殺風景な上に綺麗とは言いがたい部屋にキーボードの音が響いている。
私はベッドの上に寝転がって、(勿論部屋の主の許可は貰ってる)
傍らの壁に書き付けられた走り書きを読んでいる。

「ねぇ、海堂の練習メニュー・素振り追加の横に、材料に三杯酢追加(仮)って
 何の関係があんの。」

私は言う。
ちょっとばかり待ってみるが返事は返ってこない。

「ねぇ、聞いてる。」

ベッドから起き上がった私はブツブツ言いながら机に向かっている
たわし頭に向かって尋ねた。


   似たもの同士?


いきなりで恐縮だが、私の従兄弟は名を乾貞治と言う。
東京都の青春台で、テニスバッグ持って闊歩してる中学生を1人とっ捕まえて
この名前を出してみるといい、たちまちのうちに相手の顔が青ざめること請け合いだ。
多分頭の中は、事前に気味悪いレベルまで相手の情報を
調べた上でテニスの試合に臨むおっかない選手というイメージでいっぱいだろう。
つまり、青春学園中等部3年生の乾君は近隣の中学校に通う奴の間では、
それだけ有名ということである。
いいのか悪いのかは知らないけど。

で、同じ学校に通っている私はその親戚だったりする。
ご心配なく、はっきり言って従兄弟とは全然似ていない。
2人の顔を見比べたところで血筋が繋がってるなんて誰も思わないだろう。
実際、従兄弟と並んでいる時に他人様から似てると言われたことはいっぺんもない。
ところが、当の従兄弟は自分と私とが似てないと思ったことがないようなのだ。
どうにも不思議な話だけど。

まぁ、それはともかくそんな私とこの従兄弟は家も近所である。
だから学校から帰ってからも私はちょくちょく従兄弟の家に
お邪魔するのが日常だった。

今もまたそんな日常の一コマである。

「なになに、明日の偵察予定・立海大付属。あの怖いガッコか、毎度ご苦労様だね。
 こっちは、ダブルス実験・越前&タカさん。
 おいおい、100%失敗する組み合わせで実験もへったくれも。
 っていうか、いくら思いついたからって壁に書き過ぎだよ。
 間違っても賃貸には住まない方がいいタイプだね。」

さっき聞きたいことの答えが得られなかった私は壁の落書きを
読み漁りながら独り言を存分に吐いていた。
その間、従兄弟は時折たわし頭を振りながら何か書いたり
打ったりしていて、完全に自分の世界の中だった。

、さっき何か言ったかい。」

この人がやっと気づいたのは実に3分と45秒後のことだ。
とは言うものの、そんなことを突っ込んでもしょうがない。
私が件の壁の走り書きを指差して、これ何、と聞くと
従兄弟は、ああ、それね、と眼鏡を押し上げながら呟いた。

「あまり細かいことはよく覚えてないんだよ、とりあえずその時思いついて書いてるから。」
「というより三杯酢で何するつもりだったのか凄く気になるんだけど。」
「青酢に入れるつもりだったのかな、それとも他だったか。
 実用化してないから失敗したんだろうな。」
「今からでも遅くないから他の飲み物も廃止したがいいと思うよ。」

そうしてくれないと私も迷惑をこうむる。
従兄弟が所属するテニス部の連中には私がこの人の親戚であることが知れている。
その為、誰かがこの人の飲み物で被害に遭うと私にまで苦情が及ぶのである。
荒井とか桃城とか同じ学年の野郎共が、お前の従兄弟何とかしろ、と
言ってくるのにはほとほと困っているのだ。
私に何とかなるような相手ならとっくにどうにかしてるっての。
(大体、2-8でテニス部の連中は桃城を筆頭にうるさいのが多い気がする。)

って、おい。

「人の話を最後まで聞けー。」

気がつけば従兄弟はまた自分の世界に入りかかっている。

「悪いけど今忙しいんだ。今日中にこのデータを整理しないと。」

そんなことだと思った私は思わず呆れた口調で呟いてしまう。

「よくまあ、テニスの為だけでそんなに逐一データ集める気になれるよね。
 どんだけ探求心があるわけ。」

ところが、従兄弟はよりによってこうのたまったのだ。

「生憎だが、お前も同じ穴の(むじな)だよ。」

ちょっと待て。

「じょーだんじゃないわよっ、何で私がっ。
 私はデータ欲しさにストーカーまがいのことまでしないしっ。」
「俺だってストーカーをしてる訳じゃない。必要な情報を集めるのに
 足を使っているだけだ。」
「テニス絡みのことならわかるよ、よそのガッコ行って調べるの。
 でも相手の趣味とか好きな食べ物ってどう考えても関係ないよね。」
「相手の思考・傾向を知るのに必要なんだよ、視野は広く持たないとな。」

関係ない関係ない、絶対関係ない。
そりゃ最初は純粋にテニス関係の情報を集めていたんだろうけど、
そっからだんだん興味本位で余計なことまで調べるようになって
それがそのまま趣味と化したに決まってる。
この人だったら充分有り得るだろう。

「とりあえず私はハル兄と同類じゃないから。」
「どうかな、この間と一緒にゲームしてた時に
 パソコンで攻略法を調べてたのは誰だい。
 それもがもういいって言ってるのに意地になって
 1時間も画面にかじりついてたそうじゃないか。」

何であんたがそんな阿呆らしいこと知ってるんだ。
ちなみにとは私の妹のことだ。
さてはあいつ、従兄弟に喋ったか。

「結局お前も凝り性ってことさ。知らないことは調べないと気が済まない。」
「だって気色悪いんだもん、わかんなかったら。」
「そう、そのとおりだ。」

カタカタとキーボードを叩きながら従兄弟は言った。

「知らないことがあるのが我慢出来ない点で共通している。
 結論として俺達は似た者同士ということだな。」

正直ぞっとしないけど、黙っておこう。

「俺もお前と一緒なのは不本意だけどね。」

一瞬、こいつのパソコンの液晶画面をぶち破ったろかと思った。
そんなことを知ってるのか知らないのか、従兄弟はキーボードを叩き続けていた。


  


「という訳で私としては激しく納得が行かないんだけど。」

次の日の学校、昼休み。机に突っ伏して私はブツブツと呟いた。

「あれからもっぺん考えてみたけど、ハル兄に同類呼ばわりされる覚えは断じてない。」
「納得行かねぇことないだろー。」

聞き捨てならんことを口にするのは従兄弟と同じテニス部所属、
2年8組の桃城である。
一体全体何を考えているのか、こいつはわざわざ3組である私の所まで
遊びに来ているのだ。ハル兄が従兄弟じゃなかったらまず有り得ない光景だろう。

「乾先輩ほどじゃねーけどよ、お前もいちいち(こま)けぇじゃん。」
「どこが。」

桃城はここで、どこがっておま、と呆れたような声を出す。

「誰だっけなぁ、ゲームの話振ったらズルズルズルズル、
 キャラの話からプログラムのバグの話まで持ち出すのはよ。」
「別に普通じゃん。」
「普通じゃねーよっ。」

興奮するのはわかるが、とりあえずカロリーメイトのじゃがいも味を
飲み込んでから喋った方が懸命だと思う。
只でさえこぼれやすい食べ物の粉をこっちに飛ばされても困る。

「それにお前、知ってんぞー。こないだ買ったって言ってたゲーム、
 いちいち同じ種類のモンスター捕まえて比べてんだって?」
「だっておんなじの捕まえても強さが違うって聞いたから
 ホントかなって。」
「で、どーだったのよ。」
「ちゃんと違ってたよ。防御力にね、1から2ポイント差があってね、素早さも…。」
「そら、やっぱし細けぇ。てか、まんま乾先輩じゃねーか。
 まさかご丁寧にメモまで取ってねぇだろうなぁ。」

この瞬間、私は硬直せざるを得なかった。
が、同時に桃城も固まった。

「取ってんのか。」
「チラシの裏に走り書きだけど。」
「変わんねーな、変わんねーよ。」

カロリーメイトをごっくん、と飲み下して桃城はため息をついた。

よ、お前、最近自分が何て言われてるか知ってるか。」
「何よ。」
「乾ジュニア。」

そんままじゃないか。
最早口に出して突っ込むのも面倒である。

「まーそーがっかりすんなって。」

人の心境も知らず、桃城がガッハッハと笑いながら言った。

「乾先輩はお前のこと可愛がってんだしよ、せーぜー頑張れ。」

家にある、今は手に入らないキャラのぬいぐるみを賭けてもいい。
桃城は絶対何か勘違いしていると思う。


  


従兄弟に可愛がってもらってるとはついぞ思ったことがないが、
いいように使われてることは多いんじゃないかとは思う。
というのも、私はいつもいつも自ら従兄弟の家に入り浸る訳ではないのだが、
(当たり前だけど)
気が向かないのに従兄弟に呼ばれることが多々あるからだ。

桃城に妙な励まし方をされたこの日もそうだった。

その時私は6時間目の授業の為に音楽室へ向かう途中だった。
早いトコ行こうと急ぎ足で廊下を歩いてたら、たまたま従兄弟と
ばったり会ったのである。

「ああ、、丁度良かった。」
「ゴメン、ハル兄。私これから移動なんだ。」
「手間は取らせないよ。今日は学校が終わったらうちに来てくれないか。」

思わずゲッと呟いてしまう。

「何か言ったかい。」
「言ってない。」

だから何か言いたげにじーっと見つめるのやめてくれ。

「寄るのは構わないけどさ、私の方が先に終わるよ。どうしよう。」
「俺が終わったら連絡するから。」

まぁ、それしかないわな。

「じゃあ頼んだよ。」

従兄弟は言って立ち去っていく。
私はうんうんと頷いていたが、またこき使われるな、こりゃ、と思っていた。

で、その日、学校が終わってから私はいっぺん家に帰った。
従兄弟は部活中だから当分連絡は来ないのはわかりきっている。
多分最低でも2時間後、といったところだろう。
勿論その間私は何もしなかったわけじゃなく、宿題を済ませたり、
軽く部屋の整理をしたり、あるいはその辺に転がしていた漫画を読んだりしていた。

携帯電話が振動したのは、私が学校から戻ってきてから
3時間と15分後のことだった。
先に気づいたのは妹のである。

「姉ちゃん、メール。ハル兄ちゃんからだよ。」
「お、やっと来たか。」

ベッドで漫画を読んでいた私は起き上がって本を閉じた。

「また呼び出しなの。」
「そう。」

私は答えながらから携帯電話を受け取って、従兄弟に今から行くことを返信する。

「ハル兄ちゃんさぁ、」

が言った。

「完全に姉ちゃんのことアシスタントにしてるよね。」
「まさかぁ。雑用にちと便利ってだけでしょ。私、データ分析能力ないし。」

がそういう話じゃないんだけど、とブツブツ言ったように聞こえたが
聞き取りにくかった上に早く行こう、と気が急いていたから
深くは突っ込まなかった。

「じゃ、ちょいと行ってくるね。」
「くれぐれも変なもん飲まされないようにね。」
「そんな有り得そうなこと言うな、不安になるじゃん。」

言いながら、本当に嫌な予感がしてきた。的中したら洒落にならないと思う。


そんなこんなで、私は従兄弟の家にやってきた。
伯母に挨拶をしたら、こっちが言うより先に貞治なら部屋にいる、と教えられる。
さすが慣れたもんだ。まぁ、姪っ子が事あるごとにやってくるんだから当たり前だけど。
ちょっと申し訳ない気がするから、自ら遊びに来るのは自重しようと思いながら
見慣れた従兄弟の部屋へ行った。

ドアをノックして中に入ると、従兄弟はいつものようにパソコンに向かっていた。

「こんちはー、ハル兄。指令どおり来たよー。」

データ打つのに夢中になってたらしき、たわし頭がこっちを振り向く。

「やぁ、。」

従兄弟は言った。

「早速で悪いんだけど、この書類を指示通りに綴じていってくれないか。」

言って従兄弟が指差した先には、大量のプリントが床の上にドカンと置かれていた。

「ハル兄、私を殺す気。」
「この程度で死なないってわかってるからお前を呼んだんだよ。」

褒めてんだかけなしてんだか。とにかく、こいつ、と思った。

「ホッチキスと替え針貸して。んで、どういう風に綴じたらいいの。」

従兄弟はよっと、椅子から立ち上がって説明を始めた。


次の瞬間には、私はブツブツ言いながら刷られたプリントを仕分けしていた。

「えーと、これは越前の分、これは不二先輩の分、そんでこれが部長さんの分、と。」
「助かるよ、。これだけ刷るとさすがに1人じゃ捌ききれないからな。」
「きょうだいがいない人はこういう時大変だね。
 でも部活の誰かに手伝ってもらったらいいんじゃないの。ほら、大石先輩とかさ。」
「大石は忙しいからな、あまり呼ぶわけに行かない。引き受けてはくれるだろうけど。」
「他に手ぇ空いてそうな人は。」
「英二や桃のことを言ってるのなら論外だな。というより、100%わかってて
 わざとボケてるだろう。」
「さぁ、どうかな。えーと、桃城、海堂、河村先輩、と。って、あれ、これで大丈夫だっけ。」

従兄弟と話しながら印刷物を分けていたら急に不安になってきた。
私は慌てて仕分けした紙の束を一つ手にとって中を確かめる。

「他の連中の分と混ぜないようにしてくれよ。特に桃と海堂のを混ぜると面倒だからね。」
「わかってるよ、あいつらが(つら)つき合わせたら喧嘩が勃発するってことくらい。
 今週に入ってからも廊下で言い合いしてたの6ぺん見たし。」
「正確には8ぺんだ、一昨日と今日、朝練でやらかしてるからね。
 まだまだだな、。」
「ちぇっ。」

さすがにそんなところまで数えてられるか。
そこまで探究心は強くない。

まぁそれはともかく、ブツブツ言っている間に仕分けは済んだ。
後はホッチキスで止める作業で、それは黙ってやってたからすぐに終わった。

「ハル兄、出来たよ。」
「ありがとう。じゃあ次はこれね。」
「今何つった。」

私は思わず聞き返した。が、どう考えても従兄弟が、はい、と差し出した
これまた大量の紙は現実のものである。

「今度はこれの入力を頼むよ。俺はその間にビデオのチェックをするから。」
「出来る訳な…。」
「出来る訳ないじゃん、こんな馬鹿みたいな量って言うつもりなら聞かないよ。
 言っただろう、出来ない人には頼まないさ。ああ、そうそう、無茶な操作をして
 俺のパソコンを壊すのだけはやめてくれよ。」
「このっ。」

いちいち人の台詞を先回りする辺りが憎たらしい。
わざと入力全部間違えてやろうか。

勿論、そんなことが出来るはずもなく、真面目にやってしまったもんだから
終わった頃には私は屍と化していた。


ヘロヘロで家に戻ってから、私はぼやきながら自分のパソコンの前に向かっていた。

「くそう、ひどい目に遭った。覚えてろ、ハル兄。あんなたくさん打ってたら
 脳味噌が酸欠起こすっての。しかも疲れたっつったら野菜汁飲まそうとしてくるし。」
「とか何とか言いながら、自分もパソコンでゲームのデータ整理してるのはどゆこと。」

が呆れたように言う。

「それだって大抵疲れる作業だよね。」
「うるさい、いっぺん整理しないと気が済まないんだ。
 能力値成長の傾向がわかんなくなるし。」
「やっぱり姉ちゃん、人のこと言えないよ。」

ため息をつきながら言うに、正直何も言い返せなかったのは
我ながらどうかと思う。


  


従兄弟の都合に巻き込まれて疲れ切った次の日、正直穏やかに過ごしたかったけど
そんな時に限ってまたも疲れることが起きる。

ちゃーん、ちょっとヘルプヘルプー。」

この日の昼休み、眠いから机に突っ伏してたら廊下からいきなりでかい声で呼ばれた。
一体どこの誰だ、しかもヘルプヘルプって意味がわからない。
何だか女子連中はザワザワしてるし。
寝ぼけ眼を擦りながら行ってみれば、廊下側の窓から顔を出して
こっちこっちをしてる人がいる。
しかも片手には携帯ゲーム機、先生に見つかったらどう言い訳するつもりなのか。

「ヤッホー、ちゃんっ。」
「あぁ、菊丸先輩、どうも。」

またも従兄弟と同じ部活の人だ。従兄弟のせいで男子テニス部とはどうしても
多少の縁がある。

「何か御用ですか。」
「御用アリアリだよー。ちょっと、助けてくんない。このゲームなんだけどさ、
 どうしても罠にひっかかって抜けらんないとこがあるんだけどー、
 ちゃん、何か知らない。もう3日も立ち往生してるんだにゃぁ。」

教室の外からそんなことをのたまう様は傍から見れば明らかに変だ。
出来れば関わりたくない。

「そういうことはうちの従兄弟に振って頂けませんか。」

何せ人目が鬱陶しい。
しかし相手はそういったことにまるっきり気がつかないタイプだったようだ。

「えーっ、ダメダメー。だって乾にゲームのこと聞いたって
 専門外だって門前払いだもん。さっき聞きにいったら
 『俺よりの方が詳しいからそっちに行ってくれ』って言われてさ、
 こっち来たんだけど。」

それはまったくもってその通りで、私もわかってて言ってるのだが
従兄弟もいちいち私の名前を出さなくてもいいではないか。
それに菊丸先輩も菊丸先輩で、3年生がゲームの攻略法を聞きに2年生の教室に
来るということに違和感を感じないのか。
これでは従兄弟もさぞかし扱いに手を焼いていることだろう。
という訳で、ここはさっさとご退場いただくに限る。

「そこはですね、一定時間毎に罠の位置が入れ替わるんですよ。
 でも3分毎に罠が停止するんでその隙に通ったら行けますよ。」
「マジで、マジで。」
「自分で試して検証してるんで間違いないです。
 お疑いならそれでもいいですけど。」
「にゃいにゃい、疑ってないよー。早速やってみるねん。」

嬉々として菊丸先輩はその場でゲームを操作し始める。
しかし、

「にゃんかうまく行かないよー。」
「え、そんなはずは。」
「だって、ほら、見て見てー。」
「あれ、おかしいな。私がやった時は確かにいけたのに。ちょっと貸していただけます。」

頷く菊丸先輩からゲーム機を借りて私は操作し始める。
だが、思ったとおりに行かない。

「おかしい、何でだ。バグってるわけでもなさそうなのに。」

自信があっただけに思わぬ事態に私はすっかり意地になっていた。
でも、結局はうまくいかない。

「おかしい、絶対おかしい。菊丸先輩、調べておきますから明日まで待ってもらえます。」
「え、いいよ、別にそこまでやってくれなくても。」
「いや、納得行きません。同じゲームで確かに自分で検証してみたのに
 人様のソフトでうまく行かないって有り得ないです。」
「おーい、ちゃーん。」
「ご心配なく、ちゃんと調べ上げますから。」
「うわぁ、さすが乾ジュニアだにゃぁ。」

菊丸先輩がちょっとひいている。
そして私はわざわざ自分から疲れる選択をしてることに、後になってから気がついた。


従兄弟から電話がかかってきたのはその日の夜のことだ。

「はい、です。」
「やぁ、。」
「ハル兄、どうしたの。昨日手伝ったやつ、ひょっとして何かまずい間違いやってた。」
「いや、そっちはいいんだ。寧ろ助かった、ありがとう。」

よくよく聞いてみたら、クスクスという笑い声が聞こえる。
ひょっとして従兄弟は電話の向こうで笑ってたりするのか。

「英二に聞いたよ、ゲームで随分意地になってたんだってね。」

菊丸先輩もいらんことを言ってくれたものだ、口止めはしてなかったとはいえ。

「どうせしょうもないことでって思ってんでしょ。
 大体、そっちがあの人私に回してきたんじゃん。
 聞かれたら答えないわけに行かないし、納得行かないことになったら気色悪いし。」
「本当に凝り性だな。どうせ今もゲームの攻略法でも調べてるんだろう、
 宿題も終わらせてる頃合だろうし。だから、お前も同じ穴の狢だって言うんだよ。」
「一緒にするなって言ってるでしょ。もしかしてハル兄、私らの部屋に何か仕掛けてる。」
「別にカメラ仕掛けなくてもわかるよ。お前の行動パターンは決まっているからね。」

単純馬鹿と言われてる気がするのはいくらなんでも私の僻みだとは思うが、
あまり言い当てられると気持ちがよくない。

「俺は嫌いじゃないけどね、お前のそういうところは。」
「そう。」

いきなりそう言われても反応に困ってしまう。
褒められてんだがけなされてんだかもよくわからないし。

「言っておくけど、褒めてるんだよ。」
「そりゃどうも。」
「で、物は相談だけど、その凝り性を生かしてお前もテニスをやってみないか。
 面白いことになると思うんだが。」
「絶対ヤダ。っていうか、運動出来ない奴にそんなこと言うなんて、
 喧嘩売ってるでしょ。ハル兄がやってるのは様になってるって思うけどね。」
「おやおや、お前からお褒めの言葉をもらえるとはさすがに思ってなかったよ。
 やっぱり人は理屈に当てはまらないな。」

間違いなくこの人は私をおちょくっている。
今立て込んでるからもう切る、と告げると従兄弟はやっぱりクスクス笑いをしていた。

ちなみにこの次の日に攻略法を探し当てた私は、即刻菊丸先輩に教えてあげた。
菊丸先輩は感謝しつつもやっぱり引きつった顔で、

ちゃんにしろ、乾にしろメッチャ怖いにゃぁ。』

と、ワンセットでゲテモノ扱いしてくれた。


  


と、まぁ従兄弟と関わるとこんな感じなんだけど、今日もこの人との緩いというか
何と言うか、よくわからない日常が流れる。

「ちょっと聞きたいんだけど、ハル兄。」
「なんだい。」
「せっかくの休みだってのに何でハル兄が他校の調査に行くのに
 私が巻き込まれてる訳。」
「手伝ってほしいから呼んだんだ。ちょっと荷物が多くてね。」
「荷物持ちなら他に頼めばいいじゃん、海堂ならやってくれたんじゃない。」
「ストーカーの片棒を担ぐのは嫌だって断わられたんだ。失敬な奴め。」
「絶対に海堂の方が正しいと思うよ。」

私は言いながら、従兄弟に渡されたバッグを持ち直す。
持った感じからして中にはパソコンやビデオカメラが入っているんだろう。
ちょっと重い。

「そういえばハル兄、今日はどこ行くの。」
「氷帝学園まで。気になる情報が入ったからね。」
「ゲッ、あのガッコなの。ヤダ、私帰る。あそこの雰囲気苦手なんだよ。」
「ダメだよ、お前には荷物持ちだけじゃなくて助手もやってもらうつもりだからね。
 使えるものは使わないと。」
「結局私は便利アイテム扱いかっ。」
「まぁまぁ、」

従兄弟はほとんど歳が変わらないくせに、大人が子供をなだめるかのように言った。

「いい子だから、そう言わずに手伝ってくれないか。」

そうして人の頭をポンポンと叩く。

「早いトコ済ませてよ、先週買ったゲーム、早くやりたいんだから。」

言うと従兄弟はフ、と笑った。
どうしたのか、と私が聞けばよりによってこう答える。

「いや、文句ばっかりいうくせに頼んだらついてきてくれるからね、
 結局お前も知りたがりだな、と思って。前からわかってるけど。」

従兄弟はどうしても私を自分と同類に仕立て上げたいらしい。
こんなことを言うし、人をおちょくったりいいように使ったりと
つくづく食えない親戚だ。

「行くよ、。」
「ちょっと、待ってよ。」

従兄弟が先に歩き出すので、私は慌てて後ろをついていく。

「ところでハル兄、」
「何だい。」
「前から気になってたんだけど、ハル兄のノートパソコン
 メモリ増設したげよっか。今のままじゃ速度遅いんじゃない。」
「心配要らないよ。それにお前に(いじ)られると何をされるかわからないからね。」
「誰が壊すかっ。」

そんなことを言いながら、私と従兄弟は調査先に向かう。

結局、私がいくら否定したところでこんなんだから
この従兄弟と似たもの同士だと言われるんだろう。
いい加減、大人しく認めた方が良さそうだと思う。

それはそれでいいかって気もしてきたから。


  終わり




作者の後書(戯言とも言う)

何の前触れも無く唐突に思いついたら出来上がった乾夢、2作目です。
出来上がるまでにとりあえず思いついたネタを打ち込んでは消し、
打ち込んでは消し、をしていたんですが
そうやっているうちに半分以上のネタがボツとなりました。
使えなかったのは残念ですが、変に入れすぎるよりは良かったかな、と思います。
ともあれ、この作品で彼にもやっと専用メニュー画面が出来ました。
そして、今更になって乾少年の口調は結構難しいと感じた今日この頃。

2007/10/07


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