龍光院書院

国宝

京都 北区

大徳寺

江戸

臨済宗大徳寺派本山

正式名称は龍宝山大徳禅寺

茶人との繋がりが深いことから
京童は「大徳寺の茶面」とよびました。
今でも龍光院 (密庵)  をはじめとする有名な茶室が残されています。

非公開の為立ち入ることが
できませんでした。

国宝建造物一覧

密 庵

竜光院は、大徳寺塔頭(たっちゅう)の1つで、1606年に黒田長政がが父孝高の墓を造り、小堀
遠州に依頼して方丈、書院、庫裏を建てたのがはじめです。父の院号をとって竜光院となずけ
ました。創建当時の規模は現在の寺域の 三倍ほどの 広大なものでしたが、明治維新の際の
廃仏毀釈によって、方丈や庫裏などが破却されました。
しかし残された建物はいずれも創建当時のもので、いかにも禅寺らしい落ち着いた風貌
を保っています。現在の書院も創建時の建築と 考えられていますが、一の間に続く
茶室密庵は、初め独立した茶室であったものを 後に書院に取りこんでいます。
密庵の建てられた時期は 明らかでなく、寛永十年(1633)頃に建てられたと考えられて
います。密庵は北西の隅に床と違い棚を矩折に並べ、台目の 点前座の
南には密庵床があります。

竜光院の門から見た庭園

門の前には柵があって入れない

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