「看護助手」という立場と「病院内ヒエラルキー」
共同通信の記事より(10月3日)
【四肢まひで入院中の女性患者(76)の指のつめをはがしたとして、京都府警九条署は2日、傷害の疑いで、女性が入院していた「十条病院」(京都市南区)の30歳の看護助手の女性を逮捕した。
調べによると、容疑者は2日午前11時40分ごろ、十条病院に入院中の女性の左手中指と薬指、小指のつめをはがし、約3週間のけがを負わせた疑い。
9月30日にも入院している4人の女性患者のつめがはがされる被害があり、病院側から同署に相談があった。うち1人については被害届が出ている。同署が関連や動機などを追及している。】
京都新聞の記事より(10月4日)
【京都市南区の十条病院で重病の患者のつめがはがされた事件で、傷害容疑で逮捕された看護助手の容疑者(30)が京都府警捜査一課と九条署の調べに対し、職場で人間関係に不満を抱えていたと供述していることが3日、分かった。府警は事件の動機と深いかかわりがあるとみて調べるとともに、佐藤容疑者が複数の入院患者のつめをはいだとする供述を始めていることから、9月中旬以降、病院で相次いだ同様の事件についても関与の裏付けを急いでいる。
調べによると、容疑者は重度の意識障害や神経難病で寝たきりの患者を収容する特殊疾患病棟(44床)に勤務。医療スタッフ派遣会社からの派遣で、3月から入浴や食事の世話、おむつ交換などの介護を担当していた。看護の経験は同病院が初めてだった。
特殊疾患病棟の看護職員の詰め所(ナースステーション)には看護師7人と准看護師10人、看護助手9人が1日3交代制で勤務している。佐藤容疑者は午前8時半−午後5時の勤務だったが、同容疑者だけが派遣職員で、同僚はすべて正社員だったという。調べに対し、容疑者は職場の人間関係について不満を漏らしているといい、府警は今後、病院の同僚からも事情を聴くなどして、事件の動機の解明を進める。
またこれまでの調べのなかで、容疑者は今月2日の入院女性(78)に対する傷害事件のほかに、複数の事件への関与をほのめかし始めたという。特殊疾患病棟では9月30日、患者4人の手足のつめがはがされる事件が発生、9月中旬から下旬にかけても、不自然につめのはがれている患者が数件あった。府警は容疑者がこれらの事件についてもかかわりがあるとみて調べている。】
参考リンク:ある内科医の独り言(10/4)「鬱屈」
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このニュースを聞いて、「医療従事者として、あるまじき行為」であるどころか、「人間として許されない行為」であると憤りを感じた人は、多かったのではないでしょうか?
もちろん僕も、この看護助手がやった「自力で抵抗もできない患者さんたちに、拷問のようなやり方で苦痛を与える行為」に対して、「職場や人間関係への不満」とか「介護という仕事へのストレス」なんて言い訳が通用するとは思いません。
そんなことするくらいなら、さっさと辞めてくれれば良かったのに、という気はしますけど。
でも、このニュースを聞いて、僕にはひとつ、拭い去れない不安を感じたのです。この「30歳の看護助手」は「特例」だと信じたいのですが…
僕が以前、某大学で研修医をやっていたとき、「助手さん」というのは、ちょっと異質な存在でした。それなりに大きな病院ですから、医者は教授から研修医までたくさんいますし、看護師(まあ、当時は「看護婦」と自他共に呼んでいましたけど)も20名くらい、ひとつの病棟で勤務していたのです。なにしろ医者になりたての時期で、右も左もわからず、上の先生にも上の看護師さんにも良くも悪くも「かわいがってもらっていた」ころですから、僕たちにとって「仲間」と言えるのは、同僚の研修医と何人かの少しだけ先輩の医師たち、そして、新人〜若手の看護師さんたちくらいだったのです。
そんな「数少ない仲間」のうちの看護師のひとりが、ある日、こんなことを言っていました。「そういえば、助手の○○さんって、私が一年目のときはいろいろ教えてもらってお世話になったけど、自分の年数が上がっていくにつれて、『この書類を持っていって』とか、そういう雑用を頼むだけになっちゃったなあ」って。
まあ、大学病院のことですから、看護師はみんな「正看護師」でしたし、助手もひとりだけで雑用担当、という体制でしたから、それが「当たり前」だったのかもしれません。
僕たち医者にとっても「保健師助産師看護師法」に規定されている「医療行為」に従事できない「看護助手」という職種の人たちは、看護師たちよりちょっと印象が薄いというか、直に接して話しをする機会が少ないのも事実です。助手さんたちは、「看護師の指示で患者さんたちの介護や身のまわりのお世話をする仕事」あるいは「カルテを外来に運んでくれる人」という感じなので。
この30歳の看護助手は、「人材派遣会社から派遣されて、今年の3月からはじめて介護の仕事をはじめた」そうなのですが、おそらく彼女にとっての医療現場というのは、ひどく敷居が高いものだったのではないでしょうか?はじめての仕事だけならともかく、そういう「病院内での暗黙の序列」みたいなものって、慣れない人にとっては、けっこう辛いものがあるのではないか、という気もするから。
「看護師」という仕事のなかにも、「正看護師」と「準看護師」という序列があり、その「弊害」は、結局のところなかなか改善されることがないのですが(こういうのは、部活の「先輩のしごき」みたいなもので、そのハードルを越えて「先輩」になってしまうと、その「伝統」を自分で止めるというのは、なかなか難しいものですし。「正看護師」になって、ものが言える立場になれば、「あなたたちも努力して正看護師になればいい」というふうに考えるようになる人は、けっして少数派でも異常でもないでしょう)、その「看護師」というカテゴリーの1ランク下に「看護助手」というのは置かれているような感じなのです。
もちろん、「看護師」側にも、それだけの「理由」はあるのです。
看護師たちは、正看・準看にかかわらず、看護学校もしくは看護学部などで厳しい「看護師」としてのトレーニングを受け、国家試験をパスして免許を受けた「看護のエキスパート」です。僕も病院内で実習している看護師の卵たちを目にすることがありますが、その実習の厳しさといったら、「俺なら泣くかも…」と考えてしまうくらい。医学部の学生が、「学生さん」なんておだてられて、邪険と歓迎の間くらいの対応をされているのに比べて(それには、教える側の医師たちにも「後輩だし、同じ医者仲間だし、将来一緒に働くようになるかもしれないし」という「用心」もあります)、看護学校の生徒たちは、さまざまな患者さんに直面し、礼儀作法も厳しく指導されています。お昼休みとか「○○看護学校の学生一同、只今から休憩させていただきます!午前中のご指導、ありがとうございました!」と一列に並んで挨拶してから休憩ですし、ある意味、医者より上下関係が厳しい世界と言えるかもしれません。
そんなトレーニングと国家試験をクリアして、ようやく看護師になった人たちにとって、「看護助手」というのは、どういう存在なのでしょうか?
もちろん僕は看護師になったことはないので、正確なところはわからないのですが。
今回これを書くために、僕は「看護助手に必要な資格」というのをネットで調べました。本来「医療従事者なら知っているべきこと」なのかもしれないけど、看護師と学校や職場で学生時代の話をすることがあっても、看護助手とそんな話をする機会はなかったので(というか、助手さんにはけっこう年上の人が多くて、親しく話す機会もなかったし)。
そこでわかったのは、一部の病院では、『介護福祉士』などの資格を要求しているけれども、かなり多くの病院では、看護助手という仕事は「資格不要」であるということでした。「普通運転免許要」というのはあったのですが。
【未経験者でも丁寧に指導します】なんて求人に書いてあるところもけっこうありましたし。
現場の看護師からすれば、「点滴の準備をしたり、検査の介助をしたりといった医療行為には関われず(こういう「医者の介助的な仕事」以外にも、看護師の仕事というのはたくさんあるのですけど)、資格も持たない看護助手」に対して、「同僚であるという仲間意識」を持つことはできても、「自分たちのほうが上」という内心を捨てるのは、なかなか難しいような気がするのです。建前上「すべての職業は平等」であるとしても、できる仕事に差異がある以上、無意識のうちに、そういうヒエラルキーというのは存在するのでしょう。とくに、仕事の内容に重複する部分がある看護師との「軋轢」というのは、無視できないもののような気がします。
とくに、この30歳の看護助手の場合などは、自分より若い看護師にいろいろと指示をされ、場合によっては叱責されたりもしていたみたいですし、彼女自身も「そういう扱い」に慣れていない面もあったのでしょう。自分が介護している患者さんが、感謝の気持ちを言葉や態度に表してくれれば、まだ「やりがい」もあったのかもしれませんが、彼女が担当していたのは、残念ながら、そういう「仕事の充実感をわかりやすく教えてくれる」状態の患者さんではなくて。
「看護助手」の仕事の多くは、言ってみれば「医療のプロでなくても可能なこと」です。いわば、「家族の代わりに介護する」というのも仕事なわけです。
もちろん「だから、看護助手なんて必要ない」と言うつもりはなくて、むしろ、「仕事に忙しくて病気のほうばかり向いてしまう医師や看護師」を補完してくれる存在として重要なのだとは思うのですが、正直なところ、彼ら、彼女らの立場というのは、なかなか難しいところがあるのだろうなあ、とつくづく思います。
とはいえ、ほんと、現状の病棟業務には「いてくれないと困る」のですよねえ。
以上は、この30歳の看護助手を擁護するつもりで書いたものではないし、彼女が「やってしまったこと」というのは、許されることではありません。どんな酷いイジメを受けていたとしても、それを「さらに弱い立場」である患者さんに投影するような人間は、逆に「イジメられても仕方ない」とすら感じます。資格云々以前に、それで給料を貰っている人間としては「プロ失格」なんですが。
ただ、この機会に、「看護助手」という仕事と病院内の「ヒエラルキー」について、僕が思ったことを書いてみようと思ったのです。
「医者はどこにいるのか?」といわれると、それは病院によって違っていて、大学では「医師」と「看護師」は別の組織で、それぞれ、教授>指導医クラス>研修医のヒエラルキー、師長>中堅クラス>新人などのヒエラルキーがあり、個人病院では医者(院長)>看護師とか、いろいろな形態があるのだから、「看護助手」の扱いも、施設によりけり、なんでしょうけどね。