「負け医者」の遠吠え


参考リンク:勤務医不足の真の原因は? (女医の愚痴 (2007/4/13))


 僕は最近よく、「勤務医」よくに、地方都市の中核病院の勤務医っていうのは、医者のなかでも「負け組」なのではないかなあ、と感じていたのですが、この「参考リンク」で紹介されている文章を読んで、なんだかとても辛い気分になりながら頷いてしまいました。「入院患者さんを受け持ち、当直業務がある勤務医の憂鬱」が、ここで取り上げられている「ベテラン勤務医」さんのコメントには集約されているような気がしたので。

 最近の病院において、勤務医に対して上層部から「指導」されることの多くは「経営面」に関することです。「もっと入院患者さんを増やしましょう!」とか「救急車は断らないように」とか言われるのですが、その一方で、彼らは当直医たちが「自分の手に余る患者さんを受け入れたこと」で多くのものを失ったとしても、それは「自己責任」だというスタンスをとっている場合が多いようです。「小児科でも眼科でも、とりあえず受け入れて、高次病院に搬送すればいいじゃないか」って、そりゃあ当直がヒマで、そういう患者さんだけが一晩に一人来られるかどうかならさておき、搬送するときに誰が救急車に同乗してくれるのでしょうか?それに、入院患者さんだって「増やそう」とすれば増えるというものではないですし。もっとも、ボーダーラインくらいの人に対して「入院したほうがいいですよ」と勧めれば、確かに効果が無いわけではないと思います。でも、その一方で、「やたらと入院したがる患者さん」は、「なかなか退院してくれない患者さん」として、病院経営上問題になったりもするわけです。「経営改善」の名のもとに、「儲からない科」「訴訟の危険が高い科」はどんどん削減されていっていますしね。そして、負担がかかるのは、「逃げられない」地方の公立病院の「一人医長」たちばかりだったりするのです。実際、不当に「医療ミス」として逮捕」されている医者の多くは、こういう「地方中核病院の一人医長」なんですよね。

 地方病院の勤務医というのは、一昔前までは、それなりに地域から「尊敬され、頼りにされる存在」だったようです。そして、激務であっても「信頼されているという誇り」が、彼らにはあったのではないでしょうか。いや、もちろんそういう意識が完全になくなってしまったわけではないけれど、公立病院というのは、地元の開業医の先生たちからは、「診きれなくなった患者さんたちを(あるいは、夜間などであれば、診ることもなくまっすぐに)搬送され」、朝から晩まで外来、検査、入院患者さんの診療をこなし、夜は当直でボロボロになり、翌朝からは、また通常業務、というのがごく当たり前なのです。にもかかわらず、近頃の世間の風潮では、「医療ミスでもしやがったら許さん」という「疑いの目」で見られがち。自分を診察しようっていう人間を「恫喝する」ことに、何の効果を期待しているのか僕には全然わかりません。いや、僕が言うのもなんだけど、「夜遅くにすみません」と仰ってくださる患者さんを前にすると、医者だって、「いえ、これが仕事ですから、お気になさらないでくださいね」という気持ちになるんですよ。眠いのに、と不機嫌になって悪かったなあ、とか。逆に、昼から具合が悪かったと言いながら、「なんで救急病院なのに、夜に小児科の先生がいないの?すぐ呼び出して!」というような人に対応するのは、正直疲れます。人って、自分を疑ったり責めたりする人のために働くより、自分を信じてくれる人のために働くほうが、はるかに「やりがい」を感じるものだってことは、みんなわかっているはずなのに。

 率直に言うと、これからはますます「地方中核病院の勤務医」は減っていくばかりになるだろうと僕は予想しています。これまでは、そういう「地元の人たちのために働いて、それなりの給料をもらって医者という仕事をしていくという選択」をしてきた医者というのは多かったけれども、これからますます「救急患者を受け入れるリスクを背負う病院」が減って、開業医の先生たちも「ちょっと危ないなと思った患者さん」をすぐに入院施設がある病院に紹介してくるようになって、おまけに、「どんなに働いても給料は同じで仕事の時間の割には安く、そして、真面目に仕事をすればするほど仕事をさらに押し付けられていく」、さらに「あまり自分のキャリアアップにはならず、日常業務に追われるばかり」「大学病院で働いている人たちのように最先端の医療に触れたり、研究者としての社会的名声を得られるわけではない」という「地方勤務医の現実」が認識されてくれば、誰がいったい、そんな「貧乏クジ」を引きたがるのか、ということなのですよね。どうせ働くのだったら、自分の力で患者さんが増えればその分自分の報酬に還元される開業医になることを志したり、そんなに報酬が変わらないのであれば(というか、医者の世界では、ラクな仕事のほうがかえって給料が良かったりすることも多いのです)、救急医療のリスクを背負わなくてすむ老人保健施設に就職したり、外来のみのクリニックで働いて、休日は余暇を楽しく過ごすというのも悪くないなと考えたりしている医者は、けっして「少数派」ではないと思います。客観的にみれば、大学病院とかがんセンターみたいな「切磋琢磨する場所」で頂点を目指すつもりがなければ、「人生設計」としては、「入院患者さんがいて当直業務があるような『地方の中核病院』で一生働くという選択肢」は、けっして利口なものではないと思います。まあ、僕も含めて、今の時点では「開業というリスクを背負う勇気」もなく、「老人保健施設などに就職してやる気のない医者だと同業者に後ろ指をさされる」のにも耐えられない、という「勇気はないけどプライドは捨てきれない、思い切りの悪い人たち」が、「勤務医」として地方の病院を支えているのですが。ただし、今後ますます医局の力が弱くなってくれば、「誰も医者が行かない病院」というのは、増えていく一方になるでしょうけど。そして、地方の人たちは、「負け組」としてモチベーションを失いかけた医者たちが大部分を占めるようになった「地方中核病院」の医者たちに看取られるようになっていくのです。

 僕には、どう考えても、今後の地方の病院の医療情勢って、良くなっていくという想像ができないのです。「医療制度改革」っていうのは、実感としては、厚生労働省と結びついている経営コンサルタントが儲けるために、定期的にあれこれわかりにくく弄っているようにしか思えないし。あんなの「朝令暮改」もいいところで、それに対して病院側も場当たり的に「次に儲かりそうなところ」を追いかけているだけです。

 ただ、僕自身に関しては「政治の問題」だと感じるのと同時に「救命ボートに乗れるうちに乗っておかなくては……」ということも考えているのですよね。まあ、正直なところ、このまま勤務医というタイタニックに乗って沈むのはイヤだけれど、開業してやっていけるほどのフットワークの軽さや人脈・地縁もなく、老人保健施設に就職して、昼から就業時間までスポーツ新聞を読んで過ごせるほどの思い切りもない、というのが現状で、そうこうしているうちに船もろとも海の底に沈んでしまいそうで怖いのですけど。