二人きり














「それじゃ、行ってくるね」

そう言って水瀬名雪は今まさに出かけようとしていた。

「はい、行ってらっしゃい」

「ま、せいぜいがんばれよ」

それを見送るのは名雪の母親である水瀬秋子と従兄妹の相沢祐一。

名雪は春休みになったこともあり、部の合宿に行くことになったのだ。

「祐一、なんか投げ遣りだよ」

どうやら言い方が気に食わなかったらしく、その頬を膨らませ怒りを表している。

しかし、元々の顔立ちの所為かどうしても可愛いとしか思えない。

祐一もそう思ったのか笑みを少し漏らしている。

「そりゃそうだろ? 行くのはお前なんだから」

「う〜、確かにそうだけど」

「それに別に俺が何にも言わなくても名雪はがんばるんだろ?」

「それもそうなんだけど〜」

何か思うところがあるのか名雪はなかなか納得しようとしない。

それなりに時間も立っているのだが気づかない娘に秋子が口を開いた。

「名雪、早く行かないと時間に遅れるわよ」

「わっ、時間ぎりぎりだよ」

それを聞き、腕時計を見てやっと時間に気づいたらしく慌て出す。

「早く行けよ。名雪が時間どうりに行くことなんて少ないんだから」

一言多いのは相沢祐一という男の性なのだろうか?

「う〜、そんなこと無いよ」

「それじゃあ、三年になったら時間通り起きてくれるか?」

「う、えっと、それは……う〜〜」

起きてくれないのかと祐一は心の中で嘆き、一言言おうと決める。

「……頼むから起きてくれ」

それが嘆願のようにしか聞こえなかったのは祐一の心を表していたのだろう。

「ほら名雪、早く行かないと」

またもや時間を忘れている娘に早く行くことを促す。

「わ、わわ、行ってくるね!」

そう言ったかと思うと今までの事は忘れたかのようにバンと扉を開けて名雪は走っていった。

あとに残ったのは諦めや呆れをにじませている祐一と困った顔をした秋子だけ。

「あそこまで慌てて走っていかなくてもな〜」

「祐一さん、歩いていったら遅れてしまいますよ」

「別に遅れていっても大丈夫じゃないですか? きっと顧問だってそれぐらい予想していますよ」

「祐一さん、それはさすがに……」

「無いと思いますか?」

遮る様に言った祐一だったが実際思えたのか秋子は何も反論しない。

そして苦笑したかと思うと諦めたように話題を切り替えた。

「それにしてもあまり名雪をいぢめないでくださいね」

「はは、なら名雪じゃなくて秋子さんをいぢめましょうか?」

笑いながら祐一も軽口をたたくように言った。

「え? あ、えっと、えっと」

それに対して何故か秋子は顔も赤くなり慌てるという過剰な反応を示す。

これは祐一にとっても予想外だったらしく、驚いた顔をして秋子のほうを見つめる。

祐一からしてみれば何時もの様にやんわりと窘められるのを予想していたのだろう。

しかし実際にはまるで同年代の女の子のように秋子は赤面して慌てている。

それはなかなか祐一の理性にとってはへヴィだった。

「あ、秋子さん?」

「えっと、せ、洗濯してきますね」

それだけ言って秋子は家の奥へと向かっていった。

何も言えず唖然としてそれを見送る祐一。

「えっと、部屋に戻るか、うん」

……祐一のほうも普段のようにはいかない様だ。














「あ〜それにしてもなんだったんだろうなぁ」

ベッドに寝転びながら呟く祐一。

「ってか、あれを何回も見せられたら抑える自信は無いぞ俺は」

女所帯の家に居るのだから祐一とてそんな事を考えてしまうこともある。

「あ〜、隣には無防備な従兄妹はいるし、その母親はあんなんだし男として見られてないのか?」

頭を抱えながら唸っていた祐一だがピタッと動きが止まる。

そして大の字になって天井を見上げる顔は少々危なかった。

「あ〜、本当に襲ったろうか、ゴルァ」

そんな事を少し笑みを浮かべながら天井に向かって呟いている。

「ふ、ふふ、まずは名雪を手篭めにして……」

考えているうちに理性という名の堰が壊れたのかかなり妖しい笑みを浮かべている。

言っていることもかなりやばい方向だ。

「そのあとに秋子さんも名雪を利用して堕として……」

叔母、甥という血縁関係さえも今の祐一にとって何の障害にもならないらしい。

「この家を俺の酒池肉林に……ってあほらし」

先程まで妖しい笑みを浮かべながら呟いていた祐一だったが、ふっと呆れたような顔になった。

どうやら思考の暴走も止まったらしい。

「名雪ならまだしも、秋子さんがそんなんで堕ちるとは思えないよなぁ」

自力で戻ってきたのではなく力関係に思い当たっただけのことらしい。

しかも微妙に影響が残っていた。

「ふぁあ〜〜、眠いなぁ」

春眠暁を覚えずと言うが、祐一にとってもそれは例外ではなくその瞳が次第に閉じていく。

「寝るか」

目を閉じたかと思うとすぐに寝息が聞こえてきた。

どうやら祐一も名雪の従兄妹だからか寝つきは抜群にいいようだ。














コンコンと扉をたたく音がする。

「祐一さん?」

何時もならすぐに返事をする祐一が返事をしなかったからかガチャと扉を開ける。

「祐一さん? ……あら」

ベッドの上で寝ている祐一を見て頬に手を当てて微笑む。

その微笑みからは朝のあの慌てようはまったく感じられない。

「ふふ、布団もかけないで眠ると風邪を引きますよ」

聞いているわけも無いのだが祐一に向かってそんな事を言いながら布団をかぶせる。

その姿はまさに母子と言ってもいい。

「ん……母さん」

「あらあら」

どうやら祐一の夢の中でも秋子が母親になっているらしい。

秋子もその様子が微笑ましかったのかさらに笑みを深くする。

「母さん……?」

祐一は側にいる秋子の気配を感じ取ったのか顔を向けて薄目を開ける。

それで起きようとしていると思ったのだろう、秋子は上から覗き込みながら言った。

「祐一さん、お昼ですよ」

「ん……」

祐一の様子にまだ寝ぼけていると思ったのか口を開けようとした時その後頭部に何かが被った。

「えっ?」

何が頭に置かれたのかわからないままに祐一の顔が近づく。

次の瞬間には祐一の顔が目の前にあり、唇にはやわらかい感触がある。

何も分からないまま秋子は固まる。

いや、分かるが理解しようとしていないだけかも知れない。

そんな秋子の唇にぬるっとした何かがあたった。

「!!」

その感触に声を上げようと口を開けるがそれが中に入ってきて声が封じられる。

「ん、んん」

それは秋子の口の中で暴れまわり、引っ込めようとした秋子の舌を絡めとる。

「んん!」

部屋の中にペチャペチャという音が鳴り、その音が耳に入り思考を奪う。

口の中ではいまだ秋子の舌を絡めとリ、歯茎などを刺激するモノがある。

最初は驚きで見開いていた瞳も今ではとろんとしている。

「ふはぁ……」

頭を抑えていた手がなくなりやっと秋子は開放された。

横を見ると頭を抑えていた手が今は力を失ったかのようにあった。

開放された秋子は足に力が入らないのか床にぺたんと座り込む。

「はぁっ……はぁっ……はぁっ」

秋子の息は荒い。

しかし、目の前にいる犯人、相沢祐一は何事も無かったかのように寝ている。

そんな祐一をとろんとした瞳で秋子は見つめる。

すると何を思ったのか祐一に近づいていき、もう少しで触れ合うという時。

はっと秋子は目を見開き、顔を離す。

その顔が一気に真っ赤となり、口をパクパクと開いたかと思うと慌てた様子で部屋を出て行った。

「きゃっ」

そんな声とともにがたんと音がしたがすぐにパタパタという音に変わり下へと消えていった。

部屋に残ったのはいまだ寝ている祐一だけ。

その祐一が寝言を言っている。

「ん〜、母さんはキスしないとうるさいんだから……」

……その寝言を秋子が聞かなかったのは良かったことなのだろうか?

とりあえず祐一の母であり秋子の姉である人物にとっては幸運だっただろう。

秋子がそれを聞いていたらどんな目に会うか分からないのだから。














空が茜色に染まり、太陽がその姿を地平線に隠そうとする時刻。

彼、相沢祐一はようやくその眠りから起きようとしていた。

「ん……」

そんな声を上げ彼はその身を起こす。

まだ寝ぼけているのか完全には開いていない瞳で窓の外を見やった。

「……って今何時だよ!」

茜色に染まった光景を見て驚いたのか素早く傍らにあった時計を見る。

そしてうな垂れた。

「何時間寝てるんだ、俺……? くっ、俺も名雪の従兄妹ということかよ」

こんなときにもボケを忘れない彼も中々の者なのかもしれない。

「はぁ……秋子さんも起こしてくれればいいのに」

そう言っている自分がその叔母相手にキスをしていたとは夢にも思っていない。

ただ、そのことよりも母親とそれをしているという事を問い詰めたいような気もする。

「ん……そろそろ下りるか」

そう決めたが早いか祐一はさっさとベッドからおりて下へと向かった。














トントントンと身軽そうに降りてくる祐一の音が聞こえてきた。

その頃、キッチンに居た秋子はその音を聞いてビクッと身を凍らせる。

胸中では昼間のキスに対して色々と渦巻いていることだろう。

「あ、秋子さん」

その声が聞こえたかと思うとまたもや秋子は体を震わせた。

しかし悟らせまいと思ったのだろう、振り返った頃には笑顔を浮かべていた。

……ただ、その笑顔は微妙に引き攣ってはいたが。

それに気づいたのか怪訝そうに眉をひそめて祐一は秋子に尋ねる。

「秋子さん……何かあったんですか?」

秋子からしてみれば貴方の所為です!とでも叫びたかった事だろう。

だが、そんな事を言えば何があったのか話さないといけなくなる。

まさか、祐一さんが無理矢理私にキスを………などと言えるはずがない。

何とか秋子は叫びたくなる衝動を抑えてなんでもないように装った。

「いえいえ、何もありませんよ。それより、もうすぐ晩御飯ですから待っていてくださいね」

その笑顔が有無を言わせない雰囲気を醸し出していたのは仕方ないとも言えるだろう。

祐一もその雰囲気を感じ取ったのか、そうですか……とだけ言ってさっさとキッチンから出ていった。

祐一が立ち去って、安堵したかのように秋子は息を吐いた。

「はぁ……祐一さんの顔がまともに見れないですね」

その独り言はまさに今の秋子の心情を表していた。

「けど……祐一さんの唇、思ったよりも柔らかかったですね。それに久しぶりだからか気持ちも……」

浮かべているのは何時もの微笑みと違い、にへらっとした笑みだった。

「はっ! 何を考えているんですか私は! けど、私も女ですし、ってああ、違います!」

気がついたかのように顔をあげたりにへらっと笑ったりと実に忙しそうだ。

ちなみに内容は分からないまでも騒ぎは祐一にも聞こえ、何があったんだろう? などと思っていた。

「うう……私だって一人身は寂しいんですよぉ。慰めてくれたって良いじゃないですかぁ」

まぁ性格は変わっているようだが実際、若くして夫と死別したわけだし色々とあるのだろう。

それを考えれば悶々とするのも致し方無い事なのかもしれない。

「う〜、祐一さんに大人の色香で迫ってみますか? しかし、それだと祐一さんの理想の女性像が崩れてしまいますし」

自分のことを理想の女性像と言い切るのはどうなのだろうか?

いや、それよりも秋子もかなり血縁関係というものを忘れてきているようだ。

まぁ、昔は兄妹でも結婚できたのだから今言われているほど気にする物でもないのかもしれないが。

「睡眠薬? それとも催淫剤でも使いますか?」

何かを探しながらぶつぶつと呟いている。

しかし、睡眠薬はまだしも催淫剤がなぜ一家庭にあるのだろうか?

「ふ、ふふふ……」

「あ、あの、秋子さん?」

「ふぇっ! あ、ああ、何ですか、祐一さん?」

目的のものを見つけたのかにやりと笑った秋子だったが突然祐一に声をかけられビクッと体を震わせる。

だが、祐一のほうを向いたときには笑顔を浮かべていたのはさすがと言えよう。

「え、えっと、気分が悪いなら俺が作りましょうか?」

色々と普段見慣れない秋子を見たからかその声からは疲れが感じられた。

「あ、ああ、大丈夫ですよ。それよりも祐一さんのほうが疲れているんじゃないですか?」

一応、感じ取った祐一の疲れを話に挙げているが本音ではない、ただの建前である。

本音は、コレをせっかく見つけたのだから使わずにはいられません! という事だ。

「全然大丈夫ですよ。それより、無理はしないでくださいね」

「はい。けど、疲れたら祐一さんに癒してもらおうかしら?」

「あ、秋子さん」

「ふふ、冗談ですよ」

一見、普段と同じような会話に戻ったかのように思えた。

あくまで一見であって、奥深くではまったく違う。

証拠に秋子の方は、冗談じゃないですけどね、ふふと考えている。

「それじゃあ、もう少し待ってくださいね」

それだけ言うと秋子は途中で放り出してあった夕食の用意を普通に再開した。

唯一つ、謎の液体を祐一の味噌汁に入れたこと以外は。














「「いただきます」」

たった二人だけだがそんな声が部屋に響き渡った。

言うが早いか祐一は何時もよりも勢いよく夕食を食べ出した。

今日は昼食を食べていなかったのでかなり腹が減っていたのだ。

そうして勢いよく食べていた祐一だったが、じっとこちらを見ている秋子に気づく。

「あ、すいません」

何がすいませんなのかは分からないが、祐一はつい謝ってしまう。

「あらあら、良いですよ。そんな風に食べてもらうと嬉しいですから」

何時ものように微笑む秋子を見て祐一は少しほっとしていた。

「そうですか? ……あ、今日の味噌汁はジャガイモなんですね」

「ええ。祐一さんが好きだと前に聞きましたから」

「ありがとうございます」

「お礼なんていいですよ。私も初めてだから美味く出来ているか分からないですし」

「そうですか? ……ん、美味しいですよ」

「それは良かったです」

褒められたのが嬉しかったのか普段の二割増で微笑む。

祐一はその微笑みでノックアウト寸前だったりする。

その所為で気づかなかった。

味噌汁を飲む瞬間に秋子の瞳が光ったことには。














夕食も終わり、秋子は食器を洗っていた。

カチャカチャと食器が鳴らす音を聞きながら秋子は微笑んでいた。

「ふふ、祐一さん」

体は食器を洗っているのだが頭の中では既に先のことを想っていた。

そう、祐一との事である。

「さて、どんな事をしようかしら?」

本当に楽しそうに微笑む。

まずはキスかしら? それともいきなり?

悶々としながら考えているといつの間にやら洗う食器はなくなっていた。

「あら、私ったら」

ふふふっとまるで面白いことがあったかのように笑う。

傍から見ていればかなり怪しい光景なのだが見ている物は居ないはずだ。

名雪は居ないし、祐一も今ごろは……。

そう考えるとまたもや妖しい笑みを秋子は浮かべた。

そして、祐一が居るはずのリビングへと向かう。

二階に上がる音は聞こえてこなかったし、時間を考えれば……。

そんな事ばかり考えているからか普段見られない妖しい笑みを全開にしていた。

すぐにリビングに秋子は着いた。

そこから見えるのは……寝ている祐一。

「ふふ」

いっそう妖しく笑いながら祐一へと近づく。

「祐一さん……」

それだけ言って秋子は祐一にしなだれかかった。








































「う、う〜ん」

起きようとしているのか祐一がうめき声をあげる。

少しずつ目を開いていく。

その間祐一は何かの重みを体に感じていた。

なんだろう? と思い、祐一はそれを感じる方向へと目を向ける。

「!?」

目を見開き驚きをあらわにする。

そこにはまるで覆い被さるようにした秋子が居た。

いつも三つ編みにしている青い綺麗な髪は解かれ体全体に広がり、一児の母と思えないほど綺麗な顔がすぐ近くにあった。

バクバクと一気に心臓の鼓動が跳ね上がる。

「あ、秋子さん!?」

叫ぶように声を上げるが熟睡しているのか秋子は目を開けようとしない。

それどころかより体を預けるように擦り寄ってくる。

それは祐一にとって拷問のような出来事だった。

息を感じるくらいに顔が近づき、胸にはふにふにとしたものを感じ、足の間には秋子の足が挟まっている。

祐一はもちろん年頃の男なのだから体の一部が自己主張してきたのだ。

ぐああぁぁぁ、と声にならない声を上げる。

その時、祐一はこう思ったという。

名雪、純潔守れるのかな、俺。っていうか捧げちまいそうだよ。

と。



























終わるのか?
後書きっぽいの(愚痴)



……何でしょうね、これは。

あ、すいません。風鳴飛鳥(かざなりひとり)です。

秋子さんSSなんですが書いてる本人にも謎なSSになってしまいました。

まぁ、途中何があったのかとかは気にしないでください。

それとも、そこら辺も書いた方が良いんでしょうか? 謎です。

最後に。読んでくれた皆さんありがとうございました。



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