タイムカプセル
タイムカプセル


秋の夕日…紅い光が私とみっちゃんの体を、紅オレンジのセロハンを通して
覗き込んだ時のようにキラキラと染めている。緑が紅い光を反射しながら、
優しい光を時々風に揺られて私とみっちゃんの顔に送ってくれた。
「みっちゃん、もうちょっとしたら小学校行けるね。」
「うん。」
「小学校行ったら忙しくなるってママが行ってたよ。」
「うん。」
「もうあんまり一緒に遊べなくなるね。」
「…そうかもな。」
「じゃあ、この秘密基地もなくなっちゃうね。」
「…」
「ねぇ、みっちゃん。」
「なんだ?。」
「タイムカプセル作ろうよ。」
「え?」
「10年後に来るの、そしたらまたここで遊べるよ。」
「うん。…じゃあ、作ろう。」
「うん!二人の夢書こうよ。」
「うん。」
「みっちゃん何になりたいって書いた?」
「…ヒミツ。は?」
「ヒミツ!」

「みっちゃん」は幼稚園の時からの幼なじみ。家が近くて、お母さん達が
仲が良かったからよく遊んでた無口な男の子。本名は…手塚国光
今、私と最も違う場所にいる一番愛しい人…

ませた子供だったと自分でも思うけど、幼稚園の時からみっちゃんが好きだった。
あまり感情を外に出さないけど、時々笑ってくれたその笑顔が大好きだった。
小学校一年の時は喋ってた。二年になって塾で忙しくなって来て少し離れて来た。
三年になって更に合う機会が減った。

そして…

悪夢の四年生…

みっちゃんが私を「」と呼ばなくなった年…
私が手塚くんを「みっちゃん」と呼べなくなった年…

初めはビックリで頭が真っ白になって何が起こったか分からなかった…

次に苦しくて寂しくて、一人砂漠の真ん中に放り出されたような巨大な
虚無感に襲われた…

最後に絶望して虚ろな生活が始まった…

あれから5年…みっちゃんはモテモテのスーパー何でも出来る君、方や私は
地味で頭が悪くてクラスの仲間外れ組の代表格。もう生きる次元が違ってしまった
二人…

「、ねぇってば!!」
「ふぇ!?」
唯一の友達のが話を聞いてなかった私を叱りつけた。

「ちょっと、早くしないと理科室の移動出来なくなるよ。」
「あぁ、うん。ごめんね、いつもトロくて。」
「いいよ、謝らなくて☆」
(なんであんな事思い出しちゃったんだろう…?もう、今更カプセルなんか…)
慌てて授業の用意をして教室を出る二人。生徒の行き交う廊下は、叫びをあげても
全て押し流してしまって自分の存在さえかき消してしまう河のように人で溢れていた。

「うわっ、人多いね。」
「なんか、移動教室のクラスが他にもあるらしいからねぇ。」
私はボコボコ鞄で押されたり、肘で押されたりしながらなんとか前に進んだ。

ドン!

「イタッ!」
「!!」
「すっ、すいません!ぶつかってしまって!!」
ぶつかった反動で教科書や筆箱の中身が全て出てしまったので謝りながら、物を慌てて
片づける私に、ぶつかられた相手が口をひらいた。

「…大丈夫か?。」
聞き覚えのある声に、思わず凍り付く私…恐る恐る顔を上げるとそこには見覚えのある
整った顔がある。よりにもよって手塚君にぶつかってしまった。
(最悪…)
私は思わず、わざとらしく顔を背けてしまった。

「えっ、あっ、大丈夫…本当にごめんなさい!」
早くそこから逃げたくてを置いて走り出してしまった。

「あっ!ちょっと!?」
が後から追いかけてくる足音が聞こえたけど、何処か遠くで聞こえてくるような
感じだった…一瞬振り向いた時に目に入った手塚君が何処か苦々しげだった。
 
あの後の授業は何も覚えてない。ただ、何処か違う自分が代わりにノートを取って
当てられたらそこそこ答えて、と喋って掃除をして…ただ、体を動かしているだけ
の私になってしまった。正直、こんなにも引きずっているなんて思いもしなかった。
なんだか、無性に苦しくて手塚君の「」と言う呼び方が蘇ってきた。張り裂けそう
な心…叫びたい…もうダメだ…そう思った瞬間、涙が溢れてきた。
 
誰もいない放課後の教室…
あの時のような真っ赤な空とセロハンを透かして見たように紅く染まる景色…
でもそこにはみっちゃんはいない…
いるのは昔にしがみついて泣く私だけ…
今まで無いぐらい泣いた…
誰もいない教室で泣きじゃくった…
そんな私を私はまた何処か違う世界から見ていた気がする…

「ん…?」
いつの間にか寝てしまったらしい。教室は暗くて、校庭は暗黒の海みたいに深く沈んで
見える。慌てて帰る準備をする私。教室を出て、靴を履き替えるとばったり大石君と
会った。

「あれ…さん?」
「あ…どうも。」
「随分と遅いんだね?係りか何かで残ってたの?」
「…え?まぁ、そんな感じ。大石君も珍しいね、この時間に手塚君といないなんて」

自分で手塚君の名前を出してしまって、急に胸が跳ね上がったけど一生懸命押し殺した。

「いや、手塚が今日は用事があって部活を早退するって言って随分前に帰ったんだ。
あいつ、真面目だから明日この埋め合わせに校庭50周走るから
今日は許してくれって言ってさ。他の奴に示しが着かないとか言ってたよ。」

大石君が笑いながら言ったその言葉に私は凍り付いた…
まさか…そんなハズは…でも…
私は慌てて大石君と別れると走り出した。
暗い街を必死に走ってあの秘密基地があった場所に行ってみた。

「はぁはぁ…」
息を切らして秘密基地があった公園に着いたけど何処にも彼の姿はない…

(何やってるんだろ私…いるわけ無いじゃない…)
涙が溢れるのを感じながら帰ろうとしたその瞬間、急に誰かに肩を掴まれた。

「きゃぁあ!」
痴漢か何かかと思って私は必死に暴れた。

「遅刻しておいて、先に帰ろうとするとは随分だな。」
(え…?)

声を聞いて私はゆっくり振り返った。電灯に照らされた整った見覚えのある顔…

「なんで…手塚君がここに…?」
「何でって今日はカプセルを開ける日だろ。お前が言い出したのだろ。わざわざ部活を
早退したのに、お前は何処に行ってたんだ。」
「…あ。」

あまりにの衝撃に私は声がでなかった。

「お、覚えてたの…?」
辛うじて掠れて出た声はうわずっていた。涙が溢れそうになったのを必死で押さえた。

「当たり前だ。まさか、お前忘れていたのか?」
慌てて首を振る私。

「じゃあ何故こんなに遅いんだ。」
ひどく怒られた気がして、私は顔をあげられず黙りこくってしまった。そんな私を見て
彼は少し困った顔をするとため息を着いて口を開いた。

「まぁ、いい。もう遅いし、早く掘り出そう。」
「うん。」
二人は無言でただ掘っていた。カプセルが顔を出す。

「随分錆びたな。」
私に向かって苦笑する手塚君の表情が優しくて、私も思わずほころんだ。

「ホントだね、中身大丈夫かな?早く開けようよ、みっちゃん。」
(あ!しまった…)

向こうは酷く驚いて私を見た。カプセルを見てつい、昔の呼び方をしてしまった私は
深く後悔してしまった。

「懐かしいな、その呼び方。」
「ごめん、馴れ馴れしくみっちゃんなんて呼んで…」
「別にかまわん。お前にそう呼ばれるのは嫌いじゃない。」
「え…?」

今…なんて…

「開けるぞ。」
「うっ、うん。」

どきどきしながら覗き込んだ。そこには私が入れた小さい頃の宝物の石と将来の夢を
書いた紙、手塚君が入れた将来の夢を書いた紙が外灯に照らされてキラキラ
輝いていた。手にとって中を見ると、そこにはたどたどしい文字で夢を綴っていた。

「やだ…私、綺麗なお姫様になりたいだってさ。あっ!これ、二人で見つけた綺麗な
石!懐かしいなぁ。」
思わず童心に帰って騒ぐ私。手塚君も自分の紙の中身を見て苦笑している。

「手塚君は何だった?」
「学校の先生だった。」
「あはは、なんだかみっちゃんぽいね。」
「だって変わらんだろ。」
(え…?)

あまりにも衝撃的で私は動けなかった。

「何だ?」
「今、って…」
「いけないのか?」
みっちゃんは急に顔を曇らせた。

「ううん!だって、小四の時からずっと呼ばなくなったから私の事、嫌いになったの
かと思って。それにあのころからもう、私とみっちゃんは住む世界が違ってたし。
馴れ馴れしくしたら、みっちゃんのイメージ悪くなると思っててそれで…」

久々に「」と呼ばれて混乱した私は今まで思ってきた事全てを思わず口にして
しまった。

「それで、私はもうみっちゃんって呼べないと思って…きゃ!」
言葉半ばにいきなりみっちゃんが私を抱きしめた…何が起こっているのか分からずに
私は体をこわばらせるしかなかった。

「違う!お前をと呼ばなくなったのは、お前が嫌いになったからじゃない。むしろ
逆だ!」
(…え?)
普段のみっちゃんなら想像もつかない激しさで、みっちゃんは言葉を続けた。

「一緒にいるにつれ、お前への思いが大きくなった。思いが激しくなるに連れ、お前を
と呼ぶのが恥ずかしくなった。だから、お前をと呼ぶようになった。しかし、
お前は俺がと呼べなくなった時から俺を避け始めた。俺がどんなに傷付いたと
思って…?」
「うっうぅ…馬鹿…どうして…もっ…と早く…言って…よ…」

嬉しくて、今までの自分がばからしくて…言葉にならない感情が溢れだした。

「すまん…」
みっちゃんの力が強くなって私をしっかり抱きしめる…
(…あたたかい)
そう思ったら急に力が抜けて、私はそっとみっちゃんに体重を預けた。

「、俺と付き合ってくれ。」
みっちゃんが耳元でそっと囁いた。

「え?」
「いやならいいのだが…」
「ううん。…嬉しい」

優しく青白い外灯の光が、二人を照らしている。
あの時とは違う自然のセロハンの色…
あの時とは違う二人の関係…
それが無性に眩しくて…
もう日は沈んでいるのに…
私にはあの時よりも今日は景色が輝いて見えた…

「みっちゃん!早く!」
「、そんなに急いでも仕方ないだろ。」

あの後、私たちは正式に付き合い始めた。毎日が眩しくて、嬉しくて、今までの暗い
世界がウソのよう。みっちゃんの彼女になったことで色々と大変な事もあったけど、
その度にみっちゃんは私を助けてくれた。そして、私もみっちゃんが大変な時は私な
りに頑張って助けた。

「だって、早く埋めたいじゃん!」
「まぁな。」

私の手にはスコップ、みっちゃんの手にはお菓子を入れるようなカン…
場所はもちろんあの公園…
二人で新しいカプセルを埋めようとこうしてやって来たのだ。
一生懸命掘って、たまにふざけ合って、新しいカプセルに土をかぶせる二人。

「十年後、また二人で開けれたらいいね。みっちゃん。」
「俺は、開けるつもりだが?」
みっちゃんが優しく微笑む。それが嬉しくて私も微笑む。
「うん、そうだね。開けようね、二人で。」
綺麗に土をかぶせると、私はふと思ってみっちゃんに聞いてみた。

「みっちゃん何になりたいって書いた?」
「…ヒミツだ。は?」
「ヒミツ!」
二人は笑うと、歩き出した。
カプセルだけが知っている…
二人の願い事…

         みっちゃんのお嫁さんになれますように…

            の婿であるように…
               
                THE END



     


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