抱擁
「先輩っ♪」
「うわっ!」
いきなり桜が抱きついてきた。
「な、なんだ? どうかしたのか?」
「いえ、ただ先輩に抱きつきたかっただけです♪」
上目遣いに満面の笑顔のコンボ。ついでに言えばさっきから下腹部にふにゅんとした物が当たってたりする。
ああもう、桜さん、俺としてもそれはかなり辛いものがあるんですが――
かなり理性と本能がせめぎあっている俺。けどそんな事、桜さんは気にしない。ゴーイングマイウェイだ。
その証拠に――
「それじゃ、朝練に行ってきますね♪」
――そんなことを言ってえへへー、とか笑いながら俺を放って家を出て行った。
ああ、煽るだけ煽って最後はそれですか。夜はあんなに積極的なのに。
俺は嘆いたが今更どうしようもない。仕方ないので食器を片付けようとしたその時――
――俺を見つめる視線に気がついた。
「? ライダー、どうかしたか?」
「いえ、特に何かがあるというわけでもないのですが」
そこで一息つくためかずずっ、と音を立てながらお茶をすするライダー。
「そこに座ってくれますか、士郎?」
「別にいいけど……」
よく分からないがとりあえず座ることにする。ちょうどライダーと向かい合う形だ。
「で、どうかしたのか?」
「……逃げないで下さい」
は?
いきなりわけのわからないことを言い出すライダーに俺がそう声を発せようとしたその瞬間、ライダーが俺に抱きついていた。
「な、ななな」
いや、パニックですよ。ライダーの体勢は先程の桜と同じ。つまりは桜並のモノが当たるというわけで。もう、年頃の劣情あふれる男である俺としてはヤバイヤバイ。ってなにを考えているんだか。
「な、何をするんですか?」
なんとか声を振り絞る。少しばかり丁寧になっているのは茶目っ気だ、きっと。
「……駄目ですか?」
ええ、駄目です、その上目遣いが。そう言いたくなるほどライダーの上目遣いに秘められた力は強大だった。だが、そんなこと男として誰が言うものか。
「いや、いいんだが……なんでこんな事を?」
少しだけ落ち着いてきた。その証拠に……ほら、表面上は平静だ。
「いえ、桜が士郎に抱きつく時は本当に幸せそうなのでどんなものかと」
そう言いながらより腕に力を込めるライダー。
ああ、ふにゅんふにゅんしたモノが!
「? 何か硬いものが胸に当たっているのですが……何でしょうか?」
「ああ、いやなんでもない!!」
俺は無理矢理ライダーを引き剥がす。少しだけ残念だったのは内緒だ。
「そ、それじゃ、洗い物してくるから!!」
俺は逃げ出すように居間を後にしようとした。何故ならこれ以上は抑えきれるか心配だったからだ。
だが、思いのほか純粋だったライダーからは逃げられなかった。
「ラ、ライダー!」
ええ、思いっきり後ろから抱き付かれましたとも。背中にふにゅんとしてますね。
「桜は後ろからも抱き付いているので――む」
俺の肩にその綺麗に整った顎を乗せたとき、ライダーが唸る。
「ど、どうかしたか?」
さっきから何度言ったか分からない言葉をもう一度発する。そんな俺にライダーは、
「いえ、思いのほかこの場所はすわりがいい」
肩に乗せた顎を退かせようとせず、むしろよりくっつけるようにしてそう言い放った。
頬に感じる息が生々しい。背中に感じるモノもまた生々しい。故に俺の理性は溶解寸前だ。
「士郎」
「ナ、ナンデスカ?」
もう平静を装うことも出来ない。それどころかライダーを振り払う気力も無い。そんな俺に、
「これからもこうして抱きついてもいいですか? ――ああ、確かにこれには夢中になる」
そんな風に熱っぽい声で語られたら――
ごめん、桜。俺は堕ちた。
「それじゃ行ってきますけど……ちゃんと休んでいてくださいね。まだ本調子じゃないんですから」
心配そうに俺を見つめながら桜はいつもよりも色々と注意してくる。
これはやはり、アレか。一昨日、昨日とこの体の調子も良いし、リハビリがてらに商店街に買い物に行ったのは良いが、それを桜に言ってなかったからか。昨夜はそれで散々、説教されて挙句に泣かれたし。
「ああ、わかってる。今度からはちゃんと桜に言うから」
「もうっ、そういう事じゃなくてですね……」
「それよりも時間、いいのか?」
そう言いながら差し出した俺の左腕にある時計はいつも出ている時間を過ぎた時を刻んでる。
「ち、遅刻です。そ、それじゃ、行ってきます!」
慌てて玄関を出て行く桜。
これだけ慌てているのは桜の話によると、「最近、美綴が何故か機嫌が悪いから」、らしい。その時、桜はじーっと俺を見ていたが何かあるのだろうか?
「士郎」
首を傾げる俺に後ろから声がかかる。
振り返ってみればいつも通り、長身で、髪の長い、場違いとも思えるほどの女性が立っていた。
「どうした、ライダー?」
そんな女性に気安く声をかける。彼女の名はライダー。本名は別にあるのだが……まぁ、気に入らないらしい。
「……わかっているでしょう」
体を縮こまらせ、上目遣いにこちらを見ながら頬を染めて彼女は小さな声で言ってくる。それはとても可愛らしくて、少しだけいぢめたくなった。
「ん? ……何かあったっけ?」
「士郎……」
恨めしそうな瞳で睨んでくる。こう言うのもなんだが、あまり怖くない。……眼鏡はずされたら死ぬんだろうけど。
「ああ、ゴメンゴメン。……わかってる、いつものだろう?」
怖くはなかったのだがあまりいぢめすぎるのもどうかと思い、謝る。すると機嫌も直ったのかうっすらと微笑む。
その微笑みは目を奪われるほど綺麗なのだが……切り替えが早すぎないか?
少し呆れたものの、いつも通りライダーと一緒に俺の部屋へと向かった。
「ん……士郎……」
ライダーの艶かしい声が耳元で聞こえ、それと共に耳にかかる生暖かい風が俺の背を震え上がらせる。そして背中には柔らかい二つの感触。
そう、俺はライダーに抱きつかれていた。
「士郎ぅ……」
「どうしたんだ、ライダー?」
先程から何度も請われ、初めて返した声は自分でも驚くほど低く、落ち着いていた。
ライダーと触れ合っている場所が熱い。それはライダーが興奮しているからだろうか?
「士郎から……抱きしめてくれませんか……?」
ライダーの声が俺の耳元でまたも響く。先程よりも近い。耳に何かが当たっているのは気のせいではないだろう。
「ッ……そんな事言ったって、ライダーが後ろから抱きしめてるんだろう?」
それは本当。気に入ったとか言っていつもライダーはこの体勢なのだ。
「ぅ、ん……今日はそんな気分なんです……駄目、ですか?」
いつのまにやら耳に生暖かいものが伝っている。そして、それが通った跡は冷たくて、気持ちよく、逆に頭が熱くなる。真っ白になる。
「別に構わない……ライダーが望むなら……」
俺は何を言っているのか。ただ、口だけが、喉だけが言葉を発する。
ふっと背中が軽くなる。ライダーが体を離したのだ。さっきまで触れ合っていた場所がひどく涼しい。
その涼しさに心奪われていると視界の隅に瑞々しい足が映った。そういえば今日、ライダーは珍しい事にホットパンツをはいている。いつもならジーンズで、その足も見えなかったはすなのに。
足は俺の目の前で止まり、膝、太もも、腰、少しずつ視界が上がっていく。いや、ライダーが座り込もうとしているのか?
「士郎……」
ライダーのひんやりとした手が頬に当てられる。それは絹のような滑らかさですべり、俺の首に巻きついていく。ライダーの顔も目の前にある。じっとこちらを見つめ、潤んだ瞳は魔眼殺し越しだというのに体が石化してしまいそうな輝きを放っている。
だけど、ライダーは動かない俺がじれったいのか自ら体をすり寄せてくる。
「抱きしめてくれないのですか……?」
かすれた声が届いたその瞬間、かっと体が熱くなった。意図していないというのに腕はライダーの腰に回り、その体を押しつぶさんとばかりに抱きしめる。
「ぁん……苦しい、です」
その言葉に慌てて力を緩める。首筋にかかるライダーの吐息が熱い。
「ふぅ……士郎……いいですか?」
ぬめりとした感触が首筋を這う。それは合図。俺とライダー、二人だけのモノ。
「今日、は……その日、だったか……?」
「少し違います……ん……けど、欲しい……」
ぴちゃ、と水音が聞こえた。先程からライダーの指は俺を誘うかのように直に触れ、這っている。はっきり言って、俺に抗う術なんかない。
だから、俺もライダーの首筋を指でなぞる。背中の方から喉へ、そして顎。それもまた合図。俺に許された、ライダーに対しての唯一のモノ。
俺の合図を受けたライダーは俺のシャツに指を引っ掛けて肩をはだけさせる。冷たい空気と熱い吐息。それらを感じるや否やライダーが俺の首筋にかぶりついた。
皮膚に尖った歯が当たるのを感じる。それが食い込み、痛みを感じる間もなく俺は脱力感に襲われた。
どれくらい経っただろうか。既にライダーは歯を立てることを止めている。と言っても離れているわけでもない。まだ俺たちは抱き合ったままだ。ライダーはいつものように余韻に浸って俺にしな垂れかかっている。そして俺はいつものように――
――劣情に苛まれている。
「士郎……」
「……どうした?」
劣情を抑えるのに必死でどうしてもそっけなくなってしまう。それでもライダーはそんな事は全く関係ないのかじっと濡れた瞳で見つめる。……その瞳はやめて欲しい。押さえ切れなくなりそうだ。
だけど、ライダーはそんな俺の心を見透かしたように口を開く。
「私は別に構いませんよ……?」
主語の抜けた言葉。それが何を指しているのかきっと俺にしか分からない。
「……いや、駄目だ」
分かったとしても俺には否定する事しか出来ない。だって――――それは裏切りだから。
だというのに、何かを見透かすかのようにライダーは俺を見つめ続ける。そして――
「……し…くて…いい…すよ」
「えっ?」
何かを呟いた。ただ、それが何か聞き取れなくて俺が間抜けな声を出すと同時に背中に衝撃が走る。
「ラ、ライダー!?」
押し倒された。そう俺が気付いたときには既にライダーは俺に馬乗りになっていた。なんとか逃れようとしても、いつのまにか両腕は俺の頭上で押さえつけられている。――抑えているのが片腕なのはさすがサーヴァントというべきだろうか。
「我慢しなくて良い、と言ったんですよ」
暴れる俺にライダーは言い聞かせるように優しく話し掛けてくる。
「私とてあの行為に快楽が伴う事ぐらい知っています」
俺は暴れる。それ以上は聞きたくないから。聞いてしまったら何かが壊れる気がしたから。
「だから今なら……いえ、士郎にならばいつでも私を使ってくれて構わないんですよ? それに……今更気にする仲でもないでしょう?」
身体が震え、止まる。言われてしまったのだ。聞いてしまったのだ。確かに俺は一度、一度――!!
「まだ吹っ切れませんか? ふぅ、仕方ないですね」
「何を、する気だ……」
力のない声で尋ねても何も返事はない。ただ、それが返事とでもいうのかライダーの顔が近づいて来ていた。
首筋に息がかかる。たったそれだけの事なのに頭の中が真っ白になっていく。こんなにも自分が弱いなんて思わなかった。
息が耳で止まる。そしてライダーが囁いた。
「貴方のモノをください……」
首筋につぷり、と鈍いような鋭いような不思議な痛みがはしり、俺は何も考えられなくなった。
そのあとは……きっと誰にも言えない。
「なぁ、ライダー」
「何ですか、士郎?」
「どうして俺がライダーを抱きしめてるんだ?」
「それは士郎、貴方の方が大きいからです」
確かに初めてライダーに出会ってから数年。今では俺のほうがライダーよりでかくなった。
「……そうか」
「ええ。……しかし、初めて自分の身長のことが好きになれました」
「ん? どうしてだ?」
確かライダーは身長がコンプレックスだったはずだけどいつの間に好きになったんだろう?
「ふふ……やはり、男性が大きいのなら女性もそれなりにあったほうが格好がつくからでしょう」
「ラ、ライダー」
慌ててライダーの方を見る。――瞳が合った。
「……ライダー」
「……士郎」
そうして二人の瞳が近づいて――
「先輩もライダーも何をしてるんですかーっ!!」
――いかなかった。
だけど。
俺とライダーの関係は続いてる。
今でも桜がいないときに行われる二人の儀式。
もしかしたら、桜は気付いているのかもしれない。
それでも。
もう俺達は戻れない。
堕ちてしまったから。
出来る事といえば。
ただ他も堕とす事だけ。
堕落エンド
ちと後悔
さて、なんでこんな話になったんだろう?
結構、後悔してる風鳴飛鳥です。
一応、これはオフィシャルで行われた人気投票の応援用に書いた物を加筆・修正したものです。
ただ、元から削ったところはないのにかなり代わった印象を受けるかと思います。
という事で、元のままの雰囲気で加筆されたと思っていた方、ごめんなさい。
web拍手でもBBSでも批判など何でも受け付けますので存分に言ってください。
戻っとく?