麻生首相の「医師は社会的常識が欠落している人が多い」発言について


asahi.comの記事から2つ。

麻生首相は19日の全国知事会議で、地方の医師確保策についての見解を問われ、「自分が病院を経営しているから言うわけじゃないけれど、大変ですよ。はっきり言って社会的常識がかなり欠落している人が多い」と語った。

 首相はさらに「(医師不足が)これだけ激しくなってくれば、責任はお宅ら(医師)の話ではないですかと。しかも『医者の数を減らせ減らせ、多すぎる』と言ったのはどなたでした、という話を党としても激しく申しあげた記憶がある」と続けた。その上で、医師不足の一因とされる臨床研修制度の見直しなどに取り組む考えを示した。

 首相は会議後、記者団に発言の真意を問われ、「まともなお医者さんが不快な思いしたっていうんであれば、申し訳ありません」と謝罪した。首相の地元・福岡県飯塚市には、親族が経営する麻生グループ傘下の飯塚病院がある。

 首相の発言に対し、日本医師会の中川俊男常任理事は記者会見で「信じられない。総理がそんなことを言うとは思えない」と語った。日本医師会の政治団体「日本医師連盟」は自民党の支持団体。ただでさえ、診療報酬などをめぐり両者の距離が広がっていると指摘されるだけに、党内には総選挙への影響を危惧(きぐ)する声も出ている。】


【麻生首相が、道路特定財源や郵政会社の株式売却をめぐって党内論議を経ずに踏み込んだ発言を繰り返したり、「(医者は)社会常識がかなり欠落している人が多い」と発言したりしたことに対し、自民党内や閣僚からは20日、批判や苦言が相次いだ。

 自民党の山本有二道路調査会長は、道路特定財源の一般財源化により1兆円を地方交付税として配分する、という前日の首相発言について記者団に「あり得ない。誰も守らない。今後の道路行政に新たな支障が起きる」と批判。首相の漢字の読み間違いが続いていることを挙げて「交付税を交付金と読んだらつじつまが合う」と皮肉った。

 参院自民党の脇雅史国会対策筆頭副委員長も会見で、道路問題で「公の場で発言されて趣旨がよく分からないというのは非常に問題」と批判した。

 郵政株の売却をめぐる発言に対しても、中川秀直元幹事長が町村派総会で「郵政民営化をひっくり返すことは我々がやってきたことの全否定になる。断固許してはならない」と強く批判した。

 一方、首相の「医者の社会常識欠落」発言には、舛添厚生労働相が東京都内で記者団に「現場の勤務医も悲鳴をあげながら頑張っているので、勇気をくじく誤解を与えるようなことがあれば残念。誤解を与えるような発言は気をつけた方がよい」と苦言を呈した。河村官房長官は会見で「医療を取り巻く現況の厳しさの責めを、すべて医師にというわけではない」と釈明した。

 相次いだ首相の発言に、相談相手でもある同党の大島理森国対委員長も、会議で「昨日から総理のいろいろの発言がある。総理に対して言葉は大切である、と申し上げなければいけない」と語った。】

最後は読売新聞の記事。

【麻生首相は20日、首相官邸で日本医師会(日医)の唐沢祥人会長と会談し、医師の社会的常識が欠けているなどとした自らの発言を撤回、陳謝した。

同席した竹嶋康弘副会長によると、首相は「言葉の使い方が不適切だった」と謝罪したという。会談は日医側が申し入れ、「軽率な発言は、耐え難い環境で医療現場を懸命に守る医師の真摯な努力を踏みにじるもの」などとした抗議文を首相に手渡した。

 日医は参院比例選の自民党名簿に組織内候補を載せるなど、同党の有力支持団体の一つ。首相の発言が次期衆院選に与える影響について、「かなり出るのではないか。撤回・謝罪で全国の医師会員が納得するとは思っていない」(中川俊男常任理事)との声も出ている。また、救急患者が病院をたらい回しにされた問題で、二階経済産業相が10日に、「医者のモラルの問題。忙しい、人が足りないというのは言い訳」と発言したことにも、「不適切」(竹嶋氏)と反発が出ている。二階氏はその後、「(たらい回し解消のために)専門的な立場から全面的に協力願いたいという気持ちを込めた」と釈明している。

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 今日の夜、医局でニュースを観ていたら、ちょうどこの話題が報じられていました。

 麻生総理が謝罪した、という話のあとに医師会の偉い人が会見で「謝ればすむってもんじゃない」と苦言を呈していたのですが、このニュースを観ながら僕が感じたのは、率直なところ「ああ、医師会って相変わらず政界への影響力が強いんだなあ」ということでした。

 ああいうのを観て、世間の人たちが内心抱くのは、「あんなこと言われて、医者たちもかわいそうに」じゃなくって、「相手が医師会だったらすぐ謝るんだな麻生」みたいなあまり愉快ではない感情のような気もします。

 いや、麻生首相の発言を耳にしたときには、「ええっ、ローゼン閣下、自分もつい先日マスコミに『毎日ホテルのバーに入り浸っていて庶民感覚に欠ける』ってバッシングされて辟易しているはずなのに、なんでこんなトンデモ発言を?」って不思議だったんですよ。「庶民感覚」っていうわけのわからない概念を持ち出されて困っていた人が、「社会的常識」なんて言葉を使って他者を責めるの?

そもそも、麻生さんにとっての「社会的常識」って何なんだ?

身内の病院の経営問題を「社会的な問題」にすり替えているのでは……

 いや、この「社会的常識に欠ける」というのが、「年齢のわりに、社会人、大人としての経験が不足している」あるいは「礼儀に欠けるところがある」というのであれば、僕は自分に思い当たるふしもたくさんあるので、あまり強く反論もできないかなあ、とは感じているんですよ。

 たとえば、「年長者への言葉遣い」とか「地域のコミュニティへの貢献」とかについて問われたら「ごめんなさい」としか言いようがない。

医者の多くは多くの社会人にとってのひとつの関門であった「シビアな就職活動」を経験していません(ただし、一部の「ものすごく高いレベルを目指している人や最近の「マッチング時代の研修医」は別かもしれない」。世間の学生達がさんざんパワハラを受け、自分を否定されながら面接に通っているあいだ、僕たちは医局から「ぜひうちに来てくれ!」なんてちやほやされ、ご馳走してもらったりしていたわけです。(研修医時代はさておき)とりあえず就職してからサラ金でキャッシングしようと思うほどシビアにお金に困ったこともないし、「失業の恐怖」というのも、あんまり身近に感じたことがないしなあ。いや「大野病院事件」などの事例をみると、「ただごくあたりまえの医療をしているだけなのに、24時間後には逮捕されたり世間から大バッシングされている可能性もあるんだよなあ、と考え込んでしまうことはあるのですけど。

 ただ、麻生さんが言っていた「社会的常識」っていうのは、ちょっとこういった「大人としての常識」とは違うもののようですよね。

 「それなりに高い給料払ってやってるんだから、お前らは現状に文句言わずに過労死するまで働け。世間の『労働者』ってそういうものなんだからな」

 っていうのが、麻生さんの「社会的常識」のように僕には思われたんですよ。

 うーん、これが僕の杞憂で、単なる「礼儀知らず」って話だったらまだ良いのですが……

 僕は、今の日本における医者、とくに勤務医って仕事は、基本的に「非常識」なものだと思うのです。

 朝7〜8時から、昼休みすら取ることができない日もある12時間(あるいはそれ以上)の労働、そして頻回の当直。さらに、入院患者さんがいれば、病棟からの問い合わせには、24時間対応しなければなりません。「今日は日曜日だから」というのは「理由」にならない世界なのです。「今日は大丈夫なんじゃないかなあ」と思っていても、病院というのは、ときどき信じられないようなトラブルが起こる場所なのです。

 僕はこの仕事をはじめてから10年余りになりますが、「病棟からの電話がかかってくる心配もない純粋な休み」というのは、トータルで100日間もありませんし、その半分以上は、大学の研究室に所属していて、臨床をやっていなかった時期の休みです。

 臨床をやっていると学会出張とか、身内の不幸、年に一度の夏休み(ある病院はラッキー!)くらいしか「仕事を完全に離れられる時間」ってないんですよ。

 そして、周囲の人たちは「医者はそれが当たり前」なんだと思ってる、あるいは、それが「常識」じゃないとめんどくさいから、思っているフリをしている。

 当直の日は36時間連続勤務なんてことが珍しくないし、1年〜数年おきにいろんな病院に転勤させられて、まとまった退職金ももらえないことが多いしね。

 僕の知る限り、医者っていうのはほとんど「普通〜ちょっと真面目な人」です。

 でも、そんな「普通の人」が、勤務医として、こんな「普通じゃない環境」で働いているということを考えてみてください。

 そんな中、偉い人は、「お前らは非常識だ、仕事があるだけありがたいと思え!」って言うんだから……

 僕は「医者になる人は非常識じゃないけど、医者という仕事は非常識」だと思います。そして、その「非常識な仕事」を続けていくための意欲というのは、一部の人にとってはお金かもしれないけど、大部分の人にとっては、それだけじゃない。

 麻生さんには、「医者の社会的常識の欠落」を責めたり、診療報酬で解決しようとする前に、「そういう非常識な現場で働いている医師たちへの温かい言葉(あるいは、プライドをくすぐる言葉)」を一国の宰相としてかけてあげようという気持ちはないのかなあ。

 同じ状況でも「お前らは社会的常識がない、ガタガタ文句ばっかり言わず働け」と罵倒されながら働くのと、「キツイ仕事をさせてすまないけど、人々の健康を守るためには必要な仕事なんだ。少しずつでも環境を改善していくから、なんとか頑張ってくれ」と励まされるのとでは、「やりがい」って違ってきます。自分を罵倒する人のために、力を尽くすのは、なかなか難しい。

 麻生さんは、なんでもっと「他人のやる気を引き出す言葉」を使ってくれないんだろう。

 それはそれで「口ばっかり!」って言われそうではあるけど。

 ただ、僕は正直、非医師会員の一勤務医としては、「医師会」っていう組織にもいろいろと考えるべきところはあるんじゃないかと思っています。

 外からみれば同じ「医師」でも、開業医と勤務医のギャップというのは、本当に大きいよ。