「学会」って、いったい何なの?


 学者・あるいは医者の世界で頻繁に出てくる「学会」。これって、実際は何をやっているんだろう?と疑問に思っている人が、けっこういるのではないでしょうか。まあ、業界人としては、こういうのはなんとなくグレーゾーンにしておいたほうがカッコいいような気もしなくはないんだけど。

「いや〜先週学会でさあ〜」なんて言ったら、いかにもデキる男みたいだし。
 まあ、せっかく行ってきたばかりなので、医者は「学会」で、いったい何をやっているのか?について書いてみたいと思います。

 学会というのは、基本的には「研究発表および相互学習の場」です。大きな学会では日本中(あるいは世界中)から、それぞれの施設で出された新しい基礎研究や治療方法が口演・ポスター、あるいはパネルディスカッションという形で発表され、参加者はその内容に対して質疑応答をしていくことになります。場合によっては(まあ、そういうことは滅多にないけれど)「公開吊し上げショー」になりうる危険もあるわけなのですが。「その発表の内容はおかしい!」とか、専門家たちの前で言われてしまうこともあるわけで。

 しかしながら、現実的にはそこまでハードパンチの応酬になることほとんどありません。ひとつは、これらの発表内容(演題)は、大きな学会では、あらかじめ応募されたものの中から複数の専門家たちが演者・施設名がわからない状態で(やっぱり、誰が出したかわかると「人間関係」ってやつもありますし)セレクトして、どうしようもないものは不採用にしているからで(もちろん、ステータスが高い学会ほど採用されにくい)、小さな学会では、お互いに顔見知りだったりもするわけなので。

 会場は、大きな学会では国際会議場や大ホテルの宴会場みたいなところを借りて、小さな学会では大学内の施設や地元のホテルだったりします。まあ、今回は比較的大きな学会について語ることにしましょう。小さな学会だと、夕方からの勉強会に毛が生えた程度のものもありますから。

 学会会場に着くと、受付で参加費を払って、参加者は三々五々会場内に散っていきます。
 大きな学会では、いくつかのシンポジウムや口演が並行して行われていることが多く、それとは別にポスター会場というのがあって、そこには、一枚(とはいっても、人間2人が横に並んだ位の面積があります)のポスターに研究内容をまとめたものが、たくさん貼られています。ここでは、参加者は自由にその内容を見て歩いて、自分の興味がある内容の前では立ち止まって熟読するのです。

 そして参加者する人の中にも、それぞれ「温度差」があって、「学会には欠かせない各大学の顔役」もいれば「自分の発表をしに来た人」もいます。そして、「ずっと会場で勉強している人」もいれば、「自分の興味のある内容だけ聴く人」もいますし、「とりあえず受付だけして、あとは観光に出かける人」もいるわけです。

 「高い参加費を払って学会に参加して、何のメリットがあるの?」と思われる人も多いと思います。

 そのメリットのひとつは、発表する人間にとっては、「自分が日頃やっていることを世間にアピールする&広く周りの人の意見を聴くいい機会」なわけです。もちろん、本当に自分の力だけで研究を進められる人なんてごくごく一部なんですが、それでも、身内のこととなるとどうしても見方が甘くなったり、偏ったりしがちなものですから。

 そして、こういう学会の場で自分の存在をアピールするというのは、医者の世界では「偉くなるための必要条件」なのです。残念ながら、日常診療をどんなに一生懸命やっていても、「医学者」としては評価されないのが現実。こういう学会とか論文とかで世間に認められないとダメなのです。

 まあ、そこまで気合いの入っていない参加者にとっても、もちろんメリットはあります。ひとつは顔つなぎ。僕は2日間学会に参加していたのですが、たった2日間に、今まで1年間くらい全く音信普通だった学生時代の知り合いや前に勤めていた病院の先生たちに、何人も会いました。みんな日頃は自分の仕事で目一杯で、連絡をとりあうこともなかなかできないのです。まあ、同窓会みたいな感じ。

 あとは、「自分の専門領域での最近の傾向」というのがまとめて理解できるというメリットもあります。正確には、ちょっと口演を聴いたりポスターを見たくらいで「理解」なんてできるわけもないのですが、ポスターのタイトルとかをざっと見ていくだけでも、「今、自分の専門の人たちは、いったいどんなことに興味を持っているのか?」とか「今、どんな治療法が話題になっているのか?」なんていう「傾向」はわかります。日頃は自分の仕事に忙殺されてしまいますから、そういう「傾向」を押さえることができるというのは、非常に貴重な機会なんですよね。そこからまた、あとで細かく調べていくこともできるわけですし。

 そして「受付だけして観光」組も、僕はあまり責められません。忙しい病院では、日中は働きづめ、夜も土日も何かあったらすぐ呼び出し、という生活をしている医者というのはけっこう多くて、そういう「24時間オンコール」から離れられるのは、学会に行ったときだけ、という医者も多いので。

 それに、夜はけっこうみんな地元の美味しいものを食べてリフレッシュしたりしているんですよね。日頃はなかなか旅行にも行けないので、「旅」という観点から学会を楽しみにしている人も多いですし、「どこそこに行きたいから、発表の演題を出さなきゃ!」なんてこともあるのです。実際、「学会」だからといって、無条件に平日に休ませてくれるような病院は殆どありませんから。ただし、自分が発表する、ということになれば「仕方ないな」ということになることが多いのです。

 もちろん、僕のように発表慣れしていない人間にとっては、学会発表するというのはとてもストレスフルなのですが、その一方で、何も自分で発表しないで参加するというのは、それはそれでなんだか蚊帳の外みたいでなんとなく辛かったりもするんですよね。
 遊びに来たつもりでも、他人に「遊びに来たんだろ?」なんて言われると、やっぱり嫌だし。

 それにしても、僕は学会のたびに思うのです。「こうやって自分の重症患者さんたちを他の先生に任せて学会に行くというのは、後ろめたいことだよなあ」って(今の立場では持ち患者さんがいませんから、その悩みはありませんが)。

 医者としての「誠意」と医学者としての「医学の進歩への貢献」、それが一致しないときには、どちらを選べばいいんでしょうね。
 僕のような下っ端には、関係ないことなんだろうけど。