世界進出の第一歩であるアメリカでの海馬ランドの建設は、今のところ順調に進んでいた。完成が近づき諸々の最終確認に追われている海馬は、この数日、これまで以上の激務をこなしている。とくに最近は開園の祝賀イベントとして行われるデュエル大会の準備が忙しく、寝る暇もない状況だ。そのせいで普段は疲労など感じることのない海馬が、今日は自覚するほど疲労感で身体が重かった。それでも仕事に没頭していれば、気力でやり過ごすことはできる。まだ自分は限界ではない。そう言い聞かせて、今もけだるい午後を乗り切るために睡魔と奮闘している最中だ。
昼食もろくに取らずにパソコンと格闘し始めて数時間。作業が一区切りついたところで、海馬は別室で仕事中のモクバを呼び出した。


「入るよ?」


軽いノックの後、ドアが開いてモクバが顔をだす。兄を待たせることなく社長室へやって来た弟に、海馬は信頼の眼差しを向けて軽く頷いてみせた。


「決定項だが一応目を通してくれ」
「了解、兄サマ」


モクバは返事をしながら海馬の傍まで移動してくると、パソコンのモニターへ視線を向けて、兄の指示に従った。モクバの作業は僅か数分の間のことだったが、海馬が零したため息の数をモクバは無意識に数えていた。こうして至近距離にいなければ気付かない程度の微かなものだが、兄の体調を常に意識しているモクバとしては、どんな些細な合図も見過ごさない。以前、海馬がマインドクラッシュされた時に、心細い思いをしたことが少なからず影響している。


「オーケーだよ、兄サマ。後はオレでも出来る作業だけど、どうする?」
「そうだな・・・いや、大丈夫だ。俺がやる」
「了解。じゃあ、お茶の用意をしてくるから、ちょっとそのまま待ってて?」


そう言ってモクバが部屋を出て行くと、海馬は椅子を回転させた。それまで背後にあった大きな窓ガラスを正面に捉えて、ゆっくりと深呼吸をする。少し色づき始めた温かな日差しはとても心地良く、海馬は無意識に瞼を閉じた。連日の睡眠不足のせいか、本人の意思とは反対に、瞬く間に意識が遠のいてゆく。それは強引で説得力のある、忌々しい誰かの抱擁にとても似ている。


「・・・電話?」


小刻みに振動する個人用の携帯電話の着信に、海馬は一瞬で覚醒した。相手は確認しなくとも分かっている。地球の裏側で能天気な笑顔を浮かべて相手が電話に出るのを待っている、海馬の恋人である城之内克也だ。金色に脱色した頭髪と惜しげなく笑う男の面影が脳裏に蘇る。すぐに応答するのも癪なので、暫く待たせてから電話に出た。


「もしもし」
「お!海馬か?だるそうな声でどうした?」
「別にどうもしない。貴様と話すのが面倒なだけだ」


本当のことを言ったまでだが、城之内は予想通りの騒がしさで文句を言ってくる。海馬は頭痛がしそうになって思わず米神を指で押さえた。何故この男が自分の恋人なのだろうかと毎回のように自問自答するが、それもだんだん面倒になりつつある。幾ら考えたところで答えにはたどり着かず、結局いつも途中で放棄してしまうのだ。自分でさえ理由の見い出せない難解な関係であるにもかかわらず、受け入れることに関しては不思議なほど疑問がないのだから始末に終えない。


「ったくぅ、せっかく誕生日を祝ってやろうと思ったのによぉ」
「恩着せがましい奴だな。誰も貴様に祝ってほしいとは思っていない」
「普通さあ、恋人に向かってそこまで言うか?でもま、今日は勘弁してやんよ。なんたって誕生日だからな」
「だから別に・・・」
「はいはい。分かったからもう黙れよ」


どちらがだ!と海馬は思ったが、これ以上偉そうにされるのはごめんだと思い直し、反論はやめることにした。くだらないやり取りをわざわざ電話でする必要はない。そもそも長電話をする習慣は持ち合わせていないのだ。さっさと用件を済まして仕事へ戻りたかった。


「それで、他に何か用事はあるのか?」
「なんだよその釣れない言い草は。忙しいのは分かっけど、久しぶりに話してんだからさ、せめてもうちっと可愛げのある言い方できねえのかよ」
「いちいち煩い奴だな。文句があるならもう切るぞ」
「ちょ、ちょっと待てって。分ーーったよ。俺が悪かったって。まだおめでとうって言ってねえんだから、ここで電話切られたら俺マジで落ち込む」


もう言っただろうと言いたいのを我慢して海馬は黙り込んだ。城之内に拗ねられるとあとあと面倒なことになる。以前それで大変な思いをしたのだ。ここは冷静になって城之内の好きなようにさせるのが利口だろう。些細なことで事態をこじらせることはない。


「あのよお、海馬?聞いてる?」
「聞いている」
「そっか、急に黙っちまうから聞いてねえのかと思ったぜ」
「ちゃんと聞いているし、いきなり電話を切ったりしないから安心しろ」
「わかった。ありがとな。やっぱさ、電話だと顔が見えねえから不安になるんだよ。声だけじゃ相手がどう思ってるかとか分からねえし」


さっきまで元気すぎるほどの口調だった城之内が、今はかげりのある声でしんみりと語っている。確かに、実際に会って話すのと電話で話すのとでは大きく違う。だからといってこの距離はどうすることもできないのだ。


「貴様の言うことは分かるが仕方がないことだろう?」
「分かってるって。ただちょっと・・・愚痴っただけ。だって会いたいときに会えねえからさ。お前は毎日忙しくて俺のこと思い出す暇もねえだろうけど」


不意に口を噤んでしまった城之内に、海馬は苛立ちを覚えた。城之内の勝手な思い込みが許せなかったのだ。確かに頻度は少ないが、海馬なりに城之内を気に掛けることはある。例えばさっきのようなふとした瞬間だ。海馬にはもともと寂しいという感覚が希薄で城之内と同じようには感じないが、それでは駄目なのかと問いたかった。


「まあ、俺は海馬と違って普通の感覚の人間だからな」
「まるで俺が奇人みたいな言い方だな」
「違うのか?」
「フン、そう思いたいのなら好きにしろ」


海馬の感情の読めない言い方に城之内は戸惑う。一体どんな想いで話していたのだろうか。機嫌を損ねたようにも取れるし、ただ面倒に思っただけかもしれない。いずれにしても城之内の発言に原因があるのは確かだ。けれど要因がありすぎて特定するのが難しい。
こんなとき、目の前に相手がいればおそらく不安に感じることはない。話し終わった後の口元や目の動きなど、僅かな表情の変化には言葉以上の情報が込められている。電話の向こうの海馬を想像することはできても、実際に海馬がどんな表情をしているかを知ることはできない。それを身に凍みて感じた今、無性に悲しくて仕方がなかった。


「怒ってんのか?」
「別に」
「やっぱなんか怒ってんだろう?言いたことがあんならはっきり言えよ。黙ってるなんて海馬らしくねえぜ」
「俺らしくないだと?貴様に俺の何が分かる。人の気持ちも考えんやつが知った風な口をきくな」


淡々と話す海馬に城之内は何も言い返せなかった。静かな口調には明らかに怒りが込められている。喧嘩をしたときとは微妙に違う声音だ。城之内の胸に緊張が走り、もう一度なにがいけなかったのかを考えてみる。
電話をかけたことを今更怒っている訳ではないだろう。仕事中だったのも出られないのなら無視したはずだ。序盤はいつものやり取りで特に問題はなかったし、だとすればそれ以降の会話に手掛かりが隠されている。確か、会えないことで海馬に愚痴を言ったのだ。その辺りから海馬が時おり黙り込むようになった。城之内は順を追って思い出すうちに、何が海馬を怒らせたのか、その原因に辿り着いた。
まるで自分だけが会えないことを寂しく思っていると、独りよがりなことを口走ってしまったのだ。それは海馬の気持ちを完全に無視した発言だ。怒らせたというよりも、おそらく傷つけたと言った方が適切かもしれない。


「海馬・・・ごめん」

城之内が謝っても電話の向こうの海馬は黙ったままだ。それは海馬にとって簡単に処理しきれる感情ではないからだ。他の誰とも違う、城之内だけに抱く特別な想い。そのせいで海馬の心はありえないほどに乱されてしまうのに、城之内はまるで理解していない。それが堪らなく悔しくてやるせなかった。だからと言って心のうちを自分からさらけ出してしまうのは、ただの甘えのような気がして海馬にはできない。


「海馬、マジでごめんな。俺、自分のことしか考えてなかった。会えなくて寂しいのは俺だけじゃねえのに、勝手に悲しんでお前のこと傷つけて、俺って本当に馬鹿だぜ」
「どうしようもないくらいな」
「速攻で言うなよ、傷つくから」
「自分で言っておいて何を言う。ああ、それとついでだから言っておくが、俺は貴様のように会えないくらいで寂しいと思ったことはない」
「んだよそれ!へこんでるところに追い討ち掛けんなよぉ。お前って、本当に容赦ねえな!」
「貴様の思い違いを訂正しただけだろう。いちいち文句をつけるな」


海馬のことを冷たいやつだと詰りながらも、聞こえてくる城之内の声は明るく元気だ。感情の浮き沈みの激しさには参るが、いつもの城之内に戻ったのは良かった。電話中に気まずくなるくらいなら、喧嘩をしていた方がずっとましだ。


「ところで、今度はいつ帰ってくんだよ。クリスマスとかは?帰ってこれねえのか?」
「年内は無理だ。早くても来年の一月半ば頃になる」
「そっか。まあ、仕方ねえよな。帰国が決まったらまた連絡しろよ」
「分かった」
「じゃあまたな」
「ああ」


あっさりと電話は切れ、海馬は無意識にため息をもらす。窓から差す日差しはさっきよりも色づき、深まる秋をそれとなく伝えている。時の経つのは思いのほか早く、気を抜いてはいられない。先は見えたといっても、海馬ランドはまだ完成には至っていないのだ。今まで以上に気を引き締める必要があるだろう。社長自らが浮ついているわけにはいかない。だが脳裏にあるのは完成間近の海馬ランドではなく、記憶の中で微笑む暢気な男の面影と声だ。結局あのあと城之内は、おめでとうを言わなかった。


「兄サマ?」


お茶の用意をして戻ってきたモクバに声を掛けられて海馬は我に返った。窓の外を眺めたまま海馬は返事を返すと、続けてモクバに話しをする。


「正月は日本で過ごせるよう調整してくれ」
「いいけど、どうしたの急に」
「別に理由はないが・・・」


話しながら海馬が振り返ると、モクバの傍らでニヤけて立っている能天気な男と目があった。海馬コーポレーションの総力をもってしても生命体を瞬間移動させること無理だ。未来の人類ならばそれも可能だろうが、現在の科学技術はそこまで進歩していない。


「貴様、どうやって・・・」
「大丈夫か?なんか海馬、パニクってるみたいだけど」


日本にいるはずの人間が目の前にいるのだから、海馬が混乱するのは無理もないだろう。城之内は一体どんな技を使ったというのだろうか。それとも城之内と電話で話したのは夢だったというのか。考えれば考えるほど合点がいかず、海馬は動揺の色を隠せない。


「お前さ、俺からの電話、ちゃんと確認したのかよ?あれってここの電話使って掛けたんだぜ?」


城之内に言われてすぐさま携帯電話の着信履歴を確認した海馬は愕然とした。城之内の言うように、さっきの電話はこのビル内からかけられたものだった。個人用の携帯電話にかけてくるのはモクバと城之内の二人だけだ。だからわざわざ確認はしなかった。それでこの単純な仕掛けに気づかなかったのだ。


「貴様、よくも騙してくれたな」
「別に騙してなんかいねえよ。海馬が気づかなかっただけじゃん」
「だがっ、ここまで来ているならさっさと訪ねてくればいいだろう!それを・・・あんなわざとらしい電話などして・・・それでも騙す気はなかったと言い張るつもりか!」
「そんな怒んなよ。海馬がぜんぜん気づかねえから言いそびれちまっただけだって。騙そうなんてこれっぽっちも思ってなかったぜ?なあ、頼むから信じてくれよ」


言い訳をしている城之内には、まるで反省の色が見えない。おそらくこれ以上責めても脳天気なこの男は何も変わらないだろう。それが分かるから、もはや海馬の口からはため息しか出ない。何が会えなくて寂しいだ。珍しく真面目に話を聞いてやったのに、馬鹿を見たのは自分なのだ。それが悔しくて腑に落ちないが、この男を相手にするのなら、これくらいの我慢は必要だとも思う。とはいえ、城之内の好き勝手にさせておくほど海馬はお人よしではない。それ以上の報いはいつか必ず受けてもらうつもりだ。


「なあなあ」


猫なで声で話しかけられて、海馬は眉間に皺を寄せたまま仕方なさそうに城之内を見た。嬉しそうな顔はあからさまに何かを期待している。海馬はうんざりしながらも、取りあえず返事をした。


「・・・なんだ」
「さっきの話なんだけどぉ、正月は一緒に過ごせるんだろ?」
「貴様っ・・・」


浮かれた口調で話す城之内は、海馬の心をわざと逆撫でするような意地悪な笑みを浮かべている。城之内との電話では、帰国は来年の一月半ばまでは無理だと話していたのに、モクバには正月を日本で過ごすと伝えたのだ。海馬はばつの悪さと羞恥で顔を赤面させてしまう。


「貴様が会えないくらいでぐずぐず言うからだ!だから帰国の予定を繰り上げてやろうとしたんだろ!俺は忙しい身なんだ!海馬ランドの完成も間近だというのに、いちいち個人的な都合に合わせて休暇を楽しんだりしている場合ではないのだ!!」


感情的な言葉の羅列は酷く見苦しい。それは分かっているが、今の海馬はどうしても冷静になれず、言い訳がましい科白ばかりが口をついてしまう。醜態を晒している自覚はあっても素直に本心を曝けだせないのだ。海馬の自尊心がどれだけ悲鳴を上げているか、城之内には想像もつかないだろう。ただ会えないくらいで泣き言をいう男になど理解できるはずもない。


「んなの分かってるって」
「黙れ!貴様なんぞに分かるはずがない!口先だけに決まっている!」
「口先だけなわけねえだろ?まあ確かに、さっきの電話じゃ俺もかなり暗くなっちまったけど、俺だって海馬の立場はちゃんと分かってるし、無理してまで帰って来いとは言わねえよ。ただ、会いたいって思う気持ちは誤魔化せねえし、それを海馬に伝えるのは悪いことじゃねえと思ってるからさ。でもそれが海馬の負担になっちまうんなら、もう言わねえから。つうか、言わねえように努力する」


海馬に向ける眼差しには真摯さが篭っている。けれど城之内のことだ。すぐにまた泣き言を言うに違いない。今までも同じようなことを何度も繰り返してきたのだ。だから海馬には城之内の決心を心の底から信じることはできない。それでも信じたいと思う気持ちは海馬の中にある。ならば、今はその想いを海馬自身が信じられればいいと思う。どうせ先のことは分からないのだから。


「あの・・・兄サマ?取り込み中に悪いんだけど、早速スケジュール調整したいから失礼するね」


遠慮がちに二人の間に割って入ったモクバは、兄にそう告げたあと、城之内と笑顔を交わしてドアへと向かう。すっかりモクバの存在を忘れていた海馬は、不意のことに返事も出来ずにいた。やがて二人きりになり、急激な疲労感に襲われた海馬は、大きくため息を吐きながら瞼を閉じた。


「大丈夫か?」
「・・・疲れた。話をする気力ももうない」
「じゃあ、今日はもう仕事すんのやめようぜ?なんたって今日は誕生日だし、たまには休養も必要じゃん?な?」


暢気な発言に海馬は閉じていた瞼を開いて城之内を怪訝そうに見た。呆れて物も言えないとはこういうことを差すのだろう。海馬を酷い気分にさせた自覚もなく、ひとつも悪びれずに仕事をさぼれというのだから、まともに抗議する気力もなくなる。城之内の言い成りになるつもりはないが、自棄気味の海馬は仕事を切り上げることにした。どうせここにいても城之内に邪魔をされるのは目に見えているからだ。


「すぐに済むから待っていろ」
「それって、もう仕事は終わりってこと?」
「そうだ。貴様のせいでな。おかげで今年の誕生日は何時になく充実した日になりそうだ」


海馬がパソコンを操作しながら嫌味たっぷりに話しても、城之内にはまるで通じていないようで、おねだりが成功した子供のように悦んでいる。海馬はお手上げだとばかりに首を小さく左右に振り、諦めのため息を吐いた。


「か〜いばっ」
「そういう言い方はやめろ。苛々する」
「んな怖い顔すんなって。ほらほら〜、誕生日なんだからもっと嬉しそうな顔しろよ」


海馬の傍らに立っていた城之内はパソコンの電源が落ちるのを確認して、ゆっくりと身体を屈め、椅子に座ったままの海馬に自分の顔を近づけてゆく。城之内の顔が間近にせまりその輪郭がしだいにぼやけ始めると、海馬は考えることを辞めて静かに瞼を閉じた。


「兄サマ?」
「「!!」」
「ちょっと確認したいんだ・・け・・・」


手元の予定表を眺めながら入室してきたモクバは、兄と城之内がキスをする寸前の場面に出くわし、思わず言葉が止まってしまった。二人の関係を知っているモクバだから別に驚きはしなかったが、あまりにも兄が狼狽しているので、見てみぬふりができなかったのだ。


「なっ、なんだモクバっ」
「ええー・・・と、あーー、でもやっぱり後でも大丈夫だからっ」
「ちょ・・・待て!モクバ!」


慌てて部屋を出てゆくモクバは小声で兄にごめんねと呟いたが、取り乱した海馬の耳には届かなかった。


「城之内ーーっ!!貴様のせいだぞ!!」
「なにがだよー。別にモクバは気にしてねえって」
「俺が気にするんだっ!!」


物凄い剣幕で怒鳴る海馬を平然と眺めていた城之内だったが、その様子が次第に愛しく思えてきた。これほど羞恥で赤面した海馬を城之内は今まで見たことがない。いつも冷徹で淡々としている海馬が、弟にキスシーン(実際にはしていないが)を見られたくらいでこんなにも慌てふためくのだ。それも真っ赤に熟した果実のように耳まで赤く染めて。城之内はその頬に触れてみたくて、腕を伸ばし、掌をあてがった。海馬に噛み付かれるのではと思ったが、睨みながらも城之内の行為を受け入れてくれている。激昂したせいで目が血走り、微かに潤んでいる瞳。責めるような眼差しなのに酷くそそられてしまう。そして本能のままに、再び海馬にキスをする。


「やめんか!」
「いってええええーーっ、なんで殴んだよおおおお!!しかもグーでパンチなんて酷いじゃねえか!!」
「なにが酷いだ!たった今、モクバに目撃されたばかりだぞ!少しは考えろっ」
「もう来ねえよぉ・・・」
「うるさい!」
「ちぇっ・・・」


流石に海馬もモクバはもう来ないと思っているが、反省の欠片もない城之内に腹を立てているのだ。そのいい加減な性格のせいでどれだけ迷惑を被っていることか。海馬は気が滅入りそうになって、すぐさま考えることを放棄した。


「不貞腐れていないでさっさと行くぞ」
「どこへだよ」
「自宅に決まっているだろう?貴様とここに居てもろくなことがないからな」
「それって、続きは帰ってからってこと?」
「そういう意味ではない!馬鹿者!」


海馬は物凄い剣幕で城之内を怒鳴り、さっさとドアへ向かって歩いていった。城之内は慌てて海馬の後を追い、二人は一緒に部屋を出てゆく。海馬がエレベーターを待つ間に無線で車の用意をさせている時も、城之内はしつこく海馬にせまり、馴れ馴れしく身体に触れてくる。そのたびに海馬は冷たくあしらうが、城之内にはまるで効き目がない。だがここで甘やかしては城之内を付け上がらせるだけだ。せめて場所をわきまえさせるくらいの躾けはしておかなければ、海馬自身が困ることになる。そこで海馬はいっそう厳しい口調で忠告した。


「いい加減にしないと屋敷に入れてやらんぞ」
「そんなこと言うなよぉ。せっかくアメリカまできたのに」
「フン、どうせモクバが気を回して手配してくれたんだろう?」
「そうだよ。だって海馬の誕生日なのに一緒に祝えねえなんて寂しいじゃねえか」


役員専用の駐車場に到着した二人は待機している車の前で立ち止まった。不貞腐れてそっぽを向く城之内を海馬は一瞥して車のドアに手を掛ける。


「だったらおとなしくしていろ。それができるなら、れっきとした俺の客人として招待してやる」


海馬がそう言いながら車に乗り込むと、急に機嫌を直した城之内がいそいそと隣に座り込んだ。二人が乗車したのを運転手が確認をして車がゆっくりと動き出す。目をキラキラと輝かせている城之内は、依然として素っ気ない態度の海馬の顔を覗き込むように見つめる。


「それってフルコース??」
「もう食事の心配か?全く、食い意地の張っている奴だ」
「違うって。飯の話しじゃなくてあっちの意味」
「あっちとはなんだ?」
「なにってえ、んなの決まってんだろ?」


城之内の言わんとすることが分からなくて海馬は眉をひそめていたが、含みのある言い方にようやく合点がいき、みるみる顔を赤らめてゆく。


「貴様っ、俺はそういう意味で言ったんじゃないっ」
「でも俺はそういう意味に受け取ったから〜」


完全に調子に乗っている城之内が憎らしくて仕方がない。けれど海馬にはそれ以上の反論はできなかった。いくら海馬が理性で拒もうとしても、心はすでに城之内に翻弄されてしまっているからだ。それはおそらく、社長室で城之内にキスをされそうになった時から。そんな自分に気づいていたからこそ、ここまでずっと拒否し続けていたのだ。だがもし今ここで城之内に求められれば、海馬には拒む自信はない。それは絶対に悟られてはならない重要機密だ。


「海馬ってばなに避けてんだよ。そんなに警戒しなくたっていいじゃねえか。屋敷に着くまではちゃんとおとなしくしてっからさ」


城之内から少しでも離れようとして窓際に場所を移動する海馬は、無言のままそっぽを向いていた。これ以上そばにいては胸の高鳴りを沈めることはできないと思ったからだ。このまま気のない素振りで平静を装えれば、きっといつもの自分に戻れる。それまで少しの辛抱だ。こんな思いをさせられて不愉快極まりないが、大切な二人と過ごす時間を思うと、顔が綻ばずにはいられなかった。

end