病院を経営する人、病院で働く人、病院を受診する人


参考リンク:夜間診療あれこれ
        続・夜間診療あれこれ(ともに「晴れの日もある」より)


 これを読んで、「なるほど」と、あらためて考えさせられました。病院の「営業時間」というのは、もっと堂々とアピールされるべきなのかもしれません。個人病院などでは、「受付時間」「休診日」というのは、入り口のところに書かれており、患者さんの大部分も基本的にそれに沿って受診されるものだと僕たちは考えていたのですけど。もちろん、「緊急性」のある患者さんというのは、あまり個人のクリニックを救急車で受診されるということはないでしょうし。

 もちろん、本人は「このくらいだいじょうぶ」と思っていても、医者の目でみると危険な状態で、救急搬送されるというケースも、そんなに珍しくはないですが。

 ただし、ちょっと規模が大きくなって、入院施設があり、当直医がいるような病院になると話はちょっと変わってきます。病院入り口には外来日と科別の受付時間。担当医が明記されているのですが、多くの場合「ただし、急患の場合は適宜診療します」というような一文が添えられていることが多くなるのです。まあ、先に挙げた個人のクリニックレベルでも、こういうふうに書いてあるところはあるのですが、よっぽど熱心なところでないかぎり、受付時間以外は、電話をしても誰も出ないか、自動応答テープで、受付時間と「緊急時は○○病院を受診してください」という音声が流れるだけ、という対応が多いようです。そういう場合はどうしようもないのですが、「急患の場合は…」という規模の病院で、医者がいる場合、あとは、患者さんの側が「急患」をどう解釈するかにかかっているわけです。

 普通、サービス業では、「営業時間内に来てくれるように」アピールしますが、「営業時間外には来るな」なんて、わざわざ宣伝したりしません。「来るな」なんていうネガティブキャンペーンはイメージ的にマイナスでしょうし、営業時間外に来たお客は「間に合わなかったか…」とあきらめて踵を返すだけのことです(たまに、暴れたりする人もいるみたいですが)。

 そして、「究極のサービス業」たる病院でも、そういう慣習は生きているようです。病院の入り口に「なるべく夜間の受診は避けて、時間内に受診しましょう」と書いてある病院と「急患の場合は、時間外でも診ます」と書いてある病院では、前者のほうが、明らかに「敷居が低い」印象を受ける人が多いのではないでしょうか。それに、地域の中核を担っている国立・公立病院などでは、「夜には来るな」なんてアピールしようものなら、あっという間に議会で問題になりそうです。「自分たちの税金で運営されているのに!」と。

 今回あらためて気がついたのですが、病院というのは、かなり特殊な「会社」です。

 いわゆる「病院を経営する人たち」と「病院で働いている人たち」の間には、その病院が大きくなればなるほど、そして、国立・公立といった「お役所系」になればなるほど、大きな意識格差が生まれてくるのです。

 マンガ「ブラックジャックによろしく」の冒頭で、「儲かるから」という理由で夜間の交通事故を断らない病院の話が出てきますが、一般的に、病院の経営サイドというのは「たくさん患者さんに受診してもらって、収入をあげたい」と考えているようです。要するに、「夜だろうがなんだろうが、受診者が多いほうがいいに決まっている」のです。もっとも、これだけ医療ミスが致命傷になる御時勢では、必ずしもそうでない場合もあるようですが。

 そして、経営側は、地方自治体から派遣されてきた「地方公務員の一部所」だったりするので、彼らにとっては、現場の夜間診療の苦労というのは、いまひとつ実感できないはずです。そもそも、病院そのものに愛着がない、次の部署に異動するまでの腰賭けみたいな人もいるみたいだし、単純に「お客さんが多いほうが、儲かるじゃないか」という発想になりがち。

 それに対して、現場のスタッフは、基本的に何人診ようが当直代は一緒という場合が多いし、昼間に通常勤務をしたあとに当直をして、翌日も朝から通常勤務だったりするものですから、「患者さんが少なくて休めるほうが、自分のためにも、人類のためにも良いことのはず」というのが本音なのです。自分の病院ではない、「当直バイト先の病院」だったりすれば、そういう意識は一層増してくるわけで。

 つまり、表に出ている「経営側の姿勢」と、実際に当直をしている人間のあいだには、正反対ともいえる「乖離」がみられているのです。

 「どんどん来てください!」みたいに看板に書いてあるのに、中で働いているスタッフは「もう勘弁してくれ……」とぐったりしている、という状況なのですよね。

 当直の医者や看護師というのは、まだまだ売り手市場の地域も多いので、多少のことではクビにできないという事情がある一方で、若い医者たちが、上の偉い人どうしのつながりのために、アンビリーバブルに安い当直料で、馬車馬のごとく酷使されていたりもするわけです。

 経営陣は「あれだけお金を払っているんだから、働け!」と思っているのだろうし、働いている側は、「現場で当直をやる側の辛さをわかってない!」と憤っているというのが、まさに「現状」なんですよね。

 もっと仕事量が正確に反映されるシステムとか(でも、経営側の偉い人たちは、自分たちの給料は変わらないから、そういうシステムをあまり喜ばないみたい)、体力的・精神的に余裕が持てるような当直体制とかであれば、もう少し違ってくると思うんだけどなあ…

 でも、最近の僕の本音としては、お金少しくらい払ってもいいから、当直したくないなあ…なんですよね。年々やりにくく、怖くなっていくばっかりで。

 昔から言われていることなのですが、日本には、まだまだ「当直医が必要な病院」が、多すぎるのかもしれません。しかしながら、大学病院では安月給で医者を使って、外部の病院での当直で稼がせるという「歪んだシステム」は、もう崩壊しつつあるように感じます。とはいえ、病院というのは、一度建ててしまえば、そう簡単に閉められるようなものではないですし、そういう「融通が利く病院」を必要としている患者さんや家族が多いというのも事実なんですよね。

 ところで、僕はこんなふうに考えることもあるのです。いくら社会的に医療システムを整備していっても、今の調子で医療のコンビニ化が進んでいけば、絶対に患者も医療者も永遠に「満足できる状況」になることはないのではないか、と。

 近年、小児救急が破綻している、とか言うけれど、実際のところ、夜間に診療可能な小児科医の不足とともに、昔よりも救急受診をする人たちが増えたというのも、その原因のひとつだとされています。小児救急システムそのものは、昔よりもはるかに進歩しているはずなのです。

 昔の「医者が偉かった時代」は、夜中に受診する人たちは「こんな夜にすみません」と言いながら病院にやってきて、多くの医療者側も「困っているときは、遠慮しなくていいですよ」と温かく接していたようです(もちろん、100%そうではないとしても)。それは、お互いにとって、幸福な時代だったのかもしれない。

 でも、今は、夜中に「待たずに診てもらえるから」という理由で受診する人々に、「さっさと診ろ!」「待たせるな」「医療ミスとかしたら、タダじゃおかないぞ」なんていう心無い言葉を浴びせられながら、訴えられないようにビクビクしつつ診療せざるをえないケースが、どんどん増えているのです。

いくら「仕事」でも、そんな状況でモチベーションを保っていくのは、非常に辛いことなのです。正直、もっと医者をおだててやる気を引き出して(あるいは、せめてやる気を失くさせないようにして)、うまく使えばいいのに、とも思うんですよね。

 医療側の努力だけではなくて、受診する患者さんの側にも、最低限の「気配り」がなければ、この問題が解決することはないでしょう。というか、こういうのって「患者と医者」だけじゃなくて、「人間関係」の基本なのではないでしょうか。

 もちろん、医療者側が謙虚な姿勢でいることは大前提なのですが、美味しい料理を食べるために、何時間も行列したり、店主にお愛想言ったりすることができる人たちが、どうして命がかかっている状況なのに相手の仕事をやりにくくするような態度をとってしまうのだろう、なんて、つい考えてしまうのです。