<妊婦のためのウォーキングコース・奈良町バージョン>
文責・安井眞奈美
2004年2月5日、小雪の舞う寒い日に、妊婦である私たちは、助産師・石井さんとともに
奈良町散策にでかけた。
「妊婦は歩くのが一番!みんなで奈良のどこかへでかけて、お昼にサンドイッチを食べよう」と、
多忙にもかかわらず、石井さんが誘ってくれたのである。
たいへんありがたい企画ではあったが、妊婦が真冬の寒空の下でサンドイッチを食べて風邪
などひいている場合ではない。
そこで、臨月を迎えた妊婦・安井の提案で、前から一度行きたいと思っていた奈良町の
お店で昼食をとり、古い町並を散策することとなった。
午前11時、近鉄奈良駅の行基像前で待ち合わせた。
参加者は、助産師・石井さんに、U.Tさん、**さん、安井の妊婦3人である。
さっそく東向通り商店街を南に進み、最初の角を東に曲がる。この道は少し急な勾配になって
いるため、妊婦の運動には最適である。
しばらくすると、左手に興福寺の北円堂がみえてくる。
南円堂はいつも人で賑わっているが、こちらは門が閉まっているため静かである。
正面には興福寺五重塔がそびえる。五重塔の真下まで歩き、美しい木造建築をしばし眺める。
あまりの寒さに、興福寺前で写真を撮っているのは、私たちのほか韓国からの若い女性3人
連れの観光客だけだった。南大門跡から階段を降り、猿沢池にでて、采女神社の脇を通る。
その南に広がるのが、今回の目的地奈良町である。
奈良町は、江戸時代の町人たちが贅沢に作った、瓦屋根の家々が残る古い町並である。
元興寺を含む東西約400メートル、南北約800メートルの範囲に広がっている。奈良町には、
元興寺をはじめとする数多くの寺院があり、また藤岡家住宅やならまち格子の家、ふとんの
資料館や時の資料館、そして町屋を利用したお店、奈良晒や墨、酒など奈良の特産品を作って
いる店、土産物屋などが並んでいる。近年の町屋ブームにより、人気の観光地となっている。
町並を楽しみながら、いろいろな店に立ち寄っていると、あっという間に時間がたってしまう。
まず私たちは、今御門(いまみかど)町から道祖神社に向かった。
道祖神社は勝負の神様である。出産も、ここ一番という時の勝負強さが必要だろう。
安産を願ってみなでそろってお参りをした。
しばらく歩いていくと、みぞれが降ってきたので、私たちは慌てて、なら工藝館に入った。
墨や陶器、晒、筆、赤膚焼き、奈良絵など、奈良の工芸品の数々が展示してあった。
季節柄、いろいろな種類のお雛様を展示、販売していたのには、みな歓声をあげて喜んだ。
とくに奈良一刀彫のお雛様がすばらしかった。木の温かみと色使いの柔らかさ、そして豪華な
七段飾りでありながら、場所をとらないコンパクトなサイズがとてもよい。
お昼が近づいてきたので、予約しておいた豆腐料理店「こんどう」に向かう。
場所は元興寺・小塔院の裏手、庚申堂を過ぎた、奈良どっとFMステーションの隣。
店先の大きな暖簾をくぐると、おしゃれな町屋の部屋が広がっていた。
すでに数組のお客さんがいて、湯気のたったお鍋を囲んで楽しげに会話をしていた。
私たちは、町屋の格子窓がついた、こぢんまりとした部屋の予約席に案内された。
臨月に入っておなかが前にせり出してきた私は、時間をかけなければ席に座れない。
長時間歩くのは苦にならないが、姿勢を変えるときがけっこうつらいのである。
しかし一度席に着くと、落ち着いた部屋のおかげで、ゆっくりとくつろぐことができた。
注文したのは、「豆腐堪能コース」。豆乳、おぼろ豆腐、湯葉さしみ、湯豆腐、生麩の田楽、
豆腐と山芋のかき揚げなどが次々と運ばれ、それにさまざまな薬味や、種類の異なる塩、
醤油などをかけて食べる。とくに豆乳の鍋に浮かんだ湯豆腐はコクがあって、とてもおいしい。
塩分控えめで低カロリーの食事が望ましい妊婦には、最適の昼食といえる。
食もすすみ、私たちの会話も弾む。
話題の中心は、どうやって産院を選んだか、妊娠線を予防するにはどうすればよいか、
出産の時に夫は立ち会うのか、母乳はどうやったらよく出るのか、母親教室はどうだったか
など、妊娠・出産に関するものに集中した。
何といっても、助産師である石井さんに何でも聞けるのが嬉しい。石井さんは、常に的確な
アドバイスをしてくれ、しかも、人の話もよく聞いてくれる「聞き上手」なのである。
ふと格子窓の外をみると、横殴りの雪が降っていた。
こんな日に、若草山でサンドイッチを食べなくてよかった、とつくづく思った。
午後は、豆腐屋こんどうの近くにある奈良町資料館を訪れた。
ここは、江戸時代の庶民の生活用品や、タバコやお金のコレクションなどを展示している、
個人の収集家による興味深い資料館である。
一番の目玉は、身代わり申を販売していることである。
奈良町は庚申信仰がさかんであった町で、現代も赤い身代わり申を軒に吊るしている家を
みかける。身代わり申は、悪霊を払い、また願い事を叶えてくれるという。
私はさっそく安産祈願のため、特注の身代わり申を、石井さんはいつも身につけておけるよう
にと、身代わり申の携帯ストラップを購入した。
店番をしているおばさんが、レジの前で、まるで内職するかのようにミシンで身代わり申を
縫っていたのには驚いた。
ほんとに霊験あるのか??と一瞬目を疑ったが、それもご愛嬌である。
気温が下がってきたので、早めに解散することにして、2時半頃に近鉄奈良駅に戻った。
天気がよければ、奈良ホテルに寄ってお茶をする予定であったが、それは次回にとっておく
ことにしよう。
若手妊婦のお二人は、この後さらに新大宮のイトーヨーカドーに向かい(さすが、若い!)、
石井さんと臨月妊婦・安井(ちょっと疲れた)はそれぞれ帰路についた。
たいした距離にはならなかったが、古い町並を歩き、豆腐を堪能し、身代わり申を買えたこと
が奈良町散策の大きな収穫であった。
もちろん一番よかったのは、石井さんを囲んで、みんなで会話を楽しみながらご馳走を食べる
という、贅沢な時間を持てたことである。
ウォーキングのおかげなのか、あるいは身代わり申の霊験のおかげなのか、この日から
ほぼ2週間後、私は石井助産院で「超安産」を経験することになる。
(つづく)
