『外来の待ち時間を減らす方法』について


外来の待ち時間を減らす方法(NATROMの日記(‘07/5/17)


 大きな病院で外来をやっている医者にとって、「外来の待ち時間が長い」というクレームほど憂鬱なものはありません。いや、みんなサボっていて待ち時間が長いのならいくら罵声を浴びてもしょうがないのですが、現場で働いている人間は、医者は夕方まで昼ごはんも食べずに延々と診察を続け、看護師はずっと採血をしたり患者さんを検査に案内したり、「なんでこんなに時間がかかるんだ!」という患者さんを宥めたりしているわけですから。

 要するに、医療側にとっても患者さん側にとっても「満足すべき状況」とは程遠いんですよね、現状というのは。診察している医者の立場からすれば、「どうしてこんなに朝からずっと診察しているのに、まだこんなに患者さんが待っているんだろう……」と暗澹たる気持ちになることも多いんですよね。「自分はこんなに一生懸命昼食も摂らずにやっているのに、聞こえてくるのはクレームばかり」なんていう状況は、とても辛く、悲しいものです。本当になんとかならないものなのだろうか、という気がします。

 まあ、実際のところ「なんでこんなに時間がかかるんだ!」と大騒ぎされるような患者さんには、緊急性がある人はそんなにいなかったりもするんですけどね。

 しかし、患者さんの立場からすれば、「待たされる」のが不快であることはわかります。病院に来ている人は、大まかに言って「具合が悪い」人と「調子は悪くないけれど、定期チェックを受けにきている」人の2種類に分けられるのですが、前者は「具合が悪いのに、こんなに待たせやがって!」と憤るし、後者は、「具合が悪くもないのに、病院で待っているだけの時間がこんなに長いなんて勿体ない!」と苛立ちます。まあ、僕だって自分が患者として歯医者さんにかかるようなときには、待たされていい気分にはなりません。もちろん、クレームつけたりはしませんが。

 基本的に、病院というのは「あまり長居したくない場所」であるのは間違いないんですよね、やっぱり。だからといって、夜中に「昼だったら待たされるから」と言って時間外受診をする若者も、きっとディズニーランドに行けば喜々として「2時間待ち」とかのアトラクションに並ぶのであれば、それはちょっと勘弁してほしい「現実」ではあるのですけど。

 実際のところ「待ち時間の長さ」というのは、病院で働いている人間にとっては、本当に頭を痛めている問題なのです。大きな病院では、電光掲示板などで「現在待っている患者さんの数」や「予測待ち時間」を表示しているところもありますし、以前、待ち時間に有効に時間を使ってもらおうと、患者さんにポケットベルを渡し、順番が近づいてきたらそれを鳴らすというサービスをしていた病院もありました。そのくらいの工夫はあってもいいかな、とは僕も思います。

 病院での待ち時間を長く感じる理由としては、「どのくらい待てばいいのかわからない」というのも大きな要因だと思われますので。それをある程度アナウンスするというのは、けっこう意味があるのではないでしょうか。僕がディズニーランドに行って感心したのは、あそこのアトラクションは、基本的に「待ち時間」がかなり正確に表示されている、ということなんですよね。そして、「待ち時間が表示されている」ということそのものが、「これだけ待っても、あなたはこのアトラクションを体験したいですか?」という客への「問いかけ」になっているのです。

 例えば、あるスーパーマーケットで、「お客をレジで待たせないようにするには、どうすればいいか?」を考えてみます。方法は、大きく分けて2つしかありません。「レジの数を増やす」か「お客さんの数を減らす」かです。あまりにレジの数を増やしすぎればコストがかかりすぎるでしょう。そして、「お客さんの数を減らす」というのはあまり現実的な選択肢ではないようですが、店側で制限しなくても、あまりにお客さんの数が多くてレジが大行列していたりすれば、逆に、お客は「考える」ことになるのです。

「このアトラクションは、2時間行列しても乗るだけの価値があるだけのものか?」あるいは、「この大根は安いけど、レジに長い時間並んで待って買うくらいなら、ちょっと高くても近所のスーパーで買おうかな」と。

 その点では、病院も「現在の(あくまでも予想)待ち時間」「待っている人数」を表示しておくのは、良い方法ではないかという気もします。「現在の待ち時間」を知った上で、それでもこの病院にかかるのか、それとも、他の「そんなに待たなくてもいい開業医の先生」のところにかかるのかを患者さんは選べばいいわけですから。

 まあ、実際には、病院の待ち時間というのは、予定通りにいかないことのほうが多いのですけどね。途中で急患が入ったり、病棟の入院患者さんの急変が起こったりすれば、外来を中断しなければならないこともしばしば。「定期外来担当医」と「救急担当医」「初診担当医」「病棟担当医」の役割がきちんと分けられているような病院では、少なくとも定期受診の患者さんを待たせることはないと思うのですが、そんなに医者の数に余裕がある病院が、日本にいくつあることか……

 もし本当に「平等で待ち時間が少ない医療」を目指すのであれば、地域に一箇所、ものすごく大きな「初診患者受診センター」みたいなのを作って、そこに初診の患者さん全員と多数の医者を集約し、そこで患者さんを最初に診て振り分けていくようにするしかないのかもしれません。あるいは、「セルフ検査システム」なんてどうでしょうか。採血をして検査してもらいたい人、レントゲンを撮ってもらいたい人、CT(となるとちょっと数が多くなるとムリかもしれませんが)で検査してもらいたい人は、まず、自己申告制で検査を受けてもらって、その結果を持って診察を受けるのです。そして、必要があれば検査を追加していく。「素人考えで何がわかる!」と仰る向きもあるかもしれませんが、実際のところ、そうすればかなり「顧客満足度」はアップするような気もするんですよね。必要がなさそうな検査でも「患者さんの希望により」やらざるをえないのなら、いっそのこと、最初から好きにやってもらったほうが効率は良くなるでしょうし(冗談ですので、怒りのメールとかは送ってこないでください)。

 しかし、「外来の待ち時間へのクレームを減らすために」待ち時間の表示をしている病院というのは、まだまだ少数派です。これがまた、病院という「企業」が抱える問題点のひとつで、上層部の偉い先生たちや経営担当の人たちは、外来がそんなに人で満ち溢れているにもかかわらず、「経営改善のために、もっと患者さんに来てもらいたい」と考えている場合が大部分なのです。ですから、「患者さんに敬遠されるかもしれない」ということで、待ち時間の表示を喜ばない。そして、「待ち時間表示のための電光掲示板」なんて、目先の病院経営改善のためには何のプラスにもなりませんから、「それだけのこと」が、なかなか実現されません。病院の中でも、現場スタッフと経営陣は「乖離」しているのです。

診察室の中では、医者が「まだこんなに患者さんがいるのか……」と嘆き、待合室では、「なんでこんなに待たされるんだ!」と患者さんが怒り、処置室では、看護師がその患者さんを宥めています。ほんと、こういうのは不毛極まりなくて、医者としても、「こんなにバタバタ外来をやっていたのでは、いつかミスが起こりそう……」と不安になってしまいます。「多忙だったので」というのは理由にならない、と言うけれど、僕たちには、その多忙を回避する方法すらない。「今日は患者さんが多すぎて十分な診療ができないから、これ以上の新患は受け入れないで」と言うこともできません。そこまでやらないと経営が成り立たないような医療システムって何なのでしょうね……

逆に、「急患・救急車には対応しないし、時間外診療も往診も入院施設もなし」というような病院のほうが、「健全経営」されていることが多かったりもするわけで。

 僕が今まで勤めてきた病院でも、「予約時間」を設定したりして待ち時間が減るように努力してはいたのですが、それでも、「予約時間が10時になっているにもかかわらず、『朝の7時に来て待っているのに、なんで診察が遅いんだ!』と看護師を怒鳴りつける患者さん」とか、みんな一斉に流れ作業で診られるわけもないにもかかわらず、「とにかく自分をいちばん最初にしてくれ」と主張する患者さんたち(もちろんそういう人が5人や10人はいるわけです)がおられて、前述したような「予約時間の不確実性」もあわせると、なかなかうまくいかないなあ、と悩むことばかりでした。僕が聞いたところでは、同じように「予約時間システム」にしたけれど、結果的にかえってクレームが多くなって、元通りの「早い者勝ち」に戻したところもありました。正直、今では「病院の外来というのは、そういう(待ち時間が長い)のが宿命なのではないか……」と考えてしまうこともあります。もっと病院が増えすぎて競争が激しくなるとか、待ち時間が無いかわりに、診察料が高い病院とかが出てくるようにならない限りは。

 患者さんに対して「待ち時間を減らす方法」をアドバイスするならば、まず「待たなければならないような病院は極力避ける」ことだと思います。症状が軽い場合はとくに。ところが、一般的には「患者さんが多い病院は良い病院」というようなイメージがあって、自分から「待たなければならないような病院」を受診しているにもかかわらず、「なんでこんなに待たせるんだ!」と怒っている人は多いんですよね。

 もしあなたが「待ち時間が長い!」と毎回思っておられる元気な患者さんであれば、担当医に「近くのクリニックで診てもらっていいですか?」と申し出ることをオススメします。たぶん、多くの「患者さんが多すぎる病院」の外来担当医は、喜んで紹介状を書いてくれると思いますよ。

 正直、いっそのこと診察室をガラス張りにして、どのくらい医療者が神経をすり減らして外来をやっているのか見せられたらいいのに、と感じることもあります。それでも、「どうして『自分を』こんなに待たせるんだ!」という人がいなくなるわけじゃないでしょうけど。