千円札の人・野口英世、その生涯について。


 今度千円札の肖像になる野口英世という人をご存知だろうか?
 15年くらい前の国語の教科書には、「英世とシカ(英世の母)」という感動の親子再会の物語が載っていたものだった。今はどうか知らないけれど。
医者だった父は、「子供の頃、野口英世の伝記を読んで、医者になることを志した」と常々言っていたし、僕自身もその伝記を読まされて、立派な人だなあ、と思っていた。
今ひとつピンと来なかった、というのも事実なんだけど。
まあ、父はその割には手塚治虫の「ブラックジャック」を全巻購入していたりして、子供をどう教育したかったのか、今もって謎なのだが。

 野口英世は、会津(今の福島県)の小さな村の貧しい家に生まれ、子供の頃に負った火傷で手が不自由になってしまった。しかし、不屈の努力で医者の試験に合格して、細菌学者として業績を残してアメリカに渡り、狂犬病や梅毒の研究に力を尽くし、当時の難病である黄熱病の研究のためにアフリカに渡ったのだが、現地で自ら黄熱病に感染してしまい、50年あまりの生涯を閉じた。
まさに偉人、野口英世。貧しい環境と障害からのスタートにもかかわらず、不屈の精神で医学界に偉業を残した人物。

 でも、大学時代を境に、僕の「野口英世」という人物についての見方はすっかり変わってしまった。当時、映画化された野口英世の伝記「遠き落日」の原作本(渡辺淳一著)を読んだからだ。
この本の中で、野口英世は、あくなき学問への探究心、不屈の精神をもつ人間であると同時に、自分の障害へのコンプレックスを強く持ち、地元の人に信じられないような額の大借金をし(しかも、ほとんど返していないのだ!)、女性にもだらしない人物であったというように描かれている。そのほかの本でも、「地元では、野口先生の浪費壁、女好きは常識だけど、英雄だからねえ…」というインタビューが載っていた。

 医学界の偉人であり、実験の鬼(野口英世が顕微鏡でプレパラートを診るスピードは、同じ研究所のなかでも群を抜いていたそうだ。ただ速いだけでは意味がない仕事だし、おそらく、すごい集中力を持った人なんだろう)であった野口英世。
その一方、女好きで借金魔、自分のコンプレックスを振り払うように、ひたすら名声を追い求め続けた野口英世。

 人間というのは、いろんな面があるものだと、この人の生涯には考えさせられるところが多い。「英雄、色を好む」とかいうけれど、確かに、エネルギーがありあまっているような人でないと、偉人にはなれないのかもしれない。
野口英世がダメな人間だったというつもりはないんだけど、完璧な人間というのは、いないんだなあ、と思う。むしろ、才能のある人ほど、他の面でのひずみは大きいのかもしれない。今回の紙幣への登場に、僕の父が生きていたら、さて、なんと言ったことか。

 野口英世の悪いところは、けっこう参考にしてたみたいだったけどなあ。
「遠き落日」ぜひ一度、読んでみてください。伝記としてだけでなく、小説として面白い作品だと思います。