「ドクターズ・イヴ」あれこれ


 もうすぐクリスマスです。まあ、僕にとっては、クリスマス・イヴもパラサイト・イヴもそんなに変わんないよなんて気もするのですが、基本的に医者の世界というのは一般的にクリスマスに無頓着な人が多い業界ではあると思うのです。いや、なんといっても、「当直」がありますし…僕も10年くらい医者をやっているのですが、そのうち半分以上は確実に当直、そして、残り半分のうちのさらに半分くらいは患者さんの状態が悪くて病院で夜遅くまで待機、というような記憶があります。年末ということで、他の病院からも重症患者さんが送られてくることが多い時期だし。あまりのクリスマス感の無さに、患者さんの夕食にケーキがついているのを見て、「あっ、今日はクリスマスなのか…」とあらためて感じたことも。とくに自分が職場で若手の場合は上司に「子どものために、クリスマスは帰ってやらないといけないんだよねえ…」なんて言われたら、「そんなこと知りません!僕デート!」とか言えないじゃないですか、ねえ。

 そういえば、外の病院でイヴ当直というのも何回かあるのですが、それが定期のバイトで、「毎週月曜日」とかで行っている場合(その病院によって対応は変わるのでしょうが)、僕が当直に行っていた病院では、「今日はクリスマス・イヴである前に、月曜日ですから」というようなスタンスのところが多かったのですよね。当直する側からすれば、「クリスマス・イヴ当直」なんて、別枠で他の当直医を探してもらうか、せめて「特別手当」でも出してもらいたいところなんですけど、そういうときだけ「うちはキリスト教じゃないから」というような対応になって「うちはクリスマス関係なし!通常の当直手当ですのでよろしく!」だったりするのです。さらに酷い場合、12月24日の1週間後は12月31日ですから、「クリスマス・イヴ&大晦日コンボ」にハメられてしまったこともあり、それはやっぱり、「いくらなんでも、そりゃないだろ…」というような状況でした。病院によっては、大晦日と3が日は「安いパソコンが買えるくらいの当直代」のところもあるというのに。そもそも、イヴ当直なんて、ヤケ酒飲んでいた男子グループとか、彼女を酔わせて…というつもりが酔わせすぎちゃったカップルとかが救急車でやってきて、目的を遂げられずに苛立っている金髪男子に絡まれたりして、なんだかなあ、なんてことも多いらしいですよ(伝聞)。それでも、入院患者さんがいる病院というのは医者がいないというわけにはいかないし、そういう割に合わない当直の場合、なおさら代わりに行ってくれる人もいませんから、とにかく「引いたものが生贄になる」のです。しかしながら、それでも「当直に行けるくらい暇」であれば、まだブツブツ言いながら当直に行けばいいだけの話なんですが、大学の若手クラスだと、「患者さんが重症で他の病院に当直に行くわけにもいかないにもかかわらず、あまりに割に合わないバイトなので、誰も代わってくれない」という「出口なし!」という状況に陥ることもあるのです。ほんと、「よその病院で当直しないと食べられないという大学病院のシステム」っていうのは、根本的におかしいし、それが研修医に対して改善されたという点では、「新研修医制度」にも意義はあったと僕は思っているくらいです。いや、その分今の現場では若手スタッフは当直ラッシュで、毎日研修医たちが「おつかれさまでした」と先に帰っていくというパラドックスが生まれてしまっているのですけど。

 でも、医者のなかにも「剛の者」は厳然として存在していて、僕が実際に聞いた話では、「1日にクリスマスデート3連チャン」をやったという話も聞いたことがあります。いや、いくらなんでもそんなの無理だろう、と僕も思ったのですけど、「重症の患者さんが今いるんだよね」と予告しておいて、ちょうどいいタイミングでポケベル(当時はその時代だったので)を鳴らして、「ごめん、急患!」と言って相手と別れ、次の人のところに行くのだそうです。「さすがに3人目のときは、あまりに疲れはてていて、もうダメだと思った」そうです。ダブルというのは物理的に不可能ではないような気もしますが、「そういう手」を使ってのトリプルが可能なのは、やっぱりこの職業ならではの「特権」なのかもしれません。相手も「急患だ!」と言われたら、「嘘でしょ!」とは言えないものね。
 まあ、なにはともあれ、今年もクリスマスは当直なので、せめて当直室で静かにディープインパクトの伝説を見守りたいと思います。とか言いながら、発走直前に呼ばれるのが、いつものパターンのわけですが。