例えば練習試合があった時に、君が応援に来てくれたら

それは僕の小さな幸せ。




「じゃ、行ってきます。」
「いってらっしゃい、気を付けてね。」
「大丈夫だよ。」

いつものように玄関で見送る母さんに僕は言う。

「休みも部活なんて大変ね。」
「どうってことないよ。」

そして僕は行ってきます、と言って家を出る。

今日も天気は晴れだった。


「不二先輩。」

家を出たらふいに声をかけられた。

「おはようございます。」
ちゃん…」

振り向いてみれば、お隣の家の前に小さな姿がチョコンと立ってる。

小さな小さな僕の幸せが。

「どうしたの、今日のは日曜だよ?」

小さな僕の彼女はふみぃ、と呟く。

「今日は青学で練習試合があるって聞いたから応援に行こうと思ったです。」
「それは嬉しいね。でも誰から聞いたの?」

とか何とか言いつつ僕の脳裏にはギザギサ頭のデータマンの顔が浮かんでいた。

「乾先輩からです。」

そら、やっぱり。

「あ、あの、ダメですか……?」

おずおずと尋ねるちゃんに僕は笑いかけた。

「そんなことないよ。」

心から言ったらちゃんの顔がパアアと晴れやかになる。

「じゃあ、一緒に行こうか。」
「ハイ!」

そうして2人で朝の道を歩くのも、僕の小さな幸せ。



学校に着くと、僕とちゃんは一旦別れる。
僕は部室に、ちゃんは先にテニスコートに。
僕は部室の前で待っててもいいよ、と言ったんだけどちゃんは

「そんなことしたら他の人のご迷惑になっちゃうです。」

とふみふみした声で断ったんだ。
付き合いだして随分経ってるのに未だ遠慮がちな、こんなところが可愛い。

そんな訳で僕は今、部室で着替えてるところだ。

「やあ、不二。」

着替えてたらギザギザ頭のデータマンがやってきた。

「お早う、乾。今日も調子良さそうだね。」
「ああ、体調管理にはいつも気をつけてるからな。」

乾は言って、バッグを下ろす。

「そういえば、お前の彼女がテニスコートに居たぞ。」
「うん、わざわざ応援に来てくれたんだ。今日練習試合あるって教えたの、
 乾なんだってね?」

僕がチラと見やると乾は悪びれた風もなく眼鏡を押し上げた。

「彼女が来てくれた方がお前の士気が高くなると思ってね。
そうなるとうちの勝率は上がるし、俺もお前のデータが何かと取り易くなるし、
一石二鳥だ。」
ちゃんを利用するなんてどこまでも食えないね、君は。
 しかも一石二鳥の使い方が何か違う気もするんだけど?」
「お互い様さ。」

乾はしれっとした顔で言うと、自分も着替えにかかった。

やれやれ、ホントに食えないね。士気が上がってるのは確かだけど。

しばらくしたら英二や桃もやってきて、僕は彼らにもちゃんのことで
散々にからかわれた。

後で姉さんに教えてもらった新しい呪いをかけるべきかどうか半ば本気で考えた。


着替えてテニスコートに行ってみたら、一体どこから湧いて出たのか
女の子達が集まっていた。

学校自体は休みだって言うのに随分と数多くフェンスの周りに立っている。
わざわざ僕に声までかけてくれて、みんないつもご苦労様だね。

でも、僕が見ているのは一人だけ。みんなには悪いけど。

ちゃん。」

人混みの中で気をつけないと埋もれそうになってる彼女を見つけて僕は声をかけた。
(何か後ろで悲鳴みたいなのが聞こえた。)

「あ、先輩。」
「ここに居たんだ。よく見えなかったよ。」
「ふみぃ、どーせ私は小さいです。」

ちゃんはぷぅと膨れる。
制服を着てても小学生に見えるくらい低めの身長は
どうも彼女にとってはコンプレックスらしい。

僕には可愛らしい感じがして全然気にならないんだけどね。

「大丈夫だよ、ちっちゃくてもちゃんと見つけられるから。」
「ふみっ?!」

頭をポムポムしながら僕が言うと、ちゃんの顔がたちどころに赤くなる。

「……先輩、恥ずかしいこと言うって言われたことないですか?」
「クスクス。どうだったかな、覚えてないよ。」
「あー、またごまかしてるです。」
「ハハハ。」

そんな風に話していたら、そろそろ集合の時間が迫ってきた。

「じゃ、僕行って来るね。」
「ハイ、頑張って下さい。私はここで応援してるです。」
「試合に出れるかはわかんないけどね。」
「大丈夫です。」

ちゃんはふみっ!と気合を入れる。

「先輩ならきっと行けます。」
「有り難う。」

…君がそう言ってくれるのも僕の小さな幸せ。

「それじゃ、行ってきます。」
「あ、先輩。ちょっと待ってください。」
「?」

僕がコートに入りかけると、ちゃんは足元においていた鞄をゴソゴソして
何やら取り出す。

「あの、コレ、良かったら……私が作った飲み物です、合間に飲んでください。」

突き出されたホルダー入りのペットボトルを受け取りながら、僕は笑いが止まらなかった。



そんな訳で練習試合は始まった。

フェンスの外はテニス部の非レギュラー陣と応援に駆けつけた女の子達で
いっぱいになってる。
おかげでテニスコートはえらい騒ぎだ。

あんまりにも部外者が多すぎるので手塚がいつものように追い返そうとしたんだけど、
今回に限り、彼女らはうちの部長の退去通告を無視した。

……手塚すら圧倒しちゃうなんて、女の子って強いよね。

それはともかく、ちゃんが言ったとおり、僕は試合に出ることになった。
といってもシングルス1だから出番があるかないか微妙なトコだけどね。

今はゴールデンペアの試合が終わって、海堂・タカさんペアが試合をしてる。

……何だか凄く珍しい組み合わせだけど、多分ダブルス強化計画の一環だろう。
(ついでにいうと仕組んだ張本人は乾じゃないかな。データ収集の為に。)

ただ、やっぱり慣れない組み合わせのおかげで2人ともやりにくそうだった。

「先輩達、やりにくそうっスね。」

僕の隣で試合を眺めてた後輩の越前が言った。

「うん…タカさんはバーニングで補ってるところもあるけど、
海堂がタカさんのペースについていけてないみたいだ。」

僕もちょっと心配になって呟く。

「ところで不二先輩、」
「何?」

急に話を変えた越前に僕は怪訝な顔をした。

「そのペットボトル、何スか?」
「ああ、これ?」

僕は試合が始まる前にちゃんがくれたペットボトルのホルダーを持ち上げてみせる。

ちゃんがくれたんだ。特製ドリンクだって。」
「ふーん、毒盛られてないといいスね。」
「大丈夫だよ、僕は君みたいにちゃんを怒らせたりしないから。」
「う゛っ……!」

越前は図星を指されて珍しく苦い顔をした。
僕をおちょくるのは、まだ早いよ★


どうも不安だなって思ってたら、案の定ダブルス1は落としてしまった。
しかもそれだけに留まらず、どうも今日の練習試合は波乱が多かった。

ダブルスの後もシングルス3は越前がいつものようにあっさりとゲームをもぎ取ったけど、
シングルス2はまさかの敗北。

これには僕も少なからず驚かされた。

「どうやら、僕の出番みたいだね。」

僕は呟いてジャージの上着を脱いだ。

僕の出番が来ると知って、フェンスの外でわざわざ応援に来た女の子達が
一斉に声を上げる。

それはそれで嬉しいんだけど、僕が一番聞きたい声はたった一つだけ。

「先輩。」

後ろのフェンスからふみぃという声がする。
振り返れば、ちゃんが立っていた。

「ファイトです。私、応援してます!」

両手のギュッと握って、頬をピンクにして一生懸命言う姿は
本当に微笑ましいくらい懸命だ。

「有り難う、頼んだよ。」
「任せてくださいです!」

そんなたった一言が、僕にとって小さな幸せ。

「じゃあ後でね。」
「はい!」

……そしてその小さな幸せは、僕の大きな力になる。


練習試合って言ったって、こっちも早々負けていられない。
特に状況が2対2と既に後がないなら尚更だ。

部員や外野の女の子達が応援してる中、僕はコートからチラ、とフェンスの向こうを見た。

視線の先にはちゃんがいる。
どちらかと言えばいつもは大人しい彼女には珍しく興奮してるのか、
ピョンピョン跳ねている姿は愛らしいと同時に、僕の中に何か不思議なものをもたらす。

負けられない。

僕はラケットのグリップをいつもより強く握り締めた。

ゲームが始まった。

「せーがくー! ファイオーッ!!」
「不二せんぱーい、頑張ってー!!」


始まった瞬間に、大きな応援の声が響く。
僕は声援にこたえるべく……って程でもないけど、自分の中でテンションを上げると
サーブの体勢に入る。

まずは一球!

 バシィッ

「フィフティーン・ラヴ!」

女の子達の喜びの声が爆発した。
さすがは手塚の退去通告にも屈しなかっただけのことはあって凄い威力だ。
気の毒に、相手の選手が痛そうな顔をしながら耳を塞いでいる。
(多分本当に耳が痛かったんだろう)

僕はと言うと、またもこっそりフェンスの方を見る。
ちゃんが飛び跳ねながらパタパタと僕に手を振ってくれているのが視認出来た。

何だか、自分の中で大きな力が波打ったような感じがする。

「行くよ。」

僕は呟いて、再びサーブを放った。


今回の相手は結構歯ごたえのある選手だった。
練習試合とはいえ、思ったよりも僕に食いついてくる。

おかげでゲームカウントは取ったり取られたりの連続で
なかなか微妙なバランスだ。

「どうだ、不二。」

ベンチコーチに入ってた手塚が声をかけてきた。

「なかなかやるね、向こうの選手。ちょっとキツいかも。」
「その割には余裕のようだが?」
「そりゃあ、ね。」

僕はベンチに座って汗を拭きながら、肩越しに振り返る。

フェンスの向こうでちゃんがニッコリと笑った。

「今日は勝利の天使がいるから。」

言って僕はちゃんに貰った例のペットボトルを開けて、中身を口に含んだ。
手塚が僕の台詞に赤面して咳払いしてるけど、見なかったふりをする。
どう思われようが、僕にとっては事実なんだからしょうがない。

僕の彼女の特製ドリンクは、とてもおいしかった。

「さて、そろそろ行かないと、ね。」

一息入れて僕がベンチから立ち上がると、

「不二せんぱーい、」

声をかけられた。

「まだまだこれからですよー。」

振り返って見れば、ちゃんが手をパタパタさせている。

僕はそんな彼女にニッコリ笑いかけた。


で、肝心の試合のほうはというと、これは所謂膠着状態だった。
相変わらず向こうさんは粘っていて、まるでうちの海堂みたい。
僕としては負けるつもりはさらさないけど……
この状況はあんまりいいとは言えないな。
長くやると僕の体力がもたないしね。

早いトコ打開策を見つけないと。でも、どうしたものかな…。

僕がそんなことを考えてた時だった。

ビュンッ

「?!」

しまった!
僕としたことが、考え事に気を取られて向こうの動きに気づかなかった。

外野が悲鳴に近い声を上げる。
僕は打球に向かって走る!
ボールはグングンとベースラインまで飛んでいく。

間に合うか?!

「不二せんぱーい!!」

一瞬飛来した僕の不安は、騒がしい声援の中に響いたこの一言で霧散した。

「頑張ってーっ!!!」

その声を聞いた瞬間、僕の中で何かが爆発した。
僕は、勢い良く地面を蹴る!

「っ!!!」

 バンッ

「さ、サーティー・フィフティーン!」

歓声がドッと沸いた。

「やったですー!!」

フェンスの向こうであの子がガッツポーズをしている。

……やっぱりちゃんは僕の天使だと思う。



そういう訳で今日の練習試合は3対2で青学の勝利となった。

「危なかったにゃー、どうなるかと思ったよ。」

試合が終わってから、英二がほっと胸をなでおろした。

「何とか勝ったけどさ、不二がミスりかけた時なんか死にかけたよ。」
「御免御免、僕も英二の寿命を縮めるつもりはなかったんだけどね。」
「それでもきっちりおいしいトコ持ってくんだから不二っていい性格してるにゃ〜。」
「まあ、それは、ね…」

僕は言いながら、テニスコートの出入り口に目を向ける。

フェンスにもたれて僕を待っている、見慣れた後姿があった。

僕は英二に断って、そっちへ駆け寄った。

ちゃん。」
「あ、先輩。」

ちゃんがパッと顔を上げた。
どうやら疲れて眠りかけていたらしく、何か目が少し潤んでる。
ほわぁ、と欠伸を1つしてちゃんは言った。

「お疲れ様です。勝ってよかったです。」
「うん、きっとちゃんのおかげだね。」
「え、えっと………」

ちゃんはドキマギして縮こまり、慌てて話を変える。

「あ、不二先輩、汗まだ掻いてますよ。」

言ってちゃんは制服のポケットからハンカチを引っ張り出すと、
それで僕の顔にまだ残った汗を拭いてくれる。

そんな君の笑顔を見たら、疲れなんてどこかへ行ってしまう気がするのは
僕の気のせいだろうか。

「あ、あの、先輩。」

ちゃんが汗を拭いてくれながら言った。

「何だい?」
「その……今度は私、全国大会の応援に行こうと思ってるです。え、えーと、先輩は、その……」

彼女が何を言わんとしているのか察して、僕は思わず微笑を漏らす。

 ポムッ なでなで。

「ふみっ?!」
「僕は君が絶対来てくれるって思ってるんだけど?」

僕はちゃんの小さな頭をそっとなでながら言った。

「!!!」
「来てくれるよね?」
「とっ、とーぜんです!絶対です!!あ、お弁当も頑張ります!」
「よかった。」

心底安心して僕はちゃんの頭の高さまで膝をつく。

「ふみーっ!」

ちゃんが声を上げた。

「先輩、急に抱っこしちゃダメですーっ!!」
「だってちゃん可愛いから。」
「恥ずかしいですー、みんな見てますよー!」
「いいからいいから。」

僕は言って、そのままちゃんを抱き上げた。

ちゃん、」
「ふみ?」
「全国大会に勝ったら、どこか行かない?」
「はい、行きましょう。水族館がいいです。」
「アハハ、じゃあそうしよっか。」


………どんな時でも君は、僕に力をくれる。

それは、僕の幸せ。
小さいけれども計り知れない、僕の一番大切な幸せ。



「おチビー、不二のやつ、オレ達に見せびらかしてると思う?」
 "How should I know?"(俺にわかる訳ないっしょ。)
「???」


Little Happiness 3 終わり。



作者の後書き(戯言とも言う)

ハートフルストーリーLittle Happiness第3弾です。

何か、吃驚してます。まさかこんな風にシリーズが続けられると
思ってなかったので。

しかも、前回のLittle Happiness2も今回の3も訪問者様の
リクエストから生まれたという……それだけ喜ばれてると思うと嬉しいですo(^-^)o

ともあれ、このLittle Happiness 3はリクエストくださった架奈芽様に捧げます!
気に入っていただけたら幸いです。

ここまで読んでくださった皆様も、有り難う御座いましたm(__)m



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