「全盲の男性患者を公園に置き去り」事件

「MSN産経ニュース」の記事より。

【堺市北区の新金岡豊川総合病院(豊川元邦院長)の職員が今年9月、糖尿病で入院していた全盲の男性患者(63)を車で連れ回し、大阪市西成区の公園に置き去りにしていたことが13日、分かった。男性は駆けつけた救急隊員に保護され、別の病院に運ばれたが、入院費の未払いなどでトラブルがあったという。同病院は産経新聞の取材に対し「医療従事者にあるまじき行為だった」と事実関係を認めており、西成署は保護責任者遺棄容疑で関係者から事情を聴いている。
 堺市保健所は先月末、同病院の院長らが従業員の監督を怠ったのは医療法15条の違反事項に当たるとして行政処分したが、弱者を保護すべき医療機関としての社会的責任も厳しく問われそうだ。
 調べでは、男性職員4人は9月21日午後2時20分ごろ、医療従事者として病人を保護する責任があるにもかかわらず、大阪市西成区の公園内に男性患者を置き去りにした疑いが持たれている。
 4人は同日午後1時すぎ、男性を車に乗せて内縁関係の女性が住む大阪市住吉区の自宅を訪問。男性の引き取りを女性に拒否され、途方に暮れて車を走らせている途中、病院から約10キロ離れた公園にたどり着き、入院中の荷物などと一緒に男性を放置した。

  職員らは同2時半ごろ、「60歳ぐらいの男性が公園で倒れている。目が見えないようだ」などと匿名で119番通報し、救急車が公園に到着するのを目立たぬように確認した後、病院に戻ったという。
 男性はその後、救急隊員に保護されたが、体調不良を訴え、西成区内の病院に転院し、現在も入院している。
 関係者によると、男性は糖尿病の治療などで豊川総合病院に約7年前から入院。全盲で大阪市の生活保護や障害者年金を受けており、毎月2万〜3万円の現金を内妻から受け取り、入院生活を続けていた。しかし、入院費の支払いが約2年半前から滞り、院内で看護師や別の入院患者とトラブルになることも多かったという。
 これまでの調べに男性は「入院費は内妻が生活保護費の中から支払ってくれていると思っていた。職員に置き去りにされ、行き場がなくて辛かった」などと話しているという。
 豊川院長は「非常に恥ずかしい行為だ。患者を連れて帰って来るなとも言っていないし、なぜ職員がそういう行動を取ったか分からない」と話している。

  同病院は昭和58年に開設され、内科、外科、産婦人科、小児科などを備えた総合病院。救急、労災指定病院でもあり、ベッド数は183床。近畿大や奈良県立医大とも提携している。
                      
 【保護責任者遺棄罪】高齢者や幼い子ども、身体障害者、病気の人らを「保護する責任のある者」が、その対象者を遺棄したり、生存に必要な保護をしなかったときは3月以上5年以下の懲役に処すると、刑法218条で規定している。被保護者の状況にもよるが、病院関係者や警察官らが処罰の対象になる場合もある。】

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 この記事を読んで僕が最初に思い出したのは、数ヶ月前に観た、マイケル・ムーア監督の『シッコ』という映画でした。アメリカの医療保険制度の問題点を赤裸々に描いたこの映画の中に、医療費を払えない患者さんを職員が路上に放り出すシーンがあって、「いや、最近の日本もけっこう酷い状態だけど、アメリカに比べたらはるかにマシだよな」と思ったものでした。ところが、ほんの数ヶ月で、日本はアメリカに「追いついてしまった」わけなのですが……

 しかし、このニュース、医療従事者にとっては、「なんでこんなことを……」と思うんですよね。いろんな意味で。
 はっきり言って、「患者を公園に置き去りにしたい医療従事者」なんて、絶対にいないはずです。だって、そんなことをやっても、やった本人にとってのメリットは何もないし、そのわりには、こんなふうに「社会的制裁」を受けるリスクがありますから。良心だって、痛まないはずがありません。
 医療従事者にとって、いちばん良い状況というのは、「患者さんを治療して、元気に退院していただく」ことなんですよね。この「4人の男性職員」だって、好きでこんなことをやってわけではないのだろうな、と僕は思います。

 そして、このニュースを読んで僕がひっかかったのは、ニュースの見出しでは「公園に置き去り」になっているけれど、実際にこの職員たちがやったことは、【職員らは同2時半ごろ、「60歳ぐらいの男性が公園で倒れている。目が見えないようだ」などと匿名で119番通報し、救急車が公園に到着するのを目立たぬように確認した後、病院に戻った】というところでした。
 つまり、この職員たちは、「放置しっぱなし」にしようとしたわけではなくて、最初から「救急車経由で、他の病院に転院させること」を狙っていたのです。だから罪が軽くなるというわけではないとは思いますが……でも、これって、今回はじめて「開発」された手法なのだろうか……
 そして、この「入院費の支払いが約2年半前から滞り、院内で看護師や別の入院患者とトラブルになることも多かったという患者さん」は、他の病院に現在も入院されています。転院したことで、医療側や他の入院患者さんたちとのトラブルが無くなったのであればそれに越したことはないのですが、実際はどうなのでしょうか。

 この患者さんを、救急隊からの「60歳代で目が見えない男性。公園にいるところを通報され、発熱と衰弱で通報がみられます」という要請で受け入れた搬送先の病院は、正直、やってられないだろうなあ、と思うのですよ。「取り扱いが難しい患者さん」を受け入れている「良心的な病院」が現実的に報われているかというと、結局のところ、「お金も払ってくれないし、スタッフや他の患者さんとはトラブルばかり起こし、退院・転院もしてくれない入院患者さん」がひとり増えただけで、院内の雰囲気も経営状態も悪くなるばかりです。ひとり「トラブルメーカー」がいると、他の入院患者さんもいい気分ではないでしょうし、それこそ「こんな人と一緒には入院したくない」という患者さんだって増えてくるのではないでしょうか。
 それも、7年間だものなあ……
 そうなると、他の病院だって、あえてこういう患者さんを受け入れたがるとは思えませんし、別の記事では、「長期療養型病院や老人保健施設への入所をずっと拒否していた」そうですから、この病院は、ある意味「7年間もがんばってきた」のですよね。基本的に、いろいろとトラブルを起こしがちな患者さんは「最初に受け入れた病院の責任」になってしまうというシステムもどうなのかなあ、と。
 あくまでも僕の想像なのですが、生活保護を受けている状態であれば、病院にとって最も困っていたのは「入院費の問題」ではなくて、「この患者さんの入院中の問題行動」ではなかったかという気がするのです。「病院のスタッフの温かい愛情さえあれば……」と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、実際のところ、「病気であることを自分の都合のいいように利用して、医療関係者を脅したり、周囲に迷惑をかけてもなんとも思わない人」というのはいるのです。もちろん、この記事の「被害者」がそうだと言うわけではないですけど。

 最近の病院経営というのはどこも厳しくて、「家で介護できないから、というような社会的な長期入院」の患者さんについては、「なるべく退院してもらって、自宅や老人保健施設へ」というのが医療側の姿勢です。いや、こういう患者さんが日本中にこの人ひとりであれば、「病院のくせにひどい!」と怒る人が多くて当然なんですよ。でも、これからの日本には、こういう「老後、誰も面倒をみてくれないし、金銭的な余裕もない人」が確実に増えてきます。そういう「社会的入院」の人たちが「自分たちは他に行くところがないから」と病院のベッドを埋め尽くしてしまったとしたら、いったいどうなってしまうのでしょうか?
 もし自分の家族が急病で入院が必要なときに、どこの病院でも「ベッドが満床です」と断られ、その原因がこういう状況で入院している患者さんだったら、どう感じますか?

 そもそも、誰も表立っては口にしていませんが、日本の政策は「もうみんなそんなに長生きさせなくてもいいじゃないか」という方向に進んでいるんですよね。「自宅で介護」って言うけどさ、これだけ「家族」のつながりが薄れ、核家族化が進んでいる国で、しかも、子供の数も少なくなる一方なのに、そんなことが本当にできると政治をやっている人たちは信じているのでしょうか?

 この病院の人たちへの、こんなインタビュー記事がありました。

【豊川元邦院長と豊川泰樹薬局長との主な一問一答は次の通り。

 −−病院経営者として今回の事件をどう思う
 院長「開院してから25年間地域医療に貢献してきたつもりだが、こんなに恥ずかしいことはない」
 薬局長「自宅が見つかり、職員から家に送り届けると聞いたときは正直ほっとした」
 −−職員はなぜ患者を公園に置き去りにしたのか
 院長「連れて帰ってくるなとは言ってないが、そういうプレッシャーを本人(職員)が感じたのかもしれない。ただ自宅前に置いて帰ってくればよかった。それなら遺棄にならなかった」
 −−職員に置き去りを指示したことは
 院長「それは絶対ない。僕は言っていない。3年前も何とか帰らせようとして弁護士とも相談した。たった1日のことでそういうことをするはずがない」
 −−問題行動の多い患者だったのか
 院長「すべての職員があの患者のことは目をつぶろうと弱気になり、腫れ物に触るように扱ってしまった。本当に困っていた。ただそれでも遺棄したことは悪いと思っている」
 −−置き去りに関係した職員に対しては
 薬局長「家に送るというだけで経過報告もなかった。病院に連絡してどうすべきか確認すればいいのに現場で判断してしまった」
 −−再発防止については
 薬局長「これを教訓にして職員にはもう一度気を引き締めて考え直してもらうしかない」】

「ただ自宅前に置いて帰ってくればよかった。それなら遺棄にならなかった」
「すべての職員があの患者のことは目をつぶろうと弱気になり、腫れ物に触るように扱ってしまった。本当に困っていた。ただそれでも遺棄したことは悪いと思っている」

 この記事だけからは、実際にこの患者さんがどんなことをしていたのかはわかりません。
糖尿病を患っておられて、目も見えない状態だったということですから、自分の病気の辛さに対する苛立ちもあったのでしょう。目が見えなければなおさら、「環境を変えたくない」という気持ちも強かったでしょうし。でも、だからといって、その苛立ちを手当たり次第に周囲にぶつけていては、受け止める側は「たまったものじゃない」はず。

 「置き去り(というか、こうして強引に他の病院に押し付けようとすること)」はあってはならないことだとは思うけれど、じゃあ、この病院はいったいどうすればよかったのか?
 僕には、その「正解」がわからないのです。この病院が最初にこの患者さんを診て、入院させてしまったのだから、何十年でも「耐える」べきなんでしょうか?
 こういう事例ばかりになると(っていうか、実際はこういう「困った患者さん」に悩まされている病院がここだけとは思えません)、「入院前に身元調査」が行われるようになる日も遠くない気がします。

 これは「経済効率に偏りすぎてしまった日本の医療システムの問題の表面化」なのかもしれませんが、いくらシステムを改善しても、こういう事例が皆無にはならないような気がします。
 いやほんと、「モンスターペアレンツ」ならぬ、「モンスターペイシェント」に悩まされている病院や医療関係者って、ものすごく多いんですよ。
 「俺は病人だ」「弱者だ」からという錦の御旗を掲げて、他者を恫喝する人たちって、本当に「弱者」なの?

 この記事を読んで、「ああ、自宅の前に置いて帰れば『退院』になるのだな」と思った医療関係者、けっして少なくないのでは……