リタリン濫用の記事が伝える、薬と人間の果てなき迷宮
毎日新聞の記事より。
【向精神薬「リタリン」の乱用が広がっている。うつ病患者が依存症に陥るだけでなく、覚せい剤と似た快感を求め、うつ病を装って医師の処方を受けるケースも増えている。心身に変調をきたし自殺にまで至る場合もあり、専門家は「医師の安易な処方に歯止めをかけないと、問題は深刻化する」と訴えている。
リタリンは普及した90年代後半から「病院でもらえる覚せい剤」とさえ言われるようになった。アルコールや薬物の依存症患者の専門病院・赤城高原ホスピタル(群馬県赤城村)では、ここ数年、リタリンの依存症の患者が増えた。販売元「ノバルティスファーマ」によると、リタリンの売り上げは97年から年5〜10%増え続けているという。
昨秋、同病院に入院した女性(28)は精神科で「うつ病」と診断され、リタリンを処方された。女性は「だるさがとれ、台所もすぐ片付けられるようになった。でも1日3錠では効かなくなり、病院を複数回って20錠飲むようになった。じきに心臓がどきどきして、誰かがつぶやいているような幻聴が出た」と話す。
竹村道夫院長は「医師は慎重に投薬すべきなのに、依存症の認識が足りない。患者も複数のクリニックから薬を集めることが多い」と語る。
薬物依存者の回復を手助けする民間のリハビリテーション施設「東京ダルク」(東京都荒川区)にも、リタリンをはじめとする処方薬を乱用していた人たちが多く集まる。指導員の幸田実さんは「特に小さなクリニックで、患者の求めに応じてすぐ処方する安易な診療が目立つ」という。
リタリンは自殺願望を増す恐れも指摘されており、昨年、リタリンを飲んでいた都内のアルバイト女性(19)らが自殺している。】
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このリタリン、確かに劇的な効果があるみたいです。
僕は内科医なので、実際に患者さんに処方する機会はないのですが、いろいろな本で読んだところでは、患者さんとの相性が良ければ、「鬱病で何もやる気が起きなかったのに、目の前の霧が晴れたようにスッキリする」そうです。
しかしながら、かなり依存性が強い薬で、上の記事のようなトラブルも多いみたい。
「病院で処方される覚醒剤」という表現が、上の記事にもありますが、病院で使っている薬というのは、モルヒネのように、実際の麻薬があったり、麻薬の成分とごく近いものがあったりするのも事実。
そのかわり、麻薬の取り扱いはものすごく厳重で、医者といっても勝手に持ち出したりはできず、もしアンプルを割ったりでもしようものなら、もう一大事です。始末書もの。
医者という仕事は、薬と切っても切れない関係がありますし、僕自身も薬に助けられたことは何度もあります。
でも、そうやって薬を使いながらも、僕の心には一抹の寂しさがあるのも事実で。
薬が効くということは、ある意味、人間はモノである、ということを実証しているような気がするのです。
人間って生き物は、化学物質によって支配されていて、僕たちが「こころ」だと思っているものは、単に環境や刺激に対する条件反射なのではないかと。
どんな悩みで眠れなくても、睡眠薬を内服すれば眠りにつくことができる(もちろん、100%ではありませんが)。
鬱病の患者さんに対して、どんな周囲のフォローよりも、一粒の化学物質のほうが苦しみを救うために役に立つ。
オウム真理教は、LSDを使って「イニシエーション」という儀式を行って「悟り」のイメージを植えつけていたことですし。
ところで、この記事では「特に小さなクリニックで、患者の求めに応じてすぐ処方する安易な診療が目立つ」という件があるのですが、これはもう、実際に病院で働いている僕としては、患者さんというのは、「より簡単に薬がもらえる」病院に行きやすい傾向があり、小さなクリニックでは、そういう簡便性を売り物にしていかないと、経営が成り立っていかない、という一面があるんですよね。
医者にはかかりたくないけど、薬は欲しいという患者さんはけっこういるし、それに、患者さん側が黙っていれば、どこで薬をもらっているか、なんてことはわからないんですよね。困ったことですが。
モルヒネもリタリンも、ある種の病気に苦しんでいる人には、劇的な効果を発揮してくれる薬です。悪用する人がいても、無いと困る人が、その何百倍、何千倍といるわけで、
毒にも薬にもなる、と言うけれど、結局、化学物質としての薬そのものの効果は不変で、人間の使い方が、それを毒にしたり薬にしたりしているのです。