前から嫌いじゃなかったんだ。

でなけりゃこんなこと、俺がする訳ねぇだろ。

……くそ恥ずかしい。




    パンダウサギ。



その日の朝、机に突っ伏して半分寝ぼけてた俺は突然の声に起こされた。

「おっはよ〜ん☆」

朝っぱらからウルせぇ……さてはか。
同じクラスの女で、合唱部とか演劇部でもねぇくせにいつもいつも
無駄にデカイ声出しやがる変な奴だ。

隣のクラスのクソ力とも仲がいいらしく、二人揃った時にゃ始末におえねぇ。

にしても人の耳元で騒ぎやがって、んのバカ…

朝練の疲れも手伝って機嫌が下降気味だった俺が
顔を上げてに文句を言ってやろうとした時だった。

「おはよー、ちゃん。」

隣の席からとは対照的なやわらかい声が聞こえて、
俺は一旦は上げようとした顔を慌ててまた腕の中に隠した。

この声は…

思った時、俺は突っ伏したまま腕の隙間からこっそり覗き見するという
柄にもないことをしてしまう。

声の主は思ったとおりだった。

、去年も同じクラスだった女子だ。
何を隠そう、俺はのことが前から気になってた。
何故かはわかんねぇ、が、多分知ってる女子の中ではあいつが一番
話しやすかったのは確かだ。

他の連中と違っては俺を怖がらない。
(怖がらない点ではもそーだが、あいつの場合は
多分に桃城に近いから問題外だ)

用事がある時は勿論だが、特に用事がない時でも
よく俺に話しかける。
天気のことだとか、宿題のことだとか他愛もないことばかりだが、
それでも何故か俺に言う。
俺は口下手だからあまりまともに返事が出来た例しがないが、
だからと言ってはこっちの反応に気を悪くするでもなく、
柔らかく笑ってるだけだ。

もしかしたら誰にでもそうなのかもしれねぇが。

それだけのことなのに、いつの間にか俺は
惹かれるようになっていた。

で、運良く(つーのか、この場合?)今年もと同じクラスになり、
席も隣になった俺は朝から寝てるふりしての様子を窺うというのが
日課になってしまっていた。

そのは今日も元気そうだった。
今も親友であると呑気に喋っている。
どっちかってーと穏やかなタチのが何だってあのクソ五月蝿いのと
付き合えるのかは謎だ。

いや、それよりの奴が何か包みを持ってやがるのは一体何だ?

「海堂君、お早う。」

!!

ボンヤリしてたら唐突に挨拶されて俺は体が飛び上がるかと思った。
が、何とかそれを抑えて目だけ腕から上げる。

視界に密かに想いを寄せる相手の穏やかな顔が映った。

「おぅ。」

俺はいつものようにそれだけを発音する。

「眠そうだね、大丈夫?運動部は朝早いもんね。」
「別に…いつものことだ。」
「海堂君らしい。」

はここでふふふ、と笑う。
……何で俺相手にそんなに楽しそうに笑うんだよ。

「そうそう、さっきね学校来る途中、庭でウサギさん飼ってる家見たの。
可愛いんだよ、白黒のパンダでね、すのこの上に座って
何か考え事してるみたいに見えるんだ。」
「そうかよ。」
「海堂君はウサギ好き?」
「……まぁ、嫌いじゃない。」

ウサギも嫌いじゃないが、朝からこんな風にと話すのも嫌いじゃない。

ってば〜!」

後ろで人の時間の邪魔をしやがる馬鹿は嫌いだが。

当然だが、の意識はその瞬間俺から外れた。

ちゃんったら、なぁに?」
「なぁにじゃないよ。」

こっちの思うとこも知らずに人の邪魔をしやがった馬鹿は、
手に持ってた包みをに突き出した。

、誕生日おめでと!これプレゼントね☆」
「わぁ、有り難う、ちゃん。」

は嬉しそうに包みを受け取る。

そうか。

まだ少し寝ぼけながらも俺は思った。

今日はの誕生日なのか。

………………。
一体何を気にしてんだ、俺は。

 −・−・−・−・−・−・−・−・−・−

の誕生日。

このフレーズは厄介なことに今日の俺の中でやたら
ひっかかりやがった。

こいつはマジで面倒だ。
いくら俺がを気にしてるっつったってそれは一方的なモンで、
別に付き合ってる訳じゃないからわざわざ俺があいつに何か
くれてやる義理はない。
寧ろくれてやる方が不自然だ。

だから別に何かする必要はない。

そう結論したハズなのに、ふと気がつけば
は何が好きだったろうかとか何をやれば喜ぶだろうかとか
何とか考えている俺が居る。

考えてどーする、関係ねぇだろが!

だがそんな風に意地になって考えないようにすればするほど
それは逆効果になって、返って意識してしまうようになっていく。

クソッ、どーなってやがんだ。
自分で自分がわからねぇ。

そんな訳で英語の授業中、俺は教科書の影で密かに
ため息なんぞをついていた。

何で俺がこんな悩みを抱えなきゃいけねーんだ。

「海堂君?」

そんな俺の様子に気がついたのか、隣の席に座ってる事の元凶
(別にが悪ぃって訳じゃねぇが)がこっそりと話しかけてきた。

「どうしたの、気分悪いの?」
「別に。」

俺はわざと素っ気無く言う。
今の間抜けな心情を知られたくないが為に。

「何でもねぇ。」

それでもは心配そうにこっちを見てくるから
俺としては困ることこの上ない。

「今は授業中だろが。いちいちこっち見んな。」

そう言ったらはすぐに黒板の方に向き直った。
が、向き直る直前、がちょっと傷ついた目をしてたのに気づいて後悔した。


そんな授業の後の休み時間、たまたまが席を外してる時に
俺は普段なら絶対近寄らない奴のところにいた。

正直、気は進まなかったが今回ばかりは四の五の言ってられねぇ。

「……気味が悪い。」
「どういう意味だ。」

開口一番ムカつくことを言われて俺はをジロリと睨んだ。
だがの唯一の友である女はそれに怯むことなく、更に言う。

「海堂が罵倒抜きで私に相談事なんて、この後何が起こるかわかったもんじゃない。」

集中豪雨か地震でも起きそうだ、などと抜かしながら
雲形定規のへり(何でそんなもん学校に持ってきてんだ)を
人差し指でつつぅっとなでるこのバカ女をぶっ飛ばしたい
衝動がこみ上げるが、俺はかろうじてそれを堪える。

もよくこんな訳わかんねーのと付き合ってられるな。
俺は絶対ゴメンだ。

「で、まぁ肝心の相談事だがね、そんな阿呆みたいに意識しちゃうくらいなら
 さっさとになんかあげなさい。」

……言ってることは尤もだが、に阿呆と言われる筋合いは絶対にねぇ。

「何をやればいい?」
「別に、何でも。」
「は?」

随分と大雑把な返答に俺は思わず間抜けな声を出す。

「だってさ、のことだから海堂がくれたもんなら何でも喜ぶに決まってるもん。」
「テメェは真性の馬鹿か、博打みたいなこと言ってんじゃねぇ。
んな保証がどこにあるってんだ。」

唸ったらはなおも雲形定規を弄りながら朗らかに言った。

「憚りながら私はとの付き合いが長いんでね。
心配しなくてもホントに大丈夫だって!
別に今日無理にしなくてもいーんだし。」
「明日でもいいってか。そういう訳に行かねぇだろが。」
「律儀だねぇ、海堂は。どうする気か知らないけど、まぁ好きにしな。」


はっきり言って、に相談したのは無駄だったと言わざるを得なかった。
つーのも、あまりにいい加減すぎてどうすればいいのか具体的な指針が
見えてこない。

かと言って他に相談する当てもなく、俺はまた授業中に教科書の影で
ため息をつく羽目になった。

「海堂君、本当に大丈夫なの?」

はきっちり心配してくるし、どーすりゃいいんだ。

「何ともねぇよ。」

俺はそう言い切るが、はやっぱり納得してる様子がない。

……頼む、誰か助けてくれ。


そうしてる内に時間はさっさと過ぎてしまい、いつの間にやら
部活も済んで俺は家に帰るところだった。

結局、何も思いつかなかったな。
ちょっと、いや、かなり情けねぇが…
しょうがねぇな、一日遅れになるが家でゆっくり考えてからにすっか。

そんなことを考えながら俺はトボトボと家路を辿る。

歩いていた通りには色んな奴が行きかっていた。
俺みたいな学生、もっと歳食った親父、車椅子、香水がきつくて
無駄に派手な女…
皆家に帰るのか、それともこれからどこかに出かけるのか、足取りがせわしない。

俺も冷え込みがきつくなってきたのを感じて、
(言っとくのを忘れてたが今は冬だ)
自然と足が速くなる。

とっとと帰ろうと、先を急いでとある店の前を通り過ぎようとした時だった。

「!! …」
「海堂君?!」

ショウウィンドウの前に張り付いてた約一名が、吃驚したように俺を見る。
俺も思わず相手を見つめる。

しばらくお互い口を開かなかった。

「え〜と…」

先に沈黙を破ったのはだった。

「海堂君、部活の帰り?」
「ああ。お前こそ何やってんだ、とっくに帰ったんじゃねーのか。」
「あ、私ちょっと図書室で調べ物があったから。丁度今帰ってるとこだったの。
 で、ついこのお店に惹かれちゃって…」

よくよく見ればが張り付いてたショウウィンドウは
キャラクターものの人形やら何やらを置いてある店のやつだ。

チラと覗いてみれば、店の中にぬいぐるみや小さな動物のマスコットが
置いてあるのも見える。

…あ。

「このお店、何か可愛いのいっぱいありそうなんだよね。
 ちょっと入ってみようかなぁ、なんて。」
「……入るぞ。」
「え?」
「いーから来い。」

要領を得ない様子のを引っ張って俺は店の中に入っていった。
勿論くそ恥ずかしかったが、それどころじゃない。

『そんな阿呆みたいに意識しちゃうくらいならさっさとになんかあげなさい。』

学校でに言われたことが頭に浮かぶ。

「海堂君、あの…」
「ちょっと買い物してくる。すぐ済ますからその辺見て回ってろ。」

俺はに最後まで言わせずさっさと行動に移る。
ここでに何か言われたら頭が白くなりかねない。

棚の間を歩いていたら、どうも人目がウザかった。
只でさえ男がうろついてそうにない店なのに、まして
俺みたいな外見の野郎がいたら目立つのはわかるが…いい気はしない。

特にそこの女子高生、人の顔見てコソコソ言ってんじゃねーよ。

いや、それより。
確か外から見えた時にはこの辺だと思ったんだが。

を待たせてしばらくウロウロしていると、俺はようやく
目的の棚を見つけた。

後は…ああ、こいつだ。

俺は目的の商品を手に取ると、即行でレジに向かった。

プレゼント用に包んでくれ、と頼んだら何だか店員が
笑いをかみ殺してるように見えた。
…何故だ?

会計を済ませてを探したら、あいつはぬいぐるみの棚で
ウサギキャラのぬいぐるみをいくつか眺めていた。

「あ、買い物終わったの?」

だから、何でそんな嬉しそうな顔で俺を見るんだよ。

「ああ、終わった…」
「じゃあ、行こっか。」


店を出た後、俺とはしばらく一緒に歩いていた。
はっきり言って落ち着かない。
考えてみれば、学校で喋ったことはあってもこんな風に2人で一緒に
歩いたことなんて一度たりともなかった。

は部活に入ってないのか、普段はあのうるさいのと一緒に
俺よりずっと先に帰ってるしな。

「あのね、海堂君。」
「な、何だ。」

話しかけられたら声がうわずるし、我ながら面倒な性質をしてるもんだ。

「さっき何買ってたの?」
「……後で教えてやる。」

こんな人の多いトコで言えるかよ。

しばらく歩いたら、なじみの公園が見えてきたので
俺はと一緒にそこに寄った。
ここなら丁度いいだろう。

。」
「は、はい。」
「……これ。」
「え?」

キョトンとしているに俺はさっき買ったばかりの包みを 押し付けた。
は包みを受け取るといそいそと開ける。

中からは、白黒のパンダウサギのマスコットが転がり出てきた。

「海堂君、これ…」
「今日、誕生日だろ。」
「知ってたの?」
「……今朝がプレゼント渡してただろが。」

は不思議そうな顔をした。
無理もねぇ。
俺だって自分で自分のしてることが信じられないくらいなのだから。
俺はどうも落ち着かなくて意味もなく自分の足元に目を落とす。
そんな俺の様子には何を思ったのか、ふわりと 柔らかい微笑を浮かべた。

「有り難う。すっごく嬉しい。」
「あ、ああ…」

ついその微笑に見とれながら俺は呟いた。

本当はもっと気の利いたことを言いたかったが、どうにもうまく出てこない。
こういう時いつも己の性質を恨んでしまう。

「でも、どうして?」

!!!

の言葉に、俺は心臓が潰れるかと思った。

どーしてもへったくれも。

俺が普段女子にプレゼントをやることなんかないのを
考えれば答えは明白な訳で。

だけど、それを口にするにはあまりにも俺は照れみたいなモンが
勝ちすぎていた。

「いーから取っとけ。」

俺はに背中を向けて、やっとそれだけ呟く。
只でさえ慣れねぇ真似に恥ずかしくてギリギリの状態なのに
これ以上何か聞かれた日にゃ精神がもたない。

「海堂君。」
「あんだ。」

に呼ばれて、その場を去りかけてた俺はふと足を止める。

振り向けば、が、顔を少し赤くして俯いていた。

「あのね、私、実は…」

その先の言葉を聞いた時、俺は目を丸くしてぼーぜんと突っ立ってしまった。

 −・−・−・−・−・−・−・−・−・−

実を言うとあの後自分はに何て言ったのか、あんまり良く覚えてねぇ。
多分、あまりにも慣れない真似をしたせいで記憶がすっ飛んじまったんだろう。

どの道、かなりクソ恥ずかしいことを口走ったに決まってる。

そんな訳で、気がついた時には俺とは付き合っていた。

俺達が付き合い始めたと知れたら色々面倒なことになるんじゃねぇかと
思ってたら、案の定テニス部の仲間達は黙っていなかった。

桃城の野郎と菊丸先輩はおおっぴらにからかってきた。
越前の野郎はニヤニヤと笑ってやがったし、レギュラー以外の
同期や後輩は卒倒しそうな面をしやがった。

意外だったのはの奴で、こいつは自分の友達が俺と
付き合うことになったと知らされても動じることなく

『ああ、そりゃよかった。』

の一言で済ませた。
(この時こいつは例の雲形定規で紙に線を引いていた。一体何やってやがんだ。)
もしかしたら、始めからこうなることを予測してたのかもしれない。

それはともかく、俺とはこの所、放課後になると 一緒に帰るようにまでなっていた。

「海堂君。」
「? あんだ?」
「ほら、見て。あのウサギさんだよ。可愛いと思わない?」
「………まぁ、悪くねぇ。」
「今朝もあんな風にすのこに座ってたんだよ、寒くないのかなぁ。」
「毛皮着てんだから平気だろ。」

家に帰ろうと俺は歩き出すが、は人んちの庭の
フェンスにへばりついて離れようとしない。

「ああー、私もウサギさん欲しいなぁ。」
「バカか、お前は。」

俺は唸った。

「別に飼わなくてもいいだろ。」
「あ、そっか。」

は俺の言わんとすることに気がついたのか、自分の鞄を見やった。

俺がくれてやったウサギのマスコットが、取っ手にぶら下がって
何だか得意げに揺れている。

「海堂君がくれたから、もういいんだもんね。」

そしてはもっぺん『ね?』と言って俺に微笑んだ。

「いちいち言うな。」

俺は熱が集中し始めたのを感じて咄嗟に顔を背ける。

「さっさと帰るぞ。」
「うん。」

日は大分傾き、辺りは薄暗くなっている。

「あのね、」
「今度は何だ。」
「来年の誕生日もウサギさん頂戴ね。」
「何色がいいんだ。」
「何でも。」
「……そうかよ。」

The End


作者の後書き(戯言とも言う)

久々の海堂夢です。
一時期のスランプがひどかったのでどうなるかと思いましたが
何とかなってよかった、よかった。
結構調子が戻ってきてると思うんですがどうでしょか。

そんなことより、やってきました、実話ネタチェック!
(いつからそんなもんが出来た)

今回の実話ネタは庭でウサギさん飼ってる家があって、
そのウサギがすのこの上に座ってたって話です。

高校の時、下校中に2遍ほど見かけたことがありまして、
確かパンダウサギでした。(白黒じゃなくて白と灰色だったけど)
すのこに座ってる姿が何か哲学してるっぽくて格好良く見えたので
一人で勝手に『ストイックなウサギさん』と呼んでました。
で、人に笑われました。(普通は笑います)

ともあれ、この作品はリクエストくださった蘭生華穂様に捧げます。
大変遅くなりましたが、どうぞお受け取りくださいませm(_ _)m

ここまで読んでくださった方も、どうも有り難う御座いました☆

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