兄妹
縁側でぼーっと桜を見ていた。
まるで桜色の雪のように舞い降り、積もるそれはまさに日本の美学と呼べるのだろう。
「シロウ」
突然、俺の名前が呼ばれた。何だと思って見ればそこにいたのはこっちに向かって歩いてくるイリヤ。
「どうかしたのか?」
尋ねてみても返事は無い。イリヤはそのまま何も話さずに俺の膝へと座った。
「……イリヤ?」
なにかオカシイ。大体、いつものイリヤなら何も言わずにまず首に抱きついてくるはずなのだ。それなのに……一体何があったのだろうか?
話し掛けても何も言わないイリヤに俺も口を閉ざしてしまう。その場をただ桜の彩りだけが支配していた。
イリヤが俺の膝に座ってからどれくらい経っただろう。ついにイリヤの口が開かれた。
「……ねぇ、シロウ」
「……なんだ、イリヤ」
俺はイリヤを抱きしめるように軽く腕をまわし、イリヤは俺の腕を掴む。まるで世界に二人しかいないような錯覚。
「セイバーのこと……後悔してないの?」
少し驚いた。いや、イリヤがセイバーのことを気にかけていたことは知っている。ただ、昨日遠坂に聞かれたばかりだったので驚いてしまったのだ。
「ああ……後悔してないよ」
それは本心。遠坂にも答えたモノだった。
その答えに何を感じたのかイリヤは少しだけ俺の腕を掴む力を強めた。だが、何も言わない。
少しだけの沈黙。
「なら……寂しくは無い?」
寂しい。それはどんなものだろう? もしかしたら何かが足りないことを言うのだろうか? そうだとするなら――。
「寂しい……かも、しれないな」
それもまた本心。後悔なんて無い。しかし、寂寥感というものがあるのもまた事実。
「……ごめんね」
俯いてイリヤは謝る。
「なんで謝るんだよ。別にイリヤがセイバーに何かしたわけじゃないだろ?」
そう、別にセイバーはイリヤに殺されたとかそんなことは無い。アレは俺とセイバーの二人で決めたことなのだ。
「ううん……違うよ」
イリヤは否定する。だが、俺には何を否定しているのかわからない。
「何が違うって言うんだ、イリヤ?」
俺の問いにイリヤは顔を上げ、振り向き、じっと俺の瞳を見る。
「簡単な事。――わたしはシロウを寂しがらせる、それだけ」
「……どういうことだ?」
俺がそう尋ねるとイリヤは庭の桜を見上げた。
なぜだろう。イリヤが桜のように思えてしまった。
「わたしはね、シロウ……来年には死んじゃうの」
――何を言った? 死ぬ? イリヤが? 毎日飛び跳ねて元気いっぱいなイリヤが? 何故?
俺の頭の中を何故? という単語が駆け巡る。そしてイリヤは俺の考えが分かるかのように言葉を紡ぐ。
「何故って思っているのでしょうけど――わたしはホムンクルス。もともと長生きは出来ないのよ」
淡々とした言葉。その声には何の感情も含まれていない。寂しさも、悲しみも、喜びも、怒りも。
「だから、ごめん。折角、シロウが助けてくれたのにわたしはシロウに何もしてあげられない」
儚い。イリヤの言葉に感じる思い。それは感情なんかじゃない。けど、それがイリヤの想いだと思うのは俺の勝手な勘違いだろうか?
イリヤを、抱きしめる。下手をすれば痛いぐらいに力を込めて。
「――シロウ?」
柔らかい。イリヤの体は柔らかい。それはとても女の子で。死への階段を歩いているとは思えない。
「シロウ……ッ、痛いよ」
慌てて力を緩める。自分でも気がつかないうちにイリヤの肩に埋めていた顔をあげるとむー、と膨れているイリヤの顔が見えた。
「ご、ごめん」
「もうっ、注意してよね。わたしだってレディなんだから」
ぷんぷんとイリヤは怒る。それがとても子供っぽくて笑いが零れる。
「あ、なに笑ってるのよ」
イリヤが何か言っているが気にしない。俺はイリヤの先にある桜を見上げる。イリヤもまた見上げる。
穏やかな時間。
俺もイリヤもただ舞い散る桜を見ている。
それはさっきまでのシリアスな雰囲気とは全く違う。だが――。
――俺にだって分かる。イリヤがわざとそうしたのだという事くらい。
イリヤは来年には死ぬ。きっとそれは間違いない。イリヤが間違った事を言うなんて思えない。
だけど――それでいいのか?
俺はただイリヤが死ぬのを見守ることしかしないのか?
いや――違う。
そうだろう? エミヤシロウ、お前は『正義の味方』になるのだろう? そんなお前が諦めていいのか?
頭の中に声が響く。きっとそれは『正義の味方』なエミヤシロウ。そしてその言葉は正しい。
「……イリヤ」
「……なに?」
俺もイリヤも桜を見たまま顔をあわせない。
「……絶対に、死ぬのか?」
「そうね……きっと、死ぬわ」
「きっと、か……ならイリヤ、俺は諦めないよ」
「――何を言っているの、シロウ」
イリヤが俺を見やる。その目は鋭い。
「俺は旅に出るよ。――イリヤが生きる方法を探す旅に」
イリヤの目が細められ、その顔には苦々しさがありありと見て取れた。
「シロウ、それは、『正義の味方』、として? ――なら、そんなの、いらない」
一言一言区切るように、幼子に理解させるようにイリヤは話す。それはまるで幾度か見た悪魔のようなイリヤだった。
「シロウ、わたしはね、『正義の味方』なんて嫌いなの」
尚もイリヤは己がココロを詠う。
「『正義の味方』っていうのはね、何も顧みないの。――それこそ、家族のこともね」
ああ、そうか。イリヤは知っているんだ。『正義の味方』なんてモノがどうするのかということを。
イリヤは俺を見ている。『正義の味方』になろうとしている俺を。
そして俺を見ていない。イリヤは見ているのだ、切嗣を。
俺は『正義の味方』としてイリヤを救おうと思った。だけど、イリヤはそんな事望んでいない。望むわけが無い。
「もう一度言うわね。シロウ、わたしは『正義の味方』なんて大ッ嫌いなの」
何かを打ち崩すかのように最後にそう言ってイリヤは顔を背ける。
イリヤは『正義の味方』を望まない。
――そんな事少し考えれば分かったはず。
嫌がるものに救いを与えるのが『正義の味方』?
――違う。そんなモノは救いじゃない。
なら――どうするのだ?
衛宮士郎はどうしたいのだ?
――決まっている。イリヤを助けたい、それだけだ。
だが、助けたい……その想いが『正義の味方』なんじゃないのか?
ふとそんな考えが思い浮かんだ。
『助ける』、『救う』、それが『正義の味方』。それはとても正しいような気がする。
なら、この考えとてイリヤにとって忌むべきことだ。それでも――。
――それでも、俺はイリヤにそばに居て――。
――居て? 居て、何だ? その後に続く言葉は?
それはとても単純。続く言葉は『欲しい』。それはただ望むココロ。相手の事なんて考えない、ただの自己満足。
けど、それは。
『正義の味方』のエミヤシロウではなく、衛宮士郎の想い。
なら、イリヤも――。
「イリヤ」
「なに、シロウ。言っとくけど『正義の味方』は大ッ嫌いだからね」
その声は刺々しい。けど、この言葉なら。
「俺は、イリヤにそばに居て欲しい」
イリヤが息を飲むのが分かる。
「だから、イリヤと一緒に居るためにも俺は旅に出るよ。――いいだろ?」
イリヤから返事は無い。ただ、イリヤが俺の腕をぎゅっと掴んだ。
「……バカ」
小さい声が聞こえた。
「む、これでも一所懸命考えたんだが」
「……バカ。一緒に居たいのになんで旅に出るの」
イリヤはもたれかかるように俺に体重を預ける。
「……そんな事言うって事は大丈夫、ってことだよな」
「……条件付き」
「条件?」
俺が鸚鵡返しに言うとイリヤはこちらを向く。赤い瞳がとても綺麗だ。
「わたしも一緒に連れて行くこと」
その言葉に俺は顔を顰めてしまう。だって、何が起こるかわからないのだ。
そんな俺を見たイリヤはまたむー、と頬を膨らませる。
「そうじゃないと駄目なんだからね」
そこで一旦、話を区切り、俺の胸に顔を埋めて、
「……それに、シロウが守ってくれるでしょ? お兄ちゃんなんだから」
そう俺の耳に届くかどうかぐらいの声で呟いた。
そんなイリヤが愛しくて俺はぎゅっと抱きしめる。
「そうだな。俺はお兄ちゃんだもんな」
「……うん」
そうだ。何があったって構わない。イリヤは俺が守ってみせる。
俺は決心を固めた。それと同時に、
「……それじゃあ、いつから旅にでるの?」
素朴な疑問をイリヤが尋ねてきた。
「そうだな……」
少し考える。けど、考えなくても見つけれられる程それは近くにあった。
「明日にでも出よう。早くイリヤを安心させたいからな」
「むー、それはシロウのことじゃないの」
俺の言葉にイリヤは不機嫌そうに言う。
「ははは、そうかもな」
なぜかそれが面白くて笑ってしまう。それを聞いたイリヤはより不機嫌になった。
ははは、という声とむー、という声だけが聞こえる。本当に二人だけの世界みたいだ。
そしていつの間にやら俺とイリヤは二人そろってただ桜を見ていた。
「ねぇ、シロウ」
イリヤが声をかけてくる。
「なんだ?」
俺は返す。
「ずっと一緒に居てくれる?」
少しだけ心配そうな声。それに俺は、
「当然だろ」
そう言って安心させるようにイリヤを抱きしめた。
ぽかぽかと暖かい昼下がり。
俺は一つの誓いを立てた。
それは彼女との誓いにも等しいぐらい大切で。
少しだけゴメン、と謝った俺は悪い奴なのかもしれない。
それじゃ、行こっ
ちょっと回復、後書きで
こんにちは、風鳴飛鳥です。
今回は士郎×イリヤで攻めてみました。
自分としてはそれなりに満足してます。
ただ文才があったらもっとうまいんだろうなぁとか思うと、
文才プリーズ! とか叫びたくなります。
……やばいですか?
けどやっぱり、一日で仕上げた方が自分としても矛盾が少なくていいなぁ。
戻っとく?