痛風とビールのデッド・ヒート


毎日新聞の記事より。


【「痛風はビールを飲みながらでも治る!」(小学館文庫)と、意表を突いたタイトルの本が反響を呼んでいる。著者の鹿児島大学病院神経・呼吸器内科の納(おさめ)光弘教授(63)は大のビール党で、痛風の専門医。皮肉にも痛風を患ったが禁酒したくないあまり、自らを実験台に因果関係を研究した。その経緯を昨年11月に出版したところ「実用書では異例の売れ行き」(小学館)で、2月までに4万部を超えた。

 痛風は偏った飲食などの生活習慣が原因。体内にプリン体がたまり、その老廃物・尿酸の血中濃度が高い状態が続くことで、発作により関節に激痛が走ったり、腎臓障害を起こす。

 納教授はビール好きで毎晩飲酒を重ね、一晩で最高9リットル飲むなどの生活を続けた。01年8月に痛風の発作で右足の激痛に襲われ、初めて患者の苦しみを味わった。

 ビールは「痛風の敵」とされてきた。アルコール自体に尿酸の発生を促す働きがあるうえ、100グラム中のプリン体含有量が5.11ミリグラムあり、日本酒(1.22ミリグラム)やウイスキー(0.13ミリグラム)に比べ群を抜いている。

 「ビールをやめないと駄目なのか」。悩んだ末、自分の体で調べようと決意。暴飲や禁酒を繰り返し、約2年間かけて血液や尿を検査。その結果、納教授の場合、1日750ミリリットルまでならむしろ痛風に悪いストレスを緩和し、尿酸値も下がった。350ミリリットル缶で2本、瓶なら大瓶(633ミリリットル)1本が目安だ。

 納教授は「ビールはむしろ善玉」と強調。「ビールのプリン体は、白米(100グラム中25.9ミリグラム)、ホウレンソウ(同54.5ミリグラム)、納豆(同113.9ミリグラム)などと比べても少ない。アルコール類の中では多いが、ビールは水分も多く、合併症の尿路結石の予防にもなる」と話す。

 痛風は接待や付き合いが避けられない働き盛りの30代の男性に多い。納教授は「アルコールの許容量を把握し、自分のペースで飲むのが望ましい」と話している。】

参考リンク:納教授のホームページ


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 ああ、またDQN理論が…と内心暗澹としつつ、僕はこの記事を読んだのです。しかも、この本のこと、前に紹介された記事では、「きちんと薬を飲めば」とかちゃんと書いてあったのに、今回の記事では、あたかも「痛風になっても、ビールくらいなら飲んでも全然平気!」という印象を与えるような書き方になっていて、ちょっと不安になってきました。こういう本がメジャーになってくると、患者さんの中には、ここに書かれている内容を理解する以前に「偉い先生が、ビール飲んでも大丈夫って言っているじゃないか!」と「逆切れ」される方とかもいらっしゃるので、一般外来を担当する人間としては、ちょっと困ったものだなあ、とも思うのです。正直、「ビールは白米とかホウレン草に比べたら、遥かに100gあたりのプリン体の含有量が少ない」と言われても、ビールを一度に2リットルや3リットル飲む人はざらにいても、白米を2000gとか食べたら、カレーハウスCoCo番屋でタダになるくらいですし、ほうれん草1000gとか、人間業とは思えません。馬だろそれは。ただし、この話は「ビール」に特化しなければ確かに間違いというわけではなくて、例えば糖尿病の治療においても、「甘いものさえ食べなければいいんでしょ」と「甘くないけどハイカロリー」な食事を多量に摂取している人がけっこういるのと同様で、「ビールだけが原因なのではなくて、バランスがとれた食事こそが大事」というのは正しいことなのだと思われます。正直、ビールというのは、痛風患者さんにとっては、「ガマンできるのなら、ガマンしてもらいたい食品」であることには間違いないのですけど。

それに、納先生は、あくまでも「私の場合は」と断りを入れておられますから、必ずしもそれが一般論になるのかどうかは、なんともいえないところです。このあたりの実験の詳細については、ホームページのほうにも詳しく書いておられますので、時間のあるかたは、ぜひ一度御参照ください。僕も内心「売名のためにトンデモ本を書かれたのでは?」と思っていたのですが、実際にここまで自分を使って実験されているのを読むと、むしろ「ビールはとにかく痛風に悪い」という先入観ばかりを持っていて、そこに疑問を持たなかった自分を恥じるばかりです。

 ただ、どうしてもメディアでは扇情的に「ビールを飲んでも大丈夫!」と扱われてしまいがちなようなのですが、納先生は、「量に限界があること」「適度な運動をすること」「場合によっては薬をキチンを併用すること」も書かれているのです。「ストレスこそ高尿酸血症の大敵」であり、「日頃働いている人のストレス解消としての適量のお酒」であれば、まあいいのではないか、ということなんですよね。逆に、過度にアルコール依存的な飲み方であれば、間違いなくマイナスになると思われます。

「アルコールの許容量を把握し、自分のペースで飲むのが望ましい」本当に、それができれば苦労しないのですが…

 大概において、真実というのは、「絶対にダメ」と「好きなだけOK」のあいだにしかないのです、たぶん。