ある30代女性医師の「結婚願望」
「結婚願望とか、無いの?」
そうあらためて問われると、正直僕は考え込んでしまったのだ。
電話の相手は、大学の同級生の女性・独身。
もともと友達が少ない僕にとっては、数少ない大学時代からの友人だ。
彼女はその電話の中で、「迷っている」ということを僕に教えてくれた。
「お見合いパーティで知り合って、結婚を申し込まれている男性がいるのだけど、今すごく悩んでいるんだよね…」
「どういうこと?」
「うん、私は今までずっと仕事ばっかりだったんだけど、30過ぎて急に「焦り」みたいなものを感じるようになっちゃってさ。それで、お見合いパーティで出会ったのが彼だったんだけど…」
「そうか…、それで?」
「何回か会ってはいるんだけど、私、自分でわかったんだよね。『この人のこと、私は好きになれないだろうな』って。生理的に、ね…」
「それなら、悩むことないんじゃない?結婚以前の問題だよ」
「そうかな…でもね、私、最近思うんだよね。このチャンスを逃したら、次はもう無いんじゃないかな。相手の人はOKって、言ってくれてるしさ」
「そんなこと無いって!そんな自分を安売りして、好きでもないような男と結婚して、幸せになれると思う?第一、キミはそんな安いオンナじゃないってば!」
「ありがとう、でもさあ、田舎で30過ぎで医者やってるオンナなんて、結婚相談所とかでも本当にダメなんだよね…「お断り」ばっかり。やっぱり、男の人は自分より稼いでる女に抵抗があるみたいだし、それでなければ、経済力のないヒモになっちゃうんじゃないか、という男しか周りにいないし。バリバリに仕事やるのも疲れたしねえ」
「そんなに、結婚したい?」
そこで、冒頭の彼女からの質問になるわけだ。
「結婚願望」に対しては、僕も最近は考えることが多かった。
正直、「結婚したい」とか「自分の子供が欲しい」というような切実な思いというのは、相変わらず僕にはありはしない。モラトリアムと笑われるかもしれないが。
でも、彼女の言った次の言葉には、僕も深く頷かざるをえなかった。
「私も、もともと結婚願望とかあんまり無かったんだよね。でも、30過ぎてあらためて考えると、『結婚する』という選択肢を選べる機会があるとすれば、今しかないんじゃないか?」って思えてくるの。子供を産むとしたら、今すぐ出産しても子供が20歳のときに自分はいくつになっているだろうな、なんて考えるとね…『結婚したい』というより、『結婚・出産という選択肢は、今ここで選ばなかったら、これから一生選べないんじゃないか』って考えると、やっぱり一度きりの人生だし、そういう選択肢を捨てるのは辛いんだよ」
確かに、その通りだ。
僕も「結婚したい」と積極的には思わないけれど、自分の年を考えると「『結婚する』という人生の選択肢が消えてしまうのは怖い」と感じているのだ。
たぶん「結婚したくない」という言葉の裏に(「その気になればいつでもできるはず」)という確信や「子供なんて欲しくない」という言葉の裏に(「作ろうと思えばできるだろ」)という自信があったのだと、自分でも思う。
しかしながら、そういう「選択肢」を自分でまだまだ選べると思っているうちに、「選べなくなるタイムリミット」が近づいてきている、というのを、最近ヒシヒシと感じるのだ。
もちろん、年をとってから幸せな結婚をする人だっているだろうし、子宝に恵まれる人だっているだろうけど、やっぱり一般論としては、エリザベス・テーラーでも絶倫歌舞伎役者でもない僕たちにとって、年をとるというのは条件の悪化を意味している。
とくに、「自分の子供を産み育てる」という観点からは、やはり女性に許された時間というのは、男性に比べると限られていると言わざるをえない。
そう考えると、彼女の「切実さ」に対する「そんなに自分を安売りしなくても…」という僕の言葉は、なんだかとても薄っぺらくも感じるのだ。
念のために申し添えておくが、彼女は仕事もできるし、性格的にもちょっと考えすぎるところがあるくらいで大きな偏りもなくて真面目で、ルックスだって悪くない。
それでも、「好きでもないし、これから好きになれる自信もないけれど、少なくとも自分と結婚する意思があって、自分が家計を支えなくていいくらいの経済力がある男」との結婚を「次はないかもしれない」と悩んでしまう。
大学時代には多くの男たちが憧れた彼女が、ただ真面目に働いているうちに少しだけ年を重ねてしまったというだけで、こんな深刻な悩みを抱えなくてはならないなんて、なんだかとても理不尽な気がする。
でも、それが現実、なのだろうなあ…
確かに、彼女の周りの「いいオトコ」たちは、既に結婚して家庭を持っているか、独身者はもっと若い女性に魅かれてしまうことが多いみたいだし。
もちろん、女性医師でも幸せな結婚をしている人はたくさんいる。
その一方で、「優秀」だったり「高収入」だったりというのは、必ずしも好条件だとは限らないし、実は「もう結婚するの?勿体無い」っていう人が、実は「勝ち組」だったのではないか、という気もしてきたのも事実で。