という用件だったり。
こういうポケベルに反応する生活を続けていると、ものすごく「ピー」というような金属音に敏感になるのです。僕は当時流行りの小室サウンドの電子音に反応してポケベルの画面を見たりもしましたし、この手の音がすると、テレビドラマとか電子レンジの音とかでも「ハッ!」と眼が覚めてしまうのです。重症の患者さんがいるときなどは、夜中もいつポケベルが鳴るかと寝付けませんでした。
しかしながら、こういうのは鳴らなければ鳴らないで、「壊れているんじゃないか?」と不安になったりもするんですよね。
まあ、そんな感じで「ポケベル世代の医者」というのは、けっこうポケベルにトラウマを抱えているのです。
ただし、僕の大先輩などは、「お前たちはポケベルがあるからいいよ、俺たちは飲みに行ったら連絡がつかないから、店を移るたびに必ず病棟に『今ここで飲んでます』って電話入れてたんだぞ」と言われていたことを付記しておきます。
確かに、ポケベルのおかげで、まだ「自由行動」が許されるようになった面もあるわけで。昔の人は偉かった…
それでも、ポケベルが鳴って良いことがあったためしは全然ないわけですから、テレビでポケベルで連絡取り合っている高校生に「そんなの持ってて嬉しいのかよ!」とか、よく毒づいていたものです。
そういえば、ときどき「ベルトモになろうよ!」とか「シネシネシネ」とかメッセージがときどき入ってきて、つくづく憂鬱になることもあったよなあ。
というか、そういうイタズラでも「ピー、ピー」って鳴ると、僕たちは夜中も飛び起きて、アドレナリンをドバドバ分泌していたのですよ。本当に勘弁して!って電源切りたくなることもありました。
今は院内PHSが流行りらしいですが、将来的に携帯で連絡取るようになると、もちろん病院の用事でなくても電話はかかってくるわけで、より頻繁に鳴るわけですから、ちょっと辛そうです。
それに、携帯電話って、田舎だと電波が不安定だったり、トイレの中とかでかかってきたらやっかいだったりと、デメリットもあるんですよね。患者さんと話しているときに呼び出し音で会話が中断されると、なんとなく気まずいし。
それにしても、無くなると聞くと、けっこうポケベルを懐かしく思う自分に驚いてもいるのです。まあ、お世話になったことは間違いないし、ある意味「戦友」みたいなものだし。