01  相鉄こと相模鉄道とは
 SAGAMI RAILWAY

【相鉄の昔】
 
 その昔、相鉄は砂利の採取販売とその輸送を行う軽便鉄道だった。
 区間は茅ヶ崎から八王子方面つまり今のJR相模線である。
 やがて旅客輸送をはじめ、保土ヶ谷、厚木方面を結ぶ神中線
つまり今の本線を相鉄が買収した。
こうして神奈川を東西南北に結ぶ一大ネットワークかできあがった。
 しかーし!日本はその頃、戦争色を濃くして行っていたのだった。
そんな中、国は首都圏を大きく迂回する路線を求めていた、何故なら都心(横浜を含む)は
被害に遭うのが目に見えていたからだ。
物流を途絶えさせないための苦肉の策だったのだろう。
 結果本来の路線である相模線が国に買い上げられ、
買収していた神中線だけが相鉄線として残ったのだ。
残った神中線は徐々に路線を延ばし横浜までやっと乗り入れたのだった。
 戦時中の経営危機、東急への業務委託、○○○による株の買い占め騒動などの数々の苦難を
乗り越え、時代は高度経済成長期を迎えた。
ここで相鉄は波に乗ることになる、各方面でインフラの整備が急ピッチで
進むこととなるからだ。
建物を建てるにはそう、砂利やセメントが不可欠なのだ。
相鉄は得意分野とあって資本を増やしていった。
同時に宅地の造成販売や横浜西口の再開発に着手。地下街や駅ビル、高級ホテルなど、
 ただの砂利置き場だった西口を相鉄が開拓したのだ。
西口に相鉄にちなんだビルや施設が多いのはそのためなのである。

いかがでしょうか?普段何となく乗っている相鉄線、
こんなサクセスストーリーを秘めていたんですね。

【相鉄の今】

 長引く不況もどうやら終わりを見せ始め大手企業などは軒並み過去最高益を
更新しています。
 一方相鉄どうなのかというと、いわゆる「負の遺産」処理や会社の再編などで
一概には言えませんが順調と言ったところではないのでしょうか。
 そんな中、JR線や東急東横線への直通計画が申請されプロジェクトは進行中です。
 現状では他の鉄道との乗り入れは一切行われておらず、大手私鉄ながら
知名度がかなり低いと言えます。しかし直通が始まれば沿線価値は飛躍的に
上昇するでしょうし、便利になります。
 前にもお話ししましたが、終わってみれば「別会社になっていました」なんてことには
ならないで欲しいものです。
 プロジェクトの成功を一ファンとして願ってやみません。


  相鉄の急成長を支えてきた新6000系
 (標準色)車体が鋼鉄製で重い事や老朽化を
 理由に現在は全車廃車となっている。
  後方に見えているのは、復刻旧塗装。

          
    04/10/31 相鉄厚木操車場


  近代の鉄道事情を反映している10000系。
  JRE231系をベースに製作され、設計や部品の
 共通化などによりコストダウンに成功、私鉄
 では相鉄がいち早くこの手法を取り入れ
 各社から注目を集めた。
  
 
※写真の大きさが異なるのは撮影機材の違いによるものです。

                  06/04/26 和田町→上星川
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