貴方が……















 珍しいことにシロウが居間で居眠りをしていた。本当に気持ちよさそうに寝ていて、起こすのも憚られる程だ。とはいえ起こさないわけにもいかない。これからする鍛錬はシロウ自身が頼んできた事なのだから。

「シロウ、起きてください」

 肩を掴んでゆさゆさと揺らす。だけど起きない。なかなか起きないので少し強く揺らすと、

「ん……う〜ん」

 やっと反応が返ってきた。それに少しほっとしながら尚も揺らす。

「ほら、シロウ、早く起きてください」

「ん〜」

 ゆっくりとシロウは体を起こす。そしてこちらに振り向いたかと思うと、

「ん〜、セ…イ……バ〜」

 などと言いながらこちらにもたれかかってきた。私は突然のことに反応できずに押し倒される。

「シ、シロウ!」

 私はシロウの下で叫ぶものの、シロウは唸るだけでまったく退こうとしない。それどころか抱きついてくる。

「シロウ、離してください!」

 私はシロウを引き剥がそうと努力するが抱きつかれていては離すのは容易でないし、暴れれば暴れるほどシロウは強く抱きしめてきて、尚且つ今この家には私とシロウの二人しか居ない。故に引き剥がすのは早々に諦め、仕方ないので誰かが帰ってくるのを待つことにした。

 しかし、親の心子知らず、とでも言うのだろうかシロウはあろうことか私の胸に顔を埋めようとしてくる。

「ちょっ、シロウ、やめてください! ぁうっ!」

 そんなグリグリしないでください! あ、シロウ、意外と暖かい……ってそうじゃなく! シロウは凛の恋人で私は凛のサーヴァントで、ってそういうことでもなく! ぁう、足の間に足を差し込まないでください! シロウ! あぅぅぅぅ!

 もう頭の中がぐちゃぐちゃだ。体に力も入らない。成すがままというのはこういう事を言うのだろう。

「ん……とお…さ…かぁ」

 なのにその一言で何かがストンと落ちた。あれだけぐちゃぐちゃだった頭の中も今までが嘘のように静かになっている。そしていまだ抱きついているシロウを睨み、力いっぱい引き剥がした。

 引き剥がしたシロウは何かに当たったのか声にならない声をあげたようだがそんな事は気にしない。私はシロウを放っといて道場ではなく、自らの部屋へと歩を進めた。














 とりあえずむかむかする。私は自分の部屋で布団に包まりながらそう感じていた。シロウの言葉を聞いた直後こそこの上ないほど静かになっていた頭の中が今ではまたぐちゃぐちゃになっている。ただ先程と違うのは渦巻いているモノの大半がシロウを打ちのめしてやりたい、とかシロウをぼこぼこにしたい、といった暴力的なモノであることだろうか。

 ――そんな事を考えていたら余計にむかむかしてきた。とりあえずシロウを殴りたい気持ちでいっぱいだ。

 ……もしかしたらシロウは道場に居るだろうか。うん、鍛錬の約束をしていたし、むかむかするがシロウは約束は守る人だ。

 居たら鍛錬でこのむかむかを晴らしてやろうと少し暗い喜びを持ちながら私は道場へと向かった。














 果たしてそこにシロウは居た。一人で素振りをしていて、剣の師匠としては嬉しい。だが、それとこれとは話は別である。今の私にとっては標的がそこに居た、その事のほうが嬉しい。

「シロウ」

 私が声をかけると竹刀を下ろし、こちらを向いて、

「ああ、セイバー。どうしてここに居なかったんだ?」

 なんて事を言ってきた。ついでに言えば笑顔付きで。

 ……自分の所為だというのにこの人はいったい何を言っているのだろうか。

 とはいえ、ここで不機嫌にでもなっていたらシロウが怯える。怯えてしまっては思う存分叩きのめせない。それは都合が悪い。

「すいません、シロウ。少し用事があったのです」

 うん、いつも通りだろう。シロウも特に気にした様子は無い。「そっかー、ならしょうがないな」なんて呟いている。

「それでは時間も無いことですし、始めましょうか」

「ああ」

 そうして私たちは竹刀を構える。

 一呼吸。

 シロウが間合いを詰める。

 左斜め上からの斬閃。

 それを剣先で弾く。

 シロウは弾かれたことを利用して右斜め上から振り下ろす。中々に鋭い一撃。

 私はそれを受け止めそのまま巻き込むようにしてシロウの懐に入る。

 ――タックル。

 さすがにシロウも飛ばされはしない。だが隙は確実に出来た。内心にやけながら私は竹刀を振る。それも思いっきり。

 パァーン。

 小気味よい音とともに確かな手ごたえ。シロウは膝をついて顔を顰めている。

 少しだけ気分がすっきりした。

「シロウ。時間が無いですから早く立ってください」

「な、なんか、いつもより容赦が無いな」

 立ち上がったもののいまだ顔を顰めながらシロウはそんな事を言ってくる。

「そうですか? いつもこれぐらいでしょう」

 それに対して私はすました顔でさらりと嘘を吐く。

「そ、そうか? ――いつもより最後の一撃が厳しいような気がするんだが」

「気のせいです。それよりも早く次を始めましょう」

 私がそう言うとシロウは少し情けない顔をしたがすぐに気を引き締めた。

 ――本当に可愛い。まるで小動物のようなシロウを見てそう思った。……もちろん小動物というのは私という獅子の獲物ですが。














 気の済むまでシロウを叩きのめした頃には始めてから二時間ほど経っていた。叩きのめされたシロウはなんとか立ってはいるものの、その瞳はかなり虚ろになっている。

「シロウ、次で終わりにしましょう」

「お、ぉおう」

 なにか色々と危ない雰囲気を纏ってはいるがちゃんとシロウは構える。

 ……まぁ、最後ぐらいはまともにしてあげよう。

「いきます、シロウ!」

 私からシロウに飛び掛り、右、左と続けて斬りかかる。

 それをシロウは渾身の力で捌く。そんな彼の動きと共に汗が飛び散る。

 それから数合。

 ついに力尽きたのかシロウは体勢を崩した。

 私はシロウに最後を告げるべく踏み込――――めない!?

 左足が滑る。汗の所為だろうか。

 だがもう止まれない。

 すでに右足は跳躍するかのように踏み切っている。

 そのまま私の体は前に突き進み――。

「うわっ!!」

 ――シロウに突っ込んだ。














 ――熱い。私の下にあるモノがとても熱かった。これは一体なんだろうか? そうおもって私は目を開いた。

 見えたのは白い布。大量の汗でぐしょぐしょだ。

 ――ああ、シロウだ。

 そう思うと私は無意識に深く息を吸った。分かるのは汗の匂い。そんなモノ戦場に行けば血の次によく感じるのにシロウのそれは緊張や嫌悪ではなく、安堵を私にもたらす。

 もっと。

 本能がそう叫ぶ。私は本能に従い、より顔を深く埋めようとする。汗に濡れたシャツが頬に張り付くが、そんな事気にならない。 顔が熱くなってくる。シロウの熱が移ったのだろうか。熱は私の思考も奪う。

 ――ずっとこうしていたい。

「ん……ぁ……セ、セイバー?」

 そんな時、頭の上から声が聞こえた。その声に導かれるように私は顔を上げていく。

 まず見えたのは胸板。次に鎖骨、そして喉。顎が見えて――唇が見えた。

 ……シロウは気付いていないかもしれないが、私は時々シロウと凛がキスをしている場面を見かけることがある。そのほとんどが二人に気付かれることなくその場を立ち去っている。だが、偶に凛が私に気付くことがある。そんな時、凛は私に微笑み、見せ付けるかのようにシロウとキスをする。結局、私は立ち去ることしか出来ない。……シロウはきっと気付いていないのだろうが。

 私とてキスぐらいしたことがある。王であった頃、妻としないのはあまりにも不自然すぎた。

 シロウとのキスは一体どのようなものなのだろう?

 キスについて考えていたからだろう。突然、そんな考えが私の頭を支配した。

 幸い、と言うべきかシロウとの距離はとても近い。邪魔をするであろう凛やサクラ、それにタイガも今はここには居ない。あまりにも都合が良すぎる、そう言いたくなるほどのチャンス。

 チャンスは逃してはいけない。どんな些細なモノも一度逃せばもう二度とないかもしれないのだ。

 ――私はそのチャンスに乗っかった。

「セイバー?」

 シロウの言葉なんて聞いてられない。そんなことに容量を裂けるほど今の私は余裕が無い。ただキスをする。それだけで私は限界だ。

「どうしたん――っ!!」

 唇が重なる。シロウの唇は今まで私がキスをしていた相手の唇とはあまりにも違いすぎた。彼女たちの唇はもっと瑞々しかった。だけど、シロウの唇は少し乾燥していて彼女たちとは比較にならない粗さ。なのにそれはとても温かい。今までで一番温かいモノ。

 気持ちいい――。

 私はそう感じた。そして、コレを独り占めにしている凛を恨めしく思う。――いや、羨ましい。私も凛のようにシロウとキスをしたい。この温かさを感じていたい。

 ――不意に目頭が熱くなった。自分の顔など見えないがこのままだったらきっとくしゃくしゃになってしまう。そんな顔はシロウに見せたくない。私はすぐに顔を離してシロウの胸に再び埋めた。

 もう抑えられない。じわりと瞳から何かが染み出す。それは乾こうとしていたシャツを再び濡らし、尚も広がっていく。

 私はこんなにも弱かったのだろうか。少なくとも王であった頃に涙を流した記憶など無い。なのに今はこんなにもあっけなく流している。

「シロウ……」 シロウには聞かれないように呟く。余計に涙が溢れ出した。

 ああもう、本当にシロウの所為だ。私はこんなにも弱くなってしまった。凛という女性がいるのに、シロウが私に優しくしてくれる所為だ。もう認めるしかない。

 たぶん、私はシロウが好きなのだ。

 もう離れられない。離れたくない。凛が居るとか関係なく、シロウのそばに居たい。

 そんな事を考えていると背中に腕が回された。驚きで顔を上げる。シロウが笑顔でいた。

 ……私が何を考えていたかなんてこの人は何もわかってはいない。

 だけどその笑顔は反則すぎた。色々言いたいことがあったのに、何も言えない。ただ言えるのは、

「シロウ、私は貴方の剣でいられますか?」

 それだけだった。その一言にシロウは、

「ああ、ずっといてくれ」

 笑顔でそう言った。

 それはとても嬉しかくて、きっと私は笑顔を浮かべている。だけど同時に、

 ――シロウ、貴方は本当に女たらしです。

 そんな一抹の不安を私に抱かせるものでもあった。



























不安です……
もだえ苦しめ

また分けわかんないSSを書いた風鳴飛鳥です。

……今回は何の言い訳もありません。

っていうか出来ません。

こんな終わり方になる筈じゃなかったんだけどなぁ。

やっぱり何も考えずに書くのは駄目なんだと再認識しました。

と言ってもこれからも変わりそうに無いですが。

それでは。



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