13年目の安楽死


朝日新聞の記事より。

米フロリダ州の病院で、心臓発作の後遺症の脳障害で13年間意識の戻らない女性(39)への人工的な栄養・水分補給を停止し、死に至らせる措置が取られていたのに対し、ブッシュ州知事(大統領の弟)は21日、措置を停止する命令を出した。

 同州地裁が昨年秋に示した、死に至らせる措置を認める裁定に基づき、今月15日に補給チューブが外された。女性は1週間から10日で死亡すると予測され、知事のもとに延命を求める電話や電子メールが殺到した。事態を深刻視した州議会が21日、知事に命令権限を与える法案を可決。直後に知事が署名するという異例のスピードで法律を成立させた。】

記事の詳細は、こちらを御参照下さい。

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 この話を聞いて、「この夫は、なんて冷たい人なんだ!」と思いますか?
僕は、彼を一方的に非難する気にはなれないのです。

 13年間意識不明というのは、この夫にとっては、いったいどういう日々だったのかなあ、と考えてみます。

 ご両親は、「かすかに意識があり、治療可能」と主張されていますが、本当に現代の医学で治療可能なものであったら、13年もかからずに治療されていたはずです。
もちろん、「奇跡」が起こる可能性はあります。
いままで、何年間も意識が戻らなかった人が、突然目が覚めるように意識が戻った、なんて「奇跡」のエピソードはたくさんあるのですから。
 
でも、残念なことに、「奇跡」は、滅多に起こらないからこそ「奇跡」なのです。

 こうして何年間もの意識不明ののちに、意識が戻った人の何十倍、何百倍(ひょっとして、もっとたくさんかも…)の人が、奇跡が起こることなく、ずっと意識が戻らない状態だったのです。

 この患者さんが病に倒れたのは、26歳のとき。おそらく、夫もそんなに年が離れてはいなかったでしょう。
その若い夫にとって、ほとんど意識不明の状態の妻との13年間は、どんな気持ちだったでしょうか?
夫が30歳くらいだったと仮定すると、彼は、おそらく若くして悲劇にみまわれた妻の回復を信じて、一生懸命にやってきたのだと思うのです。
 
13年間は、さすがに長すぎた、という感じなのでは。

 実際、病人の世話をする、というのは、世話をする人の日常生活に制限も加わりますし、やったことがない人には考えられないくらい大変なことです。

 意識がない状態であれば、毎日病院に通っていたかどうかはわかりませんが、それでも着替えとかの準備もあるでしょうし、何かあれば病院に呼ばれることも多かったはず。費用だって、バカにならないでしょう。

 それが、13年間…

 よく続いたものだなあ、と逆に感心してしまうくらい。
 夫も、おそらく苦悩の果てに「安楽死」という結論に達したのはないでしょうか?
 
そう考えると、一方的に非難するにはあまりにかわいそう。

 彼は彼の人生を新しく歩みたい、というのは、別におかしいことじゃありません。

 テレビやパソコンの前で、たまに配信される「奇跡」のニュースを読むのを楽しみにしている人にとっては、「殺すなんてかわいそう」なのかもしれないけれど、当事者に「奇跡を信じてがんばれ!」というのは、あまりに酷な話。

 こういうまさに「他人事」に、延命を求める電話や電子メールで介入しようとする善意の人々が、そんなにたくさんいるというのには、驚きなのです。

 そりゃ、彼らは「安楽死させられるはずのかわいそうな女性」を救って、いい気分なのかもしれないけど、現実はこれからも続くのです。

 もともと、ブッシュ政権は、キリスト教の教義に対して、現代からみるといささかアナクロニズムを感じさせるくらい忠実な立場をとっています。
人工妊娠中絶や自殺に対しても、原則的には批判的な立場をとっているので、今回の決定も、もともと「安楽死」に反対していたからだとも考えられますが。

 安楽死がダメなら、せめて離婚を許してあげてもいいんじゃないかなあ。

 13年間も夫はよくがんばったよ、とか思う僕は冷たいですか?

 まあ、今回の決定も「措置を停止」ですから、これからどうなるかわからないのですが、そういう知事の「政治的配慮」で決めるべき問題なのでしょうか?

 この件で証人に立った医師というのは、どちら側にしても勇気がありますね。
どんな状況でも「回復の可能性は100%ない」とは言えないのが現代の医学。

 それにしても、このニュースでもうひとつ強く感じたのは、「親の愛情の深さ」です。

 やっぱり夫婦は他人なのかな、などとも思ってみたり。