「綺麗ですね……」
セイバーが呟く。
「ああ、そうだな……」
俺もそれを肯定する。
確かにソレは綺麗だった。空一面に広がる淡い桃や緑。花は栄華を誇る。なのに一陣の風だけで散りゆく花。栄華ではなく、むしろ衰退を思わせる光景なのにソレは本当に綺麗だった。
桜
セイバーにとって初めての春。俺はセイバーと一緒に花見に来ていた。
「はぁ……」
隣にいるセイバーが感嘆の息を漏らす。先程からセイバーは桜に圧倒されているようだ。
セイバーが圧倒されるのも分かる。俺たちを囲うように桜があり、それは桜の壁さながらだった。
「シロウ、桜とはこんなにも美しいものなのですね」
そんな声に横を見れば、こちらを向いていたセイバーと目が合った。その瞳はきらきらと輝いていた。
「……綺麗だな」
つい口が滑った。あまりにもセイバーの碧色の瞳が綺麗な所為だ。
「? ええ、そうですね。しかしそういった事は花を見ながら言うものです」
不思議そうに、そして諭すようにセイバーは俺に言い聞かせるように言う。
……よく俺は遠坂や藤ねぇ、挙句の果てにセイバーにまで唐変木と言われるのだが、セイバーも鈍いんじゃないだろうか?
そんな疑問が鎌首をもたげ、もたれ掛かるようにセイバーを抱きしめる。
「きゃっ、シ、シロウ」
俺の腕の中でセイバーは慌てふためく。だけど俺はセイバーを離さない。
「ん〜」
「はわっ、シ、ロウ、頬ずりしないで下さい!」
むぅ、俺の頬ずりは嫌なのか? 俺としてはぷにぷにで気持ち良いんだが。
そんな事を考えるが、決して力は緩めない。何か胸を押されているような気もするが、そんな事知った事か。
「ちょ、ちょっと、離してください! どう、どうしてこんな事を……」
「む〜、セイバーが悪いんだ」
そうだ、セイバーが悪いんだ。俺は悪くない。
少し自己弁護しながら頬をすりすり、ついでに脇をくすぐってみる。
「ひゃっ、あぁん、な、何が悪い、のです…はぅっ…シロウ……」
「そうだな……鈍さ、かな」
「シロウじゃ、はふっ……ないんですぅぅ、はぁ、から……ひぅぅぅ!」
どうやらセイバーは耳が弱いらしい。少し息を吹きかけただけなのにかなり反応してくれる。
しかし、本当に柔らかい。よくセイバーは筋肉がついているとか言うけれど、これだけ柔らかいのは質が良いからかな?
俺はセイバーの柔らかさを十分に堪能しながら、ついでに反応が面白かったので耳に息を吹きかける。びくん、びくんと身を振るわせるセイバーが可愛い。
「お願い、ですか、んっ……やめ……」
「大丈夫だって」
ここは結構、穴場だからまず人はこない。つまりは二人っきり! という事でもう少しセイバーの体を堪能させてもらいますよ。あははは……。
――殴られました。俺の攻めに堪忍袋の緒が切れたのか道場でのことなんか目じゃないくらいぼこぼこにされました。という事で今はとにかく謝ってます。
「すいません、ごめんなさい。すいません、ごめんなさい……」
平謝りしているのでセイバーがどんな顔をしているのか分からないのだが、背中に感じる怨念がたっぷりこもった視線は気のせいでしょうか? 冷や汗が出ています。
「すいません、ごめんなさい。すいません、ごめんなさい……」
お願いですから許しては下さいませんでしょうか? “風王結界”で打たれた体の節々が痛んでこの体勢もかなりきついのです。
「…………はぁ、わかりました。顔を上げてください」
おお、お許しが、お許しがぁ……。
「――何か変な事を考えてませんか?」
「――滅相もない」
鋭いです。さすが直感A、こんな日常でも相手の心を読みますか。
「……はぁ、またどうしてあんな事をしたんですか……?」
心底呆れたといった感じの視線が降り注ぐ。
「むぅ、そんなのセイバーが可愛いからじゃないか」
「な! 何を言うのですか、シロウは!」
「ほら、赤くなってかわ――すいません、“風王結界”はやめて下さい」
はわわ、めっちゃ構えてますよ。こ、これは話を変えなくては。
「セ、セイバー……こんな所でそんな事したら桜散りますよ?」
「む……仕方ない、今は許しましょう」
渋々といった感じで構えを解いてそこにあった倒木に腰掛ける。
しかし、セイバーさん『今は』ですか? ……帰ったら怖いことになりそうです。
「しかし、本当に綺麗ですね……これほど綺麗な花は初めてです」
「ん? ブリテンにはこういった花はないのか?」
「いえ、ブリテンにも綺麗な花はあります。ただ――」
そこでセイバーは一息つき、瞳は遠い何処かを見つめる。
「――ここまで綺麗だと感じた事はなかった」
……やはり、セイバーは王であった頃を思い出しているのだろうか? ――きっとそうなのだろう。だけど、どうしてその瞳が悲しみを感じさせる?
「ふふ……やはりあの頃はただ我武者羅に進む事しか知らなかったからですね。――――顧みる事を知らなかった」
――ああ、そうか。セイバーは悔やんでいるんだ。
確かにセイバーは二度とやり直そうなんて事は考えない。だけど、人であるからこそ後悔してしまうのだ。それは全ての人がもつ弱さ。それを否定する事なんて――誰が出来る?
未だにセイバーは過去を見つめる。過ぎ去ったものを消す事なんて誰にも出来ない。だから、俺は俺に出来る事をしよう。
「……セイバー」
「ど、どうしたのですか、シロウ? いきなり抱きついてくるとは……」
俺は後ろから抱きついてセイバーの華奢な肩に顎を乗せる。そしてすぐそばにある耳に囁く。
「桜の伝説って知ってる?」
「で、伝説ですか?」
セイバーは耳に息が拭きかかるからか少し体を強張らせている。
「そう。……桜はどうしてあんなに綺麗なのか知ってる?」
「どうして綺麗なのか……? そういうものだからなのでは?」
少し苦笑する。いかにもセイバーらしい答えだがそれはあまりにも無粋だ。
「な、何を笑っているのですか!」
「ああ、ごめんごめん」
どうやら聞こえたらしい。まぁ、ここまでくっついているのだから当然だけど。
「――けど、それは間違いだよ、セイバー」
「間違い、ですか?」
「ああ、桜が綺麗なのは――」
空一面に広がる桜を見やる。
「――人の血を吸っているからだよ」
「――――え?」
「桜の赤は人の血の赤。人の血を吸えば吸うほど桜は綺麗になっていくんだ」
そこまで言うと、慌てたようにセイバーがこちらを振り向く。すぐそばには驚愕に満ちた瞳がある。
「シ、シロウ、それでは桜は吸血種も同然のモノになるではないですか」
「そうだな。そんなのセイバーは嫌か?」
こくこくとセイバーは首を動かす。
「と、当然でしょう、シロウ。あれほど綺麗な桜が吸血種と同じ筈がない」
うん、きっとセイバーはそう答えると思ってた。けど――
「――だからこそ桜は綺麗だと思わないか?」
「シロウ、何を言っているのですか」
間近に見える瞳は今では困惑と疑念の色に染まっている。
「何かを糧にしたからこそ桜はあんなに綺麗なんだ、ってことだよ」
「しかし、それでは――」
「人だってそうだ」
セイバーは尚も疑念を問いかけようとするが俺はそれに被せて言った。
「人は過去があるからこそ現在がある。そして現在があるからこそ未来がある。なら、過去に何かを糧にしてこそ人は輝くんじゃないかな?」
セイバーを抱きしめる腕に力を込める。
「……だから、セイバー。過去のことを後悔したって良いんだよ」
「シロウ、私は後悔なんて」
「なら、さっき桜を見つめて何を考えていたんだ?」
「………………………」
俺の言葉にセイバーは押し黙る。そして、そんなセイバーを安心させるように優しくその背を撫でる。
「別に良いんだよ、後悔しても。……だって、セイバーは過去を捨てたりしない、そう決めたんだろう?」
セイバーは何も反応しない。だけど俺は話しつづける。
「なら、その後悔を糧にするべきだと思うんだ。そうすればきっと輝いていける」
「……シロウ」
服の袖が掴まれる。セイバーがどんな顔をしているかは俯いていてわからない。
「本当に後悔しても良いのですか?」
「ああ」
「だけど、過去に囚われてはいけないのではないですか?」
「ああ。……だけど、『後悔』と『囚われる』は違う。『後悔』は過去を顧みる事。そして、『囚われる』は前に進まない事。……どうだい、過去を顧みる事は駄目かな?」
セイバーが横に首を振るのを感じる。それでもセイバーは問い掛ける。
「しかし、『後悔』は『囚われる』に繋がるのではないですか?」
それはセイバーの体験談。セイバーは後悔したからこそ過去をやり直したいと願ったのだ。
「うん、そうだと思う。……だから、俺がいるんだよ、セイバー」
「え?」
セイバーが顔を上げる。俺を見つめる瞳は濡れていてひどく煽情的。
「俺がセイバーの『後悔』が『囚われる』に変わることを許さない。ずっとそばにいてセイバーを繋ぎ止めて見せる」
「シロウ……」
「だから、セイバーも居てくれないか?」
セイバーを見つめる。
「俺も『後悔』を持ってる。それをセイバーが繋ぎ止めてくれないか?」
俺の視線を受け止め、しっかりとセイバーは見返してくる。そして――
「シロウ……当然でしょう、私は貴方の剣なのですから」
――微笑んでそう言ってくれた。
ずっと一緒に
うにゅるー
今日は、風鳴飛鳥です。
なんとか書き上げました士郎×セイバーSS。
う〜ん、なんか前半あまりいらない気がする。
まぁ、なんとか書き上げられてよかった。消えかけてたからなぁ、このSS。
戻っとく?