「怖さ」を感じることができない医者たち


読売新聞・2003年10月22日号の<論点>より。

日本医学会会長・森亘(もり・わたる)先生が書かれた「患者の命運を握る『怖さ』」という文章の一部です。

(筆者の先輩である、外科病理の大家、太田邦夫先生の回想)

【私が助教授として仕えていた頃、先生はほとんど毎日、顕微鏡を眺めては診断をつけておられたが、その太田教授が、夏休み明けなど暫く顕微鏡をのぞかなかった後では、「診断するのが怖い」と言われたものである。勘が鈍って、ということなのであろう。
 このような先生の言葉を聞いて、ある人は気障と評した。しかしご本人は気取るどころか大まじめで、そのような時には普段の二倍も三倍も時間をかけてとくに慎重に顕微鏡を眺め、診断をつけておられる姿を私は何度か拝見した。

(中略)

 洋の東西を問わずまじめな病理医たちが心に秘めるこのような「怖さ」は、恐らく、専門領域を超えてすべての医師に求められる資質の一つであろう。
 それは至って素朴かつ単純なもので、いま方々で論じられている「倫理」「安全」「人権」などの理屈に比べればはるか深層にあると思われる。むしろごく自然な、人間として当たり前の事柄かもしれない。
 最近、慈恵医大・青戸病院で起こったという事件に、私たちは心を痛めている。諸々の新聞情報が真実であれば、その話半分としても、同業者としては耐え難い医療というほかはない。

 その医師たちは、こうした「怖さ」を感じることが全くなかったのであろうか。】

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 筆者の森先生の専門は病理学。僕にとっても大先輩にあたるわけです。
 病理学というのは、机上の仕事のようなイメージを僕も持っていたのですが、それだけに、非常に怖いところもあるのです。
 こうして診ている一枚の標本の診断結果次第で、癌が見つかれば、ひとりの人間が大きな手術を受けなければならなくなります。逆に、癌を見逃してしまえば手遅れになることだってありえるわけで。
 病理の仕事というのは、すべて「診断所見」という形で文書として記録に残りますから、ミスしたら言い訳のしようがありません。
 患者さんとのつながりは、基本的には「診断用紙」だけですから、「誠意」なんてのでは、ごまかしようがないのです。
 「病理診断」という紙一枚で、顔も見たことがない人間の運命を決めてしまうかもしれない、というのは、考えてみれば、ものすごく怖いことです。
 今の僕はひとりで診断をすることはありませんが、「術中迅速」という、手術中に採取した組織で悪性の有無や腫瘍の範囲を診断しなければならない場合などは、一人前の病理医でも、かなり辛い仕事だと思います。

 実際、「緊張するよ」と言われる先生も多いのです。
 その場で決断しないといけないし、緊急で作製された標本は、時間をかけて作られたものよりはるかに診辛いし。
 すべての組織が、「明らかに癌の組織」と「明らかに癌じゃない組織」に二分されるのならともかく、「癌か癌じゃないか微妙なところ」というグレーゾーンが必ず出てきます。
 グレーゾーンがあるからこそ術中迅速をやらなければいけない外科医と、そういう微妙なところはできれば綺麗な標本で時間をかけて判断したい病理医。
 あちらを立てればこちらが立たず。
 患者さんのことを考えれば、「まず組織を取って、判断してから再手術」というのは避けたいところですし。
 結果的に、そうせざるをえないケースというのは起こってくるのですが…

 もちろん、僕は大先輩ほどの実力はありませんが、休み明けに顕微鏡を覗くと「何か違う…」という気持ちにはなるのです。目が慣れていないというか、組織を一目見たときに、どうもしっくり来ない。同じような組織を診ても、なんとなく自信がなかったり。顕微鏡酔いしたりしますし。
 たとえば、車を久しぶりに運転するときのことを思い浮かべてみてください。
 やっぱり、なんとなく運転するのが怖くないですか?
 いつもと同じ風景のはずなのに、なんとなく違った感じに見えませんか?

 ジェンナーという、有名な医師がいます。
 彼は種痘を開発し、それによって、多くの人の命が救われました。
 彼の有名なエピソードに、「種痘の効果を実証するために、自分の子供に種痘を行った」というのがあります。
 僕は、それを聞くたびに、彼の決意のすごさに感服するのと同時に、「それは、許されることだったのだろうか?」と思います。
 当時はその発想が珍しいものでなかったとしても(やっぱり珍しかったから言い伝えられているんだと思うけど)、それは正しかったのかどうか。
 今の人類は、彼と息子の献身の恩恵を存分に受けているわけですから、結果論としては人類のためになっているのですが、考えてみると、ジェンナーになれなかった、「悪魔の人体実験医者」というのが、けっこう存在しているのではないかなあ、とか思ってみたりもするのです。
 非常に矛盾しているのですが、「怖さ」を乗り越えた(ある意味、「麻痺している」)人々が、医学を進歩させてきたという一面もあるんですよね。

 森先生は、この文章の最後で「怖さ」を感じる心について、

【「これほど基本的な問題ともなれば、かえって大学における医学教育の範囲を超えているようにも思う。学会の委員会で論じてどうなることでもなく、役所が規則を定めたり、罰則を設けて防ぎうることでもなさそうである。ではどこで、誰が対策を考えればよいのか。」】

 と書かれています。
 確かに、こういうのは、大学生になって、誰かから教わったら身につくというものでもなさそうですよね。

 でも、僕はこんなふうにも思うのです。
 彼らは、「怖さ」を感じられない人々だったのだろうか?って
 
 ひょっとしたら、あの青戸病院の先生は、「医者として自分が有能だと証明できない『怖さ』」にとり憑かれていたんじゃないでしょうか?

 医者というのは、けっこう周囲の期待に応えて生きてきた人間が多いので、そういう存在証明に敏感な人が多い印象があるんですよね。
 僕自身にだって、「自分を立派な医者に見せたい」っていうプレッシャーはありますし。
 そういう「自分の存在を証明できない怖さ」が、「人の命を預かる怖さ」を上回ってしまうというのは、やっぱり、異常なことではあるのですが…

 それにしても、このふたつの「怖さ」を受け入れて「有能な医者」として生きるのは、本当にキツイなあ。最近、医者やってること自体が怖い…