酸ヶ湯温泉旅日記(1)
<2019年5月15日~16日>
参加者:池田浩次、田中利夫、田巻 弘、増山俊一、松村和裕、和田 弘
                    俳 句:田巻 弘
 2月13日の二水会で、今年の旅行会は5月15日、青森県の酸ヶ湯温泉と決めた。
参加者は、池田 田中 田巻 増山 松村 和田の6名。宿泊施設と集合日時だけが指定され、
他は自由行動の旅行会である。2015年浅虫温泉に宿泊しているので2度目の青森県となる。
 往路は全員青森駅前を14時00分に出発する宿の送迎車を利用した。
2日目解散後、松村は青森経由十二湖へ行く。
 5名は奥入瀬渓流・十和田湖を観光。観光後和田は盛岡経由角館へ、4名は十和田市の蔦温泉に
宿泊。翌日田巻は八甲田、田茂やち岳山頂公園経由青森へ、池田、田中、増山の3名は
七戸十和田駅経由帰京した。
 ここに参加者から寄せられた紀行文、写真、俳句を掲載した。
 タイトルや内容が重複、分散しているものがあるが、そのまま掲載した。
 なお、筆者以外の写真は()内に提供者を示した。
東京・青森・酸ヶ湯
                   第1日(5月15日)天候:晴
 東京駅を8時40分発の ”はやぶさ7号”で出発、新青森駅経由で青森駅には12時半に着いた。
 途中仙台と盛岡の中間地点あたりで急に雨が降り出したのでこれは!と一瞬驚いたが青森に着いた時
には晴。どうやら東からの海風の影響を受けた地域だけの雨だった模様で一安心だ。狭い日本と言われ
るが少し場所が変わっただけで気候がガラッと変わるのみると結構広いんだなと妙に感心した。
 集合時間の2時までの時間を使って青森駅周辺を歩きまわってみる。
 人影が少なくなんとなく活気が感じられない。

青森駅周辺
 酸ヶ湯温泉の送迎バスは定刻に発車、途中八甲田山を左に見る場所に差し掛かるとその辺りには
まだ雪が残っているのには驚いた。この分では奥入瀬渓流や十和田湖周辺も雪かと思ったがそうで
はなかった。標高の違いらしい。酸ヶ湯温泉は国道(RT.103)沿いではあるが周りに人家がある
訳ではなくて静かな温泉宿であった。昔から長期滞在の湯治客が利用してきた温泉と聞く。
 松村君、田巻君と同室、早めに就寝。
 
青森駅から酸ヶ湯温泉へ
 東北新幹線「はやぶさ11号」は新青森駅に12時35分到着。5名が合流、奥羽本線で青森駅に向かう。
 田中 田巻 増山の3名は昼食を駅の「八甲田」というそば屋でとる。セルフサービスの店で立ち
食い、水差しが空だったので、頼むと水道水を入れてくれた。
 食事後40分ほど時間がある。駅前の観光地図で「日本一おいしい水のモニュメント」というのが
目にとまり、行ってみることにする。途中池田君と合流。駅から東へ約500m歩き北へ曲がる。
 青森県観光物産館「アスパム」の方に150mほど歩いたところにモニュメントがある。水道水の
水のみ場である。1984年に厚生省の「おいしい水研究会」が、青森から熊本までの12地区から水道水
を集め、「おいしい」と答えた人が最も多く「日本一おいしい水」と称されたそうだ。
 立ち食いそばの水はそんなにうまかったのかなあと思いながら駅の方に引き返す。
 
日本一おいしい水のモニュメント
 酸ヶ湯温泉の送迎車は、駅前の「アウガ」というビルの駐車場横から出発する。アウガは
青森市の再開発ビルで、1階に市の窓口、上のほうに図書館、男女共同参画プラザなど、
地下1階に新鮮市場がある。市役所の建物にしてはえらく派手な外観である。
 宿の送迎車で駅で別れた松村君と、1本早い新幹線できた和田君と会う。全員集合。
 宿のバスは大型で乗客は20人ほど、二人分の席にゆっくりと座れる。途中、萱の茶屋という
ところで休憩がある。お茶が無料で飲める。八甲田の水だろうかおいしい。かやの三杯茶といい、
1杯飲むと3年、2杯で6年、3杯で死ぬまで寿命が延びるそうである。10分ほど休憩して出発、
15時過ぎ、酸ヶ湯温泉に到着する。
 
宿の送迎バス
酸ヶ湯温泉
 酸ヶ湯温泉は約300年前開湯で、八甲田の西麓、標高約900mにある1軒宿である。
 宿泊したのは7号館で最も奥の建物、部屋にトイレ、洗面の設備はなく共同の設備に行く。
 昭和初期の雰囲気である。
 
酸ヶ湯温泉入口
 一休みしたあと早速風呂に行く。この宿の名物は「ヒバ千人風呂」、混浴である。
 入口左側の男性脱衣所から浴室に入ると、80坪あるという空間が目に入る。柱が1本もない。
 手前から「熱の湯」、左「冷の湯」、左奥「鹿の湯」その右「四分六分の湯」と並ぶ、
源泉はみな違うそうだ。浴室の右半部は女性エリア、先客は男性数名。まず冷の湯でかかり湯を使い、
熱の湯に入る。そのあと四分六分の湯に入る、こちらのほうが湯の温度が高い、四分六分の意味が
気になる。鹿の湯は打たせ湯、最後にもう一度熱の湯に入る。ヒバ千人風呂には洗い場がなく、
石鹸類も置いてない。そこで男女別の小浴室「玉の湯」に行く。男女浴室名は同じだが隣合せで
なくまったく違う場所。ここにも水道、シャワー、鏡はなく、湯を湯桶で汲んでから洗い桶に
移し体を洗う。
 
ヒバ千人風呂(酸ヶ湯温泉HP)
 酸ヶ湯のHPによると、四分六分の湯は温もりの持続が熱湯より短く、四分から六分ぐらいの
温まり具合になると言われ、その名が付けられたとのこと。
 酸ヶ湯のHPやリーフレットには、「国民保養温泉地第1号」と添え書きしてある。
 調べると環境省のHPに“国民保養温泉地とは、温泉法(昭和23年法律第125号)第29条に基づき
温泉の公共的利用増進のため、国民の保養休養に重要な役割を果たす温泉地を環境大臣が指定している。
 昭和29年に「酸ヶ湯温泉(青森県)」、「四万温泉(群馬県)「奥日光湯元温泉(栃木県)」を指定
して以降、・・・・・ 全国で79か所を指定している。(令和元年5月現在)”とあった。
 17時30分から大広間で夕食、「華厳」「巣神」「乾坤」の三つの掛け軸が目を惹く、棟方志功の書。
 日本酒は「八甲田おろし」という青森の地酒をのむ。19時ごろ食事が終わる。部屋に戻り雑談。
千人風呂は20時から21時まで女性専用時間。二部屋に分かれ早々と就寝。
 
棟方志功書の掛軸
新緑の志功ゆかりの湯宿かな
夕 食 (松村提供)
部屋で雑談(松村撮影)
5月16日(木)
 5時ごろ起きる。千人風呂へ行く。朝食は、食堂でバイキング。出発まで時間があるので宿周辺を散策
、売店で土産を買い、記念撮影。
宿の前で集合写真
 
酸ヶ湯温泉
 松村君は宿の送迎車で青森駅に、残り5名はJRバスで十和田湖方面に向かう。両方とも8時50分発。
十和田湖行きのバス停を探す。雪の中に時刻表だけ見える。
  
 HP編集者コメント:僕はこの旅行会のお誘いを頂いたが、不参加だった。その理由は、若いころ、
八甲田山に山スキーに行き、スキーを楽しんだこと、ここで明治時代の後半に、雪深い八甲田山の
雪中行軍で、陸軍部隊のかなりの兵隊が死亡し、いまだに世界最大の山での遭難事故であるが、
その記念碑も見てきたし、50歳台に妻の運転で、日立から十和田湖→奥入瀬渓谷→酸ヶ湯温泉
→青森までドライブ旅行したことがあるからである。

 なお青森の水道水が日本一という話が載っていたが、日本の12地区の水道水を比べただけで、
これは当てにならないと思った。安曇野市の水道水は、北アルプスの伏流水が20年も掛けて、
安曇野に沁み出してきたもので、まったくカルキの匂いはしない。
 当地に21年以上も住んでいる僕は、東京のホテルの水道水は全く飲めなくなってしまった。
いつも、自動販売機で「安曇野の水」を買って飲んでいる。東京の水道水で飲むコーヒーや紅茶の
味は、多分安曇野の水を使ったものに比べ美味しいはずがないと思っている。安曇野の水道は、
ダムや川から取水せず地下水を利用しているので、長期間雨が降らなくても断水することは
無いのである。 
 
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