卒業して三人で……
「在校生代表、送辞」
その声に一人の生徒が壇上へと上がる。彼の名は相沢祐一。つい二ヶ月前にこの学校に転校してきたばかりではあるが、在校生代表を生徒の投票によって決めるというこの学校の慣習によって全学年通じて名が良く知れている彼が選ばれたのだ。
「在校生代表、相沢祐一」
普段なら騒がしい彼ではあるが、卒業式だからかその声は真剣で厳かとも言えるほどだ。そのまま彼は前を見据え、話していく。
「私はつい二ヶ月前に転校してきたばかりです。そんな私が在校生代表となってこうした場で送辞を話す事に嫌悪感を感じる方も居られるかもしれません。しかし、この二ヶ月で私は何人もの友人のおかげで此処を知ることが出来ました。好きになることが出来ました。その中には今、卒業生である先輩の方々も居ます。まず、私はその人たちにお礼が言いたい。……ありがとうございました」
一礼。しかし、すぐに前に向き直り、話を続ける。
「そして、その先輩方を通じて知り合いになった先輩、私が未だ知らない先輩方。貴方たちがこの学校にどんな思いを抱いているのか私は知りません。それでも、時々はこの学校のことを思い出してほしい。「あんな事があったな」、「あんな後輩が居たな」その程度でいいですから。……それでは、次の言葉で最後にしたいと思います。出来うるならこの学校で得られたことが先輩たちにとって一筋の光になることを。……三年間、ありがとうございましたっ」
勢いよく頭を下げる。その後には静寂。しん、と静まりかえっていた。音がどこにも無いそんな場の中小さな音が聞こえる。手を叩く音。拍手。その小さな音に続くかのように少しずつ、ぱらぱらと、講堂中から拍手が聞こえてくる。そしてそれは一つとなる。
そんな中でも祐一はまだ顔をあげようとしない。次第に拍手も小さいものになってくる。ついに最後の拍手が聞こえなくなった時、祐一は顔をあげた。その顔には普段の悪戯が好きそうなそんな笑顔が浮かんでいた。
「さて、送辞も終わって次は普通なら在校生みんなで何か歌う所なんだが……それじゃあ面白くないとは思わないか?」
先程とは打って変わってそんな事を話し始めた祐一にほとんどの生徒、教師がポカンとする。そんな中で祐一の担任である石橋は頭を抱え、クラスメートは面白くないぞー、などと叫んでいた。ここら辺、普段の相沢祐一の行動を良く知っていると言えるだろう。
「さてさて、今のところ数は少ないが面白くないと思っているのは俺だけじゃないみたいだな?」
クラスメートの声援(?)を聞いて不敵な笑みを浮かべた祐一を見てやっと、教師陣も我に帰ったらしく、祐一を慌てて止めようとする。しかし、そんな事をまったく気にせずに祐一は喋り続ける。
「それじゃあ、これが俺の卒業生に送るものだ!」
そう言い放って右手を挙げる。それが合図だったらしく、壇の後ろの幕が開かれた。そこに在ったのはピアノ。いつもそこに置いてあるグランドピアノだ。その傍らには髪の長い女子が一人立っていた。
「ピアノを弾くは倉田佐祐理嬢! 卒業生だがお願いしてきてもらった!」
佐祐理を手で示しながら紹介する祐一。紹介されている佐祐理はあははー、などと笑っていた。その頃卒業生の方向を見れば一部でざわめいている。おそらく佐祐理が本来居る場所なのだろう。ちなみにこの時、祐一を止めようとしていた教師陣は祐一の協力者なのか生徒に止められていた。
「そして歌うのは俺こと相沢祐一!」
そう言った途端、一部からえーっ、と言った声が聞こえる。その声に苦笑する祐一。
「えーっ、とか言うな。とりあえず聞いてみろ。ふぅ……それじゃ『雪』を歌うぞ」
目を軽く閉じてすぅ、と深く息を吸う。目を開けると同時に祐一は歌い始めた。
白く舞い降りる雪に街は
その色をすべて失い一つとなる
だけど忘れない
そこにある全てのものを
そこにいる全てのひとを
絶対に思い出す
大切なひとを
大切な場所を
どんなことがあってももう忘れない
そこに君が居るから
そこが思い出だから
遠い何処かに離れても
いつか帰ってくるから
君を一人にしないから
飛び立つことを恐れないで
ちゃんと此処で待ってるから
君がどこに行ったとしても
帰る場所に居るから
此処が帰る場所だから
君は一人じゃない
見守っているから
飛び立って
君の思うままに
一人じゃないのだから
歌が終わる。程なくして唯一つ奏でられていたピアノの音も消えていった。あとに残ったのは長い、長い静寂。さっきのものとは比べようが無いくらい長い。祐一でさえ、やばい、はずしたか? と思ってしまうほどに。そして、ついに耐えられなくなってなんでもいいから話そうとした祐一に拍手の音が届く。
「え?」
それは後ろからだった。振り向いてみれば佐祐理が手を叩いていた。普段よりも更に一段上のようなそんな笑顔を浮かべながら。ぱちぱちぱち、という佐祐理の拍手が講堂に響き渡る。それが皮切りになって少しずつ生徒のほうからも音が聞こえ始めた。祐一はほっ、と安心する。とりあえず反応があっただけでも嬉しい。良く、授業中に話を聞け、と先生は言うがその気持ちが少し分かったような気がした。
その時、佐祐理がピアノの方からマイクの方――祐一が居る場所――に向かっていった。そして、祐一の横までくるとマイクを持って話し始めた。それと同時に拍手も鳴り止む。
「皆さん、卒業生代表の倉田佐祐理です。祐一さん、すばらしい歌をありがとうございました」
そう言って横に居る祐一に向かって微笑む。それを見て祐一の頬が赤く染まったように見えたのも間違いではないだろう。
「祐一さんも仰られましたが、私たち卒業生もまた、この学校のことを好きです。部の後輩や先生たちのように多くの大切な人が此処には居ます。祐一さんのように面白い方も。そんな人たちと離れるのは辛いことですから、多くの卒業生は学校を離れたくないと思っていることでしょう。しかし、この町から離れない人も離れる人も思い出を持っています。思い出の場所である学校は先にも此処にあるでしょう。私たちはその思い出を糧として歩んでいきます。ですから在校生の皆さんも、何か大切な思い出を持ってください。それは本当に貴方にとって大きな支えとなりますから」
そこであたりを見回してにこっと笑う。
「そうですね、どんな思い出でもいいです。そう………たとえばこんなのでも」
それだけ言うとふっと祐一の方へ向き、じっと瞳を見つめる。
「え、えっと、何かな、佐祐理さん?」
佐祐理の視線に気圧され後ずさる。しかし、佐祐理はそれを許さないというかのように詰め寄り、祐一の制服を掴むと同時に引き寄せた。得体の知れないモノを感じて戸惑っていた祐一は何も抵抗することが出来ない。次の瞬間には祐一の目の前に佐祐理の、目を閉じている顔があった。
「………………」
なんともいえない緊張感が講堂中に漂い、ほぼ全ての人が固まった。そのまましばしの時間がたった頃、ついに一人の女子生徒によってそれは破られた。
「な、何してるんだよーー!!」
それは恋する乙女の叫びだった。要するには相沢祐一が従兄妹、水瀬名雪である。あまりの事態にさすがに固まってしまった名雪ではあったが、恋する乙女は強いのか祐一も含め誰よりも早く動き出した。そう、想い人である相沢祐一とその先輩の倉田佐祐理のキスを阻止するべく。いや、既にしてしまったわけだがさりとて、このまま放っといて置く事など出来るだろうか? いや、出来るはずが無い。
「さっさと離れるんだよっ!!」
なかなか凄い形相で名雪は壇上へと向かっていく。そのプレッシャーに気づいたのかやっと祐一と佐祐理も離れたものの、迫ってくる名雪を見た祐一はその後に起こる事を想像したのか顔面が真っ青だ。
「祐一さん、こっちです」
そう言って恐怖で動けない祐一を佐祐理は引っ張る。祐一はただ流されるだけだ。二人を捕らえようとしている名雪はようやく動き出した生徒たちが邪魔でなかなか前に進めないでいる。そんな名雪を尻目に佐祐理は舞台の袖へと消え、はははー、などと現実逃避している祐一も佐祐理に引き連れられて消えていった。
「ま、待つんだよーー!!」
そう名雪は叫ぶがそれももはや負け犬の遠吠えでしかなかった。
学校中の話題になることは間違いないであろう二人は屋上へと来ていた。もちろん、いつも昼食を食べていた先にある所である。
「はぁ、はぁ、はぁ」
ここまで走ってきた佐祐理は運動神経抜群(自称だが)ながらさすがに疲れきって肩で息をしていた。しかし、引っ張られてきた祐一は朝のマラソンが効いているのかあまり息を荒げてもいない。
「佐祐理さん、大丈夫?」
「はぁ、だ、大丈夫ですよー」
心配する祐一に佐祐理は笑顔を向ける。その様子に少し苦笑する祐一だがとりあえず今の状況を把握したかったのか、
「えっと、落ち着いてからでいいんだけど一体何が? って言うか、何で…その…キスを?」
と質問した。まぁ、肝心要の何故キスを? と言う所でどもった事からして周りの評価と違い、意外と初心だという事が分かる。
「あ、はい、ただ……もう少し待ってもらえますか?」
何かを気にしているのかチラチラと扉の方を見ながらそう答える佐祐理。祐一としてもそう言われてしまっては何も出来ないので佐祐理から話すのを待つしかなかった。そんな中、キィと音を立てて扉が開く。それを見た佐祐理は誰がきたのかわかっているらしく、あっ、と小さく声を立てた。
「舞?」
扉を開く音が聞こえ振り向いた祐一が見たのは祐一、佐祐理の親友である川澄舞であった。
「……遅くなった」
いつものように簡潔にそう言い放つ舞に佐祐理は、遅かったねー、などと話し掛ける。祐一は何故こんな所に舞がくるのか分からず、困惑顔だ。
「えっと、何で舞がいるんだ?」
祐一の問いかけにはっと思い出したかのように佐祐理も舞も祐一の方を向いて、照れ隠しに笑った。「あ、祐一さん、今から話しますから」
「……話す」
祐一は佐祐理さんはともかく、舞も何か知っているのか? と思いながらもとりあえず聞く事にした。
舞が登場してから十分ほど経った頃、二人の女子生徒が顔を真っ赤にして俯き、一人の男子生徒が空を見上げているというなんとも不思議な場が出来ていた。空を見上げている男子生徒こと、相沢祐一は空を見上げたまま顔を俯かせている女子生徒、倉田佐祐理と川澄舞に向かって言った。
「あー、つまりあれは作戦だったと?」
「えっと、はい、そうです」
答えたのは佐祐理だが、舞も頷いている。
「俺を佐祐理さんと舞のものにするために?」
「う……そうです……」
佐祐理は恥ずかしくなったのか更に顔を真っ赤にして俯きながらも答える。舞の方はあまりの羞恥に頷くことさえ出来ないようだ。
「なんで、また?」
上げていた顔を二人の方へ向け、祐一は聞いた。実際、肝心の理由という物を未だ聞いていないのだ。
「あう……それは、ですね」
佐祐理は恥ずかしいのかなかなか言おうとしない。とはいえ、祐一も無理矢理話させるわけにはいかないのでじっと待つ。だが、そんな二人に救世主が現れた。
「佐祐理、私が話す……」
川澄舞である。というか彼女しかこの場にはいないのだが。「……怖かった」
いきなりそんな事を言い出す舞に、祐一は動揺する。
「は、はぁ? ど、どういう事だ?」
「……祐一が居なくなるのが怖かった」
今までの恥ずかしがっていた顔なんてどこへやら打って変わって真剣な顔で話す舞。その真剣さに祐一も何かを感じ取ったのか優しく舞に問いかけた。
「どうして怖かったんだ?」
今度は佐祐理が答える。
「佐祐理たちは今日、卒業します」
「あ、うん、そうだけど」
突然変わった話題についていけない。祐一からしてみれば卒業と自分が居なくなる事がどうしても繋がらなかった。
「卒業したらただでさえ少ないのにもっと祐一さんに会えなくなります。そうしたら……祐一さんの周りには可愛い人が多いですから。その……佐祐理たちが居ない間に誰かと付き合っちゃうんじゃないかって……」
「……そうなったら、祐一が側に居なくなる……」
佐祐理と舞、二人とも悲しそうに俯き加減になる。そんな二人の話を聞いて最初こそ驚いていた祐一だがすぐに顔を緩め、優しく二人を抱きしめた。
「ばかだな、二人とも」
「祐一、さん?」
「……祐一?」
何なのか、と言う表情で祐一を見つめる。
「佐祐理さんや舞が卒業したって俺は離れていかないよ。それとも……俺の言葉は信用できない?」
二人は横に首を振る。
「それに……その……まあ……なんだ……俺も……佐祐理さんと舞が好きだから」
「……」
「……」
気恥ずかしくて赤面した顔を明後日の方に向けた祐一だったが何も反応がないので心配になり二人を見る。目が合った。潤んでいた。
「祐一さん……本当ですか?」
「本当も本当」
「……一番?」
「あ〜、どっちが一番か二番かは聞くなよ。俺だって分からないんだから」
二人は嬉しいのか、泣き出しそうなのか良く分からない表情になる。
「ど、どうしてですか」
「いや、どうしてって言われても」
「……気の迷い」
「何でそんな事言うんだよ」
「「だって……」」
二人とも未だに信じられないらしい。祐一の普段の行いの所為だろうか?
「あー!! 俺は佐祐理さんと舞が好きなんだ! 側に居たいんだよ!! 嫌か!?」
我慢できなくなったのか祐一は叫んだ。その迫力に気圧され、ただ二人は首を横に振った。途端に祐一は顔を緩ませる。
「なら、良いだろ? そりゃ、今までのらりくらりと優柔不断振りを発揮してきた俺だけどさ、少なくともこんな大事なことで冗談なんて言わないよ」
言い終わると祐一はより二人を強く抱きしめた。
「二人とも、ですか?」
「そう」
「……嬉しい」
「俺も嬉しいよ」
三人とも顔を見合わせ、優しい、満足したような笑顔を浮かべた。
終わり?
後書きですか
……風鳴飛鳥です。
え〜、こんなSSを書くつもりはなかったんです。
最初は卒業式の事だけ書こうとしたんですがいつの間にやらこんな話に。
あれですね。佐祐理さんのキスですね。
あそこから変わっちゃったんですね。何故書いたのか、ほんと謎ばっかりです。
で、これは佐祐理&舞SSなんでしょうか?
意見を聞いてみたいものです。
そう言えば書き方が変わっているんですがどっちが良いんでしょうかねぇ?
戻っとく?