「無過失補償制度」は、産婦人科を救えるのか?
読売新聞の記事より。
【政府・自民党は25日、出産時の医療事故について、医師の過失を立証できなくても患者に金銭補償を行う「無過失補償制度」の創設に向け、本格的な検討に入ることを決めた。
被害者救済と同時に医師不足対策と位置づけ、厚生労働省などが日本医師会や産婦人科医団体、保険会社などとの意見交換に入るほか、自民党の「医療紛争処理のあり方検討会」(大村秀章座長)でも協議を開始する。
出産時の事故は医師の過失の有無の判断が難しく、事実関係を確かめるため、裁判に持ち込まれるケースも多い。最高裁の調査によると、2005年に産婦人科での医療をめぐって起こされた民事訴訟は118件で、医療関係では内科(265件)、外科(257件)に次いで多くなっている。
こうした中で、被害者側では「医師の過失を証明するのは難しく、補償される場合でも時間がかかる」という指摘が出ている。また、産婦人科医の側にも「医療過誤を厳しく問われるのは負担が大き過ぎる」という声がある。
厚労省によると、04年の産婦人科医の数は1万163人で、02年から455人減少した。政府・自民党は、こうした産婦人科医の減少には、民事訴訟のリスクを回避する意識も影響していると見ており、無過失補償制度の整備を本格的に検討することにした。今後、補償の財源や範囲について、検討を進める方針だ。
この問題では、日本医師会が今月8日、政府の公的支出と妊産婦の負担金を財源にした無過失補償制度の構想を発表している。これに対し、厚労省は「政府の公的支出は難しい」としており、産婦人科医側に負担を求めたい考えだ。補償の範囲については、母親と新生児の両方の被害を対象とする方向となっている。
政府・自民党は、第三者機関が医療事故の原因を究明する制度や、医療関係の紛争を裁判以外で処理する制度もあわせて検討する方針だ。制度の導入により、ずさんな治療行為が横行する危険性なども慎重に考慮する。現在、20歳未満の障害児の養育には特別児童扶養手当が、20歳以上の障害者には障害基礎年金が支給されており、こうした既存の社会福祉制度との調整も必要になる。】
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いや、「なんだこれは?」という感じなんですけど……
これが「被害者救済と同時に医師不足対策」になるという理由が、正直よくわかりません。確かに医療事故というのは、医療関係者以外にとって、非常に立証が難しいというのはわかります。実際は、同業者にとっても、けっして立証が簡単なわけではないんですけどね。
それにしても、この厚労省の「政府の公的支出が難しい」という理由での産婦人科医側に負担を求めるという発想には驚かされます。いわゆる「医療ミス」に対する補償金のために医者側に負担を求めるというのであれば、それは納得できるのですけど、「無過失補償」という、「過失じゃない」「過失かどうか疑わしい」ような事例にも、産婦人科医側が補償金負担しなければならないというのはあんまりです。本当にそんなことになったら、「何か気に入らないことがあったら、まず訴えてみる」というような風潮が、さらに助長されてしまうだけなのではないでしょうか。それでも、こういう「アイディア」に対して、「どうせ自分の腹は痛まないから」、政治家や医療者以外の人々が「儲けてる(であろう)医者に出させろ」ということで賛成票を投じれば、実現しないとも限らないのです。
これは確かに「困っている人への対策」にはなるでしょう。ただ、この制度が「医者負担」でできるとすれば、少なくとも、「産婦人科医不足」は、解消されるどころか、さらに加速していくこと必定です。「無過失補償」という制度そのものは、長引く一方の裁判や苦しんでいる人々への経済的な支援としては、けっして悪いものではないと僕も思うのですが、なんでその財源を「産婦人科医負担」にしようとするのか、その理由が全然わからないのです。そういう「誰のせいでもないけれど、過剰な負担を強いられる人々」を救済するために(あるいは、自分がそうなったときに助けてもらえるように)、僕たちは日頃から税金を払っているわけです。そういう必要なところにお金を使えるようにするのこそ、国の仕事じゃないのかね。自分たちがお金がないからって、他人に無理矢理払わせるのは恐喝です。
【制度の導入により、ずさんな治療行為が横行する危険性なども慎重に考慮する】なんて書かれていますけど、もしこれが実現したら、どちらかというと「ずさんな補償請求の多発」によって、産婦人科の医師たちが一斉に沈んでいく船から脱出していく危険性のほうが、よっぽど高いと僕は思います。
お前は交通違反してないけど、とりあえず道路を走ってたから罰金払え。キップは切らないでおいてやるから感謝しろよ。