舞鶴市民病院は、「白い巨塔」だったのか?

 

京都新聞の記事より。

【京都府舞鶴市溝尻、市立舞鶴市民病院の副院長(55)が3月での退職を表明、他の内科医師13人中12人が退職するか辞意を申し出た問題で、病院側が人工透析を3月ごろに休止することを決めたり、学校健診への医師派遣を来年度は見送るなど、診療体制にさらに影響が出ていることが3日判明、患者の間に不安が広がっている。

 今のままだと、今年3月で内科の医師は1人だけになるが、病院側の説明では、4月以降に大学病院の協力で内科医師を何人確保できるかは不確定という。このため、血液内科の患者に他の医療機関を紹介したのに加え、人工透析は3月ごろに診療をいったん休止することにし、患者13人については市内の他の医療機関を紹介している。

 また、健診のため市内の中学校や公共施設、一部の福祉施設に行ってきた内科医師の派遣を、来年度は見送る。現在、内科の入院患者は約50人だが、医師の確保状況によっては人数を減らす可能性もあるという。】

詳しい記事はコチラ

参考資料:2ちゃんねる医療版の「舞鶴市民病院について」

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 「病院内での派閥争いで、内科医の大部分が一度に辞めることになった」などと報道された、この舞鶴市民病院の件ですが、さて、実際のところはどうなのでしょうか?
 現時点で僕が知りえた範囲で、考えてみたいと思うのです。本当に、この市民病院は「白い巨塔」だったのか?

 この記事を読んで、僕がいちばん最初に思ったことは、「なんて内科医が多い病院なんだ!」ということでした。今回辞められることになった副院長を加えれば、なんと内科のベッド数50床に対して、内科医が14人!これは、普通の市民病院では考えられないことです。このくらいの規模の市民病院であれば、内科医は4〜5人くらいというのが、常識的な数なのではないかと思います。

 しかしながら、そこにはこの舞鶴市民病院の特殊性というのがあって、この副院長は、日本の若い医師の研修制度があまりに未整備であることに危機感を抱き、率先してこの地方病院にアメリカ式の研修制度を導入された方だったのです。

 これがその研修の日課(2ちゃんねるの書き込みより引用させていただきました)

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【174:一応システムの紹介ね。行ったこともないのに宣伝みたいだが。
"大リーガー医"に学ぶ」(医学書院、2002)から。

入院患者50人を内科3チームに分けて持つ。1チーム5-6人。雑誌とかに広告を出して、アメリカから臨床教授クラスの臨床医を招聘し、教育に当たらせる。
一日の日課は次のとおり

7:00
頃 研修医が受け持ち患者回診
7:30
8:00 ジャーナルクラブ
8:00
9:00 チームごとの回診
10:00
11:00 研修医+外人医による回診
12:00
13:00 昼飯食いながら新患カンファ
15:00
16:00 講義
16:00
17:00 外人医+全医師による回診
17:30
〜 各種カンファ
19:00
〜 各チームごとの簡単な症例検討会

1
日最低4回の回診。病歴と身体所見を最大に重視した初期教育。
あとは何より招聘した指導医のレベルの高さが特徴なのかな。

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 普通に大学で研修を受けた僕にとっては、信じられないような充実ぶり。
(僕はついていけない自信がありますが)
 外国人医師も「アメリカの臨床教授クラス」ですから、一流どころみたいですし。
 1日4回の回診に、カンファレンスに講義。
 「50人を14人で持てば、ひとり3〜4人、楽勝!」とか思ったのですが、実際は3チームに分けてということですから、各研修医は、15人くらいの患者さんの状態を把握していなければならないことになりますね。これは厳しい…

 おまけに、これだけ一日に拘束される時間があれば(もっとも、これなら急変時以外に患者さんの回診をする必要はないかもしれませんが)、自分で勉強したりする時間はそれ以外ということになりますから、かなり肉体的にもハードなはずです。

 もっとも、この病院の研修医は公募で、やる気のある優秀な人たちが集まってきていたはずですから、「ハードなのは承知の上」ではあったでしょうけど。

 しかしながら、このシステムは、病院経営という面では、けっしてプラスではないだろう、ということも容易に想像できます。研修医の給料は微々たるもの(僕は正確には知りませんが、ものすごく安かった可能性が高い)でしょうが、それでも、経営陣や他の科の医者からすれば、「あいつらはあんなに大勢いて、一日中カンファレンスばっかりやっている」というような反発を受けるのも、致し方ないかなあ、という気もしますし。

 国公立の病院ですら「収支の改善」が求められている昨今ですから、「どうして自分たちが、あの『好きなことばっかりやってる連中』の(金銭的な)尻拭いをしないといけないんだ!」と思うのも当然でしょうし、院長だって、経営を改善しようと思えば、不採算部門を整理するのは仕方ないところもあるのです。

 こういう研修制度は、医学界全体には大きなメリットがあるとしても、舞鶴市民病院単体としては、「金食い虫」でしかないでしょう。

 考えてみれば、この地方の市民病院が、こんな画期的なシステムを20年も継続させてきたこと自体がたいしたものなのかもしれません。逆に、このくらいの規模の病院だから小回りが利いた、ということもあるでしょうが。

 この病院で働いている内科医たちがほとんど全員辞めることを選んだ気持ち、僕にはよくわかります。彼らは自分の医師としてのキャリアに希望と野心があって、素晴らしい研修システムで医師としての実力を磨くために、舞鶴市民病院を選んでやってきた人たちです。たとえば、ホーキング教授のもとで宇宙物理学を学ぶためにケンブリッジにやってきた学生が、ホーキング教授が大学を辞めて、同じ研究環境が期待できないとしたら自分も辞めるというのは、そんなに不自然なことでしょうか?

 たぶん、副院長先生の去就だけではなくて、赤字体質の改善のために、この病院の内科の方針や研修システム自体が改変されるということなのでしょう。

 「それなら、ここにいる意味がない」そうみんなが考えるのは、ある意味当然なのでは。

 ただし、この「集団辞職」に「患者さん不在」という面は、確かにあるでしょう。いままで診療をしていた医師がみんなやめていくことによって、病院はシステム的な混乱をきたしたり、引継ぎの不備が出ることも考えられますし。

 しかし、だからといって「誰が残るのか?」という話になれば、みんな「自分は辞める」と言うのも仕方ないような気もするのです。もともと、市民病院の医師というのは、一部の常勤医を除けば大学からのローテーションの医者が入れ替わり立ち代わりやってくる、というのが多くの地域での現状ですし。

 「患者さんのために働く」のは医師として当然のことですが、「患者さんのために月給1万円で働け」とか「患者さんのために意に染まない職場にずっと残れ」というのは(ちなみに、舞鶴市民病院で、そんなことが実際に言われたわけではないですからね、あくまでも例え話)、あんまりだと思うのです。もともとここで働いていた人たちは、地域への愛着というより、自分の実力アップを求めてきた人も多かったでしょうし。

 今までは、そのことと「患者さんに充実した医療を提供する」ということが、うまくマッチしていたわけです(1日4回も回診されるのは、ひょっとしたら患者さんには辛い面もあったかもしれないけど)。

 病院側も「これからの舞鶴市民病院の方針に沿った内科スタッフ」に切り替えていくつもりでしょうし、「代わりを探すのは大変だけど、経営改善のためにはやむをえないこと」と考えているような。

 「春からは医者の数が減る」と報道されていますが、規模と病床数からいえば、内科医は4〜5人いれば十分「普通の市民病院として」機能するはずですし。

 そりゃ、「多い方がいい」には決まってますが。

 今回の件は、「普通の市民病院」が、「普通でないシステム」を抱え込んでしまったゆえの矛盾(理想のためには、採算が取れなくてもいいのか?)が顕在化したということだと思うのです。さらに、その先進的なシステム自体もひとりのカリスマ医師に頼りきっていたというのも問題点でしょう。

 これは本来、一地方病院でやるべきことではなかったのに、今まで続けて来れたこと自体が凄いことなのかもしれません。そりゃ大赤字になりますよ。

 「良質の医者を育てる」というのは、ひとつの病院だけの仕事ではないはずなのに。

 むしろ、大学病院などが、こういう試みをしていけばいいのでしょうけど(しかしながら、なかなか変えられないのが大学病院というのも事実なので、これは今後の課題)。

 「良い医者を育てる」のには、当然手間も費用もかかるのです。
 もちろんそれは、舞鶴市民病院だけの責任ではなくて。
 でも、そのための時間もお金も、十分に与えられず、「未熟な医者が多すぎる」と言われてしまっているという現状。

 新しい病名や知識はどんどん増す一方なのに、医学部は6年間だし、1日は24時間。

 「病院内の権力争い」というよりは、「短いスパンでの利益確保、経営重視にならざるをえない地方の総合病院の現状」というのが、浮き彫りにされてしまった事例、というのが僕の実感です。
 ああ、経営厳しかったんだろうなあ、って。

 ある意味、「白い巨塔」よりも、生臭くて情けない話なのかもしれませんが。