あなたは、タダの薬を飲めますか?
〜ドン・キホーテの深夜の薬剤「配布」について
参考リンク:半熟ドクター更新記録(9月2,3,6日)
この「ドン・キホーテの深夜の無料薬剤配布の話、けっこう既得権益への挑戦、として好意的に受け止められている節があるみたいだけど、実際のところはどうなんだろうか?
まず、ひとつ思ったのが、「このくらいなら病院に行かなくても、市販の薬でよくなる」と判断している夜間の救急患者さんが、けっこういるのだなあ、ということ。
そして、やっぱり患者さんの中には、「病院の敷居が高い」と感じているひとが多いのだなあ、ということだ。
確かに、病院というところは何かと煩わしい面もあって、たとえば、夜間に熱があって頭が痛いときには、仮に薬局に行けば解熱剤を持ってレジに並べばいいだけのことだ。
でも、病院に行くとすれば、保険証を準備し、場合によっては相手の病院に事前に連絡を入れ、時間外の患者さんの状況によっては待たされたりもし、ちょっときつそうな医者に問診や聴診をされたあげくに、「それしきのことか」という顔をされながら、ようやくお金を払って薬を手に入れることができる。もちろん、薬局で買うよりは安いが、その場では会計ができなかったりして、けっこうめんどうくさい。
それに、「ガマンできない歯痛」なんてのも、正直、夜間に病院を受診するのも憚られるだろう。
家に都合よく鎮痛剤が常備されているとはかぎらないし。
本当は、いつでも気軽に病院を受診でき、少ない手間で満足のいく医療を受けられれば、それがいちばんいいことなのだ。それはわかる。
でも、その一方で、ちょっとした風邪の人までが、全員夜間救急を受診したら、まず日本の救急医療は破綻する、というのも間違いない。だいたい、これを書いている僕自身だって、けっこう市販薬を利用する機会があるのです。
同僚の先生に薬を処方してもらうのも、そんなに簡単ではない時代ですので。
ただ、そういうときに、ちょっとだけ意地悪をすることがある。薬局で薬剤師さんに「これこれこういう症状なんですが、どの薬がいいですか?」と質問してみるのだ。
もちろん、自分が医者だなんて言わずに。
多くの薬剤師さんは、その質問に対して、誠実に答えてくれる。
でも、中には、「これがいちばん今売れてますよ」というような答えを返してくれる人もいる。
残念ながら、僕は市場調査をしているわけではないのだが。
もちろん、売れている=効果がある、というのは、結果的にはそんなに間違っていないのかもしれないけれど…
薬剤師という仕事は、医者ほどは「人間を診る」というトレーニングを受けていない。そのかわり、薬の効果や作用機序、副作用などについては、そこらへんの医者より深い知識を持っている。本来、医師と薬剤師は、補完しあうべき存在なのだが、現実には、なかなかうまくいっていない場合が多いようだ。
「ドン・キホーテ」の無償の薬剤提供の最大の問題点は、それが「無償」であることとテレビ電話を通じての薬剤師と患者さんとの接触であると思う。
「タダより高いものはない」という格言は、歴史的に語り継がれてきた至言だ。
金を払って「買った」ものであれば、それによって何かトラブルが起こった場合には、当然「売った」側の責任が追求される。
しかしながら、「善意で提供された」薬で何かトラブルがあった場合、誰が責任をとってくれるのだろうか?
それはやっぱり、「タダなんだから、それを内服することを選んだ本人の責任」である部分が大きくなると思う。相手は「善意」なのだから。
僕は、「ドン・キホーテ」の「善意」が、無償のものだとは思わないし、それは当然のことだと思う。単に「ドン・キホーテ」が善意のカタマリであれば、夜中に薬を販売するより、売り上げの一部をアフリカで植えていたり、予防接種を受けられない子供たちに寄付するほうが、はるかに対費用効果は高いだろう。
今回の一件で、「既得権益を守ろうとする頭の固い厚生労働省のお役人と対決する、消費者の味方、ドン・キホーテ!」というイメージをかなり世間に植えつけることができただろう。その宣伝効果は、おそらくタダで一日分の薬を配るためのコストを遥かに上回っているのではないだろうか。将来の規制緩和のための先行投資、という意味あいもあるだろうし。
今回アメリカに行って、驚いたことがある。
日本では医師の処方箋がないと買えないような薬が、平然とホテルの売店で売られているのだ。もちろん、アメリカ国内では実績がある薬なのだろうけれど、その種類は、日本国内よりも多種多様で、中には、日本国内では「心臓や肝臓に疾患がないことを確認してから使うように」とされている薬もあった。
このやり方だと、患者さんは市販薬でかなり広範囲の薬を自分で選択することができる。
反面、副作用などについては、ある程度自己責任、ということになるけれど。
アメリカでは、医者は「処方箋」を書くだけで、実際に薬を出す薬局とは別のことがほとんどらしい。日本でも、院外処方が広がっているが、実際は、「病院の敷地の外にある薬局」で薬をもらうようになって、単に患者さんが不便な思いをするようになっているのが現実だ。アメリカの医療制度では、医師の診察料および処方料が高いので、医者が薬で稼ぐ必要がないのだが、日本では、医者の技術料が低く抑えられており、薬代とセットでないと、病院を維持していくことが困難になっている。それで、結果としては、医者が院外処方料をもらうために、患者さんは病院の外まで歩かされることになる。でも、医者だってそれをやらないと経営が成り立たないのだ。バカバカしい。
ちょっと話がずれてしまったけど、「別に死んでもいい」とか「自分の責任でタダでもらった薬を飲む」つもりがあるのなら、ドン・キホーテに行くのも悪くはないだろう。夜中に「当直」をさせられる薬剤師さんは、けっこう大変だと思うけれど。
おそらく実際は、あまりにも具合の悪そうな人には「病院に行ったほうがいいですよ」って、言ってくれているんじゃないかなあ…どうなんだろう?
僕は、夜間に薬の販売をすること自体は、別に構わないと思う。昼間だって、薬局で薬剤師さんにちゃんとチェックを受けている人が、そんなに多いとは思えないし。
でも、テレビ電話はやっぱりおかしい。
もし、ドン・キホーテが本気で「お客様のため」を思うなら、労働条件を検討・改善すれば夜間も常駐してくれる当直薬剤師を置くことは、不可能ではないはずだし。そうしないというのは、やっぱり「それだと儲からない」からなのだ。
もともと「ドン・キホーテ」が営利組織であるかぎり、それは責められる筋合いのことじゃなくて、当然の結論なわけで。
本当は、もっと簡単に医者にかかれれば、それがいちばんいいのだと思う。でも、日本の救急医療がパンクしない(本当は、既にパンクしているのですが)のは、薬局や市販薬の存在が大きいのだ。
ただし、「アメリカのように規制緩和を!」と叫ぶ前に、もしその「善意の薬」でトラブルが起こった場合、多くの日本人は、それを「自己責任」として受け入れる覚悟があるのかどうかは、考えておくべきだと思う。
率直に言うと、リスクを避けたいと思うならば、なるべく病院に行ったほうがいい。
そのほうが安全なのだ。医者なんて信用できないかもしれないが、少なくとも僕らはプロだ。
そして、安全には、費用と手間がかかる。そんなの当然のことだ。
少なくとも「金がないやつは、自己責任で薬を飲め」とか言われるより、今の日本の医療制度は、はるかに患者思いだし、合理的だ。ある意味過保護かもしれない、とすら思う。