「助産師」も足りない!


読売新聞の2006年8月24日の記事より。

【横浜市瀬谷区の産科・婦人科・小児科病院「堀病院」(堀健一院長、病床数77)で、助産師資格のない看護師らが妊婦に「内診」と呼ばれる助産行為をしていた疑いが強まり、神奈川県警生活経済課は24日、保健師助産師看護師法違反の疑いで病院と院長宅など十数か所の捜索を始めた。

 看護師らの助産行為を受けた女性は女児を出産後に死亡していた。助産師不足を理由に、より給与の低い看護師らに助産行為をさせているケースが多くの産院であるとされ、県警は、氷山の一角とみて押収したカルテなどを分析し、実態解明を進める。

 調べによると、看護師と准看護師ら数人は2003年12月29日、入院していた女性(当時37歳)に約2時間にわたって、産道に手を入れてお産の進み具合を判断する内診など助産行為をした疑い。女性は名古屋市から実家のある神奈川県大和市に里帰り出産のために帰省し、出産予定日を過ぎた同日、入院していた。

 女性は陣痛促進剤の投与や子宮口に器具を入れるなどの分娩(ぶんべん)誘導処置を受け、長女を出産。直後に多量の出血に見舞われ、大学病院に搬送されたが、約2か月後、多臓器不全で死亡した。女性の死亡と助産行為の因果関係はわかっていない。女児は元気に育っている。

 夫はカルテや分娩記録などの証拠保全を横浜地裁に申請。今年1月、保全手続きが取られている。

 堀病院が昨年1年間に取り扱った出産は2953件。病院のホームページなどで「出産数日本一」と宣伝している。

 病院への捜索は午前7時35分から始まった。病院は通常通りの診療をしており、捜査員約50人は裏口から、複数の班に分かれて次々と病院内に入った。

 堀院長は「助産師が不足しており、分娩室に入る前の内診は看護師にやらせている。支障はないと思うし、ほかの病院でもやっていることだ」と話している。】

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毎日新聞の2006年8月24日の記事より。

【「法律に基づいてやるには限界がある」。保健師助産師看護師法違反容疑で神奈川県警に家宅捜索された堀病院の堀健一院長(78)は、同県警の調べに、看護師らに助産行為をさせていたことを開き直って認めた。同病院の助産師数は同規模の病院より極端に少ない。厚生労働省は「助産行為は医師と助産師しかできない」との見解だが、公然と反旗を翻した格好だ。

 「出産数日本一(年間約3000人)を誇るユニークな産婦人科を目指して頑張っています」。堀院長は、ホームページでそうアピールしている。堀病院の05年の分べん数は2953人。産婦人科医は院長含め7人、助産師が6人。ところが、分べん数が2074件の東京都葛飾区の産院は、産婦人科医6人、助産師111人▽約2000件の分べんがある東大阪市の産科病院は産婦人科医が8人、助産師が約35人いるなど、堀病院より多くの助産師を配置している。

 安全な出産を目指す市民団体「陣痛促進剤による被害を考える会」(愛媛県今治市)の出元明美代表は「(捜索を受けた堀病院は)助産師が一切助産行為をしていなかったという関係者の話も聞いている」と話す。84〜05年、助産師ではなく、看護師や准看護師らが助産行為を行い、胎児や母親が死亡するなどの医療ミスが、全国で少なくとも14件発生しているという。

 しかし、産婦人科医の間では、一部の診療所などで、看護師が医師の指示を受けて助産行為を行っていることは、公然の事実。厚生労働省は04年に「医師の指示下でも看護師の助産行為は違法」との見解を示しているにもかかわらず、医師の指示があれば、看護師の助産行為はできるという医師らが多くいることが、この問題の背景にある。

 出元代表は「(堀病院は)助産経験が豊富で、誤った行為を指摘できる助産師より、医師の言うことを素直に聞きやすい看護師の方が任せやすかったのではないか。安全な出産について医師が真剣に考え、適切に助産師を雇用する意識改革が不可欠だ」と批判。厚労省看護課は「助産行為は特別な技能と専門知識が必要で、医師の指示下でも助産師以外はできない。安全で安心なお産を実現するため、医療機関側は適当な人数を確保して運営してほしい」と話している。】


参考リンク(1):元検弁護士のつぶやき「無資格の助産行為」

参考リンク(2):日本産婦人科医会「産科における看護師等の業務についての意見」


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 「助産師がこんなに少ないのに、これだけたくさんの分娩を取り扱っていたなんて信じられない!」という印象なのですが(まあ、確かに他の病院に比べても、この病院の助産師の人数は少なすぎるので)、ただでさえ「お産難民」なんて言葉ができるくらい分娩ができる病院が減っている現状で、「建前厳守」でやるというのは難しいことは間違いありません。「どこでもやっていること」とこの院長が言っていたのは、まぎれもない事実ではあるわけで。この病院は、横浜市の分娩の1割以上を担っていたそうですから、もしこの病院での分娩が不可能になったら、他の病院も連鎖的にパンクしてしまうかもしれません。

今回いろいろ調べていたら、2005年に日本産婦人科医会から、「産科における看護師等の業務についての意見」というのが厚生労働省に対して出されていました。
 これによると、平成17年度の医師国家試験の合格者数は約7600人、看護師の国家試験の合格者数は4万4000人なのに対して助産師は1600人あまりと、実はかなりの「狭き門」なのです。合格率はほぼ100%近いのですが、これは、「助産師の受験資格を得るための条件」というのがかなり厳しいことが影響していると思われます。僕の知り合いの看護師さんにも助産師の資格を持っている人が何人かいますが、彼ら、彼女らには学生時代に夏休みを何年も潰して実習に行ったり、あるいは看護師の資格を取ってから1年間学校に通って、助産師の資格を取ったりしているのです。助産師の資格を取るには、分娩に何回も立ち会わなければならないというような条件もあり、実習ができる施設も限られているため、大学の看護学科でもその資格が取れるコースを選択したり、資格が取れる学校に合格するのは、非常に難関になっているのです。そして、今のレベルの養成法を続けていくとすれば、助産師を急激に増やすというのは、ちょっとムリなのではないかと思います。

 もちろん、個々の技術の差や経験の多寡はあるにせよ、「助産師」というのは、世間のイメージよりははるかに高度かつ専門的な資格であるわけです。そして、当然のことながら助産師は給料も高いし、なんといっても人手が足りない。
 では、今の「助産師が足りないけれど、分娩をどこかでしないわけにはいかない」という状況に対して、どうすればいいのでしょうか? たぶん、世間的には「ちゃんと原則どおりにしろ!」という声が大きいと思うのですが、原則どおりにすれば、「お産をする場所がない」という妊婦さんが大勢出てくる可能性が高いのです。「違法な行為をしている病院で産む」か「自宅出産を選ぶ」かのどちらかしかない、という状況だったら、さて、どちらを選ぶべきか。

 医療者のなかには、「これを機に看護師の助産行為をある程度までは認めるべきだ」という声もかなりあるようです。これはたぶん、「現状に即して」という点では、妥当な解決法ではあると思います。ただ、その「ある程度」というのはどこまでになるのか?という点と、「今までの経験があるから」「周囲が教育するから」という理由で追認してしまうことが正しいのか?という点で、疑問が残るのは事実です。
 じゃあ、「経験豊富なニセ医者」だったら、医療行為はできるのだから、免許がなくても「医者」と同じ仕事をしてもいい、なんてことになったら、やっぱり医者としては、「なんだそれは!」と憤るに決まっています。たぶん、キツイ勉強をして資格を取った助産師さんたちだって、同じだと思うのです。自分が一生懸命勉強してようやく取ったはずの資格が、「人手不足だから、看護師なら誰でもやっていいことにする」なんてことになったら、あるいは、ものすごくハードルが低くなってしまったら、たまったものではありませんよね。僕はやはり、助産師という資格に対してはそれなりに敬意を払うべきだと考えているのです。ただ、現状ではやはりある程度、普通の看護師でもできる仕事の範囲を広げざるをえないし、だからこそ「助産師・医師がいなければできないこと」をキチンと線引きしておく必要があると思うのです。あわてて未熟な助産師を大量生産するようなことをやったとしても、かえって事故を増やすだけという結果になる可能性が高いですから。

 それにしても、日本産婦人科医会の統計によると「助産師」は病院だけでもあと2万8千人不足しており、診療所まで含めるとその2倍の数になるにもかかわらず、1年間に新たに誕生する助産師は1600人なのですから、辞めていく人の数も考えれば、助産師というのは「永遠に充足することのない職業」なのではないかと暗澹たる気持ちになってしまいます。昨今のさまざまな問題で、お産にかかわる仕事を敬遠するようになるのは、医者だけではないでしょうし。